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たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
第1章:やり直せるからと言ってやり直すとは限らない
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第10話:犯罪行為を隠避・ほう助する組織は許しません

 登校すると下駄箱には靴が戻っていた。

 ……ご丁寧に履きたくないぐらいに汚れている。

 窃盗から器物損壊に変わったね。

 これそのものが証拠品だけど、一応写真を撮っておく。

 不本意だけど窃盗罪よりわかりやすい証拠が手に入った。


 また隠されるのも嫌なので靴を手に持って教室へ向かう。

 すると机の上には花瓶と一輪の花が飾られていた。

 古典的な……、思わず笑ってしまった。

 これも朝早くに準備したのかな? ご苦労なことだ。

 こちらも写真を撮っておく。

 席に座ったらカセットテープレコーダーの録音を開始する。


「よお、高木。お前、まだ生きてたの?」

 久保(くぼ)が嬉しそうな顔で近寄ってきた。


「おはよう、久保。見ての通りだよ」

 俺は花瓶をどけることもなく返事をする。


「お前、舐めてんの?」

 何もしていないのに、何故こんなことを言われなければならないのか。


「だから、舐めてないって」

「いや、舐めてんだろその態度」

 一体どうしてほしいのだろう。


 その後も色々と罵詈雑言を頂いた。「早く死ね」とか「学校に来るな」とか。

 これは名誉棄損もしくは侮辱罪かな。とりあえず適当に相槌を打っておいた。

 今戦うべき相手は久保じゃない。チャイムが鳴り、ホームルームが始まる。

 担任の岩村(いわむら)が来て点呼を始めた。戦いはここからだ――。



「高木、それはなんだ?」

 岩村は感情の無い声でそう言った。


 わざわざ俺の名前を呼ぶ番まで普通に点呼を続けてから、花瓶の話をする。

 これは間違いなくわざとやっているな。


「花瓶ですね」

「なんでそんなものが机の上にある?」

 これが大人のとる態度なのか。教師だというのだから、なおさら許せない。


「知りません、席に着いた時点でありました」

「そんなわけないだろう、元の場所に戻せ」

 どこだよ、元の場所って。思わずツッコミを入れてしまった。


 使い捨てカメラを取り出して机の上の花瓶と岩村がはっきりと映る様に撮る。

 撮ったらすぐにダイヤルを回して次の写真を撮れるように準備した。


「何をしている?」

「先生がいじめを放置している証拠写真を撮っただけです」

 冷徹に言い放つ岩村に毅然とした態度ではっきりと答える。


「カメラは持ち込み禁止だ!」

 さすがに岩村も少し動揺したようだ。声が大きくなった。


「そんな校則は知りませんでした。でもそれ、法的な拘束力はないですよね」

 冷静に答えた俺に、岩村が詰め寄ってくる。俺はすぐに立ち上がって身構えた。

 

