第11話:旅行は計画段階から楽しもう
いじめ問題が解決した後、母に頼んで眼鏡を買ってもらった。
これでやっと世界がちゃんと見える。
俺の心に安寧が訪れた。
やはり、眼鏡のない生活なんて考えられない。
俺の魂はむしろ眼鏡に宿っていると言っても過言ではないのだ。
前髪も切ったので外見的にはかなり、すっきりしたと思う。
久保には結局、それなりの指導が入ったようで目が合う事すらない。
流石に警察沙汰を恐れた先生達が釘を刺したのだろう。
親父が取り付けた「安全地帯」の約束で、休み時間も教室には先生がいるというのも大きい。
おかげで平穏無事な日々を取り戻せていた。
谷地さんは俺の知っている過去と違い、あれからもちゃんと学校に来ている。
最近では友達同士で笑いあっている姿をみることもあるぐらいだ。
本当に良かったと思う。たとえ一ノ瀬に逢えなくなったとしても後悔はない。
それでも黒歴史辿りは可能な限り続けた。
体育祭の徒競走ではビリになり、合唱コンクールは口パクでごまかした。
そして、授業参観では少し張り切った。
今思えば昔の俺は空回りの連続である。
全ての努力が噛み合っていなかった。
自分のことだから酷く罵ってはいるが、実際に似たような中学生を見かけたら俺はこう言うだろう。
――おしい、でもよく頑張っている。
そこは素直にほめてあげても良いと思うんだ。
すでにレールから外れてしまっているので、他人を巻き込むような過去辿りは止めることにした。
あとは運命とかそういうものを信じるしかない。
……俺と一ノ瀬の間にそういうものはなさそうだけど。
――そして、季節は巡る。
やり直しの世界で1年近くが経った。
あと半年もしない内に中学を卒業して高校生になれる。もう少しの辛抱だ。
俺の中学校はクラス替えが無かった。
少し変わっているかもしれないが、公立でも他と違う特色のある学校は多い。
たとえば、制服が無い私服の中学校なんてのも存在している。
ただし、岩村は担任から外れた。
いじめの隠避および体罰の噂でPTAからの風当たりが大変なことになっているらしい。
……女性を敵に回すのは本当に恐ろしいものだ。
「あー、杉浦さんと同じ班になりてえなあ」
そう言ったのは寺田だ。
中学生活最大のイベント、修学旅行が近づいている。
そういえば寺田は杉浦さんのことが好きだったっけ。
懐かしいなあ。
――杉浦さんと同じ班になりたい。
寺田の言葉は仲間内での愚痴のようなものだったのだろうけど。
俺はツカツカと杉浦さんの方に向かって歩いて行った。
なお、これはちゃんと歴史にあることだ。
俺は女子と話すことに躊躇などしない男。
「杉浦さん、一緒の班にならない?」
と、真向から聞いた。
「えっ? あー、ちょっと待って。舞子ちゃん?」
「私は別にいいよー」
ということで無事に二人の勧誘に成功。
「こっちは僕と小林と寺田ね」
寺田に向かって手を振ると、大げさなガッツポーズが返ってきた。
「あっ、でもそうなると、一人足りないね」
杉浦さんも河上さんも可愛いのに、マイナーグループに所属している。
去年の文化祭でも俺と組まされていたぐらいだからな。
「まあ、誰か余った人を入れてあげればいいんじゃない?」
と、能天気に答えたのは俺だ。
班決めで最後に余る人とか凄く可哀想だけど、そういう人はどうしても出てくる。
修学旅行の班の人数なんて何人でもいい気がするけどね。
あー、でもそうなると、どの班にも入れてもらえない俺みたいな人間が困るか。
たしか前の世界では結局、誰も余らなくて唯一の5人班だったはず。
ホームルームの終わりを待っていたら、百瀬さんの班で女子が4人になってしまったそうだ。
あれ、おかしくない? 女子の人数が……。
ああ! そっか、谷地さんがいるからか。
「ん、じゃあ私はあっち行くよ」
百瀬さんが杉浦さんと話をしている。
んー、やはり歴史はかなり変わってしまっているんだな。
ほころびが広がっているのを如実に感じた。
まあ、百瀬さんが班員でも特に困ることはない。
告白したせいで一時期は避けられていたけど、最近は普通に話せるようになっている。
ということで無事に修学旅行の班が決まった。
旅程は初日は移動とクラス単位での観光。
2日目は丸1日班別行動で3日は自由時間と移動という良くあるパターンだ。
