第7話:黒歴史その3、初恋は苦いだけだった
マラソン大会が終われば、残すイベントは文化祭だ。
ただ、このイベントには少し複雑な事情があった。
午前中の授業が終わったら、午後はホームルーム。
文化祭のような大きなイベントは放課後だけではなく、授業の時間も使う。
クラスの出し物は2時限にわたるホームルームで担任監修の元、討議された。
俺の中学校では外部からの人は入れるけれど、金銭のやり取りは禁止だ。
結果的に学級で出せるものは展示か劇か、あとはお化け屋敷ぐらいのもの。
当たりが引けた学級は家庭科室を使って料理の提供も出来る。
もちろん、俺のクラスはハズレを引いた。
結局、担任の誘導で「近所の環境問題について」というテーマに決まる。
最終的に当たり障りのない展示を行うことになった。
これには図書館に行って資料を集めたり、工場見学へ行ったりする必要がある。
それなりの課外活動になるので、良く考えられているなと思った。
クラスのリーダーは百瀬 十香さん。
ショートカットが似合うクラスの人気者だ。
……なお、俺の初恋の相手である。
黒歴史なのは文化祭そのものではなく、初恋の方だ。
担当を決めるにあたって、まずは班を作る。
寺田や小林と組めれば良かったのだが、タイミングが悪く、あぶれてしまった。
俺にとっての友人は寺田と小林だけだが、2人には別の友人もいる。
班別行動は苦手だった。なぜ人数制限があるのか。
俺はいつも仲間外れ、そんな風に感じていた。
……まあ、今は別に何とも思わないけどな。
結局、誰とも組めずに1人だけ浮いている。
こういう時は誰かが助けてくれるのを待っているだけだった。
期待する相手は担任の先生か、百瀬さん。他力本願な自分が情けない。
「あ、高木君、もしかして1人?」
流石だ、百瀬さん。よく気がついてくれた。
「ごめん、なんかうまく組めなくて」
……こういう時、何て言ったらいいのかはわからない。
「どこか、空いてる班ありませんか?」
百瀬さんはリーダーシップを発揮し、クラス中に声をかける。
おずおずと上がった手の先を見てほっとした。
この時に組んだのは杉浦 優香さんと河上 舞子さんだ。
2人とも仲良くしてくれたのでよく覚えている。
結果的に女子と組むことになった。
男として普通に考えれば、むしろ幸運なのだが……。
この時期の男女だとお互いに地獄だろう。
余りものの男子を押し付けられる女子2人なんて不憫でならない。
杉浦さんは少しくせのある髪を伸ばしている。
見た目は少しぼさぼさとしているように見えかもしれない。
けれど、不衛生なところは一つもないので良く似合っていた。
何より笑う時の、はにかんだ表情がとても可愛い。
やり直しが始まって目覚めた瞬間に、隣に居たのが彼女だ。
河上さんは、そばかすが似合う三つ編みの女の子。
見た目通りのおっとりとした性格なので、なんとなく気が合う。
基本的に無口で、あまり人と話しているところを見ない。
けれど、話しかけると普通に会話をしてくれる。
塾に居る時の俺と同じように、うまく自分を表現出来ていないだけなのかもな。
当時の俺は女子が苦手ではなく、誰とでも普通に話すことが出来た。
……単に幼かっただけなのかもしれない。
むしろ、女子の方が優しくて話しやすいとさえ思っていたぐらいだ。