「渡しなさい」

 手が届く距離まで来て、脅かすように低い声をだす。

 そんなもので動揺すると思ったら考えが甘い。


「嫌です、岩村先生」

 録音しているテープに相手の名前が残るようにはっきりと言った。


「渡せと言っている」

 右手を差し出し、この手の上に乗せろという。


「嫌です、これは()()の証拠を撮るためのものです。渡したくありません」

 使い捨てとはいえ、証拠の入ったカメラを奪われるわけにはいかない。


「いじめなど無い!」

 岩村の声がさらに大きくなる。


「あります、たった今、いじめられいるじゃないですか。

 机の上の花瓶。これがどういう意味かわかるでしょう?」

「それはお前の勘違いだ」

 それを判断するのはお前じゃない。だから、写真を撮るんだ。


「ちがいます、岩村先生の方が勘違いをしている」

 平行線の会話を続ける、一歩も引くつもりはない。


「渡せ!」

「先生、それは恐喝です」

 岩村はもはや、怒りを隠さずに怒鳴っていた。


「生意気を言うな!」

 怒声が静かな教室に響く。なんて不協和音だ。


 ――バシン。


 そして平手が飛んできた。これは予想外だ。


「殴りましたね?」

 有名な台詞を重ねたくなったが、俺は親父に殴られたことはある。


 さすがに岩村は久保と違って大人だ。

 怪我をするギリギリのところで手加減されていた。でも、普通に痛い。


「お前が言うことを聞かないからだろう!」

 これで十分だ。俺は使い捨てカメラをもって教室から外に出た。


「待て、高木!」

 岩村は追ってくる。迷わず職員室へ向かって走った。


「助けて下さい!」

 職員室に入るなり、大声で叫ぶ。待機中の先生の眼が一斉にこっちへ向いた。


「どうしたの?」

「僕がいじめにあっているのを岩村先生が認めてくれませんでした。

 証拠集めをしていたらカメラを取り上げようとするので逃げてきました」

 俺の言葉に職員室はざわつく。


「ちょっとまって、高木君。昨日も言っていたけど、いじめって……」

 答えてくれた先生は動揺を隠せない様子だ。

 追いついてきた岩村も、この状況では静かに話を聞く以外にないだろう。


「一昨日、久保君に殴られました。昨日は靴を隠されました。

 そして今朝、その靴がボロボロになって返ってきました。

 机の上には花瓶が置いてあって、久保くんには『死ね』と言われました」


 声が通る様に、出来るだけゆっくりと話した。これで駄目なら終わりだ。


「それは本当のことなの?」

「殴られた瞬間はクラスの皆が見ています。

 ボロボロの靴は教室に戻ればお見せ出来ます」

 先生はどう対応するのか一瞬迷ったようだ。気味の悪い静寂が辺りを包み込む。


「岩村先生はご存じなのですか?」

 沈黙を破って、声を上げたのは学年主任の先生だった。


「知りませんでした、高木の勘違いだと思います」

 まだそんなことを言うのか。


「机と花瓶、岩村先生が映っている写真もあります」

「高木!」

 嫌な視線を感じるが、知ったことではない。


「先生方が厳正に対処していただけないのであれば、警察に被害届を出します。

 母ともそういう話をしました」

「警察!?」

 職員室内が再びざわつくが、もちろん知ったことではない。


「あと、先ほど岩村先生からも殴られました。証拠はこれです」

 言ってテープレコーダーを出す。


「朝、教室に入ってから今まで、ずっと録音してあります。

 先生から受けた恐喝と暴行も警察に対処してもらって構いませんよね」

「なんだと!」

 岩村は顔を真っ赤にしてこちらに近づいてきた。流石にこれは怖い。


「岩村先生!」

 食って掛かろうとした岩村は見事に他の先生から静止された。

 正直に助かった、と思う。


「僕がして欲しいのは、いじめからの保護です。

 相手への報復や過度な指導は望んでいません。話し合いもしたくありません」

 こちらの要望をきちんと伝えておく。

 身勝手かもしれないが、これが通らないのであれば警察沙汰にするしかない。


「わかった、こっちでも調べてみるから少し時間をくれないか」

 岩村ではなく、学年主任の先生から返事があった。


「問題ありません。

 今日は帰って、明日、母と一緒に来ます。それで良いですか?」


 先生方は顔を見合わせた。しばらくして一言。


「わかった、明日もう一度話をしよう」


 鞄と靴を取りに教室に戻るとさっそく久保が絡んで来た。

 ここでもテープレコーダーを回しておく。


「お前、何やってんの? 本気かよ」

「本気。だってお前がやったの犯罪だからね。

 子供だからとか関係ないよ。警察に被害届を出す」

 俺は、すべてのいじめはこの扱いで良いと思っている。


 子供のすることだから、と言って許されることでは無い。

 下手をすれば、一生引きずるような暗い過去を作ることになる。

 被害者からすれば、若気の至りで済ませて良い事じゃない。


「何だと? ふざけんな!」

 胸倉を掴まれた、これも脅迫罪だな。


「ねえ、誰か写真撮ってくれない?」

 クラスメイトに声をかけてみたが当然、誰の反応もない。


「てめえ!」

「やめてよ、殴らないで、久保くん!」

 レコーダーに残るように大きな声で名前を呼んだ。

 これは流石にちょっと演技っぽくなってしまったかもしれない。


「クソ……!」

 さすがに警察の話が出て、気後れしたのか久保はそこで手を離してくれた。


「じゃあ、僕は今日のところは帰るから」

 鞄を取って教室を出ようとすると小林(こばやし)がこっそり話しかけてきた。


「お前、怒らすと結構怖いな」

 恐ろしく察しが良い。


 実はコイツ、俺と同じでタイムリープした大人じゃないか?

