表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
第2章:どうしても失いたくなかったもの
29/116

第23話:球技大会は激務である(前編)

 期末テストが終わった。

 高校生の勉強なんてもうほとんど覚えていないから結果は散々だった。

 でも勉強出来なくてもそれほど困らない、ということは知っている。

 今更、身が入るわけはない。

 ……大学受験が深刻に心配である。


 球技大会の当日は朝7時に生徒会室に集合する。

 メインテントとサブテントは先生の手を借りて前日に設営済みだ。

 まず生徒会室の椅子は会長席と3席を残して全て外に出した。

 その後は各テントに器材や書類を運び込む。

 雨が降ることもあるし、この辺りは前日に行うのは厳しいのだ。


 午前8時頃、一通りの準備を終えたら再び生徒会室に集まった。

 今日は3年の先輩も全員来ている。


「いいか、基本的な仕事は説明した通りだ。

 今日は全員、(りゅう)――平澤(ひらさわ)の指示に従ってもらう。

 各テントはチーフが責任をもって統括してくれ」

 まずは神木(かみき)先輩が全体の説明をしてくれた。


平澤(ひらさわ)です。対戦表については俺に問い合わせてください。

 即座に応じるのは難しいから、はやめに連絡くれると助かります」

 ちょっと頼りなさげな平澤先輩。

 でも、この人の落ち着いた声は安心できる。


「1年の最初のオペレータは大場(おおば)に頼む。

 昼休みになったら、全員、生徒会室に集合するように。

 自分が競技に参加する時は各チーフに連絡してくれ」

 そんな感じで8時半には一度解散して各自教室へ戻ることとなった。


 競技開始は午前9時。

 午前8時40分のホームルームは通常通り行われる。

 生徒たちはその後、基本的には自習だ。

 ……先生方はテストの採点に大忙しだろう。


 ホームルームが終わり次第、俺は配属先であるサブテントへ向かう。


「宜しくお願いしますね、嘉奈(かな)先輩」

「ああ! うん、よろしくね、高木君」

 嘉奈先輩は軽くテンパっていた。声が上ずっている。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫、私は先輩なんだから!」