「高木君、そっちのマジック取って」
女子班に混ざって展示用の巨大ポスターを書く作業をすることになった。
足元の模造紙には下書き線が引かれている。
塗りつぶす場所に色が書かれた付箋が貼ってあった。
装飾班には黒の油性マジックとカラフルな水生ペンのセットが配られている。
「ああ。はい、どうぞ」
「ありがとう」
ニッコリと笑ってマジックを受け取ってくれる杉浦さん。
彼女は特筆して整った顔立ちをしているわけではない。
でも、よく笑うんだ。その表情は本当に「可愛い」としか思えない。
「こっちはこの色でいい?」
赤と書いてある付箋に合わせて赤色の水生ペンを取ったつもりだ。
でも、微妙にオレンジ色な気がした。
「違います、こっち」
そういって、持っているペンを渡してくれた。
河上さんは話しかけると少し赤くなる。
これは俺のせいじゃないよね? きっと条件反射なのかな。
「ありがとう、これでいい?」
ちょっとだけ塗ってみて確認する。
「うん、大丈夫」
律儀に答えてくれる彼女はなんだかんだと優しい。
男子を押し付けられて困っている、2人にそんな感じはなかった。
この年頃は女子の方が成長が早いというが、まさにその通りだと思う。
少なくても当時の俺よりは、よっぽど人付き合いが出来ている。
この2人と仲良くなれたのは希望と言って良い。
クラスのリーダーをしている百瀬さんは良く気が回った。
各班の進捗状況を見守りつつ、自分も作業に加わっている。
……俺、あの子に告白しないといけないんだよな。
彼女のことを好きになった理由は単純だった。
自分の事を救ってくれたように思ったのだ。勘違いが嫌になるな。
彼女にはそんな気持ちなんか、少しも無かっただろう。
――文化祭前日。
「高木君、ちょっといい?」
呼ばれて廊下の外に出る。少しドキドキしたのは内緒だ。
「教室の机をこっち側に積み上げてほしいんだけど……」
あー、うん、ですよねー。
「ああ、別にいいよ」
「本当? ありがとう!」
軽はずみに受けたこのお願い。
クソみたいな体力しかない俺にはかなり過酷だった。
なにせ机の数は32個もある。ただ、ひたすら運んだ。
誰も見ていないし、誰も手伝ってくれない。
それを見事やり遂げた自分は、当然、人に感謝されるものだと思い込んでいた。
だが、そんなわけはない。基本的に人は他人に興味なんてないのだ。
人知れずした努力なんてものは、本当に誰にも理解されない。
評価されたければ、もっと自分をアピールすることだ。
それを格好悪いと思うのなら、評価されることも諦める必要がある。
「終わったよ、百瀬さん。」
「えっと……?」
戸惑った表情をしないで下さい。
どうやら、頼んだことを忘れていたようだ。
百瀬さんにとって、俺はその程度の存在でしかない。
この辺りが、当時の俺は理解できていなかったんだよな……。
だから、安直にも恋に落ちてしまった。
「廊下の机、アレで良い?」
「あっ! ごめん、ありがとう!」
驚いた表情で答えたあと、パタパタと教室の外へ走っていく。
「うわ、これ大変だったでしょ? 本当にありがとう」
「いや、大したことなかったよ。また何かあったら言ってね」
感謝されて、満足する。彼女が喜んでくれたなら、それで構わない。
……本当にそうか?
