第80話:生徒会強化合宿?(後編)
生徒会執行部の合宿は無事に3日目を迎えた。
「では、お昼ご飯を作ってもらいます!」
午前7時、眠い目をこすりながら起きてきた皆が朝ご飯を食べた後。
俺は合宿らしい最初の試練を与えた。
宿の人にお願いして、本日のお昼ご飯用の白飯と具材を用意してもらったのだ。
一応、こちらも料金に入っている。
細かい交渉は親父にしてもらったおかげで、快く対応してもらえた。
「高木くん、どう?」
一ノ瀬は手際よくおにぎりを作っていた。ちょっと意外だ。
「うん、美味しそう、流石だ。いつもありがとうな」
「いや、これは私のだけど?」
意地悪そうな顔でそう答える。
球技大会で作ってもらっているのを思い出してお礼を言っただけなんだけどな。
「それはわかっているよ」
「高木くんのはこっちね」
相変わらず、予想外の台詞が飛んでくる。
「俺の分も握ってくれたのか……!?」
おにぎりだけは得意だと言っていたのを思い出した。本当に手早いんだ。
「ついでだよ、ついで」
「ありがとう、一ノ瀬!」
自慢気な表情も可愛い。つい、頭を撫でてしまう。
「ちょっとー、朝から止めてくれません?」
奈津季さんに笑顔で突っ込まれてしまった。
その手には圧倒的な美しさのおにぎりが握られている。
まあ、この人の女子力は半端ないからな。
料理が上手くても何ら不思議ではない。
「くっ、麻ちゃん、私のもお願いしていい?」
「いーけど、美沙ちゃん、こういうの苦手なの?」
意外にも美沙ちゃんはおにぎりに苦戦していた。
……別にまんまるなおにぎりでもいいんだよ?
俺も普通に握れるが、正直言って一ノ瀬の方が上手い。
意外と綺麗な三角にするのって難しいんだよね。
せっかく彼女が握ってくれたので俺は全員の水筒に麦茶を入れておいた。
なお、男性陣でまともに握れたのは正樹君だけである。
さすが、基本性能が高い。……天は二物も三物も与えるものだ。
「それじゃあ、お願いします」
俺達は作った昼食を持って宿の車に分乗した。
今日は伊豆大島の中央に位置する三原山をトレッキングすることになっている。
宿の車だとバスで行くよりも早い時間から登坂できるのがポイントだ。
「ここから、3、4時間ぐらい歩くから、覚悟してね」
「はーい!」
本当に、皆が素直で嬉しい。
もちろん、これは最初から決めてあったことである。
意外にも最後まで嫌がったのは美沙ちゃんだ。
でも、最終的に俺の説得に応じてくれた。
合宿の一番の目的は新入生歓迎会における寸劇の練習である。
しかし、それならば県内の適当な場所で良い。
わざわざ船に乗って離島に来たのは、ここにしかない景色があるからだ。
俺は、それを皆に見せたかった。
「先頭は正樹君、よろしく。
時々でいいから、後ろを振り返って皆がいるのを確認してね」
「わかりました!」
この辺りも打ち合わせ済みである。
「じゃあ、ゆっくり行くよ」
「はい……」
美沙ちゃんは少し不安そうだった。俺は彼女と最後尾を行く。
「今日は晴れて良かったねー!」
「確かに、天気は無駄にいいですね」
美沙ちゃん、無駄じゃない。この天気は最高なんだ。
酷いときは真っ白になって何も見えないこともある。
もちろん、雨が降ったら中止にするつもりだった。
「おー、すげえ景色!」
「やばいですね!」
語彙力のない男子達が嬉しそうに突き進んでいく。
一ノ瀬や麻美ちゃんもそちらに追随していた。
若いって素晴らしいな。
「ごめんなさい、高木先輩、私の運痴せいで」
「うんち?」
思わず聞き返してしまった。
「運動音痴のことです!」
「ああ、そうか。ごめんなさい、脳内でうまく繋がりませんでした」
どうしても言葉の響きが良くないよな。それにしても……。
「あー、もう。可愛いなあ。そんなの気にしなくていいんだよ?」
「きゃああああ!」
頭をなでなでしてやった。
「俺も昔ね、体力が無くて、もやし人間だったんだ」
「えっ? 体力馬鹿の高木先輩が?」
何、この娘、恐ろしい。
今、先輩に向かって馬鹿って言ったよね? どんな心理なの?
