第78話:生徒会強化合宿?(前編)
合宿初日、俺は竹芝ふ頭でみんなの事を待っていた。
「高木先輩―、おはようございます!」
元気に手を振ってくれているのは久志君だ。後ろには正樹君も見える。
しかし、この時間に「おはようございます」は周囲の目が痛い。
現在の時刻は21時、完全に夜である。
俺の企画した合宿先は東京都の離島、伊豆大島だ。
海あり、山あり、砂漠ありとなんでも揃っている。
都合、船に乗る必要があるため、旅程は2泊4日となった。初日は船中泊だ。
なお、3学期の球技大会は無事に終了したことを付け加えておく。
大きな問題は無かったが対戦表を管理していた久志君を見ているのは辛かった。
やはり俺は他人が苦労するより、自分が苦労した方が気が楽だ。
けど、何とかやり遂げてくれた。今日は元気そうで良かったよ。
「おはよう、久志君、正樹君、さすがに時間に正確だね」
「先輩も早いですね!」
俺には乗船チケットの受取や支払いなどの手続きがあるから早いのは仕方ない。
なお、手配については申し訳ないが親父に色々と手伝ってもらった。
今でこそインターネットで大抵の予約は取れるがそういう時代ではない。
ひたすら電話帳を使うのも大変だし、つい甘えてしまった。
親父には会社の伝手もあるそうで、民宿や船の手配なんかは一瞬だった。
送迎や昼食なんかは通常の予約では対応してくれないこともある。
だが、その辺りもしっかりと取り付けてもらった。
その上でさらに割り引いてもらっているところは、もう流石としか言えない。
一人旅が趣味な俺としては、少し悔しかった。所詮、俺は器用貧乏なのだな。
聞いたところによると親父と母も旅行が趣味だったそうだ。
昔は色々な所にふたりで行ったらしい。
俺が生まれてからあまり出かけられなくなったと言っていた。
なんとも申し訳ない話である。
「おはようございまーす!」
美沙ちゃんと麻美ちゃんが駆け寄ってきた。
ふたりとも相変わらず、可愛い。
「ごめんねー、こんな集合時間になっちゃって。大丈夫だった?」
「あ、はい、私は大丈夫です!」
麻美ちゃんは即答だった。
「先輩……あの、今日は雑魚寝って本当ですか?」
美沙ちゃんはちょっと抵抗がある感じだな……。
「あー、うん。2等和室だからね。辛かったら一緒に寝てあげるから」
「いや、それが問題なんですよ!」
それは知っていた。
「まあ、他の人もいるから安心してよ。割と辛くないと思う」
「本当ですか……? まあ高木先輩が言うなら信じますけど」
一応、信頼はしてくれているようだ。安心した。
「おはようー」
中森と大場も無事に到着したようだ。
「ふたりが一緒って何気に珍しいな」
「さっきそこで会ってね」
ふたりは別に仲が悪いわけではない。
でも積極的に連れ立って出かけることはなかった。
「なるほど、まあ、集合時間は同じだもんな」
「それにしても、やっぱり……」
「梨香さんは遅刻しそうだな」
3人の見解は見事に一致していた。
まあ、いつものことなので仕方ない。
奈津季さんが連れてきてくれるから致命的なことにはならないだろう。
「お待たせ―!」
おお、やっと来た。
しかし……、奈津季さんはともかく一ノ瀬の服装がちょっと心配だ。
「何でワンピース? 雑魚寝って言っただろ?」
「えー、だってこっちのが可愛いじゃん。寝る時はジャージ着るから大丈夫だよ」
なるほど、それならそれでいいか。確かに可愛いし。
「女子は色々と大変だな」
中森がぼそりと言った。
「そうですよー、化粧もあるしー」
美沙ちゃんがそれに便乗する。そうか、色々と申し訳なかった。
俺が団体で旅行する時はほとんど男所帯だった。
女子だけはベッドがある特2等室を取るべきだったか。
ちょっと反省した。やはり俺は何をやってもどこか抜けている。
「でも、皆で寝るのって、ちょっと楽しそうだよね」
流石だ、一ノ瀬。お前、多分そういうの全然考えてないよな。
普段から化粧もしないし、食べかけ、回し飲みにも一切の抵抗が無い。
そんな話をしていると、乗船開始の時間になったので全員で乗り場に移動する。
「おー、船だ!」
一ノ瀬が言った言葉は、現実を良くとらえている。
そのまんま絵にかいたような船に乗ることになるのだ。
俺としてはそれだけでも、ちょっと楽しい。
