第79話:生徒会強化合宿?(中編)
――まもなく、伊豆大島に到着します。
下船される方は準備をした上でロビーに集合してください。
放送を聞いて目を覚ます。時刻は午前5時半。
昨日、夜更かしをした上に雑魚寝という状況なので寝起きは最悪だ。
放送で目を覚ましたのは俺と大場、久志君の3人のみである。
「おはよう……」
「おはようございます!」
久志君は割と元気そうだ。
とにかく、ここから皆を起こさないといけない。
その瞬間、俺の中に戦慄が走った。
……一ノ瀬をこの時間に起こす、だと?
「とりあえず、久志君は麻美ちゃんと美沙ちゃんを起こして。
俺は奈津季さんを起こすから、大場は中森と正樹君をお願い」
なぜ、こんなところで指揮を取る必要があるのか。
とにかく、一ノ瀬を起こすのは最後にするべきだ。
「わかりました!」
久志君は元気が良くて安心した。でもちょっと他のお客さんが心配になる。
伊豆大島より先の島へ行く人はまだ寝ているのだ。
「奈津季さん、起きて、もうすぐ下船だから」
そう言って毛布越しに肩を優しく叩いた。
あーもう、これが中森だったら肩をガシッと掴んでゆすればいいだけなのに。
「んー? あー、おはよう、高木君」
目をこすりながら体を起こす奈津季さん。少し眠そうな顔をしている。
肩にかかった長い髪が綺麗なアーチを描いていた。
こっちを向いて顔を起こした瞬間にその髪が地面に向かって静かに垂れる。
……なんだこの完璧な生物は。可愛すぎて悶える。
美しい顔に可愛らしい仕草と表情。もはや反則である。
「せんぱーい、寝起きはセクハラですよー」
眠そうな美沙ちゃんも可愛いな。
どうやら、周囲のミッションも無事に完了したようだ。
一ノ瀬以外はちゃんと起きている。
良し、これで包囲網は完成した。
起こす人以外は誰も近寄ってはいけない。
「じゃあ、奈津季さん、アレをよろしく!」
俺はそう言って一ノ瀬を指さす。
後は奈津季さんが一ノ瀬を起こせば良いだけだ。
何せアイツの寝起きは最悪だからな。これは男子には出来ない。
「えー、それは高木君の役目でしょ?」
「な、何だと!?」
奈津季さんは意地悪そうな笑顔を浮かべている。
「そうですよねー、やっぱりそこは高木先輩が起こさないと!」
やめてくれ美沙ちゃん、そこに賛同しないでくれ。
大変なことになるんだ。
「麻美ちゃん、お願いしても……」
「いえ、そこは高木先輩がいいと思います!」
最後の希望は絶たれた。あーもう、どうなっても知らないからな。
「一ノ瀬、起きろ、もうすぐ下船なんだ」
「んー……?」
一ノ瀬の寝起きは最悪だ。まず中々起きない。
「頼む、起きてくれ」
そう言って仕方なく毛布を剥がして身体を起こした。
機嫌が悪い、それだけなら何とかなる。
最大の問題は寝ぼけている時の行動だ。
腕を掴まれるぐらいならいいのだが、酷いときは近くの相手に全力で抱き着く。
「……むうううう!」
ああ、凄いなー、一ノ瀬の良い匂いがするよ。
他の男子には絶対に起こさせるわけにはいかない。
「きゃー! 朝からやめてくださいよー!」
美沙ちゃん、君、本気で楽しそうだな。
両手で顔を隠しているが、指の隙間からこっちを見ているのが良くわかるぞ。
「奈津季さん、助けて……!」
「役得だねー、高木君」
この人、間違いなく、こうなることを知ってたな。
「高木くん? 何してるの?」
急にいつもの声色になった一ノ瀬。
「おー、やっと目が覚めたか?」
声をかけると状況が理解できたようだ。
「ちょっと! 止めてよ、みんなの前で!」
――ドスン!