 一瞬、そんなことを思ってしまった。中学生って言ってもピンキリなんだよな。

 成長が早いヤツもいる、小林は背も俺より20センチ近く高い。


「そうかな、こんなもんでしょ?」

 俺は普通に笑って答えた。


 ――翌日。


 先生には母と一緒、といったのだが……。なんと親父までついてきた。

 昨日の今日でよく仕事休めたな。


 親父はすでに母から事情を聞いているとのことだ。

 だから「俺に任せろ」と、格好よく言われてしまった。

 器用貧乏なそこそこの調査能力とそれなりの交渉力で先生と対峙する中学生。

 そんなちょっと恰好良い展開を想像していたのだが……。

 俺の出番は無いかもしれない。


 職員室に着くとすぐに校長先生の部屋へと案内された。

 学年主任の先生と校長先生が直接対応してくれるようだ。

 ……ごめんよ、先生。まさか親父が来るとは思ってなかったんだ。


「まず、最初に言っておきます」

 そういって親父はテープレコーダーを取り出した。


「ここでの会話を録音させてもらいます、よろしいでしょうか?」

 なるほど。素直に親父の初手に感動した。

 

 これをやらないと証拠として非合法になってしまう可能性があるな。

 普通に盗聴になってしまう。詰めの甘さを痛感した。


「……はい、問題ありません」

 少しだけ沈黙があった。考えたけど断る理由が無かったのだろう。


「では学校側の対応をお聞かせください。

 まず、いじめがあったことを認めていますか?」

 完全に親父主導で話が進む。


 よく考えると今の俺と親父は歳がそれほど変わらないんだよな。

 親父は家ではただのおっさんだが、会社では相当なやり手らしい。

 高卒で一流企業の部長になってたし。多分、親父の交渉は超一流だ。

 器用貧乏な俺なんかとは比べ物にならないだろう。


「こちらとしてはまず、事実関係の確認をしてから……」

「それはどのぐらいかかるのですか?」

 校長の言葉を最後まで聞かず、話を進める。


 正直言って、俺から見てもこの態度は怖い。

 怒りがこもっている声なのに、口調はあくまで丁寧だった。


「少なくとも一週間ほど……」

「待てません、なら被害届を提出します。

 少なくともこちらに証拠はありますので」

 ……俺が口を挟む隙は一切ない。


「そうは言われても……」

「息子は担任の教師に手を上げられています。

 早急に対応していただくことが唯一の妥協点です」

 校長先生は二の句が継げずにいた。


「いじめた側を叩くのならともかく。

 いじめられている側を叩くなどと言語道断ではないですか?」

 親父は毅然とした態度で、言葉を荒げることなく静かに校長を問い詰める。


「……その通りです、ただ、それが事実かどうかの確認をしなければ」

 どれだけ時間をかけても事実など変わりはしない。

 録音されたテープと言う証拠があるのだ。これはただの時間稼ぎだろう。


「わかりました、交渉の条件を変えないのであればこれ以上の論議は無駄です。

 被害届を出した後は弁護士に処理を任せます。後はそちらと話をして下さい」

 えっ、弁護士!? そんな手札あるの……?


「いくぞ、貴文(たかふみ)