チケットを渡したら埠頭からタラップを通って船室へと入る。
「まずは俺達の部屋まで行くぞー」
そう言って、ともすれば散り散りになりそうな仲間たちを誘導した。
乗船チケットにはグレードがあって、俺達は下から2番目の2等和室だ。
高いグレードでは個室もあるが、そんな部屋がたくさんあるわけではない。
乗船チケットのグレードで1番低いのは、乗船券だけである。
なので、甲板や廊下などにブルーシートを敷いて寝床を作る人も多い。
そちらは乗船すると、すぐに熾烈な場所取りが始まる。
「高木先輩……、これ、部屋なんですか?」
美沙ちゃんがそういうのもわかる。
2等和室はカーペットが敷かれた一角を壁で囲ったものだ。
通路との境目は膝の高さほどの仕切りしかない。
広さは畳で言うと16畳ぐらいか。大人が20人ぐらいは横になれる。
プライベートな空間はほとんどない。
当然、他の乗船客からも丸見えだし、そもそも相部屋である。
俺たち以外の知らない人も数人が同じ部屋だ。
「甲板のブルーシートよりはいいでしょ?」
「……予想以上でした」
ひとまず壁側を女子のスペースとして、荷物はその間に置くことにした。
簡易的なバリケードのようなものである。
通路側や他の客と接するエリアは男子が寝ることにした。
雑魚寝と言っても、これなら少しは安心出来ると思う。
「貴重品は各自でちゃんと持ってね」
ひとまず、これで人心地つける。
しかし、この場にいる全員から溢れ出る感情を俺は理解していた。
「まずは全員、コレを飲んでください。
船酔いの防止薬です。まあ、そんなに揺れないけどね」
俺はそう言って水なしで飲める錠剤を渡した。
出来れば出航前に飲んでおいた方が良い。だけどこれは念のためだ。
よほどの悪天候でない限り、大型客船で船酔いをすることはないだろう。
……お酒を飲んでいるとその限りではないけどな。
そして、ここにいる皆が待ちに待っていたであろう言葉を言う。
「じゃあ、しばらくは自由時間ということで。
出航するとレインボーブリッジをくぐるから、見たい人は甲板に出るといいよ」
むしろ、ここまで俺の言葉に従った皆を尊敬したい。
流石だ、生徒会執行部。
「なっちゃん! 探検しようよ!」
「えー、私は少しゆっくりしたい……」
一ノ瀬はそう答えた奈津季さんを引きずるように飛び出していった。
まあ、わかるよ、アイツが一番はしゃぐよな。
「美沙ちゃん! 甲板行こうよ、出航するとこ見たい!」
「麻ちゃん、行くから待って、引っ張らないで」
そう言って、ふたりも颯爽と居なくなった。
「正樹、いこうよ!」
「あー、了解。先輩、いいですか?」
確認してくれるところがいいなあ、正樹君。
「もちろん!」
俺が答えるとふたりとも楽しそうに出て行った。
……しかしまあ、見事に男女で別れたな。
なんというか、色々と進んでいない高校生だ。
でも、なんだかほっとする。
「俺たちはどうしよっか?」
中森の提案に少し驚いた。
「いーよ、俺が残るから行ってきて!」
荷物番は必要だ。それに俺は初めてじゃないしな。
「高木君、なんでいつもそうかなあ」
「そうそう、ひとりでいい恰好するなよ」
何だ、この展開は。
「いや、せっかくの機会なんだから行って来いよ」
俺の言葉に中森と大場は目を見合わせた。
「そういやさ、このメンバーで腹割って話すっていい機会だよな?」
「いやいや、何度もあるだろ」
確かに中森と大場、3人で連れだったことはあまりない。
けど、大場とはよくラーメンを食べに行った仲だ。
中森とはそもそも仕事で話す機会が多いから雑談もしている。
「僕たちの聞きたいことはひとつだけどね」
「ああ、そうだな」
ちょっと待て、この流れは嫌だぞ。
「梨香さんとはどうなんだ?」
ふたりは同時に言った。
「何にもないよ」
そう答えるしかないだろ。
「はあ……。高木、少しは彼女の気持ちを考えろよな!」
お前が言う!? あ、いや今回は一ノ瀬と付き合っていないのか。
「ちゃんと告白したの?」
「いや、したって! それで玉砕してるんだよ」
俺は無愛想にこう言うことしか出来なかった。
一ノ瀬が俺の事を好きになってくれることはない。
それは良く分かっている……。でもこのことを人に説明するのは難しい。
特に、一緒に暮らしている時は最悪だった。
