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たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
最終章:その選択肢の答えは最初から決まっている
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第77話:定例会から始まる変わり行く日常

「それでは定例会を始めます」

 俺は会長席に座って、いつもの台詞を言った。

 この言葉を口にするのもあと少しか……。

 新学期が始まり、3年生になったら俺たちの出番は無くなる。

 肩の荷が下りるのは悪くないが、やはり寂しい気持ちになってしまう。


「まずは3学期の球技大会についてです。

 今回、配置は1年生に決めてもらおうと思います」

 本来なら正樹(まさき)君を指名すべきだろう。

 でも、俺はそうしなかった。


「話し合いでも良いし、誰か代表に決めてもらっても良いです。

 そんなわけで、ちょっと1年生だけで会議を進めて下さい」

 という感じで放置した。


 意外なことに正樹君が主導権を取るわけではなく、話し合いで進めている。

 中心になっているのは久志(ひさし)君だ。そっか、球技大会は彼の担当だったな。

 そういう役割分担も良いのかもしれない。


「高木先輩と奈津季(なつき)先輩と僕、美沙(みさ)ちゃんが本部。

 梨香(りか)先輩と中森(なかもり)先輩、正樹がメインテント。

 大場(おおば)先輩と麻美(あさみ)ちゃんがサブテント、でどうですか?」


 うん、とても分かりやすくて良い配置だ。サブテントがちょっと手薄かな。

 でも、この配置には大事な要素が一つ抜けている。


「それぞれのチーフは誰がやるの?」

「もちろん、先輩です!」

 そう、これは少し意地悪なひっかけ問題なのだ。


 彩音(あやね)先輩は厳しかった。

 自分たちで答えを見出すまで、ひたすら「却下」の一言だったな。


 その方法も間違ってはいないと思う。

 悩んだり、苦しんだりした分、自分たちの血肉になる。

 それは身をもって知っていた。


「久志君、もう少しだけ考えてみて。そうすると、次回で困らないかな?」

 だけど、俺は彩音先輩と同じようには出来ない。


 甘やかしている、と言われても仕方がないけど……。

 アイデアを否定するときは必ず理由をつける。

 これがヒントになってくれればよい。


「俺たちがチーフってことですよね?」

 さすが正樹君、早いな。


「そうしてくれると嬉しいな。もちろん、全力でサポートするから」

「いや、先輩が全力でサポートしちゃダメでしょ」

 逆に釘を刺されてしまった。


「いいですよ、俺たちがメインでやります。先輩は見守ってて下さい」

 残念ながらこの人数で運営する以上、見守るどころでは済まないだろう。

 でも、さすがだ。頼りになる後輩である。


「じゃあ、続いて新入生歓迎会についてです」


 今年は一昨年にやった寸劇を復活させることにした。

 タイトルは「踊る生徒会室!」だ。台本は俺が書いた。

 基本的に当時、流行っていた連続ドラマのオマージュである。

 とはいえ、名台詞をちょっと借りただけで内容は一昨年と大して変わらない。

 ちょっと詐欺っぽいけど、インパクトが大事なのだ。


「一応、台本は今見せた通りです。

 キャストもこちらで決めてしまったけどいいですか?」

「異議なしです!」

 というわけで、新入生歓迎会の内容はあっさりと決まった。


 寸劇とはいえ、それなりに尺があるので練習は必要だ。

 幸いにして生徒会室の日常が舞台なので衣装や小道具などは必要ない。

 大抵のものは山積みにしてある備品の中にあるだろう。


「じゃあ、最後に生徒会執行部の合宿についてです」


