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たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
最終章:その選択肢の答えは最初から決まっている
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第81話:別れと出会いの季節は優しい花の匂いがする

 合宿から帰った後の新学期。

 練習しただけあって、新入生歓迎会は無事に成功をおさめた。


 俺はそれ以来、生徒会室には顔を出していない。

 今年の新入生とはテニス部として対面している。


 立つ鳥跡を濁さず、という言葉が好きだった。

 俺にとって生徒会室はとても大切な場所だ。

 だからこそ、きっぱりとケジメをつけたかった。


 引継ぎはしっかりとやったし、後は中森(なかもり)に任せておけば大丈夫だろう。

 私物もこっそりと引き上げてあった。

 別れを言いたくないという気持ちもあったのかもしれない。


 そしてテニス部の方も、引退試合が迫っている。

 それまでは部活に専念することにした。


 なお、一ノ瀬は予備校の説明会やら模試やらでしばらく忙しいらしい。

 生徒会執行部という理由が無くなった今。

 俺達は会う機会が減っていた。これは仕方のないことだと思う。


 結果的に、練習に身が入るのは皮肉な話だ。

 日が暮れてボールが見えなくなると、最後はロードワークに出た。

 もう、生徒会室を覗いても、そこに一ノ瀬は居ない。

 そのことが、凄く寂しく感じる。けれど、どうしようもなかった。



「高木先輩!」

 真っ暗になった部室に戻ると、意外な人に声をかけられた。


美沙(みさ)ちゃん? どうしたの、こんな遅い時間に……」

 暗いけど、声ですぐに分かる。正直ちょっと驚いた。


「もう、いつまで練習しているんですか!」

「ごめんごめん」

 何故か怒っている美沙ちゃん。そして反射的に謝ってしまう自分が悲しい。


「先輩、生徒会室に来てくれないから……」

「それでわざわざ来てくれたのか。ごめんね、美沙ちゃん」

 これは確かに悪いことをしてしまった。


「それで、生徒会執行部でお花見やることになったんです」

「誘ってくれるの!? うん、行くよ!」

 企画してくれたのは久志(ひさし)君かな? これはとても嬉しかった。


「引退試合前ですよね? 大丈夫ですか?」

「1日ぐらい練習しなくても大して変わらないよ」


 これは少し嘘だ。1日休むと取り戻すのに2日はかかる。

 特に休日の練習は時間が長い分、結構惜しい。

 でも、愛すべき後輩の誘いだ、断るわけにはいかないだろう。

 ……それに、俺自身の参加したい気持ちも強い。


「じゃあ、今度の日曜日、お願いします。場所、わかりますよね?」

「安心してくれ、去年は俺が主催だったんだ」

 むしろ去年参加しなかった美沙ちゃんの方が不安だろう。


「ふふ、それじゃあよろしくお願いしますねー!」

 そう言って両手を小さく振りながら笑顔で去っていく美沙ちゃん。

 しかし、あの子、本当に可愛いな。夜道が心配になってしまった。


 ――お花見当日。


「あー、高木先輩! 早いですよ!」

 久志君に怒られてしまった。


 暇だったので待ち合わせ時間よりも、かなり早めに現場へと足を運んだのだ。

 やはり俺はもてなされるのには慣れていない。


「ごめんごめん、はやく起きちゃったからさ」

「もう、今回、先輩は主賓なんですからね!」

 すっかりと成長した様子が見てとれた。


 しかし、巣立っていく我が子を見ているような気持ちになってしまうな。

 ……独身の俺に子供はいないけど。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、こっちのが落ち着くんだ」

