第17話:予想していた展開だったので別に何とも思わない
――逢えないよ。
その声は、傷つかないための予防線。
うるさいな、そんなことは解っている。
胸の奥から勝手に響く自分自身の言葉に嫌気がさした。
高校の入学式を終えて、ホームルームで軽い学校の説明を受けて自己紹介。
記憶通りの初日だ。当時は新しい生活が始まるとワクワクした。
これからは変わろう、そんな風に思っていたものだ。
いわゆる高校デビューを夢見ていた。
実際、人間はそう簡単に変わるものではない。
それでも何かを変えようという気持ちは悪くないと思う。
諦めて何もしないよりはよっぽど良い。
さて、体育館へ移動すると生徒会執行部による新入生歓迎会が始まった。
部活動紹介は当時、感動するほど面白いものだった。
……しかし、この歳になってみると色々と拙い部分も目につく。
あ、司会の舘林先輩、今ちょっと飛んだな、などと。
粗探しをしてしまったようで、少し恥ずかしい。
大人げないというか、理解力が足りないというか。
前に仕事の展示会でコンパニオンを雇ったことがある。
……いかがわしい類のものではないですよ。
新製品の説明員として参加してもらったのだ。
彼女は確かに若くて美人だったが、その仕事ぶりはプロだった。
決して容姿だけを頼りにしているわけではない。
淀みのない声で良く知りもしない自社製品の説明をしてくれた。
資料を十分に読み込んだのだろう。
一度も詰まったり、噛んだりすることは無かった。
長時間立ち続けても一切、辛そうな表情をしない。
そんなプロと比べると、どうしても高校生は子供だましに見えてしまう。
ある意味で茶番劇のような新入生歓迎会。
これを毎年のように見ている先生はどう思っているのかな。
子供のすることだ、と一蹴することは簡単だ。
でも、俺は熱を感じた。
一生懸命にやっているという気持ちが伝わってくる。
彼らはきっと、今を力の限り生きている。
学校という狭い世界しか知らないからこそ、後先を考えて手を抜かない。
これを馬鹿にするのは、たぶん駄目な大人だと思う。
子供に寄り添うとか、そういう上から目線じゃない。
この熱量は干からびた大人にはない、輝きのようなものだ。
俺は素直に思う、尊敬に値するよ。
――翌日。
この日は一ノ瀬と初めて会った日だ。
いくらか過去を改変してしまってはいるが、今のところ大きな変化はない。
高校にも無事に入学できている。
クラスの連中もなんとなく覚えている顔ぶれだ。
神木先輩は改めて見ても綺麗だった。
司会の台詞回しも鮮やかで華がある。
たとえ一ノ瀬に逢えなくても、神木先輩にまた会えるのなら悪くない。
そうだな、今回は思いっきり甘えてみるのも良いだろう。
楽しみにしていたのは生徒会執行部の寸劇だ。
登場人物が最初から頭に入っているからこそ、楽しめるというのもある。
寸劇の内容は「生徒執行部員の日常」がテーマ。
ある日の定例会の様子をそのまま演じている。
だが、キャストが面白い。
会長と書記、副会長と会計が入れ替わっている。
天然系少女である岩倉先輩が会長。
そして眼鏡クールビューティーの斉藤先輩が副会長だ。
そのため、会議の進行がグダグダになっている。
会長が書記と会計からやたらと突っ込まれていた。
そこを斉藤先輩がことごとく処理するという流れだ。
しかも、いい感じに岩倉先輩が緊張しているので噛み噛みで可愛い。
……そして、たまにボケる斉藤先輩。
司会をやっている神木先輩に場外から突っ込まれる辺りがまた面白い。
普段の仕事の内容も少し紹介されていて、なかなかバランスの良い仕上がりになっていた。
――そして放課後。
過去と同じように生徒会室へ足を運んだ。
そして、神木先輩に手を掴まれて生徒会室に入る。
ああ、本当に懐かしい。
当時の俺は先輩たちに対して憧れしかなかった。
残念ながらその後いろいろとあって、その評価は変わってしまった。
けれど、最終的には尊敬の念しか残っていない。
あの頃は他人の考えがわからなかった。
先輩の考えることは、自分が先輩になってみないとわからないものだ。
