表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
第1章:やり直せるからと言ってやり直すとは限らない
2/116

第2話:死んだ母親と再会したけど方針は変わらない

 そういえば、中学校の頃の通学路って覚えてるかな……。

 色々と考えた後、頭を過ったのは目の前の事だった。

 俺の思考回路はこんな状況でも現実的だ。


「高木、今日は静かだったな? 体調でも悪かったのか?」


 次の授業が終わった後、先生から急に声がかかった。

 ん、普通に授業を受けていただけなのに、なんでだ?


「いえ、大丈夫です。健康ですよ」

「そうか、なら良いんだ。いつもなら3回ぐらいは質問が飛んでくるからさ」

 は? 俺、そんなことしてたのか?


 ……どんな中学生だよ。授業ぐらい黙って聞いておけ、昔の俺。

 結局、放課後まで静かにしていたら同じ質問を2度された。

 全教科でそんな授業態度だったのか。本気で自分が怖い、頭が痛くなった。


 放課後は友人達を放っておいて自宅の場所を思い出しながら歩きだす。

 部活動には入っていなかったので助かった。

 まあ、入っていたとしても今日はサボったと思うけどな。

 校門を出て見覚えのありそうな道を辿る。

 面倒な事にスマホが無いので地図が見れないし、現在地もわからない。

 近代社会の便利さに慣れすぎるのも問題だな。


 通学路は意外にもしっかり覚えていた。

 伊達に3年も通っていたわけではないようだ。

 自宅に帰り、玄関の扉を恐る恐る開ける。

 ポケットやカバンの中を調べたけど、どこにも鍵が無かったのだ。


 ――ガチャリ。

 鍵はかかっていなかった。


 不用心だけど、当時はそれが普通だった気がする。

 家人が居ればわざわざ鍵など掛けない。今思えば平和な時代だ。


 扉を開けて、玄関に入る。

 うーん、懐かしいとか通り越して他人の家のような感じだ。

 自分の部屋に入ってみた。狭くて、テレビもない。

 ゲームをするには居間に行かなければならなかったことを思い出す。

 独身に慣れ切った今の自分には、ちょっと過ごし難い環境だ。

 高校生になれば引っ越ししてもう少しマシになるのだけど……。


 台所では母が夕飯の支度をしていた。


「あら、貴文(たかふみ)、おかえりなさい」

 懐かしくて、優しい声だった。

「ただいま」

 ぶっきらぼうな返事の中には照れ隠しも混ざっている。

 ひと目見た瞬間、感情に押し流された。


 ――たまらずに母を背中から抱きしめる。


「何? どうしたの? 台所だから危ないわよ」

 少し慌てたようだけど、全く拒否する様子のない態度が心地よい。


 母からは何の匂いもしない。まるで自分の一部のようだ。

 文句を言いながらも後ろ手で頭をなでてくれる。

 おいおい、俺はもう中学生だぞ。

 ……むしろ中身は歳の近いオッサンなのだが。


 俺は俗にいうマザコンではない……と思う。

 この行為には理由があるのだ。母は7年前に癌で死んだ。

 当時は仕事が忙しくてあまり実家には帰れていなかった。

 でも、これは言い訳だろう。

 時間なんてその気になればいくらでも作れたはずなのに。


 あの頃はとにかく、自立してお金を稼げるようになることばかり考えていた。

 両親に恩返しがしたかったのだ。少し無理をして実家に仕送りをしていた。

 ……だけど、後にそれはあまり意味の無いことだったと知る。


 結局、母はその全てを貯金していた。

 いやまあ、収入源は父だから、そちらが偉大だったのだけども。

 母曰く、将来に俺が困ったときに使えるように、とのことだ。

 俺は親孝行をしていると思っていただけ。

 その自己満足のために、一緒にいる時間をないがしろにしたのだ。


 母は俺の成長を喜んでくれてはいたが、少し寂し気だったと父から聞いた。

 それなのに末期状態でも俺には連絡するな、と言っていたそうだ。

 息子の足をひっぱりたくない、という事らしい。

 もっと甘えればよかった、もっと頼ればよかった。


 親というのは、恩返しをして欲しいだなんて思っていないのだと知った。

 ただひたすら、片想いをするかのように。

 何の見返りも求めずに、ずっと見守ってくれている存在なのだ。

 俺がもっと早くそのことを知っていれば……。

 これは、確かに後悔と言えるだろう。


 それほど遠くない実家だ、頻繁に帰れば良かった。

 たとえ母がそれを望まなくても、もっと時間を過ごすことが出来ただろう。

 不思議なもので、距離が近くて「いつでも帰れる」と思うと帰らないものだ。


 実家に帰らずに何をしていたかって?