「先輩がそう言うのなら、いいですけど……」

 うーん、ちょっと悪いことをしてしまったかな。


「高木先輩? 早いですねー」

「おはよう、麻美(あさみ)ちゃん」

 いいなー、女子とふたりで場所取りとか羨ましい。


 もちろん、奈津季(なつき)さんや一ノ瀬も頼めばやってくれるだろう。

 だけど、どうしても頼む気にはなれなかった。

 何て言うかそれは職権濫用というか、悪い事をしている気がするのだ。


「じゃあ僕、皆を迎えに行ってきますね! 先輩はここで待っててください」

 そう言って久志君は公園の入り口へ向かって歩いていった。


 ……羨ましいと言っていた状況に一瞬で追い込まれる。


「ふふ、久志君、張り切っているなあー」

「ごめんねー、俺なんかとふたりきりになっちゃって」

 これは早く来た役得だと思うことにした。


「いえいえ、気にしないでください。高木先輩なら嫌じゃないです」

「そう言ってくれると嬉しいよ」


 麻美ちゃんと何気ない会話をして後続を待つ。

 やっぱりこういう時間は嬉しいものだな。

 もちろん、色っぽいことなんて、何一つない。

 でも、俺はこんな日常的な時間が一番好きだ。


「高木くーん!」

 何故か一ノ瀬がひとりで走って来た。


「おお、久しぶり!」

「……3日前に会ったじゃない」

 折角の笑顔が怪訝な顔に変わってしまった。


 確かに、一ノ瀬の言う通りではある。

 だけど今まで、丸1日合わない日というは滅多になかったのだ。

 3日前は一ノ瀬も遅くなるということで、落ち合って一緒に帰ることが出来た。

 会う機会はこれからも減っていく一方だろう。それが寂しくて仕方ない。


「模試はどうだった?」

「……聞かないで! 今はそういう話したくない!」

 どうやら受験の話は禁句のようだ。


「それより、チューリップ、今年も綺麗だったね!」

 今年も桜は満開、百花繚乱の景色は圧巻だった。


「ああ、後で一緒に見に行こう」

「うん!」

 ああ、もう、可愛いなあ。


「お疲れ様ー!」

 一ノ瀬に遅れることしばし、生徒会執行部のメンバーが集結した。


 見ない顔も混ざっている。おそらく今年に入った1年生だろう。

 新入生歓迎会の成果だと思うと何だか嬉しい。


「それでは、第35期生徒会執行部のお疲れ様会を開催します!」

 音頭を取ったのは正樹(まさき)君だ。


 ああ、こうやって世代が変わっていくんだな。

 彼は明確なリーダーシップを取ってくれるから安心だ。

 やり直しの世界でもあまり教えられることが無かった。

 元々、俺よりも優秀な後輩だ。

 手がかからない、という意味では良いのだが、少し寂しい。



 それから、俺達は歓談を楽しんだ。

 料理は各自で持ち寄ったものに加えて麻美にちゃんが作ってくれたものを頂く。 

 俺が去年、余計な事をしたせいで毎年恒例になったら申し訳ない。


 皆の会話を聞きながら、ふと桜の花に目が行った。

 風が吹くと、ひらひらと儚く花びらが空を舞う。

 本当に綺麗だな……。