 この議題が、本日最高の盛り上がりを見せた。

 一ノ瀬が行きたい、ということで提案してみたわけだが……。

 思いの外、反応が良かったのだ。


 高校生だけで宿泊を伴う旅行、というのは難しいかもしれない。

 そう思ったのだが、割と何とかなりそうだった。

 もちろん、手配や旅費なんかは親の力を借りることになるだろう。

 一番の問題は参加するのに家族の同意を得るところかな。


 だが、俺たちは真面目な生徒会執行部員である。

 大抵は両親から信頼されている。それほど難しいことではないだろう――。



「概ねの旅程と、現地で行う練習の段取りはこんな感じかな」

「高木くんって、そういう作業好きだよね」

 ちまちまと予定表を作っていた俺に、一ノ瀬がちくりと口を出す。


 定例会が終わった後、俺は皆の意見を交えて旅程を練り直していた。

 もちろん、議題に上げた時点でそれなりの旅程は組んである。

 行き先については俺の提案に反対する人は居なかった。


「旅程がしっかりしている方が両親も説得しやすいだろ?」

「まあ、そうかもしれないけど……」

 感性で動く一ノ瀬にはあまり良い評価を得られなかったようだ。


 彼女が組む旅程は行きたい場所を決める程度。

 対して俺は回る順番や大まかな滞在時間まで決めている。


 もちろん、どちらが悪くてどちらが正しいと言うわけではない。

 でも、集団で行動するからにはしっかりとした旅程があった方が良いと思う。

 心配性な俺は必要な持ち物まで書き出していた。

 結果として、旅のしおりのようなものが完成する。

 ……まあ、情報は出来るだけ共有しておくべきだしね。


「よし、こんなもんかな」

「高木先輩ってやっぱり凄いですね……」

 会話に参加してきたのは麻美ちゃんだ。


「そうかな? 彩音(あやね)先輩はもっとずっと凄かったよ」

「いいなー、高木先輩。私も2年生だったら良かったのに……」

 そういえば、麻美ちゃんも彩音先輩のファンだったっけ。


「いえ、僕からすると高木先輩だって凄いです!」

 嬉しい事を言ってくれるのは久志君だ。


「新入生歓迎会の台本もそうですけど……、合宿なんて良く思いつきますよね」

「合宿は一ノ瀬の発案だよ?」

 台本は元々、ああいうのを考えるのが好きだっただけだ。

 過去の世界の物よりは少し出来が良いかもしれないけど。


「高木くん、私は行きたいって言っただけだよ?」

「それはそうだけど、その一言が無ければここまで出来ていないぞ」

 俺は結局、一ノ瀬の願いを叶えるためだけに企画したんだ。

 皆の為じゃない。言い方は悪いけど、一ノ瀬のために皆を利用している。


「一言でここまで出来るのが凄いんです!」

 久志君の眼差しが眩しい。そんな目で見ないで下さい。ドキドキしちゃうから。


「高木先輩って何も無いところから、色んな事をやりますよね。

 いつもどうやって考えているんですか?」

「あ、分かる! 高木先輩なら新しい行事も普通に作っちゃいそう」

 詰め寄る勢いの久志君と麻美ちゃんだった。


「いや、そんなこと言われても……」

 思わずたじろいでしまう。

 そもそも、どうやって考えているかなんて自分でよく分からない。


 でも……そうだな、きっかけぐらいは教えてあげたい。

 もうすぐ俺はここを去ることになるんだ。

 その時に困らないように、伝えられることは伝えておきたいと思った。


「うーん、そうだな、まずはね、目的をしっかりと決めること。

 今回の場合は皆で旅行に行くこと、だね」

 久志君と麻美ちゃんはメモを取り出した。いや、そこまでしなくても……。


「旅行に行く、これだと具体的じゃないよね?

 だから、まず、どこに行くかを決めないといけない。

 それが決まったら、次はどうやって行くか? いつ行くのか?

