第24話:球技大会は激務である(後編)
球技大会、2日目。
集合時間は少し遅めの午前7時半だ。
今日は新しい対戦表の張り出しと配布がある。
「高木、印刷を頼む」
手書きの対戦表を受け取って、職員室へ向かう。
「手伝うよ」
大場がついてきてくれた。
まあ、手伝ってもらうようなことでもないのだが。
職員室には印刷機とコピー機がある。
用途はどちらも似たようなものだが、大量に刷る場合は印刷機、少数の場合はコピー機と使い分ける。
今回は全クラス分と校内掲示用、本部役員の所持用と100枚ほどになるので印刷機だ。
なお、全校アンケートとか広報誌は全校生徒分なので1000枚近い。
10枚前後ならコピー機の方が安上がりとのことだった。
職員室にノックして入る。
「おはようございます、印刷機お借ります」
「おはよう、生徒会ね。今日も頑張って」
と、先生から快く了解をもらえた。
原稿を印刷機にかけて印刷を始める。
部数が多い時はスタートボタンを押すのに緊張するものだ。
向きを間違えて1000枚とか刷った日には絶望感が半端ない。
まあ、自分の懐が痛むわけではないけどな。
「昨日はどうだった?」
刷りあがるまで暇だったので雑談タイム。
ひとりで来るとこの時間がちょっと寂しい。
「凄い疲れたよ、体育祭と同じぐらいだね」
大場も似たようなものだったか。
まあ、メインテントチーフは神木先輩だからなあ。
「走りっぱなしだったでしょ」
「高木君は運動部だよね、いいなあ。俺も運動しようかな」
大場は真面目な性格なので運動部にも向いていると思う。
けど、こんな理由で入部してもね……。
「運動部でも疲れるものは疲れるよ」
「そういうもんかあ……」
そういうものである。
無事に刷り上がった2日目の対戦表をもって生徒会室へ戻る。
そこから各クラスへの配布、校内掲示までが朝の仕事だ。
やっぱりそれなりに慌ただしい。
「じゃあ、今日の午前中は奈津季が本部オペレータね」
「おお、やった!」
「何でお前が喜ぶ?」
神木先輩から突っ込まれた。
昨日の流れから、サブテント側は容子先輩が引き続き担当するだろう。
ということはメインテント側が奈津季さんになる。
正直、中森と通話するよりこっちの方が良い。
「いえ、奈津季さんと通話できるなー、と」
「安心しろ、高木。今日は私ともたくさん話せるぞ」
変な釘を刺されてしまった。
「高木!男バレの結果確認と開始手配。
拓斗はサッカーの次戦カードがそろっているか確認してきてくれ」
「はい!」
さすが神木先輩。
次は何をするか考える暇もなく、指示が飛んでくる。
正直、言われた通りにひたすら走るというのも楽で良い。
その分、俺が直接本部へ連絡する機会はほとんどなかった。
まあ、奈津季さんとはいつでも話せるのだから良いけど。
「次はサッカーの完了確認、高木、いけるか?」
「余裕です!」
「お前は良く走るから助かるよ」
と、言ってもらえた。
ちなみに中森は少しへばったらしくテントで休んでいる。
メインテントからサッカーをやっているグラウンドまでは少し距離があるから走るのもキツイ。
チーフはテントから離れないのがセオリーだが、神木先輩が走っていくのを何度か見かけた。
臨機応変、神木先輩だからこそ出来る芸当だと思う。
「高木、ちょっと試合に出てくる」
体育館から戻ると神木先輩から声をかけられた。
「了解です、バスケですか?」
「そうだ、勝ち上がってしまってな」
初戦敗退する男子チームに入る自分と、順当に勝ち上がる女子チームに入る神木先輩。
見劣り感が半端ない。
「頑張って下さいね!」
「おう、任せたぞ」
神木先輩が抜けると一気に戦況が厳しくなる。
「中森、サッカーグラウンド行って!」
「えー、もう何回も往復して疲れたよ」
それはみんな一緒なんだけどな。
「じゃあ、俺が行くからここ頼んだよ」
「了解ー」
サッカーグラウンドへ走ると、問題が発生していた。
対戦カードの相手が来ていないらしい。
このタイミングでこの状況……嫌な予感がした。
対戦表を確認する。
「バッティングしてる!」
思わず声に出してしまった。
よりによって神木先輩が居ないときか。
その場で待機してもらって本部へ走る。
この場合、メインテントからの通信では正確に情報を伝えきれない可能性がある。
ノックもせずに生徒会室の扉を開けて中へ飛び込んだ。
「平澤先輩!バッティングしてます!
