表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
最終章:その選択肢の答えは最初から決まっている
100/116

第75話:RPGを複数人で遊ぶのは意外と楽しい

「高木くん!」

 生徒会室に行くと、いきなり一ノ瀬が立ち上がって話しかけてきた。

 何だか嫌な予感がする。


「どうした?」

「ちょっとこっち来て!」

 そう言って俺の手を引いて、人気のない中庭に誘い出した。

 俺は一切の文句を言わずについていく。


「あのね、お願いがあるの!」


 ああ、この始まり方は良くない。厄介なことを言われるに決まっている。

 一ノ瀬のお願いは良い事だった試しがない。

 可愛い声で面倒な事を押し付けてくるのがいつものパターンだ。


「いいよ、やってやる。で、何すれば良い?」

 だが、断ると言う選択肢が無いことは最初から分かっている。

「ゲームがクリア出来ないから手伝って!」

 ……意外とどうでも良いお願いだった。


「いいけど、どうするんだ? データ貰ってレベル上げでもすれば良いのか?」

「ううん、明日、私の家に来てくれれば良いよ」

 ああ、なるほど、一ノ瀬の家で操作すればいいのか。

 それは分かりやすい……。


「え? お前の家に行くの? 俺が?」

「だから、そう言っているじゃん!」

 まあ、一ノ瀬が俺の家に来たこともあるわけだし、変な話ではないか。


「わかったよ、でも明日は普通に1日授業あるぞ? 抜け出すのか?」

「ううん、普通に学校終わった後で良いよ」


 それだと真っすぐに向かっても一ノ瀬の家に着くのは夕方になる。

 ちょっと操作して帰れば良いってことかな?

 まあいいか、もしかしたら、部屋に上げてくれるかもしれない。

 一ノ瀬の部屋かー、良い匂いがするんだろうな。


「お泊りセット持ってきてね。明日から親いないんだー」

「おう、分かった!」

 気持ちよく返事をした後に、耳を疑う。


「えっ! 泊まり!?」

「そう、皆には内緒だからね!」

 いや、それは良いんだけど……。これ、大丈夫なイベントなのか?


 ――翌日。


 とりあえず、着替え一式と歯ブラシセットをラケットバッグに詰めてきた。

 ラケットを入れていないラケットバッグの容量は素晴らしい。

 俺はテニス部なので普段からこれを持っていても違和感はないのだ。


 授業が終わったら生徒会室へ向かう。

 挨拶をしたらいつものように部活に行くフリをして抜けだした。

 前回と同じ作戦でバラバラに学校を出て、いつもの河川敷で落ち合う。


「これ、何回やってもドキドキするね!」

「いやだから、悪いことしてるわけじゃないからな」

 電車に乗って、一ノ瀬の最寄駅で降りた。


 何だろう、これ、すげえ緊張する。

 期待してはいけないと思ってもそう簡単に心は制御出来ない。


 話ながら歩くと、すぐに一ノ瀬の家の前に着いた。

 にわか雨の後に送って帰ったあの日が懐かしく感じる。


「ただいまー!」

 玄関で元気に挨拶をする一ノ瀬。

 アレ? 今日は両親が居ないはずじゃ……。


「上がって良いよ」

「お邪魔します」

 促されて玄関で靴を脱いで廊下を抜けて居間へ入る。

 一ノ瀬の自宅の場所は知っていたけど上がるのは初めてだな。


 中はとても広かった。天井がとても高い。

 それなのにエアコンがしっかりと効いていて快適だ。

 奥には大きなテレビがあって、その周りにはソファーがある。

 キッチンはカウンターになっていた。冷蔵庫もとても大きい。

 食卓にはちゃんとしたテーブルと椅子がセットになっていた。

 ……凄いな、社宅である俺の家とはまるで違う。


「おかえり、姉ちゃん」

 キッチンの奥から、まだ声変わりのしていない少年の声が聞こえて来た。


 このパターンかあああ!

 普通に弟が居たよ。やっぱり一ノ瀬だな。

 過度な期待をしなくて本当に良かった。


「やっくん! 高木くん連れてきたよ! これでクリア出来る!」

「ああ、うん……」

 いや、お前、ゲームのために男連れてくるってどういう感性だよ。

 やっくんはそんな表情でこっちを見つめている。


「あ、すいません、高木です。お邪魔します」

「いえ、こちらこそ、すいません。姉が迷惑をかけて」

 やっくんは良識のある子だった。中学2年生ぐらいかな?