「先輩、美沙ちゃん見ませんでした?」

 そう声をかけてきたのは麻美ちゃんだ。


「ん? そういえばさっきから居ないな」

「トイレ行ったときに迷子になっちゃったかもしれません……。

 美沙ちゃん、方向音痴なんです」

 何だ、その可愛い属性は。


「じゃあ、俺、少しその辺りを見てくるよ」

「すいません……」

 この公園のことは良く知っているので、俺が行った方が手っ取り早いだろう。


 席を立って、まずはトイレの方へ向かう。

 相変わらず渓流広場は美しかった。でも今は見惚れている場合ではない。


 女子トイレの方はかなりの行列が出来ていた。流石にあの列には近づけないな。

 遠くから見た感じでは並んでいる様子はない。

 仕方が無いので周囲を見渡しながら少し歩いてみた。

 すると、しゃがみこんで花を見ている美沙ちゃんをあっさりと発見する。

 ……意外と簡単な任務だったな。


「美沙ちゃん、大丈夫?」

「高木先輩? どうかしました?」

 あれ、会話が噛み合っていないぞ。


「いや、麻美ちゃんが、迷子になったかもしれないから見てきてって」

「麻ちゃん……。いえ、大丈夫です。ちょっと順番待ちが長かっただけですから」

 確かに、あの列に並んだとしたらかなりの時間がかかるだろう。


「それなら良かったよ、一緒に戻ろうか?」

「先輩……」

 美沙ちゃんは何故か俺の袖をつかんで離さなかった。


「どうしたの?」

「その……少し私と一緒にお話しませんか?」

 珍しく、歯切れの悪い感じだ。少し心配になる。


「うん、いいよー」

「軽いですね……」

 おかしいな、いつもなら普通に笑ってくれるのに。


「真面目な話? ちゃんと聞くから、安心して」

 いつもと様子が違う気がする。


 俺は美沙ちゃんの隣に腰を下ろした。

 何か悩み事でもあるのかもしれない。

 ちゃんと眼を見て話すことにした。


「先輩、実は私……生徒会執行部を続けるかどうか迷ってます」

 その言葉は少しショックだった。だけど体育祭での彼女を思い出す。

 来年も続けるとは限らない、そう言っていたんだ。


「そっか……。でも、それは美沙ちゃんが決めないと駄目だよ」

「先輩は止めないんですか?」

 止めて欲しかったのかな。でも、それは出来ない。

 きっと俺が止めたら彼女はその言葉に従ってしまうだろう。


「うん、止めない。だって、この先の生徒会執行部に俺は居ないから」

「先輩……」

 俺はその言葉に責任を持つことが出来ないのだ。


「ごめんね、もっとやりたい、続けたいって思わせてあげられなかった」

 これはきっと俺の責任だろう。


「違います! 先輩のせいじゃないんです。

 だって、私が続けない理由は、私の個人的な感情だから……」

 辛そうな表情だ。いたたまれない。

 どうにかして楽にしてあげられないだろうか。


「何か嫌な事でもあった?」

「違います! 先輩のせいです!」

 言葉が胸に突き刺さる。だけど、悪意は感じなかった。

 しかし、さっき俺のせいじゃないって言ったのに、どういうことだろう?