 あんまり大丈夫そうな表情ではない。

 なんというか目の奥がグルグル回っていそうだ。


「まあ、私もいるからさ」

 そう言ったのは沙希(さき)先輩だ。

 だけどセリフとは裏腹に背中に汗をかいていそうな緊張感が伝わってくる。

 いくら先輩とはいえ、歳はひとつしか違わない。

 それでも後輩を心配させまいと気を使ってくれる辺り、やはり良い人達だ。


 そもそも経験者だから緊張している理由は、多分俺たち後輩だよな。 

 ……精神年齢では倍以上生きている俺からすると、丸わかりなのであった。


 競技開始まで5分前。

 放送室から初戦のクラスが所定の場所へ行くように指示が入った。

 おー、始まったか。

 一度経験しているとはいえ、20年前の現場である。

 流石にちょっとドキドキする。


 さて、何からするべきか……辺りを見渡した。

 対戦表を見て、初戦のカードを確認する。


「中森、ハンドコート行って試合が始まるか確認してきて」

 指示を出しつつ、自分はテニスコートへ。

 バレーは通常、屋内競技だが準決勝まではテニスコートで行われるのだ。

 なお、体育館は全面がバスケットコートとして使用されている。

 ……テニス部員でもある俺からすると複雑な気分だ。

 球技大会後のコート整備はいつも大変なことになる。


 審判は各部活の部員による持ち回り。

 大抵の場合、1年生が審判をすることになる。

 対戦カードを確認して試合開始までを見守った。

 確認して初戦開始の時間をメモする。

 ここから8分後が試合終了の時間だ。

 その頃にまたここに来ることになる。


「バレー、男子も女子も初戦スタートしました」

 嘉奈先輩に報告する。

「ありがとう、高木君」

 そういって、嘉奈先輩はトランシーバーを手に取った。

「こちらサブテントです、男バレ、女バレ、初戦始まりました、以上です」

「はーい、了解です」

 容子(ようこ)先輩の、のんびりとした声が聞こえてきた。

 のんびりしているけど澄んだ高い声はノイズ交じりでも聞き取りやすい。


 本部とは頻繁にトランシーバーで連絡を取る。

 しばらくすると中森が走ってきた。

 どうやらハンドボールの試合も正常にスタートしたようだ。

 俺は対戦表の横に開始時間を記入しておいた。

 こうすることで終了時刻を逆算出来る。


 厄介なことに、何らかの理由によって開始時刻が遅延することがある。

 たとえば、対戦カードのクラスが所定の時間に来なかったり、審判である部員が居なかったりなどだ。

 こうなると平澤先輩が必死で組んだ対戦表が狂ってしまい、結果的に出場クラスのバッティングが発生してしまう。

 特に1年生は初めての球技大会なので基本的なルールが把握できていないことが多いから注意が必要だ。


 競技の開始を受けて次の対戦カードの呼び出しが始まった。

 滑り出しとしては、まずまずだろう。


「嘉奈先輩、ひとまず俺はバレー担当ってことでいいですかね?」

 軽く緊張していそうな嘉奈先輩だったので落ち着いて声でゆっくりと話した。


「えっ!? あ、うん、お願い!」

 基本的にテントのチーフは動かないで指示を出すことに専念する方が良い。


「じゃあ、拓斗(たくと)がハンド担当ね!」

 指示を出したのは沙希先輩だ。

 ひとまずこれで役割分担が決まった。

 あくまでもひとまず、というのには理由がある。

 何故なら、生徒会執行部員も球技大会に参加しなければならないからだ。


 終了時刻が近づくとバレーコートに向かって走った。

 通常の場合、試合が終了したら勝利したクラスが各テントへ報告する運びとなっている。

 皆がルールを守ってくれれば生徒会執行部員はテントで待機していれば良い。

 けれど、報告を忘れて教室に戻ってしまうことは良くあるのだ。

 だから試合結果はこの目で確認した方が確実なのである。


 同時に次の対戦カードのクラスが揃っているか確認した。

 よし、次戦も問題なさそうだ。

 審判の人には終了後、すぐに試合を開始してもらうように連絡しておく。

 勝利チームを確認したらサブテントへ向かって走る。


 ……結構な肉体労働だ。

 だが俺は運動部に所属しているのでこういう時に強い。

 運動神経は無いから、ただの体力馬鹿だけどな。


「サブテントです、男バレ初戦、2年3組の勝利です。どうぞ」

 嘉奈先輩に伝言しても良いのだけど、面倒なので自らトランシーバーを取った。

「はーい、本部、了解です。どうぞー」

「続いて女バレ、3年1組の勝利です。どうぞ」

「はーい、了解です。どうぞー」