クラスでどこに行くとか、そういったものはホームルームでサクッと決まった。
問題は班別動だ。
もちろんこちらもホームルームで話し合うことになるのだが、基本的には各班に計画が委ねられる。
我が班には百瀬さんという優秀なリーダーがいるので放っておけば良い……と思っていたのだが。
意外と皆、行きたい場所があるんだね。
特に寺田は結構主張が多かった。まあ、好きな娘と同じ班だしな。
俺は別にどこに行っても良いし、小林もそんな感じだった。
けど、杉浦さんと百瀬さんも中々譲らない感じだ。
結果的に詰込み型になりそう。
うーん、駄目だぞ、それ楽しくないヤツだ。
でもあんまり口を出したくない。これ以上歴史を変えたくないのだ。
元々の俺は旅行の計画を立てるのが苦手だった。
だから、こういう時にほとんど発言しないタイプ。
しかし、生前の最大の趣味は旅行なのだ。
旅行の楽しみ方は人それぞれである。
時間をゆったりと使う人もいれば、観光ツアーのように組まれた予定通りに巡るのが好きな人もいる。
美味しいものが食べたいとか、見たい景色があるとか、旅の目的すらも異なるだろう。
どんな旅程を組んでもそれなりには楽しめる。
ただ、間違いなく失敗するパターンが分刻みのスケジュールを組んでしまう事。
行きたい場所を詰め込み過ぎてるとそうなる。
もはや観光するというよりは、スポットに「行く」ことが目的になってしまう。
これはこれで達成感はあるかもしれないが、班行動には向かない。
下手をするとトラブルで喧嘩になってしまうこともある。
もしもやるのなら、何ヶ所かはスキップするパターンを用意しておくべきだ。
ああ、でも、やはり口は出したくない……。
なんというジレンマ。
自分の好きなこと、得意分野であるが故に我慢するのが苦痛である。
完成した旅程を見るとまさに分刻みだった。
乗る電車の時刻まで書いてある。
当時はインターネットの乗換案内で検索、というお手軽な時代ではない。
図書館から現地の在来線の時刻表を持ち出して調べてあるのだ。
現地で旅程変更するのは意外と難しい。
しかも、完成した旅程を見てなんかやり遂げた感出てる。
わかるよ、旅程を組むのって楽しいよね。
でも……。
ああー、ううー。
――黙っているのは無理だ!
「あのさ、その旅程も悪くないんだけど……。
はぐれた時の集合場所は決めておこうよ」
と、提案した。
班別行動ではぐれる、なんてことは滅多に起こらない。
今ならスマホを取り出してどこにいるか聞けば良いだけだ。
でも、この当時はそんなものはない。
はぐれたらお互いに連絡を取り合うことは出来ないのである。
分刻みスケジュールでは焦って移動するあまり、お互いの位置を見失ってしまうこともあるだろう。
旅行の計画を立てる上で、最も大事なことは「上手くいかなかった時」のことを考えることだ。
「綿密な計画」というのは細かいスケジュール調整と事前準備だけではない。
たとえば「雨が降ったらどうするのか?」「電車が遅延したらどうするのか?」を考えておく。
屋外の観光名所は雨が降ったら景色が見えないことも多い。
その場合は博物館や美術館に行った方が楽しめるだろう。
最適な旅程を組んでも交通機関が遅れたり、道が通れなかったりすることはある。
その場合は行先を変更したり、旅程を切り上げたりする必要が出るだろう。
たとえば全体的にゆとりのある旅程にしておけば「急ぐ」ことで対処も可能だ。
だが、元々が分刻みだとそうもいかない。
現地で行先を変更するにしてもある程度、地理に詳しくなっておく必要がある。
在来線の乗換なんかも、知らない場所ではそう簡単にいかないのである。
生前の俺の旅行は基本的に一人旅。
だから結構な詰込み型だった。
最初は失敗も多かったからよくわかる。
今では1回の旅行に対して数個のプランを練るぐらいだ。
元々は百瀬さんが居なかったのでそんなに厳しい日程ではなかった。
言っておくが、決して百瀬さんを非難しているわけではない。
主張が強いもの同士が集まると旅程が詰まるのは、仕方がないことなのだ。
幸いにして俺の提案は班員に無事に受け入れてもらえた。
これで最悪の事態は回避できるだろう。
後は当日、上手くいくことを祈るだけだ。
 