 本当に血が繋がっているのだろうか。……俺と妹も良く言われる台詞だが。


「やっくん、違うよ。迷惑をかけられているのは梨香(りか)の方だよ」

「そんなわけないじゃん」

 一ノ瀬を一蹴した。すげえ、やっくん。出来る男。


「一ノ瀬 康弘(やすひろ)です。よろしくお願いします」

「あ、ご丁寧にどうも。こちらこそ、よろしくお願いします」

 本当に弟なのか? お兄さんじゃないのかね?

 ……悔しいことに俺とそれほど身長が変わらない。


「じゃあ、ここで待ってて。私、着替えてくるから!」

「ああ、分かった」

 自己紹介が終わったところで一ノ瀬はいそいそと階段を上がっていった。

 部屋は2階なのか。広い家で羨ましい。


「私の部屋には絶対に入っちゃ駄目だよ!?」

 階段の途中で立ち止まり、物凄い勢いで念押しされた。

 ……どうせ散らかっているのだろう。


 一ノ瀬が寝てる布団に入ってみたかったな。

 ……一瞬、そう考えた後、壮絶に恥ずかしくなる。

 アイツ、良く俺の部屋の布団に普通に入れたな。信じられない女だ。


「姉ちゃんが詰まっているゲームはこれです」

 一ノ瀬が着替えている間、やっくんがゲームを起動してくれた。


「正直、僕もこれは詰んでいると思います」

 いや、これロールプレイングゲームだよ? 詰むってどういうこと?


「敵から逃げ回って進めていたせいで、雑魚敵すら倒せません」

 そんなことってあるの!?

 まあ、確かに一ノ瀬の考え方は独特だからな。


 序盤の敵は経験値が少ないから、逃げるって言ってたし。

 ある意味では効率が良いけど……。

 それ、ロールプレイングゲームの根幹に反してないかな?


「ありがとう、とりあえずやってみるよ」

「じゃあ、僕も部屋に行きますね」

 おお、一応、一ノ瀬とふたりきりにはしてくれるんだ。


 ゲームタイトルは知らないものだった。

 結構な量のゲームをやって来たけど、こんなのもあるんだな。

 ゲームとしては戦闘にアクション要素が入っている。

 なるほど、この仕様のせいで遠距離攻撃に徹すればボスが倒せちゃうのか。


 それにしても、雑魚の攻撃で即死するとはマズイな。

 どこか敵が弱いエリアに戻るしかないだろう。

 転移出来るアイテムとか呪文とか無いのかな?