サッカーと男バスで2年4組!
すでに男バスは始まっているのでサッカーの予定を変えてください」
「何だって!?」
平澤先輩は青白い顔で対戦表を見直す。
「本当だ!」
その場で組んでいる以上、どうしてもこういったことが起きてしまう。
この場合の対応方法は3種類。
1.男バスが終わるまでサッカーの試合開始を遅らせる
2.サッカーの対戦カードを次戦以降と入れ替える
3.強行してやる
最も好ましいのは2番だが、入れ替えた先で再びバッティングが起こってしまう可能性が高い。
無難なのは1番だが、これをやっても競技の開始タイミングが変わるので別の場所でバッティングが起こる可能性がある。
3番は生徒会の権限でもちろん可能だが、大抵のクラスはメンバー重複があるので調整に時間がかかるだろう。
結局1番を選ぶのと大差ない、という場合も多い。
しかも、クラスからすれば不公平だという不満も大きい。
考えている間も刻一刻と時間が流れる。
俺が解散ではなく、待機をお願いしたのはこれが理由だ。
男バスが終わるまであと7分程度、この間に対戦カードの入れ替え案が浮かばなければなし崩し的に1番の案を選ぶことになる。
まあ、この場合も連戦になってしまう生徒からの不満は残ってしまうのだが……。
手伝いたいところだが、これは待つしかない。
不安そうな奈津季さんとは対照的に容子先輩は静かに平澤先輩を待っている。
待機している北上先輩も舘林先輩も騒がない。
平澤先輩に雑音を与えてはいけないのだ。
「先に2年7組と3年4組の試合をやろう!」
その声を聴いてすぐに動き出す。
容子先輩が放送部にカード変更の放送を指示した。
俺はサッカーグラウンドに走る。
待機中の3年生に対戦スケジュールの変更とこちらの不手際を謝罪した。
「おい、しっかりしてくれよ!」
謝りに来た1年に苛立ちをぶつけたくなるのはわかる。
「申し訳ない」
そう言ったのは俺ではなく北上会長だった。
どうやら後を追ってきてくれたようだ。
「まあ、仕方ないか……」
会長に言われて3年生は納得してくれたようだ。
「ありがとうございます!」
そういうと北上会長はポンと肩に手を置いていった。
「気にするな、こういう時のために3年は待機しているんだから」
くそう、格好いいじゃないか。
正直、北上会長のことはあまり好きになれなかった。
神木先輩を泣かせてた、というのが1番の理由なのだが……。
身長も高くて、常に威風堂々としている立ち姿。
男として敵わないな、と思わせるからだ。
……あと一ノ瀬が北上会長に憧れていたのを知っている、というのもある。
急遽の対戦カード変更だったが、割と早く次戦のクラスが来てくれたので、無事に試合は始まった。
ほっと一息の瞬間である。
対応が悪いと生徒会室にクラスが直談判に来て、平澤先輩の手がさらに止まる恐れもある。
まあ、それこそ、3年生の舘林先輩辺りが対応してくれるとは思うけれど。
「おお、遅かったな」
メインテントに戻ると中森がのんきな声をかけてきた。
まったく、この男は。
まあ、これはこれで良いことなのだけど。
マイペースなところは長所でもある。
「こちらメインテント、サッカーの試合、無事に開始しました。以上」
「はい、本部です。了解です」
おー、やっと奈津季さんと通信出来た。
奈津季さんの声も落ち着いていて聞き取りやすい。
いいなあ、結婚したい。
「こちらメインテント、女バス2年4組勝利、どうぞ」
「はい、本部です。了解です、どうぞ」
「続いて女バス9戦目、開始しました。以上」
「はい、本部です。了解です」
戻ってきた神木先輩が速やかに報告を済ませた。
「すまない、大丈夫だったか?」
「お疲れ様です、対戦カード変更ありましたけど、大丈夫でした」
「そうか、良かった」
言いながら縛った髪をほどく。
体育祭でも見たけど、この仕草ってすごく色っぽい。
「拓斗、もうすぐ男バスも終わるから体育館行ってくれ」
「わかりました!」
中森、神木先輩には絶対逆らわないよな。
「先輩、勝ち上がったんですね」
「おう!」
そういって、にかっと笑ってピースサインした。
こういうところは女子高生らしいなあ。
しかし、神木先輩がバスケか……。
ちょっとプレーしているところ見たかったかも。
「さあ、昼休みまであと少しだ、頑張ろう」
「はい!」
そして相変わらずの的確な指示で午前中、俺と中森は走り回るのだった。
――昼休み。
ローテーションで最後は本部に入ることになった。