世間体としては「付き合っている」ことにしておかないとおかしくなる。
聞かれる度に、胸が痛んだ。大抵は事実に反して答えるしかない。
「本当か?」
「あー、もうこの話はやめてくれ」
でも、少し嬉しかった。
冷やかされるのは嫌だけど、これは心配されているのだろう。
なんかいいなあ「友達」って感じだ。
いつか美沙ちゃんが言っていたことを思い出した。
そっか、俺。2人の事を友達じゃなくて仲間って見てたんだ。
仲間と友達、その違いは上手く説明出来ないな。
繋がりとしては仲間の方が強い、けれど親愛は友達の方が強い、そんな感じ。
テニス部の連中は間違いなく、友達だ。
そして生徒会執行部の皆は仲間。
でも今は、なんか普通の友達みたいだ。その事が心地良かった。
きっと、仲間と友達は共存できる。今更になってその事に気がついた。
「そうだったのか……。
俺、てっきり梨香さんはお前のことを好きだと思っていたよ」
「いや、わかるよ。俺もね、そう思ってしまう時があるんだ」
本当にアイツは何を考えているのか分からない。
でも、奈津季さんに告白された時に何となくわかったんだ。
好意はあるけど、恋はしていないんだってこと。
「高木君、僕は応援しているから!」
「ありがとう、大場、本当に嬉しいよ」
なんだかんだ、俺はずっとみんな世話になっていたんだな。
「高木くーん! 見て見て! こんなの売ってたよ!」
一ノ瀬が戻ってきた。手には唐揚げとたこ焼きが握られている。
「凄いね、これ、自動販売機で売ってたんだよ」
奈津季さんもフライドポテトと焼きおにぎりを持っていた。
わかるよ、ホットスナックの自販機は胸が熱くなるよな。
「おー、美味しそう、みんなで食べるか! お金は?」
「割り勘でいいよな!」
そう言って、2年生全員集合でジャンクフードを楽しんだ。
「なんかちょっと、本物と味が違うけど、これはこれで美味しい!」
「皆で食べるってのがいいよな」
大人なら、確実に缶ビールが片手にあるシチュエーションである。
「あー、先輩! いいなー」
「こっちおいで、まだ残っているから食べていいよ」
美沙ちゃんと麻美ちゃんも帰ってきた。
久志君たちはまだ遊んでいるのだろうな。
元気な男子高校生だ、むしろ当たり前の行動と言える。
「ありがとうございますー」
ああ、可愛い……。女子の後輩、本当にいいなあ。
就職してからは全くの無縁だった。
「あ、高木先輩、甲板から夜景見えましたよ!
梨香先輩と行ってきたらどうですかあ?」
美沙ちゃん、実は結構ちゃんと応援してくれてるよな……。
「あー、じゃあ、行くか? 沖に出ると見えなくなっちゃうし」
「うん!」
珍しく、断られずに済んだ。
大型客船の船内はとにかく広い。
客室があるエリアは4フロアもあり、階段を使って行き来する。
当たり前だが、トイレや、シャワー室も完備だ。
少しだけ揺れる廊下を歩いて、客室から外に出ると潮の匂いがした。
船の走行速度は意外と早い、風を切って走っているのが良くわかる。
「少し揺れるから気をつけて」
「ん! 大丈夫」
足元があまり良くないので一ノ瀬を確認しながら、ゆっくりと階段を上がった。
甲板に出ると一気に風が強くなる。
「うわー!」
一ノ瀬の髪が風になびいた。慌てて手で押さえる仕草が何とも言えない。
「風強いなー、戻るか?」
「あっ! でも夜景見えるよ!」
そう言って一ノ瀬が指を指す。
船の上から見る夜景は水平線上に広がっていた。
見えているのはおそらく、横浜の市街地と房総半島の一部だ。
甲板には、わずかな灯りしかなかった。
海の方向にはひたすら深い闇が広がっている。海面すら見ることが出来ない。
暗黒の向こう側、大地に沿って輝く光がとても美しかった。
光のひとつひとつに生活している人の息遣いを感じる。
電飾の光と違って、そこには生きている人のぬくもりがあるような気がした。
まるで、星の瞬きのようだ。
「すごーい、あんな遠くも見えるんだね」
「あの光の数だけ人が住んでいるって考えると不思議だよな」
思わず、その生活を考えてしまう。きっと色々な人がいる。
寂しい人もいれば幸福な人もいるだろう。
「高木くんって、割とロマンチストだよね」
「悪かったな」
それは少しだけ自覚があった。でも基本は現実派だよ?