 ――トントントン。


 一ノ瀬が階段から降りてきた。

 ゆったりとしたトレーナーにハーフパンツ、寝間着か。

 そして、赤い縁取りの大きな眼鏡をかけている。

 眼鏡姿の一ノ瀬はすごく久しぶりだ。やり直しの世界では一度も見ていない。


「どう?」

「すごく可愛いと思う」

 眼鏡の一ノ瀬もいいなあ。


「いや、私のことじゃないから。ゲームの方!」

 コイツ、なんでこんなに色気がないんだよ。


「あー、これさ、敵が弱い場所に転移とか出来ないの?」

「イベント進めたら、前に居た世界が崩壊して戻れなくなったの」

 ああ、なるほど、詰んでるね。


「イベント前のデータは?」

「あるわけないじゃん」

 ですよね。


 セーブデータをきちんと分けるみたいな進め方をしていたらこうはならない。

 仕方なく、アイテムと所持金に目を通す。


「お金、少なくない? 武器とか買えないぞ」

「宿代と回復アイテムでどんどん減ってくの」

 なにそのリアルな感じ。確かに、1回の戦闘にかかるコストが尋常ではない。


「むしろ、良くここまで進められたな……」

「えへへ、凄いでしょー!」

 褒めてない。でも可愛いから許そう。


 ステータスを見るとスキルの欄があった。

 しかし、どれも全く上がっていない。


「スキルはどうやって上げるんだ?」

「知らない」

 流石だ、一ノ瀬。説明書とか絶対読まないタイプだよな。


 よく見ると、ポイントを自分で割り振るタイプのようだ。

 それぞれの効果は良くわからないが、適当に上げてみた。

 ふむ、パラメータにも影響するみたいだ。これ上げないと駄目だな。

 所持品を見ると用途不明なものが多かった。

 ああ、これ、アイテムとか自分で作るタイプのゲームか。


「凄い、よくわかるね?」

「まあ、何となくね」

 最近のゲームはもっと複雑だからな。

 ……そのせいであんまりやらなくなってしまったのだけど。


 スキル強化とアイテム作成で多少、まともになった。

 これなら雑魚を倒してレベル上げとお金稼ぎが出来る。


「後はどうするの?」

「地味にレベルを上げるしかない」

 俺はロールプレイングゲームの根幹はここにあると思っている。

 結局、敵を倒してレベルを上げるゲームなんだ。


「じゃあ、あとよろしく! 勝手にイベント進めないでね」

「それはいいけど、お前はどうするの?」


「漫画読んでる!」

 何という怠惰なヤツ。まあ、別にいいけど。

 やはり、いつも通り厄介なお願い事であったようだ。


「よいしょ」

 そう言って数冊の漫画本をもって俺の横に座った。


「近くには居てあげるから、それでいい?」

 何だろう、この取引、あまりにもズルくないか。


「ああ、それでいいよ」

 そう思っても、全く逆らえないのであった――。



「姉ちゃん、夕飯どうする?」

「ラーメンにしよう!」

 しばらくすると、やっくんが降りてきて夕飯となった。


「カップラーメンか?」

 一ノ瀬が料理をするイメージは全く無い。

 一緒に居た頃はいつも俺が作っていた。

「ううん、出前」

 ああ、その手があったか。


「高木さんも食べますよね?」

「ああ、俺はいいよ、お構いなく」

 お金は払うとしても、食器が3人分あるのは何かとマズイだろう。


「高木くん、気にしなくて大丈夫だよ。お母さん達、来週まで帰ってこないから」

「へー、じゃあ2泊出来るな」

 何気なく冗談で言ったつもりだった。


「……そんなに私と一緒に居たいの?」

 お前、弟の前でよくそれを言えるな。

「あー、うん、まあ」

 恥ずかしくてまともに答えられなかった。


「まあ、いいけど。とりあえず、ご飯頼もう! 3人分で!」

「了解ー」

 やっくんは見事にスルーしてくれた。


 しかし、今のは2泊しても良いってことか?

