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たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
第2章:どうしても失いたくなかったもの
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第20話:高校生の行事は意外と生徒まかせだ

 体育祭の前日。

 この日は放課後を丸ごと使って当日の流れを再現するリハーサルだった。

 流石に部活動には出る余裕はない。


 本部テントは先生の手を借りて本番と同じ場所に設営してもらった。

 執行部員はそこで競技プログラム通りに進行を確認する。

 拡声器を使っての誘導や競技間の用具の出し入れも念入りに模擬した。

 放送委員は実際に音楽も流すし、得点プレートも設置、本番さながらだ。


「高木!」

 神木(かみき)先輩から声がかかった。

「私は騎馬戦とリレーに出る。

 その間の現場指揮はお前に任せて良いか?」


 ああ、そういえば、そんなこともあったな。

 当時の俺は頼られたみたいで嬉しかった。

 けれど、多分違う。これは試されていたのだろう。


 リハーサルは最終下校時刻ギリギリまで行われた。


「高木君は何の競技にでるの?」

 聞いてきたのは同じ1年の大場(おおば)だ。

 何故か大場には当時から君付けで呼ばれていた。

 そんな大場だが、中森のことは「拓斗(たくと)」と呼び捨てにしている。

 ……何故だ。


「棒倒しと、徒競走。そっちは?」

「棒倒しは男子全員参加だもんね、こっちは他に綱引きだけ」

 お互いに出る競技は最小限にしている。

 多くの生徒は3から4競技に参加することになっていた。


「リハーサルも結構疲れるね」

 トレードマークの瓶底眼鏡をくいっと上げてそう言った。

 走り回ることになるから運動部でも結構しんどい。


「ああ、こんなに大変だとは思ってなかったよ」

 当時の俺もそんな感じだった。


 高校生の生徒会執行部ともなると、かなりの主体性が求められる。

 正直言って、よくここまで生徒に任せるな、と思うよ。

 大人目線では薄氷の上を渡っているように見えてならない。


 しかも毎年、執行部長が変わるのだ。

 去年は北上会長、そして今年は神木先輩。

 毎年、優秀な人材が出るとは限らない。

 それでも、この体育祭は一度も失敗することなく30年以上も続けられている。

 やはり高校生を若輩者と見下してはいけない。


 指揮をとる神木先輩を見る。

 その瞳には、大人にはない熱意があるように思えた。

 彼女の手腕でリハーサルは無事に終わる。

 大きな問題も見つからず、あとは本番を迎えるだけだ。



 ――体育祭当日。

 執行部は烈火のような忙しさだった。


 唯一楽しめたのは応援合戦ぐらいのものだろうか。

 我が校の応援合戦では応援団のほかチア部も参加する。

 校庭の中央で披露するチアリーディングは心配になるぐらいの迫力があった。

 せめてこれぐらいは眺めさせて貰わないとな。


 競技の方も白熱していた。

 男子生徒の棒倒しや騎馬戦なんかは普通に怪我人が出ている。

 今では考えられないだろう。


 なお、神木先輩の指示で執行部員は全員、何らかの競技に参加している。

 曰く「生徒会執行部員である前にいち生徒である」とのこと。

 一般生徒としての参加は権利であり、同時に義務でもあるのだというのが神木先輩の持論だ。

 これに対して、北上(きたかみ)会長は「生徒会執行部員は生徒会の代表である」と言っていた。