見事なボディブローが突き刺さった。
コイツの寝起きは本当に最悪だ――。
下船すると少しずつ空が明るくなってきた。
普段からこんな時間に活動しているのはこのメンバーの中では俺だけだ。
全員かなり疲れた顔をしている。
前日にあれだけはしゃいでいたのだから無理もない。
それでも、せっかくだから使い捨てカメラで集合写真を撮っておいた。
こうなることは予想していたので、宿泊先にはピックアップを頼んである。
今日の活動計画はかなり緩めにしてあった。
「宜しくお願いします」
挨拶をして迎えに来てくれた車に乗り込む。
俺達は2台の車に分乗して、まずは宿泊先へと向かった。
俺たちが泊る部屋はまだ他の人が使っているそうだ。
まずは休憩室に通してもらい、荷物を置いたら朝ご飯を頂くことにする。
「眠い……」
「梨香先輩、大丈夫ですか? 起きて下さい」
後輩に心配されている一ノ瀬。アイツらしいな。
「ああ、いいよ、寝かしておいてあげて。一ノ瀬は朝ご飯食べない派だから」
そう言って、俺は一ノ瀬の茶碗に盛られたご飯を自分の茶碗に移した。
食べかけのおかずも残さずに頂く。
朝ご飯をふたり分食べることなど、この頃の俺には造作もない。
「高木君ってほんと梨香ちゃんに甘いよね?」
「そんなことないよ、俺は皆に甘いだろ」
俺に言わせれば、みんな子供のようなものである。
「あー、はいはい」
ただ奈津季さんは相変わらずだった。誰よりも大人びていたのを思い出す。
朝食後はさっそく、新入生歓迎会の練習を始めた。
これは遊びの旅行ではない、合宿なのだ。
「はい、じゃあまずは台詞の読み合わせからね。台本持って!」
舞台に上がる人は眠そうな顔をしながらも読み合わせを開始した。
今回は大場が主役なので一番台詞が多い。
「司会は空いた時間でプログラムの順番を覚えてね。
各部活の紹介内容の確認もしておくように!」
実は中森と正樹くんが一番大変だ。寸劇に加えて当日の司会もある。
「ただ、今朝は早かったし、疲れた人は少し休んでてもいいよ」
一ノ瀬はこの言葉を聞く前にいち早く寝落ちしていた。
まあ、アイツは記憶力もいいから大丈夫だろ。
元々台詞も少ないし、本番にも強いタイプだ。
昼前になったら部屋が用意出来たとのことで再び荷物を持って移動する。
もちろん、男女は別の部屋だ。
……とはいえ、このメンバーなら同じ部屋でも間違いは起きないと思う。
「よーし、じゃあ一休みしたらご飯を食べに行こう。
ただし、台本は持っていくこと!」
部屋の中でずっと練習するのも面白くない。
昼休みを挟んだ後は外で練習する予定にしてある。
「わかりましたー!」
うん、皆、素直でよろしい。
宿から昼食が取れるお店までは少し離れていた。
とはいえ、徒歩15分程度だ。散歩と考えれば丁度良い。
「磯の匂いがするー!」
麻美ちゃんが嬉しそうにはしゃいでいた。可愛いなあ。
「海はいいねえ……」
久志君はアニメキャラの台詞をパロディしていた。一ノ瀬が喜びそうなネタだ。
でも、あのふたり、なんだかお似合いでいいな。
ふたりとも凄く良い子同士だから、気が合いそうだ。
「正樹は彼女と来れなくて寂しいんじゃない?」
「あー、まあね。でもこれ終わったら会う約束してあるし」
会話の内容はアレだけど、正樹君と美沙ちゃんが並ぶと美男美女で絵になる。
……ちょっと羨ましい。
宿泊先から海の方へ向かう道は結構な急勾配だ。
都合、後ろを歩くと前を歩く人の姿が良く見える。
生憎と空には少し雲が出ているが、寒さはそれほどでもなかった。
海が見える見晴らしが良い道を歩くのは気持ちが良い。
「私たちの仕事も、あと少しなんだね」
後輩を微笑ましく思っていると、奈津季さんに声をかけられた。
俺は2回目なのでこの気持ちを良く知っていた。
だからこそ、今までの日々を大切に過ごしてきたのだ。
「そうだね、なんだか寂しいよね」
「……去年、彩音先輩達もこんな気持ちだったのかな?」
奈津季さんは心底、寂しそうな表情だった。何かしてあげたいと思う。
例えばそっと身体を引き寄せるとか、頭を撫でてあげるとか。
俺がそうすることで誰かが喜ぶなんて思ったこと、今までに無かった。
そんなことで喜んでくれるのならいつだってそうしてあげたい。
それに、奈津季さんに対してそうするのは嫌じゃない。
というか、むしろ触れたいとすら思う。
……告白されるのって、こんなに心が揺れるのか。
俺に対して何事もなかったかのように接する一ノ瀬を思うと心が折れるな。
まるっきり相手にされてないってことじゃないのか……?
止めよう、今、アイツのことを考えるのは奈津季さんに失礼だ。
「きっと、そうだと思うよ。先輩の気持ちは先輩にならないと分からないよね」
「そういうこと、これからも結構たくさんあるんだろうなあ」
やはり奈津季さんは大人だと思う。ちゃんと現実を受け止めている。
「でもさ、だからこそ、俺は今が大事だと思うんだ」
「そうだね……、今日を大切にしないといけないよね」
奈津季さんは分かりやすく俺を肯定してくれた。素直に嬉しいと思う。
美人で、物静かで、優しくて、強い人だ。
こんな素敵な人に告白されたとか、どんな勝ち組だよ。
……そんな事を考えている俺の方がよっぽど未練が残っている気がする。
「どうかした?」
「あ、いやー、あはは。奈津季さんは素敵だな、と」
照れながらも思ったことをそのまま言ってしまった。
――パスッ!
