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たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
第1章:やり直せるからと言ってやり直すとは限らない
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並走する過去 第1話:暗黒時代

 僕は運動が嫌いだ。理由は簡単、疲れるのが嫌だから。

 好き好んで走っているような人たちを異星人のように思う。

 何が楽しいのか、まるで分らない。勝手に走るだけなら別にいいんだ。

 でも運動できるヤツはいつも偉そうに言う。


「お前も頑張れば出来るようになる」

 ……ならないよ。


 僕にはそういう才能がない。家でゲームしていることが何で駄目なんだ。

 両親すら「少しは外で遊べ」と言う。嫌だよ、何にも楽しくない。

 そんなの、ただ疲れるだけじゃないか。僕は勉強なら、それなりに出来る。

 だからそれで良くないか? 外で遊ぶと必ず運動が出来ることを自慢される。

 家で独りで居れば、そういう煩わしさもない。


 皆、自慢げに「俺はこれが出来る」と言い放つ。その後に決まって言うんだ。


「お前は何が出来る?」


 何にも出来ないよ、僕は。才能が無いんだ。


「君は凄いね」

 そう言えばいいのかい? 馬鹿らしい話だ。


 そもそも人と比べられるのが嫌だった。比べてどうするんだよ。

 僕が出来ないのを解っていて馬鹿にしているんだろう。

 悪意しか感じない。そんなことして、何が楽しいんだろう。


 別に運動なんか出来なくたっていい。

 勉強がそれなりに出来て、ちゃんと学校に行っていれば卒業できる。

 良い高校や大学に進学するために必要なのは運動能力じゃないだろ。


 マラソンの授業は最悪だった。地獄のような40分。

 ただ走らされるだけの時間に何の意味があるんだよ。心底そう思う。

 だけど僕は真面目だから、それでも頑張って走った。歩いてはいないよ。

 でも、女子に周回遅れするのは流石に恰好悪いとは思う。


「頑張れ!」

 そう言われるのが一番惨めだった。


 最初から出来ない人がいくら頑張っても無意味だ。

 これがゲームの世界なら簡単なのに。時間さえかければ絶対にクリアできる。

 ひたすら同じ敵と戦ってレベルを上げるだけでいい。

 それでボスだって倒せるようになる。


 でも現実は違う。僕がどんなに頑張ったところで何も変わらない。

 僕も運動の出来る人に生まれてくれば良かった。


 悪いことなんてしてないのに、なんで僕はこんななのかな。才能が欲しい。

 僕にしか出来ないことがひとつでもあれば違ったのかなって思う。

 勉強が出来ると言っても平均点よりちょっと高い点が取れるだけだ。

 本当に頭がいいヤツには敵わない。


 だから、運動やテスト勉強に必死になるぐらいならゲームやってた方がいい。

 不健康とか言われるけど別に死ぬわけじゃないでしょ。

 なんで皆、僕に文句ばっかり言うのさ。今を今のまま続けていきたいだけだ。

 邪魔をしないでよ。僕は誰にも迷惑をかけていないだろ。


 そんな僕でも、何かを変えたいと思ったことはある。


 思い切って生徒会長に立候補したんだ。たとえ当選しなくても注目される。

 だから選挙活動も必死で頑張った。落選したけど悔いはない。頑張ったから。


 文化祭も積極的にクラスに関わる様にした。

 百瀬(ももせ)さんのような素敵な人になりたいと思った。

 彼女はいつも優しくて良い人だ。こんな僕にも話しかけてくれる。

 上手くいかなかったのは悲しいけれど、それでも僕は彼女が好きだった。

 もっと頑張ろうと思っていた――。



「おい、ばい菌!」

 張り上げられた声に僕は思わずその方向を見た。