「うん、だから出来ない人の気持ちもわかるから。
謝る必要なんてないし、出来るようにならなくてもいい」
「そうですか……」
いまいち信用されていないようだ。
まあ、俺も中学の頃、自分が体力馬鹿になるとは思ってなかったよ。
「それより、ごめんね、引っ張り出すような感じになっちゃって」
「いえ、気にしないで下さい。みんなも楽しそうですし、私は嫌じゃないですよ」
そう言って笑顔を向けてくれる美沙ちゃんに少しほっとした。
正直な話、運動が出来ない人にアウトドアを強要するのは嫌がらせだと思う。
楽しさを伝えたい気持ちが仇になってしまうこともある。
美しい景色や、素晴らしい達成感に興味が無い人もいるのだ。
ご褒美に辿り着くまでの労力が見合わなければ、楽しめない事もあるだろう。
「辛くない? もっとゆっくり歩けるし、休んでもいいよ?」
「そんな過保護にしなくても大丈夫ですよ。でも、ありがとうございます」
表情を見る限りは大丈夫そうだった。むしろなんかちょっと嬉しそうだ。
「なんならおんぶしてあげても……」
「それはセクハラなので止めて下さい!」
どうやら、本当に余裕があるようで安心した。
「じゃあ、せめて荷物だけでも持たせてくれないかな?」
「うー……じゃあ、お願いします」
申し訳なさそうに差し出された美沙ちゃんのリュックサックを預かる。
中身は弁当と水筒だけなのでそれほど重くはない。
でもこれで、少しは動きやすくなるだろう。
「けっこう離れちゃいましたね……」
「ああ、気にしなくていいよ、こっちはマイペースで行こう」
心配そうな表情の美沙ちゃんに優しく声をかけた。
前を見ると奈津季さんと大場が歩いてる姿が見えるだけだ。
先頭からは大分離れてしまっているだろう。だが、問題はない。
約束通り、しばらく進むと正樹君が後続のために待機してくれていた。
「大丈夫、美沙ちゃん?」
「もう少しペース落とそうか?」
「ありがと、麻ちゃん、正樹。大丈夫だよ、高木先輩が一緒だし」
1年生もこの1年間でかなり仲良くなったんだな。
良い絵だ、せっかくだから写真を撮っておこう。
前半は登山なので少し辛いかもしれない。
なるべくゆっくりと進んで、何度か休憩を挟んだ。
しかし……いくら美沙ちゃんの体力がないとはいえ、現役高校生である。
普通に1時間もかからずに登頂することが出来た。十分な速度と言えるだろう。
「着いたー!」
嬉しそうな様子がたまらない。
でもまだ半分も来ていないとは流石に言えないな。
しかし、景色はすでに超絶景である。視界を遮るものが一切ない。
「うわー、凄い……。私、あそこから来たんですよね?」
「うん、そうだよ、凄いよね」
目を輝かせて歩いてきた方向を指さす。
俺はまだ登山には手を出していない。が……最近は時間の問題だと思っている。
景色の良さは折り紙付きだし、達成感も半端ない。
ここからは火口を一周することになっていた。
この先は舗装されていない砂利道だ。
「足元に気をつけてね」
そう声をかけたが少し無理があるかもしれない。
何故なら、見える景色がとんでもないことになっているからだ。
周囲には、ほとんど植生のない裏砂漠と呼ばれる黒い大地が広がっている。
砂漠という言葉は真実で、実際に日本地図に唯一「砂漠」と表記された場所だ。
山頂をぐるりと回る道からは裏砂漠の全景を上から眺めることができる。
さらに海が見えるから水平線と空が交じり合って不思議な風景が広がっていた。
火口側に目を落とすと、こちらはとんでもないサイズの縦穴が広がっている。
マグマが見えるんじゃないかと思えるぐらい、とてつもない力を感じた。
圧倒的な存在感に大自然への畏怖を覚える。
「凄いです、凄すぎます!」
「美沙ちゃん、語彙力が無くなっているよ」
あまりの景色に美沙ちゃんがちょっと壊れた。可愛いなあ。
「だって、こんなの……どう言ったらいいか」
「うん、わかるわかる、ヤバイよねー、ここ」
俺の返答も大概である。
「私、来て良かったです!」
「ああ、それ、本当に嬉しいよ。ありがとう」
楽しそうな顔ではしゃいでいる女子はやっぱり無条件に可愛いな。
……美沙ちゃんは仏頂面してても可愛い女の子だけど。
どうしてもアウトドアを勧めてしまう原因はここにあると思っている。
やっぱり、感動するような景色は人に見せてあげたい。
そして、大概の人はこうやって喜んでくれるのだ。
「なんで先輩がお礼を言うんですかっ!」
――パシン。
小さな手で、優しく肩を叩かれた。
……やっぱり、俺、女の子に殴られる運命にあるのかな?