わき腹に肘打ちが優しく刺さった。
痛みはほとんどない、一ノ瀬と違ってかなり優しい。
「もう、そういうこと言わないでよ」
「すいません……」
俺はどうも、女子に殴られる体質らしい。……身から出た錆なのは否めないが。
「おー、海だああああ!」
海を見て大声ではしゃぐ一ノ瀬。いや、港でも見えてたからね。
流石にこの時期だ、泳ぎたいなんて気持ちは微塵も湧いてこない。
しかし、彼女はサンダルを脱いで砂浜へ突っ込んで行く。
馬鹿っぽいなあ、と思いつつ。ああいうところが本当に好きだ。
見ているだけで、こちらまで元気になる。
とりあえず写真を撮っておいた。
それにしてもなんであんなに元気なんだか。
……そういえば午前中はほとんど寝てたっけ。
「へー、この辺り、ダイビングショップもあるんだ」
「ああ、かなり有名なスポットだよ」
奈津季さんは別の方向に目を輝かせていた。
「奈津季先輩、ダイビングとか興味あるんですか?」
美沙ちゃんが食いついてきた。
「あー、うん。前に高木君と一緒に潜ったんだ」
「えっ!? そうなんですか、ずるい!」
意外と何にでも興味を示す子だな。
「いいなー、奈津季先輩。高木先輩、今から行きましょうよ!」
「いや、今の水温だと死ねるよ?」
季節は春先だが、海水の温度は1月の真冬相当である。
ドライスーツでもあれば別だけど、初体験でやることじゃない。
「ううー、じゃあ今度一緒に行ってくださいね」
「それは構わないけど……」
「あ、じゃあ私も!」
ちゃっかり便乗する奈津季さん、本当に好きなんだね。
一ノ瀬の方を見ると波遊びに没頭していた。
正樹君、久志君、麻美ちゃんと波を追いかける遊びをしている。
どうも、ギリギリまで耐えられた方が勝ちというルールになっているようだ。
ああいう勝負みたいなの、本当に好きだよな。
その楽しそうな表情を見ると、心が和んだ。
でもそれ、やりすぎると誰かが濡れる事になるからほどほどにしておけよ。
結局、しばらくは自由時間になった。
折角なので俺はひたすらみんなの写真を撮っておく。
今回も撮影班的な役割になってしまったけど、悪くない。
俺は写真を撮るのも結構好きなのだ。
俺たちはその後、港の近くの食堂で昼食を取ることになった。
「わー、これ美味しい!」
こちらの食堂では郷土料理が食べられる。
せっかく遠くまで来たのだから土地の物を食べたいよね。
人数が多いとシェアして色々と食べられるのが嬉しい。
「高木先輩……コレ、なんですか? ヤバイ匂いがするんですけど」
正樹君が指を指しているのは「くさや」と呼ばれる魚の干物である。
「あー、それ絶対に食べない方がいいよ」
梱包されている状態ですら相当な匂いがする。
網で焼くと、更にとんでもない匂いが発生し、場合によっては鼻が完全に死ぬ。
……味は悪くないんだけどね。
慣れると匂いも含めて好きになる、納豆と一緒だ。
ただ一生食べられないという人も結構多いのではないだろうか。
ご飯を食べた後は、再び寸劇の稽古を続行した。
浜辺は人がいなくてプライベートビーチのようだ。
少しだけ寒いことに目をつぶればとても良い環境だった。
「観光名所とかには行かないんですか?」
休憩中の麻美ちゃんに声をかけられた。
「どっか行きたいところとかあった?」
「いえ、私は高木先輩のプランに乗っかります!」
うん、なんて良い子なんだ。
「島の博物館とか、名所に行ってもいいけど、こっちの方が楽しいでしょ?」
これだけの人数がいるのだ、話をしているだけでもすぐに時間が過ぎていく。
「そうですねー、なんか皆で居るのが楽しいです」
「うんうん、俺もそう思うよ」
一ノ瀬も良く言っていた。ふたりで居るより皆で居る方が楽しい、と。
……まあ、俺の話は面白くないしな。
でもそれを差っ引いてもアイツは穏やかよりも賑やかな日を好んでいたと思う。
「私、最初は神木先輩とあんまり話せなくてちょっとガッカリしたんです」
な、なんだと、そうだったのか……。
「ごめんね、ガッカリな先輩しか居なくて」
「いえ! ごめんなさい、そういう意味じゃないんです!」
麻美ちゃんは慌てた様子で俺の言葉を否定する。大丈夫、分かっているよ。
「その、私……、皆さんに会えて良かったなって思ってます。
仕事とかドキドキすることばかりでした。
こんなに充実した毎日を過ごせるのが本当に嬉しいんです。
今は、先輩達が居なくなるのが何だか凄く寂しくて。
でも生徒会執行部に入って良かったです! 高木先輩、ありがとうございます」
……いかん、これは泣いてしまう。オッサンは涙腺弱いから気をつけてくれ。
「俺も、麻美ちゃんが入ってくれて良かったよ。ありがとね」
思わず、頭を撫でてしまった。これは仕方のないことだ。
「えいっ!」
――ドスン。
「ぐあっ……」
一ノ瀬からボディーブローが飛んできた。
なんか久しぶりだけど、全然嬉しくない、そして普通に痛い!
