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たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
第2章:どうしても失いたくなかったもの
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第18話:大切なものは綺麗なままにしておきたいと思う

 一ノ瀬と会わない未来、それを見てみるのも良いのかもしれない。

 過去を辿っても悲しい結末になるのは解っている。

 それならば、そうならない未来を選ぶこともまた、真っ当な考えだ。

 もういっそのこと、このやり直しの世界を素直に楽しもう。

 これが大人の考え方である。


「では、定例会を始める」

 北上(きたかみ)会長の厳かな声で水曜日の定例会が始まった。

「今回から、新入生にも参加してもらっている。

 まずは簡単に自己紹介をしよう」

 お達しがあった通り、今回の定例会は全員参加だ。

 前回から増えたメンバーは3人。


丸谷(まるたに) 容子(ようこ)、書記です。吹奏楽部を兼部しています」

 3年生の紅一点である丸谷先輩は清楚という言葉を体現したかのような優しい雰囲気の女性だ。

 肩までかかる黒髪は美しく、一挙手一投足が優雅。

 一見して天然系女子に見えるが、実は理系で非常に論理的な考え方をしている。


平澤(ひらさわ) 隆一(りゅういち)です。

 2年生、俺も吹奏楽部を兼部で、容子(ようこ)先輩の弟子です」

 平澤先輩はちょっとふっくらしている眼鏡の先輩。

 おっとりしているけど、頭の回転はとても早い。


大場(おおば) 義明(よしあき)、1年です。宜しくお願いします!」

 身長は俺と同じぐらい、メガネで短髪と特徴は俺とほぼ一緒。

 だけど、装着しているのが瓶底眼鏡なので見た目の印象はまるで違うだろう。

 理系っぽく見えて実は文系という、ギャップがある。


「今期の執行部員は以上だ。

 生徒会選挙は10月、それまではこのメンバーでやっていくことになるが……。

 実際、3年は今学期で引退となる。

 本校は進学校でもあるから、3年は受験勉強をしなければならない。

 今後の運営について、3年はあくまでサポートだと思ってくれ」

 そう言って北上会長は席を立った。


 生徒会室の一番奥にある、座椅子。

 それは生徒会長が座る場所だ。


神木(かみき)、以降はお前が進行しろ」

 そう言って、会長席を譲った。


 神木先輩はツカツカと歩き、迷わずに会長席に座る。

 堂々としたその姿は美しい。


「では、北上会長から話があった通り、今後の運営は私たち2年が中核となる。

 1年生はしっかりとついてきて欲しい」


 神木先輩の議事進行は見事だった。

 当時の自分が彼女に憧れたのも良くわかる。


 俺は史実通り、生徒会執行部の庶務と硬式テニス部を兼部することとなった。

 生徒会執行部と運動部を兼部する場合、仕事に対して多くの免責が与えられる。

 基本的に毎日練習がある運動部と生徒会執行部の業務は両立が困難なのだ。

 なお、吹奏楽部は区分上、文化系の部活だが例外的に運動部と同じ扱いを受けている。

 定期コンクールだけでなく学校行事でも演奏をすることがあるため、普段の練習の量が半端ないという事情があるのだ。



――生徒会執行部の日常生活は楽しかった。


「おはようございます」

 雨の日の放課後はいつも生徒会室を訪れる。


嘉奈(かな)先輩、今日も可愛いですね」

「ありがとうー、高木君」

 高校時代は名字で呼んでいた先輩たち。

 今は下の名前で呼んでいる。


沙希(さき)先輩、今日も知的ですね」

「おい、高木、私は可愛くないのか?」

 沙希先輩は割と毒舌である。ツッコミも時に容赦がない。


「いや、そんなことないですよ、眼鏡がよく似合ってます」

「んー? それも褒めてなくないか?」

 といって、持っていた本の角を押し付けてくる。


「美人に責められると興奮するのでもっとやって下さい」

「美人……か、それなら良し」

 ああ、しまった。


奈津季(なつき)さんは今日も綺麗だね」

 彼女の呼び名は当時から変わらない。

「おはよう、高木君」

 ……完全にスルーされた。

  