 ようするに運営をする側だから参加する必要はない、ということだ。


 これについてはかなり前から対立していた、ということを聞いた。

 実際、何度か神木先輩と北上会長が言い合っているシーンを見たことがある。

 ふたりとも絶対に意見を曲げないから、最後には感情的になった神木先輩が負けることが多い。


 神木先輩が負けるというのは当時、衝撃だった。

 まあ、普通に考えて上級生の男子と言い合いをして勝てるわけがない。

 当時の俺は、理屈的には北上会長が正しいと思っていた。

 それでも個人的な感情から神木先輩を指示し、応援していた。


 今は……どちらも正しい、と思う。

 大人になるとそういう事が多くなる。

 ある視点においては正しいが、ある視点では間違っている、ということはざらだ。

 有名な話では「5人を助けるために1人を殺すことは許されるのか?」という問題がある。

 当然、正しい答えなど無い。


 俺は一度だけ、神木先輩が泣いているのを見たことがある。

 その時は沙希(さき)先輩が優しくなだめていた。

 俺は生徒会室には入れず、そのまま硬式テニス部へと行った。

 きっと今の自分でも、彼女を慰めることなど出来ないだろう。


「高木! 騎馬戦が終わるまでは本部を頼む」

 だからかな、今の神木先輩は生き生きとしているように見える。

「わかりました!」

 神木先輩の号令で本部テントへ走る。


 体育祭執行部長でありながら本部を離れて競技に参加する神木先輩。

 自らの理想に殉じる彼女は美しい。


 神木先輩は運動も人並み以上に出来る。

 昔、一ノ瀬から「高木くんは何でも出来るから、出来ない人の気持ちがわからないんだよ」と言われたことを思い出した。

 違うぞ、一ノ瀬。

 何でも出来る人というのは、神木先輩のような人のことを言うのだ。

 俺はただの器用貧乏にすぎない。


「騎馬戦の次、何でしたっけ?」

「えーっとね、玉入れだよー」

 のんびりした口調で答えたのは嘉奈(かな)先輩。


「用具準備出来てますか?」

「さっき大場君が走っていったよ」

 返事をくれたのは奈津季(なつき)さんだった。

 ああ、今日も綺麗だ。


「呼び出しの放送頼んでも良い?」

「ん、了解!」

 奈津季さんはトランシーバーで放送室へ連絡を入れる。

 当時はスマホどころか携帯電話もない。

 昔ながらの電波式トランシーバーを使って定点通話を行っていた。


「なんだか高木くん、彩音(あやね)ちゃんみたいだね」

 足をパタパタしながら嘉奈先輩が嬉しそうにそう言った。

 屋外の椅子だと長い髪が地面に着きそうでちょっと心配だ。


 体育祭執行部は基本的に本部テントに詰めている。

 当日の予定、プログラムや用具の準備、動線は確保してあった。

 しかし、実際に行うとほんの少しのズレやミスなんかは当たり前に発生する。

 それを何とかするのが執行部の手腕にかかっているのだ。


「俺なんかに神木先輩の代わりは務まりませんよ」

 これは本当にそう思う。

「頑張れー!」

 ……嘉奈先輩も頑張って下さい。


 女子の騎馬戦は大盛り上がりだが、そっちを見ている余裕はなかった。

 競技が終わったらすぐに次の競技開始、そしてその次の競技の準備に入る。

 玉入れの籠や玉を用意している間にその後に行われる綱引きの綱を用具倉庫から引っ張り出す、という具合だ。

 リハーサルはやっているけれど全体の流れを把握している神木先輩が抜けるのは正直、不安になる。


「すまない、高木」

 まとめ上げた髪を下ろしながら神木先輩が本部テントまで走ってきた。

 ああ、ポニーテールも良かったのに!