「男バレ、女バレ、2回戦開始しました。以上です」

「はーい、了解です」


 1回でまとめて報告しろ、と思うかもしれないが聞き直しが発生するよりはこちらの方が効率的なのだ。

 本部から返事が返ってくるまでの間、容子先輩から平澤先輩への伝達が行われている。

 それにしても、容子先輩の声、いいなあ……。

 全く同じ台詞をぶれなく言えるのも3年生らしい落ち着きである。


「嘉奈先輩、バレーコート、順調です。

 本部には連絡しておきました」

「あ、うん! ありがとうー!」

 一連の動きを見ていた嘉奈先輩から羨望の眼差しを感じる。


「やるな、高木」

 沙希先輩からも褒められた。

 まあ、経験者だしな……。


 少し遅れてバレーの勝者がルール通りに報告に来た。

 嘉奈先輩が受理して対戦表表に勝者を記載する。

 本来なら、勝者の報告はこのタイミングだ。

 ただ、平澤先輩には少しでも早いタイミングで情報を入れてあげたい。

 ほんの1、2分程度の違いだけど、本部では大事な時間だ。


 ハンドコートの方を見ると、あちらも終わったようだった。

 中森はどこ行ったのか。

 見るとクラスの連中と話しているようだった。

 まあ、アイツはああいうヤツだしな。


 というわけでハンドコートに走る。

 試合結果を確認しつつ、次の対戦が始まるのを確認した。

 このタイミングでは報告に戻るより、次戦の開始を確実にした方が良い。


 サブテントに走って2回戦の開始を報告したら、再びバレーコートへ走る。

 試合開始の手配はしたが、実際に開始しているかどうかの確認と、残りの対戦時間を見るためだ。

 手元の対戦表に終了予測時間をメモする。

 同時に次戦の対戦カードがそろっているか確認した。

 ん? 男子がまだみたいだな。

 来ていないのは……1年4組か、これなら直接行った方がはやそうだ。


 サブテントまで戻って本部に連絡、再度放送をかけるという手もあるが、1年の教室はテニスコートに近いのである。

 ということで今度は教室に向かって走る。

 教室にいる連中に男子バレーに参加するメンバーはテニスコートへ行くようにと伝えてもらった。


 サブテントに戻ると中森と嘉奈先輩が楽しそうに話していた。

 まあ、それはそれで良いことだ。


「高木、大丈夫? ずっと走ってない?」

 と、心配してくれたのは沙希先輩。


「あー、俺、運動部なんでトレーニングだと思えばちょうど良いですよ」

「頼もしい、疲れたらマッサージしてやるから言いな」

 美女によるマッサージ……それは何とも魅惑的な響きですね。


 バレーの第2試合がそろそろ終わるので先んじてコートへ向かう。

 結果を確認して、次の試合の手配。


 男女の試合時間が少しズレてきたな。

 この辺りは審判の裁量にもよるから仕方ない。

 バレーは得点制ではなく制限時間制にしている。

 ただ、同点だった場合はプレーを継続して勝者を決めなくてはいけないのだ。

 トーナメント制に引き分けはない。


 次の試合の手配をしたらサブテントへ走る。

 トランシーバーで本部へ連絡する。

 基本的にはコレの繰り返しだ。


 私語はないけど、トランシーバーの先に容子先輩が居ると思うと胸が高鳴る。

 3年生なのであまり話せていないが、当時からずっと憧れの先輩であった。


「嘉奈先輩、ハンドの3戦目、始まってます?」

「えーっと、アレ、まだ2戦目が報告来てない」

 ああ、良くないパターンだ。


「こちらサブテント、ハンドの3回戦、呼び出しお願いします。どうぞ」

「はーい、本部、了解です。どうぞー」

「ハンドの2回戦の結果はこれから確認しに行きます。以上です」

「はーい、本部。了解です」


 そう言って走り出した直後。

「よろしくねー、高木君!」

 と、容子先輩の優しい声がトランシーバーから響いた。

 ああ、やっぱりあの人、好きだなあ。


 ハンドコートに行って審判に直前の試合結果を聞いた。

 勝者は1年9組、と。

 やっぱり報告忘れてやがったな。


「次のカードは呼び出ししたので来たらすぐに始めてください」

 と審判の人に連絡して、サブテントまで走る。


「こちらサブテント、ハンドの2回戦、1年9組の勝利です。以上」

「はーい、本部。了解です、ありがとう」

 ああ、お礼を言ってもらえた。これは嬉しい。

 本来、通信での私語は厳禁だが、この程度なら許される。


「ごめんね! 高木君」

 ちょっと慌てた声を出したのは嘉奈先輩。

「確認してくれてありがとう」

「いえいえ、皆で頑張りましょう」