 嘉奈先輩と沙希先輩は帰宅部なので基本的に生徒会室にいる。

 特にやることが無くても、本を読んだりおしゃべりをしていたり、寝ていたり。

 生徒会室に居ないことの方が少ないぐらいだ。

 奈津季さんも同じく、大抵は生徒会室に来る。

 実を言うと運動部である俺が1番、ここには来ない。


「挨拶と同時に女子を口説くなよー」

 そう言ったのは中森だ。

 コイツも結構、ここにいることが多い。

 ただ、やることが無い日は割と普通に帰る。

 史実では一ノ瀬と3か月ほど付き合っていた羨ましいヤツだ。


「別に口説いてないよ、思ったことを言っただけだ」

 なお、当時の俺はこんな風に女子に接していない。

 何故なら一ノ瀬が居たからだ。

 恥ずかしい話だが、俺はアイツの事ばかり見ていた。


「高木、私には?」

 そう言って声をかけてきたのは会長席に座っていた神木先輩だ。

 神木先輩は生徒会執行部の中核メンバーなので基本的には生徒会室にいる。

 もちろん、他の部活には所属していない。

 が……、人付き合いが多いので不在にすることもあった。


「あ、神木先輩、おはようございます」

 なお、神木先輩だけは下の名前で呼ばせてくれなかった。

 ――私のことは神木と呼べ、示しがつかない。

 残念だ、「彩音(あやね)先輩」の方が響きが良くて美しいのに。


「そうじゃない。他にも何か、言う事はあるだろ」

 神木先輩はお堅いイメージが強いが、意外とユーモアがある。

 あわてて言葉を探す。

 可愛いも美人も綺麗もすでに使ってしまった。


「先輩、今日も凛々しいです」


「凛々しい……か、そうか」

 あ、あの表情はちょっと喜んでいるな。

 高校生の頃だったら、そういう心の機微は解らなかっただろうと思う。


「高木、今日は時間あるか?」

 神木先輩から頼まれごとをされるのは悪い気がしない。


「今日は雨なので、こっちに専念しても大丈夫ですよ」

 なお、雨天時の硬式テニス部は廊下や空き教室で筋トレとなる。

 家でも出来ることなので休んでもそんなに問題はない。

 ……あとで部員からズルいと言われるぐらいだ。

  

「じゃあ、ちょっとこっちへ来てくれ」

 手招きをされたので先輩の傍へ寄る。

 生徒会室はボロボロで埃臭い部屋だが、先輩の近くは華やかな香りがする。

 ……我ながらなんて良い場所で生活していたのか。

 俺の人生において、女性に囲まれた生活はこの時だけだ。

 大学はほぼ男子校だったし、職場の女子比率なんて3パーセントである。


「これに目を通して、おかしなところがあったら指摘してくれ」

 渡されたのは生徒会広報誌の原稿だ。

 月に一度程度、全校生徒へ向けて発行している。

 主な内容は学校行事の説明や委員会活動の報告、そして投書への回答だ。

 今回は体育祭執行部で決定した競技一覧とスローガンが主な項目である。


「高木君、こっち空いているよ」

 奈津季さんが空いたスペースにパイプ椅子を広げてくれた。

「ありがとう」

 そう言って隣に座る。しかし、本当に綺麗な人だ。

 思わず横顔を見入ってしまった。


「ん? 何?」

「ごめん、ちょっと見惚れちゃった」

 怪訝な顔をする奈津季さんに素直な気持ちを伝えた。


「あー、はいはい」

 ……少しぐらい照れてくれても良いのに。


「高木君ー、奈津季ちゃんに手を出しちゃだめだよー?」

 大丈夫です、相手にされてないですから。


「なら、嘉奈先輩に手を出しても良いですか?」

「ふにゃっ!?」

 おお、こっちは少し反応があった。


「おい、高木。……殺すぞ」

 沙希先輩は嘉奈先輩の保護者のような存在である。

 眼鏡の奥が鋭く光っているように見えて怖い。


「殺すなら絞殺にしてください。出来れば裸絞めが良いです」

 そう言って沙希先輩に背中を向けた。


「嘉奈―、そっちのゴルフクラブ取って」

「はい、沙希ちゃん」

 本当に渡さないでください。

 何故か生徒会室にはゴルフクラブをはじめ、様々なものが置いてあった。

 文化祭か新入生歓迎会の小道具にでも使ったのかな?


 冗談でクラブを構える沙希先輩を見て怯えたフリをしながら、部屋を見渡す。

 ここでの生活は、今思えばとても短い時間だった。

 けれど、とても濃厚な日々だったことを思い出す。


 ふと、神木先輩と目が合った。

 ふざけるな、と怒られるわけでもなく。

 柔らかく、美しく笑ってくれた。

 神木先輩は態度こそ厳しいけれど、実はとても優しい人だ。


 一ノ瀬と逢えないと解った時。

 実はこの中の誰かと恋をしてみるのも良いかな、なんて思った。

 でも、それは止めておこうと思う。


 綺麗な思い出はそのままにとっておきたい。

 今の俺が、この中の誰かを恋愛対象として見てしまったら。

 大切な何かを汚してしまう気がしたのだ。

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