「お礼を言うのは私の方ですよ。ありがとうございます、高木せんぱい!」
うん、可愛い。思わず頬が染まってしまう。
上目遣いで先輩の名前を呼ばないで下さい。
その後、しばらく歩いて、火口をほぼ周り切ったところで太陽が頭の上に来た。
丁度良い頃合いだろう。
「じゃあ、少し早いけどお昼ご飯にしよう!」
絶景を見ながらの昼食はこういう旅行の醍醐味である――。
「美沙ちゃん、大丈夫そうだった?」
俺の隣には美沙ちゃんではなく、一ノ瀬が座っている。
「来て良かった、って言ってもらえたよ」
一ノ瀬も後輩にはとにかく優しい。
「ふふ、良かったねー、高木くん」
「お前はどうだった?」
実は一番気になっていたんだ。
「うん、最高! ここ凄いねえ」
「良かったー、お前は景色にあんまり興味がないからなあ」
心からほっとした。楽しんでもらえたのなら良かったよ。
俺が初めてここに来た時、一ノ瀬にも見せたいと思ったんだ。
「そんなことないよ、それに身体動かすのは嫌いじゃないし。
今回の合宿やらなかったらこんな景色、ずっと知らなかったかも」
「いや、俺は多分お前を連れて来たぞ?」
頭の中でイメージしていたのはふたりきりで一緒に登る絵だ。
「それって……泊りがけ?」
「高校卒業したら、旅行しようって話してただろ?」
もう、ずいぶんと昔の事のように感じる。
「何もしない温泉旅行!」
「そうそう、この島にも温泉旅館はあるし」
目をキラキラさせる一ノ瀬。良かった、覚えていてくれたか。
「そっかー、それもいいねえ。また船に乗れるし!」
「お前とは色んな場所に行きたいな」
両親と同じように、俺にも旅行好きの血が流れているのかな?
一ノ瀬と一緒なら、どこに行っても凄く楽しそうだ。
「うん……、そうできるといいね」
駄目だ可愛い。思わず頭を撫でる。
「ちょっと、そこ! いちゃついてないでそろそろ行くぞ?」
中森から怒られてしまった。この辺りが集団行動の辛いところである。
火口を一周した後は、来た道とは違う道で下山する。
こちらの道は裏砂漠へ通じているのだ。
「最近、梨香先輩とはどうですか?」
「普通に片想いしてるよ」
移動中は常に美沙ちゃんと一緒だ。
ここに来る条件として、俺が全面的にバックアップすると宣言した。
絶対に無理はさせないし、駄目なら責任をもって下山する。
この言葉に、美沙ちゃんは首を縦に振ってくれたのだ。
「まーだそんなこと言っているんですか……。ちゃんと告白しなおしてます?
1回振られたきりじゃ、今どうなっているかなんて分かりませんよ?」
「うーん、それはそうかもしれないけど……」
どうしても言葉が濁る。
アイツは人を傷つけるのを極端に嫌うからな。
わかっている事を何度も聞くのは気が引ける。
俺に対して「ごめんね」と言う一ノ瀬の表情は見たくなかった。
何度もそう言われてきたんだ。だから、答えを求めたくない。
ただ、俺からの好意が伝わっているのなら、それで十分だ。
「いいですか、高木先輩。
私から見たら、梨香先輩は絶対に高木先輩の事、好きです!
