第15話:黒歴史?音痴は心を込めて歌うこともできない
マラソン大会でまたも歴史を違えてしまった。
だが、その後は順調に歴史を辿っていく。
俺はまだ諦めたわけではないのだ。
しかし、この世界は本当に思い通りにならない。
3年生の文化祭。
クラスの出し物はライブハウスということになった。
班ごとに時間を決めてバンド演奏を披露する、というものである。
当然のように、寺田、小林と組むことになった。
俺はギターもベースもドラムも出来ない、もちろんキーボードも駄目だ。
今なら練習すれば弾けるようになる自信はある。
だが、当時は消去法でボーカルをやる羽目になった。
寺田はリズム感があるし、小林は手先が器用だった。
俺には何もない。
なお、俺は自他ともに認める音痴だ。
音痴のメカニズムは大きくわけて2種類ある。
音が出せないタイプと音が聞き取れないタイプだ。
俺は後者で、自分が発生した声どころか、ピアノの音も全く音階がわからない。
楽譜を見て楽器を弾くことは出来るけど、歌を歌うとなると致命的だ。
当然、結果は公開処刑になる。
「高木君……、君は本当に音痴なのね」
練習に協力してくれる音楽の先生から、お墨付きをもらった。
ピアノの音に合わせて声を出すという基本的なことが出来ない。
ここまではいつものことだ。
しかし、今回だけは問題があった。
何もしないでその場に臨めばいいだけのマラソン大会や体育祭とは少し違う状況なのだ。
実は一ノ瀬とカラオケに行きたい、それだけの理由で歌はかなり練習していた。
それはもう、過酷な練習である。
――高校時代の俺は本当に歌を歌うのが苦手だった。
マイクを持つだけで緊張して嫌な汗が出る。
気後れして声が出なくなり、歌声も震えたりかすれたりする始末。
ひとりでカラオケボックスに入ることも出来なかった。
結局、友人に付き合ってもらい幾度となくカラオケボックスに籠った。
ひとりでは歌えないので友人にマイクを持ってもらい、それに合わせて歌っていた。
人の歌声に合わせれば多少は何とかなる。
何度も何度も同じ歌を歌うことで、やっとガイドメロディがあればひとりで歌えるぐらいにはなった。
「あとはアレだ、プロじゃないんだから気持ちよく歌えば良い」
友人はそう付け加えた。
多少音程やテンポがズレようが、気にせず大きな声を出す。
堂々と歌えば、それなりに聞こえるものだ。
……いつの間にか、カラオケに行くことは恥ずかしいことではなく楽しいことになった――。
当時の俺は文化祭で見事な音痴を披露した。
初回の演奏を聞いた聴衆はそのあまりの酷さに、2回目も聞きに来たほどだ。
下手過ぎてもはや面白い、そんな理由で人が集まるというまさに黒歴史。
音痴は自分が下手くそだということも知らない。
無神経だったあの頃は周囲の反応もそれほど気にならなかった。
ここでの問題は一つだ。
音痴は、上手く歌えないだけではない。
下手に歌うことも出来ないのだ。
なまじ練習してしまった知識を持っているせいで、どう歌ったらいいかわからない。
面白いとまで言われる下手くそな歌って、どうやって歌えばよいのだ?
「声は悪くないのにね、本当にもったいないわ」
褒められているようで、これ以上ないぐらいけなされている気がする。
もう止めて、先生。音痴なのはわかったから。
前日までの練習は音楽室で行う。
音楽の先生は結構な頻度で俺たちの練習に付き合ってくれた。
ピアノを使ってガイドメロディを演奏してくれる。
先生に言わせると音痴なのは間違いないのだが……。
「まあ、でも十分じゃない?」
寺田、小林にはそれほど気にならないようだ。
当時の努力の成果が如実に出ている。
……俺には良くわかないけど。
うーん、これはもう普通に歌うしかないのかな?