「先輩が居ない生徒会室が、寂しくて……」

「へっ!?」

 予想外の言葉に、間の抜けた声が出てしまった。


「あ、高木先輩だけじゃないですよ? 勘違いしないで下さいね!」

「ああ、大丈夫、俺はそんなに自惚れてないよ」

 ちょっと、いやかなりドキドキしたけど。


「なんか、嫌だなーって。ずっとこんな気持ちであそこにいるぐらいなら。

 先輩達と一緒に引退する方がいいなーって」

 そういうことか……、そう言えば俺も似たようなことを感じていた時がある。


 彩音(あやね)先輩が居なくなるのは、嫌だった。

 一ノ瀬の居ない生徒会室が凄く寂しかったのも覚えている。


 嘉奈(かな)先輩は去年の中森に何て言ったのだろう……。

 あの時に聞いておけばよかった。


 でもきっと、これは俺が考えなきゃ駄目な事だ。

 人から借りた言葉では気持ちを伝えることは出来ない。


「そっか、それは嬉しいな。寂しいって思ってもらえるのは凄く光栄だ」

「そこで喜んじゃうんですか?」

 美沙ちゃんは少し意外そうな顔をした。


「うん、だって俺は後のことなんて知らないし。

 美沙ちゃんが良ければそれで良いと思うよ」

 突き放すような言い方になってしまったけど、これしかないと思った。


「……先輩は、嘘が下手ですねえ」

「そうかな?」

 あまり、見破られたことは無いのだけど……。


「本当は、すっごい心配しているくせに。

 私が罪悪感を感じないように、選択肢を広げてくれたんですね」

「何でそこまで見抜いちゃうかなあ……」

 正直言って、驚いた。俺は人に良く分からないと言われることが多い。

 それは彩音先輩にすら言われたことがあるぐらいだ。


 俺が真っ先に考えたのは彼女の自由だった。

 今の仲間達である新2年生はきっと続けて欲しいと思っているだろう。

 そして俺自身も、続けて欲しいと思っている。

 だけど、彼女が本当にやりたくないのなら……、続けない方が良いのだ。

 俺達の気持ちはただの我儘なのだから。


「私、ずっと空気読んで生きてきたんで。そういうの得意なんですよ」

 そう言った美沙ちゃんは、なんだ達観しているようだった。


 まるで、いろんなことを当たり前のように諦めているような……。

 そんな表情をしている。

 美沙ちゃんは相変わらず可愛い。ツインテールも良く似合っている。

 でも、何故だろう。この顔は好きじゃない。


「君は凄いね、俺はそれが一番苦手だ」

「ふふふ、知ってますよー。高木先輩は駄目駄目です!」

 後輩に駄目と言われてしまった。ちょっとショックだ。でも仕方ない。


「そうだよな……」

「去年の新入生歓迎会、覚えていますか?