もしかしたら、もう一度、言ってくれるのを待っているかもしれませんよ?」
真剣な表情でそう言ってくれた。いつもの超ポジティブシンキングだ。
けど、そんなこと、あるわけがない。一緒に暮らしていた頃を思い出す。
あの時ですら、駄目だった。だから俺にはとてもそう思えない。
でも、確かに美沙ちゃんの言う通りかもしれない。
その可能性は、ゼロでは無いのだ。
最近の一ノ瀬は本当に優しい。下手をすればあの頃以上だ。
それに俺はこの世界では1度も「付き合ってほしい」とは言っていなかった。
もしも今、聞いたのなら……違う答えが返ってくる可能性はあるかもしれない。
何となく駄目なのは分かる。けど、それでも試してみる価値はあると思った。
「ありがとう、美沙ちゃん。じゃあ、今度また、告白してみるよ」
「ふふふ、それは良いこと聞きましたー」
うっ、しまった、余計な事を言ってしまったな。悪い顔してこっちを見ている。
「でも……ごめんなさい」
「えっ、何で急に謝るの?」
寂しそうな顔をしないで欲しい。どうしたというのだ。
「今日は私のせいで梨香先輩と歩けなくて……、あああああ!」
美沙ちゃんの言葉をさえぎって頭をなでなでした。
「それを気にしたら今度は手を繋ぐぞ?」
流石にここまで言えば、下手なことは言えないだろう。
「先輩、すでに有罪ですよ! 何でまだ無罪みたいな顔してるんですか?」
少し嬉しそうに言う美沙ちゃん。俺からすると可愛すぎる君の方が有罪だ。
「うわー、すげえ……」
正樹君が立ち尽くすのも分かる。
裏砂漠の丘の上に立つと、全周囲が黒く固まった溶岩の大地で埋め尽くされる。
僅かに生える草木がその生命力を見せる一端で、その黒色は異様だった。
膝よりも高い植物はない、破壊されつくした世界が広がっているかのようだ。
「まるで異世界に来ちゃったみたい」
「これ、ちょっと怖いですね、帰れるのかな……」
不安そうな表情の後輩達。その気持ち、分かるなあ。
「ああああああ!」
叫びだしたのは意外にも久志君だ。
でも、その気持ちも分かるかな。
「うおおおおお!」
正樹君が追随した。流石男子!
俺もちょっとやりたいけど、いい大人がすることじゃないよね。
「先輩、これ凄いです!」
見ると久志君が今度は大地に横たわっていた。
服、汚れちゃうよ、なんて言わない。
黙って写真を撮ってあげた。
「私もやってみたい!」
麻美ちゃん!? 凄いな、女子なのに。
まあ、旅のしおりには汚れても良い、動きやすい服装と書いておいた。
そこまで気にしなくても良いのかも入れない。
「気持ち良いー!」
なるほど、そんな顔になっちゃうんですね。
結局、皆が同じように大地に寝転んだ。
……面白い写真が撮れたな。
俺も真似をして横になる。
今日は天気が良くてよかった。青い空が見える、風も強くない。
背中にはゴツゴツとしたスコリアの感触がある。
そして、何となく暖かい。大地の力を感じた。
いいなあ、こういうのも。
社会人になってから、時間が経つのがとても早くなった。
気を抜くと、瞬く間に季節が変わっていく。
そのくせ、日々は仕事に侵されていた。
明日までにアレをやらなきゃいけない。気がつくと不安になる。
上手く行っていない時は最悪だ。自分の無能さに嫌気がさす。
一日中、嫌な気持ちで過ごすこともあった。
いっそのこと、アルバイトの方がよっぽど楽だと思うことも多い。
こんな、何もない、何もしない、けれど暖かい時間を過ごすことは無かった。
学生に悩みが無いなどと言うつもりは毛頭ない。
でも、しがらみから解放された気がした。ただ、胸の奥が熱くなる。
やはり、学生の熱というのは恐ろしい。
こんなものを持って、俺も生きていたんだな。
休憩を挟んだ後も俺達は歩き続けた。
身長よりも高い岩石がゴロゴロと落ちているエリアを抜ける。
更に歩くと徐々に黒色は減っていき、樹海に入った。
これはこれで、また神秘的である。
「凄いですねー、再生の一本道、だそうですよ?」
「まさに、そんな感じだね」