 明確に断られなかったことがちょっと嬉しい。


 夕飯を頂いた後、シャワーを借りた。

 ……一ノ瀬と同じシャンプーを使うとかドキドキするんだけど。

 背徳感が強くて少し心が痛くなった。


 彼女が入浴している間もさらにレベル上げをする。

 そろそろ雑魚も普通に倒せるようになってきた。

 先に進めそうな気配がする。


「よし、じゃあイベント進めようよ!」

 一ノ瀬はそう言って座り直した。風呂上がりの匂いにクラクラする。

 俺はコントローラを軽く拭いて一ノ瀬に渡した。


「やっくんもこっちおいで!」

 この辺りはちゃんとお姉ちゃんなんだな。

 3人でテレビ画面を見るのは不思議な気分だ。


 一ノ瀬の操作は俺のものと遜色がない。

 ゲームそのものは上手い部類に入ると思う。

 問題は進め方だ、感性が独特すぎる。


「次はどっち行けばいい?」

「右だよ」

 ロールプレイングゲームってひとりで遊ぶものだと思っていたけど……。

 こうやってやるのも面白いものだな。


「行き止まりじゃん!」

「宝箱あったろ?」

 なお、一ノ瀬は宝箱に目もくれず先へ進めたがる。

 俺は洞窟にある宝箱は全部開けて進む主義だ。

 本当に、考え方が違うのだなと思い知る。


「高木さん、スキルとかアイテム作成とかよく分かりましたね?」

 やっくんも一応調べてみたらしい。

「ああ、こういうのはね、視点を変えてみると良いよ」

 これは社会に出ても役に立つ、少しだけ先輩風を吹かしてみた。


「視点を変える……? どういう意味ですか?」

「たとえばね……。

 このゲームを作った人は、どうやって遊んでもらおうと思ったのか?」

 それを考えると、見え方が少し変わる。

 他のゲームにない機能を作ったのなら、それを使わせるギミックが必要だ。

 そして、工夫すると戦闘が楽になる、その過程を楽しんで欲しかったのだろう。


「他にはね、このゲームを作る時、どんな問題があったのか?」

 そこにはシステム上の限界がある。

 最近のゲームは天井がとても高いが、この頃は課題が山積みだっただろう。

 容量の問題、グラフィックの問題、音楽の問題。

 逆説的に、それらを越えるようなものは作れない。


 制約まみれの中で創意工夫を持って、面白いものを作る。

 俺はこの時代のゲームがとても好きだった。


「そうするとね、多分きっと、こうなっているんだろうな。

 そんな風に見えてくるんだよ」

「へえ……、凄いですね」

 まあ、いつも上手く行くとは限らないけどね。

 作家が読者の視点を気にし過ぎて何を書けばいいのか分からなくなる。

 そんなこともあるだろう。


「正直、姉ちゃんのことを好きな人ってどんな人かと思ったけど。

 高木さんが良い人で安心しました」

「ふふ、身内の視点だと分からないだろうけど君のお姉ちゃんはとても可愛いよ」

 ちょっと照れながら、そんなことを口走ってしまった。


「それは無理です」

 即答だった。まあ、俺も妹の事を可愛いとは言えないからな。


「高木くん、何話してるの!? ボスだよ、ボス!」

「ああ、分かった、倒そう」

 肩をバンバン叩くのは止めてくれ。


「そこ! 技使って!」

「姉ちゃん、仲間死にそうだよ! アイテム!」

「いっぺんに言われて無理だからー!」

 俺達は一ノ瀬の操作に一喜一憂した。


 ロールプレイングゲームで盛り上がるとか初めての経験だよ――。



 そして夜は更けていった。

 一ノ瀬はすでにみずたまりになりつつある。

 俺の膝を枕にして横になって操作していた。


「ふああ、じゃあ僕はもう寝ますね」

「おやすみー」

 声から察するに一ノ瀬はかなり眠そうだ。


「あ、ごめん、寝るところ悪いけど毛布とかあるかな?」

 一ノ瀬がこのままで寝てしまう。何かかけてあげないと心配だ。


「あー、ちょっと待っててください」

 そういって、やっくんは毛布を1枚、持ってきてくれた。

「ありがとう、お姉ちゃんにかけてあげて」

 俺は一ノ瀬が居るから動けない。


「まったく、手がかかる姉ちゃんです」

 文句を言いつつ、一ノ瀬に毛布をかけてくれた。

「ありがとー」

 横になったまま、お礼を言う一ノ瀬。まあ、姉弟だからいいけどさ。


「……高木さん、それ、やっちゃっていいですからね」

「ぶふっ!」

 思わず吹き出してしまった。意外とませているんですね。

 まあ、家族の同意が得られた、ということで。


「何の話ー?」

「何でもない、僕は朝まで下りてこないから好きにしてて」

 いや、さすがにリビングでするのは無理ですよ。


「じゃあ、おやすみなさい」

 そう言って、やっくんは部屋に戻っていった。


「お前も、少し寝たら?」

「嫌だ、今日中にクリアするの!」

 いや、流石にそれは無理だろ。


 しかし、毛布に包まっている姿も可愛いなあ。

 膝の上にいるから良い角度で見下ろせる。


「お前が寝ている間にレベル上げておくからさ」

「うー……、じゃあ、お願い」

 そう言うと、起き上ってコントローラを渡してくれた。

 温もりが無くなったのは少し寂しい。


 直後、毛布を両手に持って大きく広げる一ノ瀬。

 そして俺の肩に手を回して毛布を掛けてくれた。


「おお、悪いな」

 返事をすると、すぐ隣に滑り込んで来た。

「えへへー、これなら一緒に入れるね」

 そう言って肩に頭を置く。


 一ノ瀬の体温が心地よかった。

 ……これで、朝までとか、流石に俺も色々心配だよ――。



 結局、一ノ瀬はソファーで横になっていた。

 あの体勢で眠り続けるのは無理があったのだろう。

 もちろん、毛布はかけてある。しかし、何故部屋に戻らないのか。


 明け方になって俺も眠くなってきた。

 一ノ瀬の隣で寝たいところだが、それは流石に悪いだろう。

 ……でも寝顔を見るぐらいは良いよね?

 ここまで労力を払った対価である。


 と、いうことで近づいて頭を撫でた。

 昔は良くやってたなあ、コレ。もちろん、社会人になってからの話だ。


 寝息を立てている姿が本当に愛おしい。しかし、良く寝るヤツだな。


「んー! むうううう……」

 あ、しまった起こしちゃったか?