 なお、これまで口にしていなかったが神木先輩は胸がとても大きい。

 今日みたいな薄着で走ってくるのを見るのは、中々に目の毒だ。

 いや、眼福なんですけども。


「お疲れ様です!」

 直視できず、ちょっと目を反らしながら声をかけた。

「どうした?」

 不思議そうな顔をしないで下さい。

「玉入れはスタンバイOKです、綱引きも準備入ってます」

 照れ隠しで進捗を報告した。

「よし、良くやってくれた」

 満足そうな顔でテントに入ってくる神木先輩と席を変わった。

 やはり、その席は貴女に似合います。


 その後も体育祭は順調に進行した。

 昼休みに入るとほっと一息つける。


「あー、しんどい」

 中森が汗だくでそう言った。

「まったくだね」

 用具の準備や出場者の誘導なんかで結局、校庭中を駆け回ったのだ。

 神木先輩は昼ご飯を片手に摘まみながら午後のプログラムを念入りに確認している。


「さすがだな」

「ん? 何が?」

 中森は良くわかっていないようだ。

「神木先輩だよ」

「ああ、本当に。神木先輩が居なかったら成り立たないよな」

 うん、やっぱり解っていない。

 来年はその神木先輩がいないんだぞ。


「白線、引き直してくる」

 そういって俺は校庭の目印を確認しつつ、石灰で線を引いた。

 夏の陽射しがジリジリと肌を焼く。

 頑張っている人に対して、何もしてやれず。

 結局、別の事をするしかないのは今も昔も変わっていなかった。


 午後もなんとか無事に進行し、体育祭も終盤に差し掛かる。

 最後の競技は色別対抗リレー。


「高木!」

「頑張って下さい」

 短い言葉で本部テントの席を変わる。


 神木先輩はリレーの選手に選ばれていた。

 これまでの競技で白組の勝利はほぼ絶望的だったので紅組と青組の一騎打ちの構図だ。

 ただ、これは体育祭執行部にのみ解っている情報。

 すでに3種目前から得点板はあえて更新していない。


 神木先輩は白組だから手を抜いて走っても良さそうなものだが……。

 この人はそんなこと、絶対にしないだろうな。

 とりあえず、怪我だけはしてほしくないと思う。


「得点集計、どうなってます?」

 最終競技なので次の競技の準備はない。

 が、得点の計算は競技ごとに行う必要があるし、リレーが終わったら即座に優勝の発表があるのだ。

「ばっちり、3回確認したよ」

 沙希(さき)先輩がピースサインをした。

 得点板の方も準備が完了しているようだ。


「誘導班は?」

「大丈夫、もう出てるよ」

 優しい声で応えてくれたのは奈津季さん。

「じゃあ、もうやることないじゃん」

 結局、神木先輩が全部手配して出て行ったようだ。


 少し気を抜いて、本部テントからリレーの様子を眺めていた。

 陸上部も参加しているだけあって、リレーの選手はとても速い。

 1周200mのトラックをあっという間に駆け抜けて、次々とバトンが繋がっていく。


 俺は青組だったが、白組の神木先輩をどうしても応援してしまう。

 一般生徒にしてはかなり速いと思う。

 けど、陸上部の2年生に追い抜かれてしまった。

 神木先輩は全く悪くないのに、悔しそうな顔をしている。


 ――いつからだろう。

 どこかで何かを諦めるのが普通になってしまったのは。

 勝ち目が薄い戦いを避けるようになったのは。

 負けた時に、悔しいよりも仕方ないと思うようになったのは。


 そんな大人になりたくないと、思っていたはずだった……。

 変わらない自分でいたと思っていたのに、俺はいつのまにか変わっていた。

 両手を膝に着けて肩で息をしながら、地面に汗を落とす、神木先輩。

 彼女のことを本当に美しいと思った――。


「お疲れ様でしたー!」

 生徒会室にて。

 体育祭執行部全員の声が響く。

 ボロボロの生徒会室はその音に負けて崩れてしまいそうだ。


「いや、マジで疲れたよ、本当」

「高木君、頑張ってたもんね」

 隣にいるのは奈津季さん。


「一番頑張ってたのは神木先輩だけどね」

「あはは、神木先輩と比べちゃ駄目だよ」

 まあ、そうなんだけどさ。


「今日は疲れただろう、後はクラスに戻ってくれ。

 片づけは明日、行う。

 それが終わったら反省会だ」


 体育祭で使った用具やらテントや机、椅子は校庭に出しっぱなしだった。

 片付けも一苦労だが、すでに下校時刻が迫っているので今日はお開きとなる。

 そして、後片付けが終わった後も執行部にはいくらか仕事が残っているのだ。

 反省会というのは今回の運営で問題があったところを洗い出し、次回につなげるための物。

 今年の開催も過去の反省会の内容を踏まえた上での開催となっている。

 そして、その後は全校アンケートで体育祭の感想と改善点を聞く。


 運営する人は毎回変わる。

 だが、こうやって受け継いだものを使って、体育祭は良いものになっていく。

 不思議なものだ。


「折角だからな。

 近いうちに、体育祭執行部で打ち上げをやろう」

「おおー!」

 神木先輩の言葉に歓声が上がった。


 学生だから酒は飲めないけど、やっぱり打ち上げは大事だよな。

 そして、クラスへと散り散りになっていく執行部。


「ふう……」

 神木先輩はそれを見て、やっと大きなため息を着いた。


「今日は本当に、お疲れさまでした」

「ありがとう、高木」

 そして片手を上げる。


「えっと……?」

 意図が解らず戸惑ってしまった。

「いいからお前も右手を出せ」

 上げた手を神木先輩が勢いよく叩く。

 パン、と乾いた音がした。


「お疲れ!」

 神木先輩はいたずらっぽく、にやりと笑った。

 ああ、もう本当に――この人は恰好良い。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 繰り返すと誓いながら、単なる繰り返しではいられなくなり、主人公がだんだん熱くなりつつある?ところ。 [一言] 神木先輩に惚れないのは、高嶺の花過ぎるからなのでしょうか?自身を、「出来ないこ…
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