 そう言って、席を立つ。


「ちょっと待ってください!」

 校長は慌てて制止した。


「まだ何か?」

「わかりました、対応しますから!」

 親父は溜息を一つついて、もう一度席に着く。


「まず、いじめの事実を認めてください。

 認識はあったということで良いですね?」

 一番大事なことは学校側に「いじめがあった」と認めさせることだ。

 ここさえ突破出来れば後はどうとでもなる。


「それは……」

 やはり、ここは難しい判断だろう。

 録音されている中で「はい」と言ったら、もう言い逃れは出来ない。


「いいですか、校長先生? 私たちがお話をしているのは温情のようなものです。

 すぐに被害届をださなかったのはあなた方のことを考えてのこと。

 これだけ証拠が揃っている中で言葉を頂けないのなら、交渉はここまでですね」

 確かに、これを聞く限り学校側にはメリットしかない。


「……わかりました、認めます」

 校長がいじめの事実を認めた、この時点で勝利は確定である。


「では、こちらの要求を伝えます。

 まず、教室内を監視して暴力から守ってください。

 ロッカーを施錠し、いたずらを出来ないようにしてください。

 学校内に『安全地帯』を作って頂きたい。その方法はお任せします」

「……わかりました」

 校長先生はそう言って、全面的な協力を約束してくれた。


「で、加害者についてですが……」

「事情を聞いて、厳しく指導します!」

 校長先生は親父の話を早合点したのか慌てて言葉を紡ぐ。

 もはや、親父を恐れているかのような態度だ。


「そんな必要はありません。子供に話してどうにかなる問題じゃない」

 俺の意向は母に伝えてある。それは親父にもちゃんと伝わっていた。


「もちろん、保護者の方にもきちんと連絡をして……」

 校長先生にはまだちゃんと伝わっていないようだ。

 相手に自分の意向を正確に伝えるのはとても難しい。


「いえ、それも必要ありません。報復のような意図はありません。

 あくまで私たちの要求はいじめからの保護です」

 俺の望みは久保に罰を与えて欲しいわけじゃない。


「だから、過度な制裁はしないでください」

 父にはしっかりと気持ちが伝わっていた。


 俺は、悪意に対して悪意を返すのは良くないと事だと思う。

 当然だけど殴られたら痛いし、頭にくる。

 やり返したいと思うけど、今回のことは我慢できる。

 久保にも何か嫌なことがあったのかもしれない。


 でも、俺は久保や岩村のような人間のことを「許せない」と思う。

 いじめはただの犯罪行為だ。被害者の苦しみは簡単なものではない。

 学校の中で起こることだけを特別扱いするのはおかしいだろう。

 永遠に恨まれてもおかしくないことをしているのだと知ってほしい。


「これでいいな、貴文(たかふみ)?」

 急に話がこっちに来て少し焦った。


「あ、うん……」

 もちろん、申し分ない。全て親父のペースだった。


「もしこれらが守られなかった場合は当初の予定通り、被害届を提出します。

 最後になりますが、そこまでご承知おき下さい」

 ごくり、と唾をのむ音が聞こえた。


「わかりました」

 校長先生が了承した時点で親父はテープレコーダーを止めた。


「よし、帰るぞ貴文(たかふみ)

 これにて一件落着、である。


「――ちょっと待って下さい」


 声は意外なところから飛んできた。


「担任の岩村先生へ伝えて欲しいことがあります」

 話しているのは母である。

 これまで一言も話さなかったのにどうしたのだろう。


「はい?」

 校長先生も少し驚いているようだ。


「今回の件、息子は許すと言いました。でも、覚悟しておいて下さい。

 私は死んでもあなたを許しません」


 ……校長室の空気はとても冷たいものになった。


「よろしくお願いしますね」

 最後は笑顔ですか、母さん。


 今回の件、実は最も腹を立てているのは母だったようだ。

 そりゃ、親父が仕事を休んでまでここに来たのも頷ける。


 ――校長室での問答の後。


「今後も何かあったら、母さんに言うんだぞ」

 親父は俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でながらそう言った。


「父さんじゃ駄目なの?」

「……母さんが知らないことを俺が先に知っているのは怖い」

 ああ、なんかそれはわかる気がする。


「たまには飯でも食べにいくか?」

 ネクタイを緩めながら、その台詞言うのはズルい。格好良いじゃないか。


 授業をサボって外食するのも楽しそうだ。

 だけど……。


「授業をうけるよ」  

「大丈夫なの?」

 心配そうにこちらを見る母。


「大丈夫、僕は強いから」

 そういってふたりを残して教室へ向かう。


 母が死んだ時の親父の顔が頭に浮かんでしまった。

 おせっかいだけど、たまには夫婦水入らずで過ごして欲しい。

 

 結局、両親に頼ったらあっという間に解決してしまった。

 やたらと悩んだ過去の俺は一体何だったんだろう。

 自分は独りだとか悩んでいたのが信じられない。

 こんなにも頼りがいのある両親がいたじゃないか。


 教室に戻ると小林と寺田(てらだ)が迎えてくれた。


「解決したのか?」

 と、小林はしれっと声をかけてくる。


「話しかけても大丈夫……だよな?」

 寺田はちょっと怖がっているようだ。


「問題ないよ」

 俺は笑って答える。


 ちゃんとした友人もいるし、どこが独りだったというのだろう。

 自分を助けてくれる人は必ずどこかにいる。

 でも、何もせずに待っているだけでは駄目だ。

 「助けて」と誰かに声を投げ続ける必要がある。


 いじめの解決は必ずしも相手との和解や決着ではない。

 被害を受けない環境を構築すれば、それでよいのだ。

 引っ越しをしても良い、学校に行かないという選択肢もある。

 決して逃げ道のない袋小路などではない。


 久保との軋轢は残ったままだけど、これは仕方のないことである。

 現実は物語のようにすべてが丸く収まりなどしない。

 どこかに出る歪は受け入れる必要がある。

 こればかりは何度やり直しても変えられないだろうな。

 綺麗な終わりではないかもしれない。けれど、今回の件はこれで十分だと思う。

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