 黒板の板書を消しているのは谷地(やち)さんだ。

 彼女に声を荒げていたのは苦手な久保(くぼ)くん。


 そのシチュエーションに小学生時代の記憶がフラッシュバックする。


 ――学校に居場所が無かったあの頃。


 僕はクラスの皆に無視されていた。

 下駄箱の靴はすぐに隠されるし、新しく買った文房具は机から無くなる。

 母さんに買ってもらった蛍光ペンのセットが全部なくなった時は涙が出た。

 何でこんなことをされるのかわからない。 

 掃除用具入れの下から1本だけ出てきたので、それを大切に使った。

 でも僕はセットで揃っているのがとても気に入っていたんだ。


 放課後に校庭を歩いていると体当たりされる。

 勢いで転んで、服が砂まみれになった。


「何かいた? 気づかなかった」

 そう言って笑いながら走り去っていくクラスメイト。

 絶対にわざとだ。擦りむいた膝が痛い。


 怪我しても黙っていた。怪我ならそのうち治るから。

 母さんが買ってくれたペンが無くなるよりはマシだ。


 汚れた服で家に帰ると母さんに叱られる。でも理由は言えない。

 悲しい顔を見たくないから、ただ「ごめんなさい」という。

 そうすれば母さんはそれ以上、怒らない。


 ごめんなさい。僕が駄目でごめんなさい。

 どうして、僕は普通じゃないんだろう……。

 でも何が駄目なのかわからない。どうしたら、許してくれるの?


 学校では透明人間のように扱われた。

 皆は楽しそうに笑っているのに、僕だけは時間が過ぎるのを待つだけだ。

 小学校を卒業して、中学校になれば少しはマシになるのかな。


 夜、眠りにつくとき、時計の音が気になって仕方なかった。

 あと、どれぐらいすれば卒業出来るのだろう。

 どれだけ我慢すれば、この真っ暗な時間は終わるのかな。


 一日の長さが怖かった。いっそ、死んでしまえば全てが楽になるのではないか。

 そんな風に思う日が延々と続いた――。


 正直言って、久保くんとは絶対に関わり合いになりたくない。

 いつでも不遜な態度で人を見下している。弱い人を見るとすぐに絡む。


「お前が歩くとフケが落ちるんだよ」


 谷地(やち)さんは普通の女子だ。地味で滅多にしゃべらないだけ。

 確かに久保くんの言う通り、いつも頭の上に白い粉が乗っている。

 多分クラス中の誰もが内心では「汚いな」って思っているはずだ。

 僕も「頭を洗えばいいのに」といつも思っていた。


 目立つようなことがあればすぐに付け込まれる。

 いじめられないようにするには目立たないようにすることだ。

 そのために出来る努力をしない方が悪い。


「ごめんなさい……」

 谷地(やち)さんの声はかすれるような小さい声だった。

 逆効果だよ、それじゃ、助長するだけだ。


「あ!? 今何か言ったか?」

 久保くんは威嚇するような大きな声で返す。


「お前さ、気持ち悪んだけど。出来れば学校来ないでくれない?」

 言葉を返せないで口ごもる谷地(やち)さんに久保くんはさらに続ける。


「なあ、みんなも嫌だよな?」


 クラスの皆が瞳を反らして別の話を始める。賛同はしないけど、否定もしない。

 誰も加害者になりたくないのだ。でも谷地(やち)さんを助けようとする気配もない。

 人気者の大塚(おおつか)も、女子で一番人気の吉野(よしの)さんも谷地(やち)さんを見ようとしない。


 百瀬(ももせ)さんですら、誰とも目が合わないようにどこか遠くを見てる。

 何だよコレ……。僕は嫌だぞ、こんなの。なんでお前たちが助けないんだ。

 僕が割って入っても何も出来ない。そして確実に次のいじめ対象は僕になる。

 無理だよ、そんなの。だから見て見ぬふりをするしかない。


 でも、他のヤツなら違うだろ?

 自慢げに「俺はこれが出来る」って言ってたのはどうしたんだよ。

 誰か助けてやれよ! 何だよ、コレ。そう思っているのは僕だけなのか?