この辺り、本当にもどかしいと思う。
同じ1年男子の中森が先輩ふたりに挟まれて登場した辺りから胸が高鳴った。
この後だ、やっと一ノ瀬に逢える……。
勢いよく生徒会室の扉が開く、焦燥感を抱きつつその時を待った。
――コンコン。
小さなノック音がした。
「どうぞー!」
返事をしたのは神木先輩だ。
そして、静かに扉が開く。
「あの、1年生の長瀬 奈津季です。生徒会の活動に興味があったので来ました」
扉を開くと同時に丁寧な挨拶。
奈津季さんらしい。
……どうやら、一ノ瀬はいないようだ。
ああ、このパターンか。
そして、自己紹介が始まった。
「奈津季さん、ひとりで来たの?」
思わず、昔のように下の名前で呼んでしまった。
「あ、うん……」
そういえば、奈津季さんも結構な人見知りだったっけ。
ここにひとりで来るのは相当な覚悟が必要だろうな。
「ごめんね、急に。俺も人見知りだから緊張しているんだ。
同じ1年生だからよろしくね」
「えっ? そうなの?」
「女の子ひとりでここに来るのって、すごい勇気だね」
「いや、そんなことないよ……」
少し顔を伏せて赤くなる。これは照れている時の表情だ。
いやはや、マジ天使。
それにしても、やはり一ノ瀬は居ないようだ。
名前を出して聞いても良いが、さすがにそれは憚られる。
俺には「何故その名前を知っているのか?」を説明出来ないからだ。
「そろそろ仕事の内容を説明しても良いかな?」
神木先輩が頃合いを見て話を始めた。
「あっ、すいません」
一ノ瀬のことは気になるが、仕方ない。
「先ほど会長から大まかな説明はあったが、まずは定例会に参加して欲しい。
毎週、水曜日の放課後は空けておいてくれ。
運動部へ入る場合は考慮するが、基本的には全員参加だ」
「当面は体育祭が控えているのでそちらの準備が主な業務になる。
なお、本校では体育祭執行部という有志団体を設置している。
1年は出来るだけ、こちらにも所属して欲しい。
体育祭執行部の部長は私が務めることになっている」
体育祭執行部は例年、次期会長候補が執行部長を務めることが多い。
体育祭執行部と同様に、文化祭執行部という組織もある。
どちらも有志団体、要するに立候補でのみ結成される組織だ。
これが一定数集まらないと、体育祭や文化祭が開催出来なくなってしまう。
都合、生徒会執行部員の半数はどちらかの組織に所属することが多い。
「今日のところは取り急ぎの仕事はない。
帰ってもらっても構わないが、もしよければ少し残ってくれ。
まずは顔と名前を覚えて欲しいからな。
大抵の場合、新歓から一週間ぐらいで庶務希望者が決まる。
正式な自己紹介は次回の定例会でやろう。
簡単な歓迎会も考えているから、是非参加して欲しい」
神木先輩の説明は要領を得ていて分かりやすい。
当時の俺は、この後すぐに硬式テニス部へ向かった。
もともと、そこに入部しようと決めていたのだ。
しかし、今回はどうするか……。
ここで一ノ瀬に逢えないのであれば、過去を辿っても可能性は低い。
それなら生徒会執行部一本に絞るという選択肢もある。
それでも俺は結局、硬式テニス部へ向かった。
仮入部して、そのまま練習に参加する。
こちらも人間関係は早めに築いておいた方が良い。
そういう大人の判断だった。
が……、本当のことを言うと何かに没頭したかったのだ。
一ノ瀬に逢えない――。
素振りをしながら、彼女のことを思い出す。
ほんの少しだけ、胸の奥が痛い。
でも、ただそれだけだ。
願いが叶わなかった、思っていたのと違った結果になった。
そんなことはこれまでの人生で幾度となくあったことだ。
ああ、またか。いつものこと。
そんな風に思うだけだ。
この結果を予想していなかったわけでもない。
予防線は十分に張ってあった。
それに、彼女が居なくなってからもう15年以上も経っている。
今の俺は昔ほどマイナス思考ではない。
だからこう考える。
ああ、これはこれで良かったのかもしれない、と。
俺の人生の最大の過ちは、やはり彼女を好きになったことなのだから。




