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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

Big Brother

作者: Richard Hamish Head
掲載日:2021/04/18

「ボクは勇者テイルだ。けれど、そんな肩書、どうでもいい」

 そう言って彼は、傷一つない綺麗な手で僕の手をぎゅっと握りしめた。

「ぜひ、兄貴だと思ってほしい。長男として、弟を守る。だから――力を貸してくれないか」



雨が降っている。

木々を濡らす露が、芽吹いたばかりのつぼみをなぞり、流れ落ちていく。

村は明るい。雨が降っているというのに、その曇天すら吹き飛ばしてしまいそうなほどに。



呻き声が聞こえる。あちこちで。

切り飛ばされた戦士の腕。武器を手放すことなく持ち主は逝った。


どうして、という問いかけが繰り返される。


どうして、

どうして、



「ボクは勇者テイルだ」

テイルは出会った時と同じような顔で、村長の喉笛を掴み、壁に叩きつけていた。ギリギリと食い込む指が、彼の気管を狭め、徐々に死へと導いていく。

彼は空を仰ぐ。村長が紹介したこの場所は、カミを祀っている場所なのだという。

僕らが知っている教会とは、形は程遠い。

「国を背負い、世界を背負う。だから、許すわけにはいかないんだ」

テイルは辛そうに、目を伏せながら、しっかりと相手を見据えて言う。


――邪教を。


ぼきり、という音がして、村長の首は、小枝のような音を立てて折れた。彼が手を離すと、そのまま村長の体はすとんと落ちた。

同じパーティの僧侶、ナオミさんがそっと額に手を当てて死者を悼む。

「悪魔に魅入られた者に、神の情けがありますように――」



炎が、村を舐めていく。

やがて、邪教を祀る神殿も焼け落ちる。




「テイル、あの人はどこに行ったんだい?」

「あの人って?」


酒場。女性陣は先に寝てしまっている。

パチパチとはぜる暖炉が、テイルやマスターの輪郭をぼやけたものへと変えてしまう。

「あの、屈強な人。お父さんみたいな。棍棒を使ってた――」

「ああ、ギースのことか」

 かちん、と銀のグラスをテーブルに置きながら、テイルは口元を引き締めた。

「彼はもういない」

「どうして?」


マスターが、リンゴの皮を剥いている。一心不乱に、シャリシャリと。

ちぎれた皮がそこら中に散らばる。




「彼はスパイだった。人間側であったのに、魔物側についていたんだ」

 ぱちん、と再び火が爆ぜる。


「ボクの手で殺した。せめてもの、慈悲のつもりだ」





僕はテイルと共に、ずっと冒険を続けている。





長い坂がある。競争だ、先に上ったほうが勝ち。

そう言うと、テイルは困ったように笑う。

そして、後ろを振り返って意見を聞く。


「テイル様は、――の兄ではありませんか」

ナオミの言葉に、テイルはもう一度照れたように笑った。

「じゃあ、行こうか」





激しい息遣いが木霊する。薄暗く、じめじめとした鍾乳洞。

踏み出すたびに、びちゃっと水が跳ねる。


ナオミさんの首が転がっていた。驚愕に目を見開いたまま、彼女はぷかぷかと水に浮かんでいる。

彼女の体は未だに祈りを捧げ続けている。


「ねぇ、――」


 テイルはひゅっと剣についた血糊を払いながら言う。


「キミは、ボクを裏切らないよねーー?」





砂漠の中にいた。統率を失ったゴブリンの群れが、無秩序に蠢いている。

テイルは先陣を切って飛び込み、彼らの首を跳ねていく。

ビシャリ、ビシャリと、血飛沫が、砂漠の砂に染みこんでいく。


「眩しいわ」

ギースさんが日傘をさして、ぽつりと呟く。

ゴブリンの悲鳴も、砂に吸い込まれていく。





