第12話:旅先でのアクシデントは時に良い思い出になる
そしてやってきた修学旅行。
初日は滞りなく進んだ。
基本的に移動なのと先生方による先導があるから何も起きるはずがない。
楽しみなのは夜、宿に着いてから。
女子の部屋に行ったり、恋の話を咲かせたり……。
残念ながら俺の中学生時代に、そんなリア充な思い出はない。
普通に男子部屋でカードゲームをして終わったよ。
よしよし、ここまでは史実通り。
問題は、明日だ。
――修学旅行の2日目。
寺田は昨日の夜からずっと楽しそうだった。
まあ、わかるよ、杉浦さんは可愛いもんな。
はた目から見たら、初恋の相手である百瀬さんと行動を共に出来る俺も、幸運な立場なのかもしれない。
相手は中学生とはいえ、女子3人も連れて歩ける旅行なんて滅多にないんだから楽しもうと思う。
……子供のお守感はあるけれど。
分刻みのスケジュールは意外と順調に進行した。
スタンプラリーのような観光だが、個人的には悪くない。
百瀬さんや寺田も楽しそうだ。
小林と俺はついて行くだけだし、杉浦さんもそんな感じ。
ただ河上さんはもう少しゆっくりしたい、という表情をしていた。
あるお寺で枯山水を見かけ時、彼女の足が止まる。
駆け抜ける班員達を前に、後ろ髪を引かれつつ追いかけようとする彼女に思わず声をかけてしまった。
「こういうのはさ、縁側に座ってお茶を飲みながらのんびり眺めたいよね」
振り返った河上さんの表情がほころぶ。
ちょっと赤くなった顔にそばかすがよく似合う。
ああ、もう、この子も可愛いなあ。
女の子は笑うと皆、可愛い。
杉浦さんのことが凄く可愛いと思えるのは、彼女が良く笑うからかもしれない。
前述したとおり、旅行の楽しみ方は千差万別である。
河上さんはどうやら。のんびり派のようだ。
俺は基本的には詰込み派だが、のんびり派の気持ちも十分に解る。
旅そのものが好きだからだろう。
「おい、いくぞー!」
と寺田から声がかかった。
名残惜しいけれど、ついて行くしかない。
「今度はゆっくり見れるといいね」
そう言って河上さんを連れて寺田に追いつく。
が、お土産屋さんで全員の足が止まった。
ご当地限定品に釣られる典型的な日本人。
でもいいよね、こういうのも旅の醍醐味だ。
これは少し旅程変更が必要かな。
そんなことを考えていたのだが……。
「電車、まにあわなくなっちゃうよ!」
冷静な百瀬さんがそう助言する。
俺的にはもうすでに間に合わないのだが……。
「急ごう!」
そう言って、寺田、小林、百瀬さんが走りだした。
っておい、ちょっと待て。慌てて杉浦さんと河上さんも走り出す。
いや、だから駆け込みとか無理だから。切符も買わなきゃいけないし!
当時はICカードなどないのだ。
しかし予想外にみんな早かった。
百瀬さんは運動部だけあって男子と変わらない脚力だ。
しかし、杉浦さんと河上さんは普通の女子である。
付け加えると、俺も女子以下の脚力しかない。
「待てって!女子には無理だよ」
思わず制止するが、声は届かない。
結局、小林と寺田、百瀬さんだけが電車に間に合った。
ああー、やってしまった。
後に残されたのは両手に花状態の俺。
二人とも不安そうにこっちを見ている。
「まったく、アイツ等は」
と言って笑ってみせた。
不安げな表情は変わらない。
仕方がない。
とりあえず、ポンポンとふたりの頭を撫でてこういった。
「安心して。旅行でのアクシデントは良い思い出になるからさ。
せっかくだし、甘未でも食べない?」
ふたりは顔を見合わせた後、少し笑顔になった。
こうなった時の集合場所は決めてあるので、特に問題は起こらない。
3人で茶屋に入って甘味を食べる、これも旅行の思い出としては悪くない。
「高木君、旅慣れてる……?」
と、河上さん。
うっ、また余計なことをしてしまったか?