わーい、やっと容子先輩と話せる。
お昼は生徒会室で食べることにした。
平澤先輩は相変わらず青白い顔で対戦表を組んでいる。
栄養ドリンクの空き瓶が痛々しい。
とはいえ、ここまで来ると対戦カードも残り少なくなってきているのであと一息だ。
「容子先輩、やっと会えましたね」
「ふふ、高木君、頑張ってたねー」
この人に褒められると素直に嬉しすぎるのはなんでだろう。
「いや、そんなことないですよ」
「またまた、謙遜しちゃって。彩音ちゃんが褒めてたよー」
「えっ、そうなんですか?」
面と向かって言ってくれれば良いのに。
「ねえ、北上君」
くるりと向きを変えて容子先輩は後ろにいる北上会長に話しかけた。
「お、おお、そうだな」
「北上君も褒めてたよねー」
ニッコリと笑って同意を求める。
横顔だけでとろけそうだ。
「あ、いや、まあ……そうだな」
おお、まさか北上会長にまで褒められるとは。
それにしても、容子先輩の前では北上会長すらタジタジになるのだな。
わかるけれど。
なお、午後は人数調整で大場はメインテント行きとなった。
サブテントは女子だけかあ、ちょっと大変そう。
あ、でもバレーがあと数試合で終わるのか。
準決勝以降は体育館だもんな。
「高木君、トランシーバーの使い方、知っているよね?」
そういえば、ここまで普通に使ってしまっていたな。
通常は、本部のオペレータ時に教えてもらうことだった。
連絡役は大抵、テントのチーフがやる。
「あ、でも聞いておきたいです」
なんかちゃんとした説明があったはずだ。
流石に覚えていないので、今後も何となくで使うのはちょっと気が引ける。
「じゃあ、一応説明するね。
話す時はまず最初に誰が話しているかを宣言すること。
『メインテント』、『サブテント』、『本部』のどれかだね。
そして、次は要件。ここは出来るだけ簡潔に。
続きがある場合は『どうぞ』、ない場合は『以上』と続けて」
「わかりました」
「受ける時は相手が話し終えるまで必ず待つこと。
『どうぞ』か『以上』のどちらかが来たら返事を返す。
『どうぞ』と言われた時はこちらも『どうぞ』で返してね」
「了解です」
それにしても容子先輩の声は聴いていて落ち着くなあ。
なお、生徒会室の椅子は会長席を含めて4つだけになっている。
これは動線を確保するためである。
対戦表は定期的に更新する必要があるため、頻繁に生徒会室から出入りする。
基本的に生徒会室の前にある大きな掲示板が常に最新の状態に更新される。
加えて、本部に詰めている人数は少ない。
対戦表を管理する人がひとりとオペレータがふたり、そして放送部員がひとりの4人が基本だ。
今回は3年生の北上先輩と舘林先輩も本部につめていてくれる。
だが、ふたりは「みんなが走り回っている時に椅子に座るのも悪い」と言った。
なので基本的にずっと立っている。
あんまり意味はないし、効率的でもないし、無駄に疲れるだけだと思う。
でも昔はこういうのが美徳だったのだ。
トランシーバーは3機。
メインテント専用とサブテント専用、それと放送室に直結しているものがある。
競技の開始、終了の連絡は同時に来ることもあるので、まずはオペレータが受けた情報をメモする。
それを対戦表管理者へ渡す、という流れだ。
放送室直結のものは生徒会本部役員ではなく放送部員が担当する。
放送部員は放送室に待機しており、クラスの呼出しを行う、という仕組みだ。
「こちらサブテント、女バレ第17試合、3年9組の勝利です。以上」
「はーい、本部、了解です」
早速飛び込んで来た終了報告。
容子先輩はメモを平澤先輩に渡して、こちらにウィンクをひとつ。
こうやってやるんだよ、という意味だろう。
しかし、可愛い。もうずっと見ていたい。
「こちらメインテント、サッカー第19試合、3年4組の勝利です。以上」
神木先輩の声もスッキリとしていて聴きやすいんだよな。
「こちら本部、了解です」
メモを書いて平澤先輩に渡す。
容子先輩を見るとサムズアップで応えてくれた。
なお、私語は禁止、というわけではないが肝心な情報を聞き逃す恐れがあるので基本的には黙っている。
放送部員もいることだし、必死で頭を捻っている平澤先輩の邪魔をしてはいけない。
ただ、オペレータ同士で筆談をすることは結構ある。
――高木君、がんばれ。
と書いた紙を目の前に置く容子先輩。
もうだめだ、この人、好きすぎる。
――ありがとうございます!