だって、夢とか理想とか、信じていないからな。
「もう! 別に、馬鹿にしてるわけじゃないよ。そういうとこあるよねってだけ」
「そっか、勘違いしてごめんな。ありがとう」
一ノ瀬は困ったように笑っている。一瞬でも卑屈になった自分が悔しい。
「高木くん、ちょっとそっちに立って!」
「ん、分かった」
言われるがまま、立ち位置を変える。
「両手広げて―」
「はい」
完全になすがままだ。
一ノ瀬はそんな俺に背中を預けて広げた両手を首元まで引き寄せた。
結果、背中から抱きしめている状態だ。
「何やってんの?」
「いや、風よけに使えないかと」
完全に物扱いだった。
「これでもちょっと寒いねー、ここ」
「そうだな、そろそろ戻るか?」
言いながら、俺は一ノ瀬の頭を撫でる。
「戻ってもいいの……?」
「よし、じゃあ、5分だけこうして居よう」
そう言って、時計に目をやった。
「なんでそこ、時間決めちゃうのさ? お風呂じゃないんだよ?」
「決めないと我慢出来ないだろ。俺はずっとこうして居たいんだ!」
それこそ、夜明けまでここに居てもいい。
「ばーか!」
相変わらず辛辣なヤツだった。
潮の香りに一ノ瀬に匂いが混じる。
春先の夜、海風は冷たかった。
そんな中、両腕に感じる温もりと、頬に触れる髪の感触がただ愛しい。
「俺はお前が、大好きだ」
「うん、知ってる!」
僅かな時間だけど、ふたりで居れて良かった。
やり直しの世界では良い思い出ばかりが増えていく。
そしてまた一つ、俺は大切な思い出を貰ったのだった――。
「寒かったー!」
そう言って客室に戻ると、カードゲームで盛り上がっていた。
皆でやると楽しいよね。
「ねえ、かくれんぼしようよ!」
とんでもない提案をする一ノ瀬。お前は小学生か!
「いいですねー!」
「楽しそう!」
……高校生、意外と子供なんだよな。
そう言えば俺も、意味もなく大声で叫んだり、急に走り出したりしたっけか。
理由は全く分からない。若気の至り、というヤツだろう。
結局、消灯時間まではしゃぎまわる若人たちに振り回されてしまった。
本当に元気な連中である。
美沙ちゃんも雑魚寝には抵抗があったようだが、最後は楽しそうにしていた。
皆で話す時間は悪くないよね。その様子にほっと胸を撫でおろす。
なお、寝る場所の配置には少しだけ揉めた。
男女の境目が誰になるか、という些細な話だ。
普通なら取り合いになる好ポジションなのだが、あっさりと俺に決まる。
……みんな草食系なのかな?
当たり前のように俺の隣は一ノ瀬に決まった。
まるで公認カップルのような扱いはあまり好ましくない。
でも、これは嬉しくもあった。
荷物を挟んでいるから、少し距離はあるとはいえ一ノ瀬の隣である。
「ねえ、高木くん、楽しいねえ!」
毛布に包まりながら満面の笑みで嬉しそうに言う一ノ瀬。
この顔が見れただけで僥倖である。
消灯したんだから、静かにしないと駄目だぞ。
……とてもそんな言葉は言えない。心底楽しいと言った表情だ。
「俺も楽しいよ」
うん、やはり合宿を企画して良かった。
俺はお前がそうやって笑ってくれるなら、何だってしたい。
それはきっと、これから先もずっとだ。