「ほら、誰も否定しないだろ。お前が学校来ると迷惑なんだよ」

 その言葉を聞いて泣き出す谷地(やち)さん。


 でもね、君も悪いんだよ。目をつけられるようなことをしちゃいけないんだ。

 僕はそう思う。だけど、悔しかった。なんで悪者がのさばるんだよ。


 谷地(やち)さんが泣き出したことでバツが悪くなったのかな。

 久保くんはさらにまくしたてる。嫌な空気だ。


「ばい菌、ばい菌、学校くんな!」

 そう言って彼女がもっていた黒板消しを取り上げて彼女の頭に投げつけた。


 ――バシン。


 白煙が上がってチョークの粉が舞い散る。まるで煙のようだった。

 そして、それを浴びた彼女の髪の毛は真っ白に染まっている。


「ははは、傑作だな」

 おい、それは駄目だろ。それなのに久保くんは笑う。


 なんで笑えるんだよ! 谷地(やち)さんは泣いているんだぞ。

 僕にはまるで意味が分からなかった。


「少しは綺麗になったんじゃないか?」

 その声で、谷地(やち)さんはしゃがみこんで動かなくなる。


 クラスの皆は谷地(やち)さんを見ないようにして、当たり前のように過ごしている。

 おかしいだろ……。なんでこの状況で平気な顔で無視できるんだよ。


「綺麗にしとけよ」


 そう言って、久保くんは落ちた黒板消しを拾って谷地(やち)さんの頭の上に置いた。

 それは微動だにしなかった谷地(やち)さんの頭の上にしばらくとどまった後。

 コトン、と再び地面に落ちた。


「おい、綺麗にしろ、っていったよな?」

 静かな教室に、恐ろしい声が響く。


 恐喝するような声色に、泣いていた谷地(やち)さんはビクッとして立ち上がった。

 慌てて黒板消しを拾ってクリーナーにかける。彼女の髪の毛は真っ白なままだ。


 ブオオオォォォー。


 クリーナーの音が教室内に響いた。


「いっそのこと髪の毛もクリーナーにかけた方がいいんじゃね?」

 久保くんはそう言って、また笑っている。


 それでもクラスの皆は誰も反応しない。やっぱりそうなんだ。

 何もしないで見捨ててる人たちを最低だと思った。その中には僕も含まれる。

 でも僕よりも強い人が何にもしないんだったら悪くないだろ。


 普段から偉そうにしているクラスの人気者だって結局は僕と同じじゃないか。

 何で誰も彼女を助けれてやらないんだよ!


 僕がもっと強かったらよかったのに……。

 久保くんをぶっ飛ばして、谷地(やち)さんを保健室に連れて行く。

 ……そんなの、出来っこない。


 泣きながらクリーナーをかけて黒板消しを綺麗にした谷地(やち)さん。

 彼女はそのまま教室を出て行った。そして、しばらく学校に来なくなったんだ。

 僕はなんだかちょっとズルいなって思ってしまった。彼女は逃げたのだ。

 それは仕方のないことだと思う。彼女の辛さも少しは分かるんだ。

 けれどさ、少なくとも僕は嫌なことがあってもずっと登校していたから。


 結局、皆、弱い人間なんだ。いじめるヤツはもちろん悪い。

 けど、いじめられる方にも原因はあると思う。

 そしてそれを黙認するヤツも大したことない。


 やっぱり僕は何も悪いことをしていない。

 それなのに、なんで毎日はこんなにも楽しくないんだろう。


 もういいや、リセットしたい。

 中学校になれば少しはマシになるかと思ったけど、何も変わらないじゃないか。

 もういいよ、諦めた。こんなところで頑張っても意味がない。


 僕はきっと、大器晩成というヤツなんだ。ここにいる連中とは違う。

 大人になるまでは、我慢を続けるしかないんだな。

 決めた、高校生になったら今度こそ頑張ろう。


 ……それまでは、もう何もする気が無くなった。

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