と書き足して渡したら、笑顔を返してくれた。
「こちらメインテント、女バス第21試合、2年4組勝利です、どうぞ」
「こちら本部、了解です、どうぞ」
「続けて、女バス第22試合、開始しました。以上」
「こちら本部、了解です」
と、通信を切った。メモを作った時点で問題が発生した。
「ああああ! 2年4組が勝ちやがった!」
今までずっと静かだった平澤先輩が雄たけびを上げたのだ。
「どうしたの、隆ちゃん?」
「全種目で勝ち残りだ」
……雄たけびじゃなくて悲鳴だった。
たしか、次の試合から準決勝だよな。
全種目で勝ち残りって……、同時進行できないじゃないか。
その時点で北上会長と舘林先輩が動いた。
「職員室行ってくる、とりあえず進めて!」
指示を受けて次の対戦カードに呼出しをかける。
「こちらサブテント、男バレ23試合、3年2組の勝利です。以上」
「はーい、本部、了解です」
「バレーは次から体育館ですね」
「そうだね、彩音ちゃんに連絡してくれる?」
「わかりました」
頭を抱える平澤先輩をよそに、競技は順調に進行していった。
「こちら本部、サブテント側、バレー全試合終了しました。以上」
「あー、ちょっと待って、後で連絡します」
ん? 神木先輩じゃない?
通信機の声は中森だった。
どうしよう、メインテントに直接行った方がいいかな。
「こちらメインテント、サブテントに撤収かけます。以上」
逡巡していると神木先輩から連絡が入った。
準決勝を除くバレーの試合が終わると、サブテントは撤収となる。
以降はメインテントで全種目を管理する。
準決勝以降は試合時間が長いので報告の頻度も減るため、テントをふたつに分けるメリットがないのだ。
めまぐるしく状況が変わる中、生徒会室の扉が開く。
北上会長と舘林先輩が戻ってきたのだ。
「平澤、30分延長で行けるか?」
「あっ! はい!」
「よし、職員の許可は取れた。後は2年4組に確認だな」
球技大会の制限時間は下校時刻。
北上会長は先んじて制限時間の延長を申し出てくれたのだ。
これでバッティングの問題は解決。
なお、過去には球技大会が3日間になったこともあるとのこと。
まあ、確かに球技大会の翌日は終業式なので午後を球技大会にしてしまうことも可能だろう。
そのあたりは職員の都合もあるのかもしれない。
「終わったああああ!」
叫んだのは平澤先輩だ。
球技大会そのものはまだ終わっていない。
だが、決勝戦までの対戦表が組みあがった時点で、平澤先輩の重労働は終わりを迎えたと言って良い。
最新の対戦表を受け取って、生徒会室の外の掲示を変更した。
平澤先輩は崩れ落ちている。
本当にお疲れさまでした……。
サブテントの撤収は無事に終わり、全ての準決勝が開始した。
ここで2年4組が2種目以上勝ち上がってしまった場合は決勝戦は同時進行となる。
これについては北上先輩と舘林先輩が了承を取り付けてくれた。
序盤から中盤のバッティングならともかく、終盤でのバッティングは流石に納得してもらえる。
「高木君、現場行きたい?」
と聞いてきたのは容子先輩だ。
サブテントが撤収したのですでにオペレータの任は終了している。
本部メンバーで仕事があるのは俺と放送部の人だけだ。
「あー……、どうでしょう。ここに居れば容子先輩とも話せますし」
「あら、嬉しい」
社交辞令なのはわかるけど、それでもこういってもらえると胸が暖かくなる。
「それに、平澤先輩がいるとはいえ、ここに現役が居なくなるのもどうかな、と」
「高木、俺たちは一応、まだ現役だぞ」
舘林先輩に突っ込まれてしまった。
「あ、すいません」
「でも、そういう気持ちで居るのは良いことだ」
こちらは北上会長。
「俺たちはもうすぐ任期も終わる。
だから、お前は容子じゃなくて神木と良く話せ。
お前には期待している」
当時の俺は、次期会長候補のような扱いを受けて少し浮かれていた。
でも、今は少し違う。
これはきっと期待などではないのだ。
期待されるから頑張るのか。
頑張るから期待されるのか。
俺はどっちも真実だと思う。
だから北上会長は俺に期待をしている、と言ったのだ。
「期待をしている」だから「頑張れ」と言った。
大人になると、言葉尻を単純に捉えることが出来なくなるのだな。
どこかで一度留め置いて、解釈を加える。