「あとは心を込めて歌うのが大切よ」
……それは非科学的かつ、具体的ではないな。
どうもその手の理屈が俺にはわからない。
心を込めて作った料理でも不味い時は不味い。
しかも、選曲がなあ……。
俺はラブソングが嫌いだ。
手に入らなかったものをどんなに素晴らしいと歌われても虚しいだけだ。
心が浮足立って、居心地が悪くなる。
「でもアナタ達、中学生には少し早いか。
好きになることで相手を傷つけてしまうことがある。
そんな恋愛なんてわからないわよね」
……先生、俺は貴女より年上です。
「だけど、イメージは大切よ、好きな人を思い浮かべなさい」
そうは言ってもなあ。
そんな相手はもう居なくなってしまったし。
今更、一ノ瀬を思い浮かべてラブソングなど歌えるものか。
そういえば、アイツとは歌の捉え方もまるで違ったな。
俺は歌を詩としてとらえるところがある。
対して一ノ瀬は音楽としてとらえていた。
「あれ、この歌ってこんな歌詞だったんだ」
などと、歌った後に良く言っていた。
一ノ瀬は音感に対して非常に敏感だった。
絶対音感は無いと言っていたが、俺の歌は「酷い」と散々に言っていたっけ。
まあ、いつもの意地悪半分かもしれないけど。
文化祭前日は練習を止めて教室に装飾を施す。
照明への細工は結構手間だった。
最後にクラス総出で機材を運び込んだら準備完了だ。
割とそれっぽい感じになって、ステージに上がるのが嫌になった。
俺は目立つのも好きじゃない……、というか苦手だ。
――そして、文化祭当日。
教室を上手いこと積み上げた机で区切った舞台袖で待機していた。
前のバンドが素晴らしい演奏をしている。
俺たちのバンドは次の回。
楽器は使い回すから前の組の演奏が終わったらそのまま受け取る段取りになっている。
俺は念のため、歌詞カードを確認していた。
……ああ、出来ればやりたくないな。
気心の知れた友人とカラオケならともかく、人前で歌うのはやはり恥ずかしい。
たかが中学の文化祭とはいえ緊張する。
順番が来たので手際よく交代した。
最初は楽器の音合わせ。
椅子だけ並べられた聴衆の席はそれなりに埋まっていた。
教室の窓は暗幕で塞がれている。
その上で蛍光灯にはセロファンが貼ってあるので辺りは薄暗い。
ステージ上だけがスポットライトの明かりで照らされている。
ボーカルってなんで真ん中なんだろう、すごく嫌だ。
「それでは、聴いてください」
一応、ちゃんと挨拶はした。
小林のギター、寺田のドラムに合わせて言葉を紡ぐ。
――心を込めて歌う、か。
ちょっとだけ、一ノ瀬のことを考えてみた。
居なくなった人だ。
もう二度と会えないと覚悟を決めていた。
そんな彼女にもう一度逢いたいと、このやり直しの世界を過ごしている。
俺の心の中には「逢いたい」と思う気持ちの先には何もない。
ただ、もう一度、あの子が笑っている姿を見たいだけだ。
そんな気持ちをほんのりと混ぜてみた。
……パチ。
……パチパチパチ。
聴衆からまばらな拍手。
「ありがとうございました」
そう言って、舞台袖へ引っ込む。
やり遂げた感はあった。
ポン、と肩に小林の手がのった。
「……ドンマイ、高木」
「っへ?」
思わず間の抜けた声が出てしまった。
「緊張してたんだよな、わかるよ」
寺田にも慰められた。
ちょ、待ってくれ。
俺はちゃんと歌い切ったぞ!
1回目の公演は酷かったらしい。
そのせいで2回目の公演では逆に聴衆が増えた。
……よし、上手くいったぞ。
見事に過去を辿った。
――うああああ!
本気でやって駄目だった。
大人になったのに失敗した。
恥ずかしくて死にそうだ。
誰だよ、心を込めろとかいったヤツ!
気が散っただけじゃないか。
結論、心を込めるだのなんだのはそれなりに腕のある人がやってこそ意味がある。
力のないものは、まず出し切ることに専念すべきだ。
――文化祭が終わった後。
「高木君、とっても良かったよ、特に1回目!」
杉浦さんには普通に褒められた。
なお、寺田、小林とは真逆の評価である。
お世辞か本気だったのかは判別がつかない。
でも、1回目を褒めるという事は、君もこっち側の人間だね?
妙な親近感がわいてしまった。
しかし、とても残念な文化祭だった。
これ……やり直したところで黒歴史じゃないか。
こういうパターンもあるのか。
人生の複雑さと奥深さに恐れ入った。