 慌てて距離を取ろうとするが、ガシッと腕を掴まれた。

 あ、ヤバイ、このパターン。


 そのままソファーの上に引き倒される。

 毛布越しに体温が伝わってきてドキッとした。

 一ノ瀬の匂いがする。俺、駄目なんだよな。

 こうなると、何も考えられなくなる。


 一ノ瀬が傍に居ると、安心するんだ。

 嫌なことも辛いことも無くなって、静かな気持ちでいられる。

 思わず目を閉じた。温もりと甘い匂いを感じる。


 ――トントントン。


 階段を降りてくる足音に、慌てて一ノ瀬から離れてコントローラを握った。


「おはようございます、寝れました?」

「おはよう、大丈夫、ちゃんと休めたよ」

 何とか、事なきを得たようだ。


「あー、コレはもうしばらく起きなさそうですね」

 やっくん、お姉ちゃんをコレと呼んじゃダメだぞ。

 まあ、みずたまりみたいになっているけども。


「高木さん、朝ご飯とかどうします?」

 そういえば、一ノ瀬の家は朝ご飯を食べないと言っていたはずだ。

「いいよ、お構いなく。というか俺はそろそろ帰った方が良いかな?」

 帰ると言っても、この時間なら俺は普通に学校に行くことになる。

 休むと連絡はしてあるけど今日は練習日だ。出れるなら顔を出したい。


「うーん……、起きた時に高木さんが居ないと機嫌が悪くなりそうです。

 良かったら姉ちゃんが起きるまでは居てもらってもいいですか?」

「確かに、寝起き悪いもんな。それは構わないけど……」

 実を言うと、俺も勝手に帰ったら後が怖いと思っていた。


「じゃあ、よろしくお願いしますね。僕は友達と約束があるので!」

 えっ!? どういうこと?

 君が居なくなったら俺はお姉ちゃんとふたりきりになってしまうのだよ?


「それじゃあ!」

 そう言って、やっくんは玄関から外へ出て行ってしまった。


 思わず、寝息を立てている一ノ瀬の方を見る。

 うーん……、これ、やっちゃっていいのでは?


 いそいそと隣へ移動した。

 相変わらず気持ちよさそうな顔で寝てやがる。

 キスぐらいならしてもバレないよね?