 高木先輩だけですよね、あそこで本気で打ち込んでたの」

 寂しそうな顔で去年の話をする美沙ちゃん。


 そんなことはない、みんな一生懸命、働いていた。

 むしろ、俺はただの裏方だったはずだ。


「他の部員の人は当てに行ってたのに。

 高木先輩、ひとりだけ綺麗なフォームで思いっきり打ってた。

 三角コーンをぶっ飛ばした時は笑いました。この人、馬鹿だなーって」

 そっちの話か。まさか覚えられていたとは……。


 俺は精度が高いと言われて舞台に上がった。

 だが、それは全力で打った時だけだ。

 加減して上手く当てるみたいな器用なことは出来やしない。


 他の部員が三角コーンに当てるたびに拍手が起こる。

 そんな中、俺が全力で打ったサーブで三角コーンを打ち抜いた。

 その音で一瞬だが体育館が静まりかえる。


 やってしまった、と思った。ある意味、黒歴史だ。

 盛大にぶっ飛んだ三角コーンを拾いあげて元の位置に戻すまでの間。

 俺は恥ずかしくて真っ赤になっていたのを思い出す。


「私、あれを見て生徒会執行部に入ったんですよー」

「そうだったんだ……」

 てっきり、彩音先輩に憧れていたと思っていたよ。


「それから、梨香(りか)先輩への態度を見て、素敵な人だなって思いました。

 私もあんな風に、なんて。思ったり、思わなかったり……」

「それは、その……」

 まさか、俺に憧れていたとでも言うのか? そう考えると頭が真っ白になる。


「私。何ていうか冴えない人が好きなんですよねー」

「それはなんか苦労しそうだね……」

 でも何となくわかるかな。俺も地味な人の方が好きだ。

 派手な人は何となく苦手なんだよな。俺自身、目立ちたくない性分だ。


「高木先輩はズルいです!」

「えっ、どういうこと?」

 急に矛先が変わった。今は良い表情をしている。

 美沙ちゃんも結構、いろんな顔をするんだな。


「だって、実際は全然そうじゃないから……。

 仕事は出来るし、誠実だし、優しいし。そりゃ見た目はそうでもないですけど」

「まあ、そこはそう言うしかないよね」

 否定されても少し困る。でも、褒められた部分はひたすら嬉しいな。


「……お花、綺麗ですねー」

「ああ、そうだね」

 美沙ちゃんは俺から目を反らして、そう言った。


「先輩はもう、生徒会室には来ないんですよね……?」

「うん、そうなると思う。でも文化祭の後夜祭には行くつもりだよ」

 どうしても横顔から目が離せない。寂しそうな顔をしないで欲しい。


「それ、半年近く先じゃないですか」

「そうだね、今から楽しみにしているよ」

 俺は出来るだけ明るい声でそう言った。寂しい話を続けたくはない。


 同じ学校に居る。だからいつでも生徒会室には行けるんだ。

 でも、あそこはもう、俺達の場所じゃない。新入生も入ってきている。

 俺が行くと、どうしたって1年生は気を使ってしまうだろう。

 居心地が悪くなるのは間違いない。だから、行くべきではないのだ。


「たまにでいいですから、会いに来てくださいよ」

 美沙ちゃんは今までに見たことのない表情で真っすぐに俺を見た。


 なんて答えれば良いのだろう。

 「それは出来ない」「駄目だよ」「ごめんね」

 浮かぶのは否定の言葉ばかりだ。

 「わかった、時々は遊びにいくことにするよ」

 それは嘘になってしまう。


 ……結局、言葉に詰まってしまった。


「ふふふ、冗談ですよ、せんぱい。無理なのはわかってますから!」

 そう言って、諦めた顔で笑う。その表情は嫌だ。


「ありがとう、俺も本当は生徒会室には行きたいんだよ」

 袖を掴まれていない方の手で、美沙ちゃんの頭を撫でた。


「先輩……?」

「ごめんな、そんな顔させちゃって。本当に我慢して欲しくないんだ」

 ……でも、俺には出来ることがない。


 美沙ちゃんにも、我儘を言って欲しいと思ってしまった。

 空気なんか読まないで欲しい。思ったことを素直に言って欲しい、と。

 でも、それはただの先輩の領分を踏み越えている。


「良かった……」

 美沙ちゃんは小さな声で、ぼそりとそう言った。


「ねえ、高木先輩。梨香先輩のこと、好きですか?」

「ええっ!? 何で急に?」

 予想外の質問に思わず驚いてしまう。


「いいから! 答えて下さい」

「……好きだよ」

 仕方がないので、ここは素直に答えておく。


「ふふっ、普通に答えた。流石です。私、応援してますからね!」

「ありがとう、美沙ちゃん」

 どうしてこんな話をするのか分からないけど、俺の答えに満足したようだ。


 思えば、彼女にはいつも助けられていた気がする。

 冷やかす以上に、ちゃんと応援してくれる。

 そして、大事な時に背中を押してくれた。


「じゃあ、戻りますかー!」

 そう言って、美沙ちゃんはずっと掴んでいた俺の袖を離して立ち上がる。


「あれ、生徒会執行部の話は?」

「続けますよ! だって、先輩はそうして欲しいと思っているでしょ?」

 最初から最後まで、完璧に見透かされてしまっていたのかな。


「無理だけはしないでね。何かあったらいつでも相談に乗るよ」

「ありがとうございます、高木先輩。

 せんぱいのそういうところ、私、好きですよ!」

 相変わらず、可愛いなあ、この娘。


 最後に笑った美沙ちゃんの顔は、晴れ晴れとしているように見えた――。


「それじゃ、そろそろ先輩達からひと言貰ってもいいですか?」

 正樹君の言葉が去年の自分と被る。

 そうだよな、やっぱりこれがメインイベントだ。


「じゃあ、中森先輩から」

 おい、生徒会長を最初にするってどういうことだ?


 言われてすくっと立ち上がる中森。

 いや、そこはさあ、少し何か抵抗しなよ。

 やっぱり最後がいいだろ?


「あー、皆。今までありがとう。

 俺はそんなに凄い生徒会長じゃなかったのはわかっている。

 梨香さんと高木に世話になりっぱなしだった。迷惑もかけたと思う。

 でもさ、皆のおかげでここまで来れたと思う。本当にありがとう!」


 中森ー! やめてくれ、それ、後輩よりも俺に刺さるから!