「何するんだよ!」
「そろそろ宿に戻る時間だよ」
言われて時計を見るとその通りだった。
夕飯の前にはお風呂入っておく計画なのだ。
民宿のお風呂はそれほど広くないから、仕方ない。
「悪い、ありがとう」
ただ、殴らないで普通に声をかけて欲しかったよ。
一ノ瀬の攻撃は少しずつ強力になっている気がする。
その後、俺たちは宿に戻り、風呂に入って夕食を頂いた。
我が生徒会執行部が誇る美少女軍団の湯上り姿は筆舌にし難い。
ちょっと濡れた髪とか最高である。
……全員、ドライヤーですぐに乾かしてしまったけど――。
「仕事に大きいも小さいもない!」
「俺にはできない。生徒手帳持ってると人を助けられないって言うなら。
こんなもん要らないっすよ!」
「正しいことがしたければ……生徒会執行部に入れ!」
おー、大分出来上がってきたな。
ほとんど1日稽古しただけあっていい感じに仕上がっている。
あとはイントロのタイミングとかも合わせないとな。
でも、今日はこの辺りで十分だろう。
「お疲れさまー、今日はここまでにしよう」
そう言うと、全員が嬉しそうな顔になった。
「終わったああ!」
「監督、厳しすぎだよ!」
……そんなことはない、と思う。
「明日はこの合宿のメインだから、今日は早く寝るように!」
「えー! 折角だから遅くまで皆で話をしようよ」
お前ならそういうと思っていた。
なお、一ノ瀬は風呂を上がった後からは眼鏡をつけている。
やっぱりいいなあ。他の男子には見せたくなかったが仕方ない。
「じゃあ、しょうがない、今は晴れているから少し外に出ようか」
そう言って俺は懐中電灯を借りて全員を連れ出した。
昼間は少し雲があったが、今夜から明日にかけては見事な晴れ予報である。
季節もまだ冬に近いので空気も澄んでいた。
宿から少し歩いて街灯がない山の方へ向かう。
「どこまで行くんですかー?」
心配そうに聞く美沙ちゃん。
寝床に着く前にそんなに歩きたくない気持ちはわかる。
「んー、あとちょっとだけ。灯りが無い所に行ければいいだけだから」
俺は周囲が十分に暗くなったところで一ノ瀬を引き寄せた。
「ちょっと、何!?」
皆が見ている前だと一ノ瀬はかなり嫌がる。
「ごめん、ちょっとだけ、我慢して」
そう言って俺は懐中電灯を消した。
「うわっ、真っ暗!」
一ノ瀬が怖がらないように、さらに身体を近づけた。
大丈夫、映画は平気なんだ。だからこれはきっと、ちゃんと見れるはず。
「はい、じゃあ空を見てー」
最初は目が慣れないだろう。
けど、しばらくすると、それらは姿を現してくれた。
「おおー!」
一同が息を呑む。それは俺も同じだった。
「プラネタリウムみたい……」
直ぐ近くで一ノ瀬の声がした。
「ごめん、大丈夫か?」
一ノ瀬が暗闇を怖がることは知っている。
だけどこれは見せてやりたかったんだ。
「うん、大丈夫、ありがとう」
「良かった、嫌になったらすぐに電気点けるからな」
俺は一ノ瀬が安心するように出来るだけ優しい声で話しかける。
「えへへ、平気だよー」
暗くて表情は見えない。けどその声で何となく、笑っていることが分かった。
天体観測というにはお粗末な内容かもしれない。
望遠鏡も双眼鏡もない。夏ではないので天の川も良く見えなかった。
「星が見えすぎて、オリオン座すらわからない……」
それでも、俺たちは存分に星空を堪能したと思う。
結局、宿に戻った後は一ノ瀬の言った通り、夜遅くまで話すことになった。
まったくもって、自由な若者である。
でも、その方が俺達らしくて良いのかもしれない。
明日のために余力を残すよりも、今日という1日を全力で楽しむのだ。
 