 ……もう一度、頭を撫でた。うん、幸せだ。

 俺はこれで十分だよ。キスをしたいという気持ちはあるにはある。

 けど、それは彼女の同意無しでしても何の意味も無い。

 俺が欲しいのは、肉体的な繋がりではなく彼女の気持ちだ。


 ソファーの隣に座って、一ノ瀬に背を向けて瞳を閉じた。

 もう少しだけ、このままで居たい。

 お前が傍に居るのを感じると安心するんだ。

 思えばずっと、この時間が欲しかった。

 嬉しくて、胸の奥が暖かくなる。ほんの少しだけ涙が零れた――。



「高木くん! 起きて!」

 その声に目を覚ます。

 時計を見ると3時間ほど寝てしまったようだ。

 もうすぐ、お昼である。

 我ながら自堕落だと思うけど、たまにはこんな休日も悪くないな。


「おー、一ノ瀬。起きたのか?」

「ボスが強くて倒せない!」

 どうやら勝手に続きを始めていたようだ。そこは起こしてほしい。


 結局、俺たちは再びゲームを始める。

 ふたりっきりの家で一体何をしているのか。


「ねえ、今度、みんなでどっか泊まりに行きたいね」

 一ノ瀬がぼそりといった。


「うーん、じゃあさ、新入生歓迎会の準備のために合宿とか企画する?」

「おおー! それいいねえ!」

 高校生だけの旅行、少し難しいかもしれないが出来ないことじゃない。

 一人旅に慣れたおかげで、旅行の計画は簡単に立てられる。


「よし、じゃあ今度、定例会で話してみようか」

「うん、よろしく、高木くん!」

 行くタイミングとしては春休みが妥当なところだ。

 今のメンバーで生徒会執行部として居られるのも後少し……。

 確かに、良い企画かもしれない。


 ――ぐうううう……。


 良い音が鳴った。そういえば朝ご飯食べてないもんな。


「高木くん、お腹空いた。何か作って!」

「お前な……。流石に台所に入るのは申し訳ないぞ?」

 例のごとく無茶ぶりが酷い。


「良いからー、お願い」

「分かったよ……、でも冷蔵庫はお前が開けてくれ」

 一ノ瀬の母親に申し訳ない、見ず知らずの他人に見られたくないだろう。


「うん、いいよー」

 結局、ふたりで台所に立つことになった。


「何食べたい?」

「冷凍ご飯があるから、チャーハン!」

 おお、流石だ。便利だよね、冷凍ご飯。


「卵はある?」

「あるよー」

 とりあえず、これだけでもチャーハンは作れるな。


「野菜は何がある?」

「玉ねぎと人参とー、ブロッコリー」

 なるほど、十分だ。


「ベーコンかウィンナーは?」

「あ、ウィンナーがあった」

 うん、これだけあれば形になる。


「じゃあ、卵と玉ねぎとウィンナーを頂戴」

「はい、後は任せたからね!」

 そう言って一ノ瀬はゲームに戻っていった。 


 本当は彩りで人参も入れたいが、一ノ瀬が嫌いなことは知っている。

 調味料はカウンターに綺麗に並んでいた。

 包丁も棚に並んでいるし、鍋も綺麗にかけられている。

 凄く良いキッチンだ。使うのが申し訳ない。

 汚さないように細心の注意を払って調理した。


「……ちょっとしょっぱい」

「すまん、だしの素しか無かったから味付けが難しくて」

 いつもならチャーハンの素を使う。普段からお手軽に料理し過ぎてたな。

 味見はしたのだが、酒のおつまみ風な味付けになってしまった。


「ううん、いーよ、普通に食べられるし」

 結局、残さずに食べてもらえて嬉しかったよ。


 それから俺たちは肩を寄せ合ってゲームをするだけの一日を過ごした。

 クリアしたのは夕方に差し掛かる頃だ。


「まさか本当にクリアするまでやるとは……」

「ねー! でも出来て良かったよ、ありがとう高木くん!」

 嬉しそうに笑う一ノ瀬が可愛い。


「じゃあ、そろそろ帰らないとな」

 言葉とは裏腹に、もっと一緒に居たいと願ってしまう。

 思わず一ノ瀬を見つめてしまった。


「……もう1泊してく? シャワー使っても良いよ」

「えっ!? 本当に良いのか?」

 俺の気持ちを察したのか、恐ろしい提案をする一ノ瀬。


「あははは! 冗談だよ、本気にしないで」

 その言葉にがっかりした反面、内心は少しほっとしていた。

 これ以上は理性を保てるか自信が無かったのだ。


「うん、じゃあ帰るよ」

 そう言って立ち上がる。ずっと座っていたから少し膝が痛い。

 一ノ瀬は玄関まで送ってくれた。


「じゃあ、またな!」

「うん……」

 何故か両手を広げる一ノ瀬。どういうことだろう?


「今なら誰も居ないから……」

 意図を察して、思いっきり抱きしめる。

「んー……!」

 一ノ瀬らしくない、色っぽい声に少し戸惑う。


「だ、大丈夫か?」

「うん、平気……」

 俺は、いつまでもこうして居たかった。


「やっぱり、私、これ結構好きかも」

 耳元でそう呟く一ノ瀬。……これはもう、無理だろ。


 少しだけ力を緩めて、一ノ瀬の顔を見た。

 見つめあうこと、しばし。

 彼女が何を考えているのかは、やっぱりわからない。


 右手を頬に沿えて、髪をかき上げる。一ノ瀬は抵抗しなかった。

 目をつぶってはくれない。俺が何をしようとしているのか分かっていないのか?

 けど、ここまで来て後に引けない。俺は静かに、唇を近づけた。


 ――ガチャリ。


 鍵を開ける音にふたりの距離は一瞬で離れた。


「ただいまー」

 扉を開けたのはもちろん、やっくんである。


「お、おかえりー!」

 珍しく、一ノ瀬が動揺を隠せていない。

「お疲れ様ー」

 ひねり出した声はまともだったが、俺の心臓は飛び出しそうになっている。


「あ、高木さん! 今から帰るんですか?」

「ああ、うん、長居して悪かったね!」

 どうやら、やっくんに先ほどの件はバレていないようである。


「いえいえ、また来てくださいね!」

 うん、やっくんもいい子だ。


「じゃあ、一ノ瀬、またな!」

「うん、またねー!」

 別れ際の挨拶は、いつも通りだった。


 一ノ瀬の家から出て駅へ向かう。しかし、さっきのは危なかった。

 恋愛イベントって本当に神みたいなタイミングで起きるよな。

 でも、今回は助けられたかもしれない。

 あのままだと、取り返しのつかないことになっていた可能性がある。


 ずっと一緒に居たからか、強く抱きしめたせいなのか……。

 自分の身体から一ノ瀬に匂いがする。

 こんなに長く一緒に居られたのはあの頃以来だ。


 本当に幸せだった。特別な事なんて無くてもいい。

 たとえ恋人同士になれなくても、こんな時間が過ごせるのなら十分だ。


 たった今、別れたばかりなのにもう会いたいと思っている自分がいる。

 俺は、本当に駄目になってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