でもこんなの史実にないからなあ。
「うーん、どちらかというとアクシデントに慣れている感じ、かな」
「……でも良かった」
と、こちらは杉浦さん。
「意外と頼りになるんだね」
意外とは余計である。でも可愛いから許す。
美味しいあんみつと少しだけ苦いお茶を飲み干したら、一息ついた。
「トイレとか大丈夫?」
声をかけると河上さんがちょっと赤くなって席を立った。
……しまった、思春期か。
「高木君、女子に気を使って下さい」
杉浦さんに突っ込まれてしまった。
……そういう気づかいは昔から苦手で、変わっていない。
中学生に反省させられるオッサンが居た。
しかし、分刻みのスケジュールはこういうところでも無理が出る。
やっぱりある程度のゆとりは必要だ。
河上さんが戻ってきたところで3人で集合場所を目指すことにした。
集合場所はターミナル駅にしてある。
どんな場所からもたどり着きやすいのが利点だ。
そして待ち合わせ場所のランドマークもしっかりと決めてあるので焦る必要はない。
「あそこに行きたかったのになあ……」
少し残念そうな顔の杉浦さん。
「また来ればいいじゃん」
個人的に旅行先の目的地は2度3度、訪れるべきだと思う。
初めて行った時はどこにあるのか、どんな場所なのか、それを知るためのもの。
2回目に行くときは、そこで何を見るのかを決めていく。
3回目は季節を変えていくのも良い。
たった一度訪れただけで、その場所を知った気になってしまうのは、もったいないことだと思うんだ。
「えーでも、そんな簡単には……」
「大丈夫、絶対また来れるよ。
大人になったらね、いつでも好きなところに行けるようになる。
行こうと思えば、だけどね」
「その時は高木君、いないじゃん」
俯いて、少し寂しそうな表情をする。
まあ、確かに、このメンバーでって考えると今だけかもしれない。
「いや、声かけてくれれば行くよ?」
でもそれも思い込みである。
大人になればわかる、声をかければ意外といろんな人が動いてくれるのだ。
忙しさに負けていつの間にか、声をかけなくなっている自分がいるだけだ。
そのことに気がつけばきっと、また会える。
「んー、じゃあ、声かけるね」
「うん、楽しみにしてる」
杉浦さんとそんな会話をしながら、電車に揺られた。
河上さんはあんまり話さないタイプだから静かにしていたけど……。
詰まらなさそうな表情はしていなかったと思う。
集合場所に着くとひたすら不安そうな寺田と百瀬さんが居た。
小林は、軽く手を上げただけでいつも通り。
流石だ。アイツは本当にいつも冷静なんだよな。
「高木君! 遅い!」
言ったのは百瀬さん。
「いや、どっちかっていうと百瀬さんたちが早いんだって」
「集合場所にすぐ来いよ、心配しただろ!」
寺田に襟首をつかまれてガクガクされる。
「あー……、それは、ごめん」
あんみつ食べてたのばれたら怒られそうだから、後ろの女子ふたりには唇に人差し指を立てて合図した。
ふたりとも笑いすぎだって。
「みんな、大丈夫だった? まあ、百瀬さんが居たから平気か」
「あ、いや、それは小林君が……」
慌てるふたりに集合場所へ行こうと提案したのは小林だったそうだ。
やっぱり、アイツ、なんか凄いぞ。
本当に俺と同じ、転生者かもしれない……。
なんて、そんなことあるわけないか。
「さて、班行動の時間はまだ少し残っているけどどうしようか」
「と、言われても土地勘もないしなあ……」
ふっふっふっ、何のために俺が緊急時の集合場所をターミナル駅にしたと思っている。
「駅に観光パンフがあるからさ、そっから近場を一つだけ選んで行こうよ」
「おお、その手があったか」
それぞれに行きたい場所を5分で決めてもらった。
「よし、じゃあ、行先はジャンケンで勝った人が決める、ということで」
ここで相談して揉めたら残り少ない時間がさらに減ってしまうからな。
そして、ジャンケンに勝ったのは河上さんだった。
チョイスは渋く、山の上の稲荷神社。
「でも、どうやって行けばいいのかな?」
不安そうな杉浦さん。
そうだよね、どうしても電車とかバスを考えちゃうよね。
くっくっくっ、何のために俺が緊急時の集合場所をターミナル駅にしたと思っている。
「タクシーだよ」
タクシーは分乗ならそれほど高くない。近場ならなおさらだ。
ターミナル駅なら間違いなくタクシー乗り場がある。
そして、タクシー乗車中に帰りの方法を運転手に確認しておけば良い。
旅行中の移動方法は必ずしも交通機関だけじゃない。
徒歩やレンタルサイクルなんかも選択肢に入る。
山の上の稲荷神社はそれほど観光客も多くなく、静かで良い場所だった。
入口に連なる鳥居が何とも言えず美しい。
「これいいねえ、写真撮ろうよ。そこに並んで」
そういって使い捨てカメラを構えた。
「それだと高木君が入らないじゃない」
百瀬さんは俺の手からカメラを取り上げて、近くの人に声をかける。
……この辺りは、基本的に人見知りな俺には出来ない芸当だ。
稲荷神社の鳥居を背景に、男女3人ずつ、6人の集合写真。
本来は寄る予定のない場所が、一番の思い出の場所というのも旅ならではのこと。
というわけで、班行動は何とか事なきを得たのだった。
――その日の夜。
明日の自由行動をかけた熾烈な戦いは……始まらなかった。
寺田は杉浦さんをすでに誘ってあり、オーケーをもらっているという。
おお、凄いな。
……普通に羨ましいぞ。
小林は独りで行きたい場所があるという。
お前もブレないな。
その他の男子は告白に行くとか何とか、女子の部屋に行くとか言っているヤツもいた。
凄い、みんな青春している。
俺はのんびりとお風呂に入り、宿の中をウロウロすることにした。
……いくつになっても、旅館の間取りとか構造を見るのは楽しいものなのだ。
特に女子に話しかけられるとかそういうイベントもなく。
静かに一日が終わる。
今の俺は、割とこういう時間が好きだ。
当時の俺は孤独が怖かった。
こういう時間を無くすために、精いっぱいだった。
暗黒時代だったあの頃の俺は、修学旅行は寂しかったと記憶している。
もちろん、最終日の自由行動もひとりだった。
中学時代はひとりきりでどこにも行けず、集合場所の近くでずっと本を読んでいた。
当時読んでいた本の内容は思い出せないが、たしか天才美少女魔導士がドラゴンをまたいで通るみたいな話だったかな。
本当は小林のように自分用に組んだスケジュールで最終日を満喫したかったのだが、出来る限り史実は辿る。
だから明日はひとりで大人しくしていよう。
旅館の窓から夜空を見上げる。
今頃、アイツは何をしているのだろうか。
遠い空の下、まだ出会ってもいない相手に想いをはせる。
たとえ、もう二度と逢えないとしても。
アイツがくれた、沢山の思い出が今の俺を作っている。
他人に優しくなれたと思う、日々を楽しいと思えるようになった。
俺は彼女に感謝をしている。
せめて、この気持ちだけは伝えたい。
そんなことを想いながら、最後の夜と一日を過ごした。