 そうやって問題がいっぱいでてくるよね?」

「そうなんですよ、だからそこで『あー! 無理!』ってなっちゃいます」

 麻美ちゃんの言い分もよくわかる。


「うん、でもやれることは一つ一つ解決することだけなんだ。

 いっぱいあると混乱するから、まずは紙に書き出してみると良い。

 全部をいっぺんに解決することは出来ないからね。

 だからまずはその中のひとつを取り出して考えてみよう」

「そっか、確かにひとつならなんとかなりそうですね」

 大切なのは全部を一気にやろうとしないことだ。


「ここには皆が居るからね、分担したっていいんだよ。

 たとえば、どうやって行くかは久志君、いつ行くかは麻美ちゃんが考える。

 こうすればバラバラに考えても大丈夫でしょ?」

「そっか、僕が調べている間に麻美ちゃんが皆の予定を確認すればいいのか」

 やっぱり理解力が高いなあ。言おうとしていることがすぐに伝わる。

 しかも……すでに具体的な行動に置き換えている。


「でも、まだ考えないといけないよね。どうやって行くか、にも問題が出てくる。

 時間はどれぐらいかかるのか、お金はいくら必要なのか。

 それぞれに対策を打たないといけないよね」

「確かに、そうですね。悩ましい……」

 これらの問題はそれほど難しくない。調べれば分るし、対処は明確だ。


 でも伝えたいことは今回の旅行の話じゃない。

 これはあくまで例みたいなもの。俺が話しているのは考え方だ。


「こうやって大きな問題を分解して、沢山の小さな問題にすることが大事なんだ。

 数は多くなるけど、小さな問題なら解決できそうでしょ?

 それを並べて、いつまでにそれをやればいいかを考える。

 そうするとね、今日は何をすればいいのかが見えてくるんだよ」

「うー、何か難しい」

 頭を抱える麻美ちゃん。はじめはきっと、何だってそうだ。


「うん、だからこれからいっぱい考えてみて」

「わかりました!」

 こんな感じでいいのかな……。


 上手く伝えられたかどうか心配だけど、過度な心配はおせっかいだ。

 愛すべき後輩たちは、これまでの日々の中でしっかりと成長している。

 それを信じて任せることも、先輩の役目だと思うんだ――。



「一ノ瀬、そっちはどう? そろそろ帰らないか?」

「大丈夫だよー」

 いつもと違ってその手に持っていたのは漫画本ではなく参考書だった。


「悪い、待たせちゃったか?」

「いいよー、そんなの気にしないで」

 昇降口で一ノ瀬の鞄を受け取る。

 いつの間にか俺が持って歩くのが普通になっていた。

 遠慮の無い素振りがとても嬉しい。


 すっかりと暗くなった外に出ると、まだ肌寒かった。

 けれど、真冬の凍てつく様な冷気は和らいでいる。

 日中は暖かい日も多くなってきた。そのうちに桜が咲くだろう。


「もうすぐ、俺たちも引退だな」

「そう考えると、寂しいね……」

 一ノ瀬でもこんな風に思うとしおらしくなるんだな。


 生徒会執行部を引退したら、一ノ瀬と一緒に居る理由がなくなってしまう……。

 今の一ノ瀬なら、変わらずに傍に居てくれるかもしれない。

 けれど、少なくとも受験勉強はあるのだ。

 おそらく今のままではいられないだろう。

 俺はそのことに気がついていたけれど、考えないようにしている。

 

「まあ、先のことを考えるのはやめようか。

 まずは球技大会、そして合宿に新入生歓迎会だ」

「うん、そうだね。高木くんにしては珍しくいいこと言うじゃん!」

 珍しく、は余計である。


 確かに、当時の俺は未来の事ばかりを考えて不安になっていた。

 でも、それはいくら考えても仕方のない事なのだ。

 いつだったか、一ノ瀬が言っていた。


 ――明日の事は、明日考えれば良いんじゃない?


 欲しい未来のために今、努力することは大切だ。

 だけど、この先にある避けようがない事実に対して出来ることがないのなら。

 不安に怯えるより、今を大切にすることを考えた方がよっぽどマシだと思う。

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