少しでも相手の立場に立てばわかる。
別に百瀬さんは本当の意味では喜んでいない。
彼女は自分の役割を果たしただけだ。お礼は感情から出たものではない。
もしも、本当に感謝をされたいのなら。
あらかた積み上げた後に「辛いから少し手伝って」と声をかけるべきだった。
その重労働を共有した上でなら、少しは感情も芽生えただろう。
相手に対して自分をアピールすることは大切なことだ。
俺は評価される立場にすら上がっていなかった。
それなのに、告白するだなんて……。どう考えても愚かだ。
この状況であの子と付き合えるとか良く思えるよな。
それでも、あの頃は本気だった。この幼さは今じゃないと解らない。
それなりに遅くまで作業したら、担任が来て暗いから帰れと促す。
文化祭前日だ、まだ終わっていない装飾もあった。
でも、帰らざるを得ない。中学生なんてこんなものである。
帰り支度をしながら百瀬さんの方を見る。
いつも元気いっぱいな明るい人だ。
身長は結構高い、バレー部をやっているからなのかな。
バレーをしているから伸びるのか、元々高いからバレーをするのか。
どっちなのかはよくわからない。
彼女が帰路に着いたことを確認して、俺も家路につく。
はあ、嫌だ。
過去の俺は直接会って話す勇気がないので、電話で想いを伝えた。
……電話する勇気はあった、というのが怖い。
本当に、中学生時代の自分は恐怖の塊のような存在だ。
なんてアンバランスだったのだろう。
「大人になって、自分は成長した」なんて全く思っていなかったけれど。
うん、ちゃんと成長していたよ。
恥の上塗りは嫌なのだが、これも一ノ瀬と逢うためである。
家に帰って電話を手に取る。辛い、本当に辛い……。
お腹が痛くなってきた。もう止めようかな。一ノ瀬に会えなくてもいいよ。
平穏な生活を送りたい……。
のんびりとした高校生ライフだって悪くないだろう。
そんな風に思いながらも、俺は電話番号をプッシュした。
「もしもし、百瀬さんのお宅ですか?」
嫌なことはさっさと済ませてしまうしかないのだ。
「あ、はい。百瀬です」
「あの、私は高木といいます。十香さんとお話したいのですが」
俺は何とか声を絞り出す。声は今にも震えそうだった。
自宅に電話をかけるということは親が出る可能性が高いということだ。
これがまあ、とんでもなく高いハードルである。
今の時代なら中学生でもスマホ持っているのかな。
もしそうなら羨ましい……。
「高木君? どうしたの?」
運よく、電話に出たのは百瀬さんだった。大丈夫だ、もう腹はくくっている。
「突然で悪いんだけど……、僕は君のことが……」
それでも声が上ずってしまう。
「えっ?」
脈のなさそうな返答が返ってくる。ここで止めるべきだろう。
あーあ、もう、何をやっているんだか。
「君が好きです、付き合ってください」
よし、言った。これで任務完了だ。今すぐにでも電話を切りたい。
「あー、えっと、本当に急だね」
ですよね。わかってます。自分でも駄目だと思う。
「ごめんね、ちょっと私、高木君のことはそういう風に見れません」
解っている、全部解っているよ。
「うん、そうだよね。こっちこそごめんね」
もう本当に心の底から謝りたい。
「そうだよね……って。まあ、もういいや。また明日ね」
それだけで、電話は切れた。
意外とアッサリしていたな。
でも何となくわかる。百瀬さんは少しご立腹だったようだ。
そりゃそうだろう、約束もせずに電話する時点で迷惑だ。
好意を伝えるのはとても大切なことだと思う。
けれど、受け止めきれない好意は負担になる。
相手の気持ちを考えない好意は、有害感情だ。
――文化祭当日。
正直な話、登校するは少し憂鬱だった。
それでも身から出た錆なので仕方ない。
トボトボと通学路を辿り、煌びやかに彩られた校内を歩く。
教室の扉を開けると、いつものメンバーが忙しそうにしていた。
「おはよう」
目が合ったので百瀬さんに声をかける。
……が、表情も変えずにふいっと行ってしまった。
自業自得とはいえ、傷つくなあ。
でも、彼女のこの対応は正しいと思う。
告白をしたら前と同じように振る舞ってもらえなくなる。
避けられてしまうなんて、よくあることだ。
この話で恥ずかしかったことは振られたことじゃない。
相手の気持ちを考えずに、身勝手な振る舞いをしたことだ。
告白するのなら、せめて相手と対等な立場に立たないといけない。
俺はそのための努力をしていなかった。
これじゃあ、ストーカー行為と大差がない。
黒歴史はまだ続く。
……正直、心が折れそうだ。
好意もないのに告白をするなんて最低だった。
誰かに迷惑をかけるぐらいなら、もう一ノ瀬に逢えなくても良いかもしれない。




