第22話:普段は静かな子でも時に饒舌になることがある
期末テストまで残り1週間。
わが校ではこの期間は部活動が禁止となる。
ほとんどの生徒はこの間、必死に勉強するものだ。
だが、生徒会執行部に休みはない。
テスト前に各クラスから球技大会のメンバー表が提出された。
なお、良くあることがだが予定の日に提出に来ないクラスもある。
その場合は生徒会執行部が直々に赴くことになる。
こちらは現会長である北上会長が行った。
流石に3年生だけあってあっという間だ。
そして、トーナメント表が完成する。
テニス部は当然、活動禁止なのでこの期間は生徒会室に入り浸っていた。
平澤先輩は対戦表を作るのに必死だ。
いつもの温厚な感じが抜けている。
アレ……本当に大変なんだよな。
後に自分の仕事になるのだが、今はまだ他人事で居られる。
手伝うのは不可能、組み合わせは1人で考えるしかないのだ。
――チリンチリン。
生徒会室の扉に括りつけられた鐘がなる。
「おはようございます」
静かな挨拶で部屋に入ってきたのは奈津季さんだ。
「おはよう、今日も綺麗だね」
「あー、高木君、おはよう」
相変わらず、そっけない。まあ、そこも良いんだけど。
「テスト勉強してる?」
最も学生らしい、この質問に答えたのは奈津季さんではなかった。
「高木君、その話をしないで!」
漫画本を読んでいた嘉奈先輩から本気の叱責を受けた。
「高木、その話題はタブーだ。今度言ったら殺すぞ」
怖いことを言ったのは文庫本を読んでいた沙希先輩。
いや、そんな理由で人を殺さないで下さい。
なお、神木先輩は意外にも生徒会室に顔を出していない。
……あの人、ちゃんと勉強してそうだな。
中森と大場も生徒会室には来ているけど、仕事をしている様子も勉強をしている様子も無かった。
おい、大丈夫か、みんな。
実を言うと、テスト期間中は流石に生徒会執行部もそこまで忙しくはない。
何故ならこの後の球技大会が終われば長い休みに入るからだ。
生徒会メンバーでの合宿みたいなイベントも無い。
夏休み中も若干の雑務が残る場合があるが、それは生徒総会に向けた準備で主に会計の仕事だ。
ただ、文化祭執行部は夏休みも忙しいだろう。
俺はこの年の文化祭についてはあまり関わっていなかった。
もちろん、お手伝いはするけれど、夏休みはテニス三昧の予定である。
運動部にとって、朝から晩まで練習できるまたとない機会だからな。
そんなわけで、いかに忙しい生徒会執行部員とはいえ、真っ当にテスト勉強する時間はあるのだ。
……むしろ、生徒代表なんだからちゃんと勉強しないとダメだよね。
しかしながら、俺も当時、勉強していた記憶などない。
何をしていたかも記憶にないが、どうせ一ノ瀬の事で頭がいっぱいだったのだろう。
「私はちゃんとしてるよー」
と、遅れて答えたのは奈津季さん。
「でも、家に帰ってからだけどね。
ここではお菓子食べておしゃべりしてるだけだし」
生徒会室というよりただの談話室じゃないか。
「そっかあ、偉いな。でもここに来てくれるのは嬉しいよ」
「えっ? 何で?」
「だって、来てくれれば会えるじゃん」
「あー、うん。でも私は高木君に会いに来てるわけじゃないよ?」
ああ、つれない。別に変な意味で言ったわけではないのだが。
「高木ー、奈津季に振られたね」
沙希先輩に突っ込まれた。
「口説いてるわけじゃないんです。
俺は別に奈津季さんだけじゃなくて……」
だって、この場所はいつまでもこのままじゃない。
「沙希先輩や嘉奈先輩とも会いたいですよ?」
「高木君、わたしは別に会いたくないよ?」
「高木、私もお前に会いに来ているわけじゃないぞ?」
同時に突っ込まれた。
酷い。
「あ、もちろん平澤先輩や中森、大場ともだけどね」
「俺はそういう趣味無いぞ」
速攻でツッコミを入れたのは中森だった。
「みんな、酷い……」
思いっきり邪険にされて少し凹んだ。
――くっくっくっ……。
最初に含み笑いをしたのは沙希先輩だ。
「あはははは!」
そう言って、生徒会室には笑い声が響く。
当たり前のように続きそうな、この時間。
これが有限だということを俺は知っている。
「沙希先輩、慰めてください」
「えー、嫌だ」
「じゃあ、嘉奈先輩」
「えー、無理」
……やっぱり酷かった。
「ああ、神木先輩が居ればな……」
「彩音はもっと無理でしょうよ」
といって沙希先輩に笑われてしまった。
どうだろう。
実は本気で慰めてくれそうなのは神木先輩のような気もする。
生徒会室の奥にある窓のカーテンが静かに舞った。
会長席に神木先輩が座っていない。
なんだか、少し、寂しく感じた。
「それにしても、神木先輩がいないとちょっと寂しいよね」
何気なく言った言葉だった。
「わかる!」
目をキラキラとさせる奈津季さん。
ああ、そういえば。
この子は神木先輩が凄く好きな人だった。
「神木先輩って本当にこの学校の中心みたいな人だよね。
凄く綺麗なのに全然それを鼻にかけないし。
私はあんな格好いい女の人、初めて見たよ!」
どうやらスイッチが入ってしまったようだ。
「ねえ、聞いてくれる!?」
これは奈津季さんの決め台詞だ。
この後は凄く話す。
「うんうん、神木先輩は綺麗だよね」
「そうなんだよ!