美沙ちゃんにそこまで疲労した様子はない。楽しそうで安心した。
4時間ほどかけたトレッキングは温泉ホテルの前に出ることで終わりを告げる。
まるで異世界から現実世界に帰還したような気持ちになった。
「着いたー!」
「お疲れ様、みんな大丈夫?」
流石に若いだけあって、完全にへばっている人はひとりもいなかった。
「いやー、凄い楽しかったです! 俺、登山とか馬鹿にしてたけどこれは良いな」
やっぱり馬鹿にしてたんだね、正樹君。
いいよ、先輩はそうだと思っていたよ。
「温泉入りたーい!」
その気持ちはわかるけど、荷物になるから着替えは置いてきている。
「宿に戻ってからゆっくりお風呂入ろう」
帰路はバスに乗って移動した。
宿に戻り、お風呂に入って、夕ご飯を頂く。
身体に残る疲労感が心地よい。今日は良く眠れそうだ。
「じゃあ、皆、次は台本見ないでやるよ!」
しかし、これは合宿である。寸劇の練習はしっかりとやるべきだ。
「ええー!?」
さっきまであんなに良い感じに従ってくれたのに、不満が噴出した。
まあ、こればっかりは仕方ないか。
――合宿最終日。
この日は昼過ぎから移動となる。時間を使えるのは午前中だけだ。
民宿で朝ごはんを頂いたら、港まで送ってもらった。
出航は午後なので2日目同様、屋外で寸劇の練習を再開する。
ここまで来るとかなりの完成度になっていた。
「凄いねー、大場君。台詞多いのにもう完璧だよ」
「だな、意外と演劇の才能あるのかも」
大場は台詞だけじゃなくてちゃんと表情も変えている。普通に凄い。
キリの良いところまで練習したら、昼食を頂くことになった。
港付近はお店には困らない、今回は好きなお店にバラバラに入る。
「これ、凄い美味しいです!」
そう言って麻美ちゃんが露店で売っている「とこぶし」という貝を食べていた。
目の前で網焼きしているから美味しいに決まっている。
「俺もサザエよりそっちの方が好き」
「はああ……、来て良かったです!」
食べ物も割と正義だったんだな。
「うー、私はちょっと無理」
一ノ瀬は貝の類が苦手だった。
まあ、見た目で無理って人、意外と多いよね。
昼食を終えたら船が来るまで港の観光センターで一休みすることにした。
流石に高校生とはいえ、さすがに疲れたようだ。一部はぐったりしていた。
もちろん、一ノ瀬もかなり眠そうな表情をしている。
「ねえ、高木くん、ありがとうねー」
「ん? 何のこと?」
今日は特にお礼を言われるような事はしていない。
「私、凄く楽しかった。また皆で来たいなー」
ああ、そういうことか。
「そうだな……」
俺は少し曖昧に答えてしまった。
皆で居られるのは、きっとこれが最後だ。
新入生歓迎会が終われば、俺たちは引退することになる。
でも、そんなこと、今は言わない方が良いに決まっているよな。
それに、どんなことも不可能ではない。
その気になれば卒業した後も集まることは出来るはずだ。
「また、皆で来ような!」
「うん!」
学生時代の1日は、社会人の1日とは比べ物にならないほど密度が濃い。
それはきっと、前提に別れがあるからだ。
寂しくて悲しい、その未来が決定されている。
だからこそ、1日1日を大切に、大事に生きることが出来るのだろう。
帰りの船の中も大騒ぎして過ごした。
流石にケイドロはやりすぎたと反省している。
でも、大型客船の広い船内は最適だったのだ。
一応、迷惑をかけないように「走ってはいけない」というルールは作った。
今ならジェット船があり、移動時間はわずか2時間程度に短縮できる。
これなら飛行機に乗っているのと、ほとんど変わらない。
でも、移動時間も旅における楽しい時間の一つである。
夕方が近づくと、甲板から夕焼けを眺めて過ごす。
往路ではずっと夜だったので、海が見えるこの景色もたまらない。
沈みゆく太陽を見て、胸の奥で静かに思う。
楽しい日々がずっと続くことはない。
けれど、過ぎ去った日々を大切に思うことはできる。
皆で居ることはもう出来ないかもしれない。
でも、皆で居た思い出はこの胸にずっと残り続ける。
 