 そう言って、再びバレーコートへ向かった。


 ――そして、昼休み。

 午前中はあっという間に過ぎていった。

 午後は俺も競技に参加しなければいけない。


「高木は午後、本部オペレータな」

 昼休みの集合で神木先輩からそう告げられる。


「ええ! 高木君、そっち言っちゃうの!?」

 声を上げたのは嘉奈先輩だった。

「どうした? サブテントは人数不足か?」

「そういうわけじゃないけど……」

 と、困った顔をする。


「先に中森にやってもらったら?」

 と助け船を出したのは沙希先輩だった。

 ……それ、人数的にはあまり変わらないぞ。

 というツッコミは何故かなく、すんなりとサブテント残留が決まる。


「じゃあ、中森、本部オペレータな」

「了解です」

「よろしくねー」

 ……いいなあ、容子先輩と同じ部屋に居られるなんて羨ましい。


 まあ、ローテーションなんで明日は俺もこっちに詰めることになるのだけど。

 ちなみに一言もしゃべっていない平澤先輩は絶賛テンパリ中だった。

 あー、アレは大変そうだ。

 昼休み以降はトーナメントの2回戦も入ってくる。

 1回戦の結果を受けた対戦表はこの時間内で作成しなければいけない。


「じゃあ、午後もよろしく頼むぞ!」


 お昼ご飯は少し遅めに食堂で頂いた。

 俺が通っていた高校は珍しく学食があるのだ。

 周辺住民のお手伝いでかろうじて経営している。

 基本的にうどんか蕎麦しか提供していないが、200円はとても嬉しい価格だ。


 ご飯を食べたらサブテントへ。

 嘉奈先輩が机に突っ伏して気持ちよさそうに寝ていた。

 文庫本を読んでいた沙希先輩が気がついてこっちに手を振る。


「お疲れ様です」

 といって隣の席へ。

「お疲れー」

 返事をもらったと思ったら沙希先輩は席を立ってしまった。

 あら?


「おー、硬いな」

 おもむろに肩を揉みだす沙希先輩。

「うあ」

 思わず振り返ったら先輩の髪が顔に触れた。

 いい匂いがするなあ。


「こら、振り返るな」

 言われて前を向く。

「午後も頑張ってくれよ。私も走るからさ」

 まさか本当にマッサージしてくれるとは。

「先輩は無理しないでくださいね」

「うん、それはモチロン」

「転ばないでくださいね」

「私は嘉奈じゃない」

 嘉奈先輩はたしかに何もないところで転びそうだ。

 ふたりで笑って、初日の後半戦へ備えた。


 中森が減った分、走る量が格段に増えた。

 沙希先輩もコートを往復しているが、やはり体力的に厳しそう。

 嘉奈先輩と何度か交代していた。

 あのふたりはああいう連携が上手に出来る。

 そういうのを見込んでの配置なんだろうな。


「嘉奈先輩、ごめんなさい、しばらく試合に出ます」

「ええっ! 無理無理!」

「こら、嘉奈。そこはしょうがないでしょ」

「むううー、早く戻ってきてね」

 いや、制限時間制だから無理ですよ。

 内心で突っ込んだけど。


「了解です!」

 笑って応えてコートへ向かう。

 頼りにされるのは正直言って嬉しい。

 勝ち上がっても面倒だからわざと負けてしまいたい衝動に駆られる。

 が、それをやったら神木先輩にひどく怒られそうだ。


 幸いにして俺は運動神経がないので球技全般は下手くそである。

 ……もちろん、部に所属しているテニスも同様。

 クラスでもバレーは捨てる、という方針だったので見事に初戦敗退した。

 喜んじゃいけないよね。


「勝者報告はこっちでしますので戻ってもらって大丈夫ですよ」

 と、対戦相手に連絡してサブテントに向かう。

 サブテントに待っていたのは沙希先輩だった。


「ごめん、嘉奈も試合に出ちゃってて、ハンドの方、行ってもらえる?」

「了解です、じゃあ、本部への連絡お願いします」

「よろしくねー!」

 そう言って、ハンドコートへ走った。

 ……なんていうか、試合に出ている時間の方が楽なんですけど。


 色々とドタバタはあったが、何とか初日を終えることが出来た。

 2日目は対戦カードも減るし、競技時間が延びるので少しは楽になるだろう。

 準決勝からはバレーも体育館に移る。


「みんな、お疲れ様、明日もよろしく頼む」

 と、その場を締めたのは神木先輩。

 平澤先輩は真っ白になりそうだった。

 でも引き続き明日の対戦表を作らないといけない。

 ……大抵の場合、徹夜作業である。

 頑張って生きてください、平澤先輩。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