 アニメを見ながら大好きな酒を飲んでいただけだ。

 何の価値もない時間……? それは違う。

 どんな時間も無価値ではない。

 アニメを見る時間も俺にとっては大切な価値ある時間だ。

 誰にも否定はさせない。だけど、それは実家に帰っても出来たと思う。


 母の死は悲しかった……。

 でも年月が経って、それはもう乗り越えている。

 結局、どちらにしても別れは来るのだ。


 父は母が居なくなって、しばらくは塞ぎこんでいた。

 彼にしてみれば、どんな対価を払っても、母が救われる未来を模索しただろう。

 たとえば、頻繁に癌検診に通わせれば母は救えたかもしれない。

 やり直しの世界は、父にこそ与えられるべきだ。

 

 当時の俺はそんな父をただ見ているだけだった。何もしてやれない。

 対して妹は塞ぎこむ父を見かねて頻繁に息子を連れて父を訪ねていた。


 「じいじ! 大好き!」


 妹の息子と接している父の姿は、さすがに嬉しそうだった。

 笑顔で居れてくることにほっとする。

 俺も、出来る事なら結婚していたかった。

 子供でもいれば、少しは父の支えになれただろう。


 大変だったのは父だけではない。


 居なくなってしまった母は妹の子育てを全面的に支えていた。

 葬儀の時の妹の顔も見て居られなかったな。

 俺は薄情にも一滴の涙も流していない。

 悲しいことにすっかり慣れてしまっていた。


 末期癌の終盤は、脳死状態に近い。

 延命治療は最終的に意識を奪う。母は最期までそれを拒んでいた。

 痛みや苦しみに耐えて、意識を持って生きることを選んだのだ。


 父から、1度だけ相談を受けた。


 「入院治療に切り替えるべきかもしれない」

 「それなら、早い方がいいんじゃないか?」

 俺は母の覚悟を知りもせず、ただ可哀想だからとそう言った。


 在宅治療中は、起き上るのがやっと。

 ストローで吸うのも辛いから食べるのも大変だった。

 それでも、俺達の方を見ると笑ってくれている。

 無理しているのが丸わかりだ。きっと死ぬほど苦しかったに違いない。


 「でも、そうしたら。もう話せないまま、死んじまうかもしれないんだぞ!?」

 そして、涙を流した。その姿に、俺は何も言えなくなる。


 父は俺にとって、圧倒的な存在だった。

 弱ったところなんて、過去に()()()()見ていない。

 

 意識を失う……、母に言わせると、それは死ぬことと同義だったのだろう。

 最後まで「生きている」ためには、麻酔は不要なのだ。

 だからかな、意識を失ってから亡くなるまではあっという間だった。

 実に、入院した翌日のことだ。


 「母さんが危篤だ」


 父からの電話を受けて午前3時に家を飛び出した。

 同じ都内だが、電車はもう動いていない。

 タクシーを捕まえるのも不安な時間だったから自転車を飛ばす。

 深夜だから交通量も少ない。2時間もかからないはずだ。

 けれど1時間もしない内にもう一度電話が鳴った。


「もう、終わったから。事故を起こさないようにゆっくり来い。

 病院じゃなくて家でいい」


 流石に、この時ばかりは俺も盛大に泣いた。

 泣きながら、ペダルを回す。

 深夜だから誰も見ていないだろう――。



「茄子味噌炒めが食べたい」

 母に抱き着いたままそう言った。

「急に言われても困るわよ。

 ごめんね、もう買い出ししちゃったから、明日でいい?」

 頭を撫でながらそう言ってくれる。ああ、そうだな、母は優しかった。


「うん、わがまま言ってごめんね」

 不思議と中学生らしい言葉が出てくる。

「いいわよ、献立考えるのも大変だから。

 食べたいものを言ってくれた方が助かるわ」

 そういって母は作業に戻っていった。


 たとえ、やり直せるとしても。

 俺は過去を変えてまで母を救おうとは思わない。


 母の死を乗り越えた父や妹。そして俺自身も、だ。

 やり直して、その時間を無かったことにする。

 それは、なんだか違うと思う。

 母が居なくなったことで、味わった悲しみも辛さも大切なものだ。

 俺たちは時間を重ねてそれを強さに変えた。


 父は孫を抱いて笑うようになったし、妹にはもうひとり、娘が生まれた。

 傍目から見れば、幸福なだけの家庭だ。


 俺には妹の他に、病気で亡くなったもうひとりの妹がいる。

 俺が覚えている限り、父が泣いたのは、その()()()()()()の葬儀、その時だけ。


 あんなに強い父が泣いた、たった1度の記憶。

 子供心にずっと残っていた。まるで渇く前のセメントに残された足跡のようだ。

 母は、死ぬ間際にこういっていたらしい。

 天国に行って、彼女の面倒をみたい、と。


 この現実を「無かったことにする」ことが正しいのか?

 俺には、そんな風には思えない。

 どんなに薄情だと蔑まれようが、俺の家族の結末はこれで良かったと思う。

 今は「ちゃんと幸せだよ」と母に言えるようになったのだから。


 生きているうちに出来ることは。今、この時間を大切にすることだけだと思う。

 後悔は確かにあるかもしれない。

 けれど、ここまで歩んだ道のりを「無かったことにしたい」とは思わないんだ。


 やはり、俺にはやり直したいことなんて、無い。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