 男に泣かされそうになるとは……。



「次は奈津季先輩、お願いします」


「ごめんなさい、私、こういうの苦手で……。

 でも、皆と過ごせて良かったです。

 私は学校のために、みたいな気持ちはあんまり無かった。

 ただ、居心地のいい場所が欲しくて、生徒会執行部に入ったんです。

 今日まで一緒に過ごしてくれて、本当にありがとう」


 奈津季さん……、俺も同じように思うよ。

 生徒会執行部に入って良かった。奈津季さんと過ごせて良かったよ。



大場(おおば)先輩、いいですか?」


「あー、ごめん、僕もこういう場面、弱くて。

 言いたいことは奈津季さんと一緒かな。

 一緒に仕事が出来て良かった、ありがとう。

 いい話は高木君に任せるよ。僕はただ、これだけだ」


 おい、大場、ハードルを上げないでくれ。

 でも、俺も大場が居たからここまで来れたと思うよ。



「梨香先輩、お願いします」


「えーっと……。あはは、何て言っていいか分かんないや。

 でも、楽しかった! 以上! これでいい?」


 相変わらず短いな。まあ、お前らしいか。

 多分、言葉じゃなくて表情で伝わっていると思うぞ。



「それじゃ、高木先輩、ラスト、お願いします」


「あー、まず最初に、不甲斐ない先輩でごめんね。

 皆にはたくさん迷惑をかけたと思います。

 でも、今までいっぱい助けてくれてありがとう」


 彩音先輩の事を思い出す。

 やっぱり、俺も皆の名前を呼びたい。これが最後かもしれないのだ。


「正樹君、君はとても優秀だ。それを自覚しているところも良い。

 君なら安心して生徒会執行部を任せられる。

 生徒会長じゃない俺が言うのもアレだけどさ。

 君はそのままで大丈夫だ」


「麻美ちゃん、君はすこし頑張り過ぎだ。

 ちょっと心配になるぐらいだよ。十分に皆の為になっている。

 でも、一生懸命なところはとても良いと思うよ。

 だから無理しないようにだけ、注意してね」


「美沙ちゃん、君には凄く助けられたよ。

 おかげで毎日、楽しく過ごせたと思う。

 なんていうかな……。君に会えて良かった。

 生徒会執行部に入ってくれてありがとう」


「久志君、俺は君の真面目で元気なところが大好きだ。

 多分、一番迷惑かけちゃったね。

 いつでも真っすぐなのは尊敬するぐらい良いところだ。

 だけど、困った時は仲間を頼ってね。君はひとりじゃないよ」


 これで、言いたい事は言ったつもりだ。


「みんな、本当にありがとう!

 君たちと過ごした時間は、俺にとってかけがえのないものだ」


 これで終わり……か。だけど、そうはいかなかった。


「ここに居る皆、高木先輩のこと好きですよ。

 高木先輩は命令しないから。いつも、お願いしますって言ってくれる。

 何かしたら、ありがとうって言って、褒めてくれる。

 だから、俺は生徒会執行部に入って良かったと思いました」


 正樹君のその言葉に、俺は涙をこらえきれなかった。

 すぐに一ノ瀬が隣に来てくれる。

 なんて不甲斐ない。先輩だけじゃなく、後輩にも泣かされてしまった。


「高木先輩さ、俺達の事、好き過ぎでしょ?」

 そう言って正樹君は悪戯そうに、優しく笑った。


 悔しいが、その通りだ。

 でも、どうしてやり直しの世界がこんなにも優しいのか、分かった気がする。


 それは、俺が皆の事を好きだからだ。過去の世界と違うのはたった一つ。

 その気持ちをちゃんと伝えようとしたか、それだけに過ぎない。

 今、俺の周りに居る全ての人が、かけがえのない大切なものだと思う。

 その気持ちが伝わったからこそ、優しくして貰えたのではないか。

 なんだか、そんな風に思ったんだ。


「ああ、そうだよ。みんな、大好きだ」

 だから俺は出来るだけ笑顔で答えてやった。


 暖かいものが頬を伝う。

 多分、何度繰り返しても。

 俺は同じように、別れには涙を流すだろう。


 桜の花は、そんな俺達を見送るかのように優しく風に舞っていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 仕事でなかなか読めてなくて、疲れたところに溜まってた分を読ませて頂いたら感情移入し過ぎて泣いてしまった……… ホントに良い話!
[一言] 主人公のことをみんな心の底から慕っているのが伝わってきてすごく暖かい気持ちになる 2週目で主人公が色々頑張ってきたことは全部無駄じゃなかったんだな、こう言う形では報われているんだなっていうの…
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