目力があるよね、見られるだけで言う事聞きたくなっちゃうっていうか。
スタイルも凄くいいし、とても高校生とは思えないよ。
しかも、声も凄くいいよね!
ちょっと低いけど、遠くからも凄く聞き取りやすい。
どうしたらあんな風に話せるんだろう。
そういえば、口調は厳しいけど、いつも優しいよね!
なんか気を使ってくれてるというか……」
「わかるよ、憧れるよね」
「そうなの!
神木先輩みたいになりたいって思っちゃうよね。
でも、やっぱり私なんか全然ダメだし、天文学的に遠い人だけど……。
生徒会に入れば少しでも近づけるかなって。
もう近くで見れるだけでもうれしくて。
生徒会入って良かったなって思う」
「ああ……俺も実は神木先輩に近づけたらなってちょっと思ったよ。
まあ、さすがに高望みだけどね」
「わかる!
すごく高いところにいる感じがするよね。
それなのに、いつも近くに降りてきてくれる感じが凄い。
ああー、もう……私なんか絶対にあんな風になれないよ。
でも勝手に憧れるぐらいならいいよね!?」
ひとしきり言いたいことを言えたのかな?
奈津季さんは一息をついた。
「うん、いいと思うよ」
俺のその声を聴いたところで、両手で顔を覆う。
「あ……」
どうやら、いつもの大人しい奈津季さんに戻ってしまったようだ。
俯いて、耳まで真っ赤になっている。
「ごめん、高木君、私ばっかり話してて……」
こういう奈津季さんは珍しい。
けど、饒舌な方が本来の奈津季さんなんじゃないかって思う。
「あー、いや、謝ることじゃないから。
っていうか、俺の方が一方的にしゃべっていること多いでしょ」
これは事実である。
俺はどうしても自分語りが多い、空気の読めない人間だ。
大人になってもそれはあんまり変わっていない。
「そんなことないよ!」
奈津季さんらしくない強い返答だった。
「だって……、高木君はちゃんと聞いてくれたよ」
しばらく間を置いて、奈津季さんらしく言った。
ありがたいな、この反応。
「俺は奈津季さんがたくさん話してくれて嬉しいよ。楽しかった」
はっきりと、目を見てそう言う。
一ノ瀬みたいに自然には出来ないけど……。
奈津季さんの事をちゃんと肯定してあげたかった。
だからつい、奈津季さんの頭を撫でてしまった。
「高木君!?」
「あっごめん。女の子の頭に軽々しく触っちゃだめだよね」
「そうだよ! 全くもう」
むくれる奈津季さんが可愛くて。
思わずもうひと撫でした。
「……もう」
拒否反応の少なさにちょっと安心した。
けど背徳感も凄まじいので手を離す。
彼女はしゃべり過ぎる自分のことを短所だと思っているようだけど。
そんなことはない。
奈津季さんはもっと好きに話して良い。
本当の奈津季さんがそうであるなら、そのままで居ていいのだ。
「ありがとう、高木君。
なんだか、高木君って、中学校時代の友達に似てるかも」
少し俯いて、赤くなる。
ねえ、その友達って……もしかして?
奈津季さんは一ノ瀬の事を知っているのかもしれない。
もしかしたら……まだ、もう一度逢える可能性があるのかな?
一ノ瀬……。
少なくとも、この世界に存在してくれているのなら。
俺はそれだけでも、嬉しいよ。