素直じゃなくなったなあ、と心底思う。
「わかりました、じゃあメインテントに行きます」
そう言って席を立った。
容子先輩が優しく手を振っている。
その麗らかな表情に、頬が緩んだ。
メインテントには嘉奈先輩や沙希先輩、奈津季さんも詰めていた。
中森は奈津季さんと楽しそうに話している。
お前、いつも楽しそうでいいなあ。
神木先輩の姿は見えないが、理由は知っている。
女バスの試合に出ているのだろう。
「おー、高木君もこっちきたんだ」
大場が少し疲れた顔で声をかけてきた。
「うん、本部はもうやることないしね」
全ての準決勝が始まっている以上、決勝戦はその場で行われる。
呼出しをする必要もない。
じゃあ、何故メインテントに来たのか。
準決勝が終わったら撤収作業が始まるからだ。
ただ、それまでは少し時間がある。
「体育館、行ってきます」
「いってらっしゃーい」
沙希先輩に声をかけて女バスの試合を観に行った。
準決勝だけあって体育館には結構な数の観客がいた。
この中の全ての人が今日という日を楽しんでいる。
「生徒会執行部員であるまえに、ひとりの一般生徒」
行事を取り仕切ることも大切だが、自ら参加することも大切。
そういった神木先輩が所属する2年4組は劣勢だった。
相手は3年なので当然といえば当然なのだが。
神木先輩にボールが渡る。
運動神経が良い人は何をやっても様になるものだ。
歓声は上げない、そっと見ていた。
当時はあの人のようになりたいと思っていた。
そして、そうなれないと知った。
その時は色々なことが認められなかった。
やり直しの世界で、もう一度こうやって彼女を見る機会を得られて良かったと思う。
神木先輩は、あの時と少しも変わらずに綺麗に見えたから。
「お疲れさまでした!」
「ん? 高木か、ありがとう」
「残念でしたね」
「まあ、仕方ないよ。皆疲れていたしね」
健闘したのだが2年4組は破れてしまった。
勝ち残った種目が多い分、後半は疲労が蓄積してしまったということだろう。
「じゃあ、5分後に決勝戦の開始、お願いします」
準決勝から決勝の間はどうしても連戦になってしまうクラスがあるため、休憩時間が設けられている。
神木先輩とメインテントに戻ったら撤収準備を始めた。
校内の各所に張り紙した対戦表を剥がし、テーブルに広げられた大量のメモをゴミ袋へ入れる。
なお、テニスコートではテニス部員がコート整備に勤しんでいた。
本来ならそちらにも参加しなければならないのだが……。
さすがに今からトンボがけしてローラーはキツイので許して欲しい。
あらかたの片付けが終わると決勝戦の終了待ちとなる。
流石にここまで来ればほとんど終わったようなものだ。
メインテントで生徒執行部員が一同に会した。
……訂正、平澤先輩だけは生徒会室で死んでいる。
「神木先輩って本当にすごいですよね」
「なんだ、急に」
「あ、いや、急にじゃなくていつも思ってますけど」
神木先輩は複雑な表情をした。
「いや、そうでもないぞ。
私も1年の時はな、たくさん失敗したもんだ」
「想像出来ないんですけど……」
「お前たちの前ではしっかりとした姿を見せなきゃいけないからな」
たった1年の違い。
これは社会に出れば大した差ではない。
それこそ、一回りも歳が違う相手と渡り合うことも少なくないだろう。
けれど、この頃の1年は大きかった。
後輩にしっかりとした姿を見せたい。
それは虚勢であるかもしれないが……。
そう思うことで、そうなれるのかもしれない。
「来年が心配ですよ」
「今から思う事か? ……まあ大丈夫だ」
神木先輩は優しい表情で答えた。
「大丈夫な気がしません」
「大丈夫だよ、私がしっかりと鍛えてやるからな!」
そう言って俺の肩を叩く。
やはり、この人は格好良い。
西の空が茜に染まる。
長かった2日間の球技大会は大きな問題もなく、無事に終わった。
俺は結局、神木先輩の思う後輩にはなれなかった。
生徒会の仕事もうまく出来ないし、後輩も育てられなかった。
そもそも、北上会長、神木先輩に続くなんていうのが無理な話だ。
明らかに能力が足りていない。
それでも俺たちは体育祭も球技大会も無事に乗り越えている。
何故なら一ノ瀬が居たからだ。
彼女が居ない、2週目の世界。
俺だけでまともな結末を描けるだろうか……。