「我が娘、ナオミを連れ戻してくれんか」

必死の懇願。玉座から降りた王は、跪いたテイルに目を合わせて、肩に手を載せる。


「魔物たちは、ナオミの能力を恐れておった。おぬしたちが救ってくれれば、必ずや、おぬしらの一助となるだろう」


テイルは拳を床にぐっと押し付けて言う。


「我が国の王、わが父も同然の方に乞われ、どうして拒めましょうか。勇者の名に懸けて、きっと――」


僕らは坂を下っている。





「いやぁぁぁぁ!」

ナオミさんの悲鳴。

「化物! 化物がそこに!」

「どこにもいないよ、ナオミ」

テイルが抱きしめても、ナオミさんはいやいやをするようにもがく。

「化物! おぞましい化物!」



雷が落ちた。

咄嗟に大木の下へ駈け込もうとする僕を、ギースさんが捕まえる。

「いいか坊主、カミナリってのは、デカい木に落ちやすいもんなんだ。じっとしてろ」

「ギースさんは怖くないの?」

「怖くありませんよ」


ナオミさんがそっと微笑む。

「雷は、悪を裁くため、神が遣わすものなのです。どうして我々に刃が向けられることがありましょうか」




「テイル! 競争しようよ!」

テイルは額を拭いながら、困ったような笑みを浮かべる。

「そうだね、このまま濡れネズミになるよりは、マシかもしれない」

「じゃあ、あそこの、大きな木のところまで!」

太陽が、僕らを焼き尽くそうとしている。




「勇者よ、それは――」

「お納めください。魔王の首です」


テイルの言葉に王は絶句し、王妃は絶叫と共に首を振る。


「あなた! あの子が! 私たちのナオミが――!」

「貴様、気でも狂ったのか!」





「ボクのことは兄貴だと思ってくれればいい」

そう言って、勇者はこちらに手を差し伸べる。


「ボクのことは、兄貴だと思ってくれればいい」

そう言って勇者はこちらに手を差し伸べる。


「ところでキミの名前は? なんて言うんだい?」

「……テイル。テイルって、いいます」





逆光。





玉座に座った魔王の首を刎ねた。

僕の手は豆が潰れて荒れている。




「ギース、僕はもうだめだ」

「何を言ってんだよ、テイル! お前は勇者じゃないか!」

ギースは弱気になった僕を、何度も慰めてくれた。彼の方がはるかに強いのに、勇者と呼び、いつも守ってくれた。

父親のような人だった。だから、兄にはできなかった。

「テイル、いいか、自分というものをしっかりと持て。魔物って言うのは、自分の中に潜むもんだ」





「あなたならきっと大丈夫です。わたくしが付いていますわ」


ナオミさんは、姉のような人だった。人一倍神を信じていた。

気高い人だ。民のため、立ち上がったのだ。





僕は誰もいない街を歩いている。


誰もいない街を歩いている。




テイルがいない。

僕はずっと、テイルと共にあった。彼を守るつもりがいつも、守られていた。

でもそのテイルがいない。

彼はどこにいるんだろう。





塔を駆け上がる。螺旋階段を一段一段踏みしめるたび、カチンカチンと硬質な音が響き渡る。

絶叫が聞こえる。人の声には聞こえない。魔物のものだ。


とうとう追い詰めた魔物は、高台から飛び降りた。人型のせいか、飛べずに落ちた。

「魔物なら、魔物らしく飛べばよかったんだ」

 僕は剣を鞘に納める。

 平和の訪れに笑みが漏れる。





「テイル、どこだ。君は、僕の兄貴じゃないか。弟を放り出して、どこに行ったんだ」

何度も何度もテイルを呼ぶ。返事がない。

確かにここにいるはずだ。





「テイル、競争しよう」


「ほら、あそこにテイルが立っているだろう? あそこまで。競争だよ、テイル」


「何を黙ってるんだ、テイル」

「テイル!」


「僕の勝ちだ、テイル。ほら、早く来いよ」


「なんだよ、僕が弟だからってバカにするのか?」


「今更なんだ、アニキ面なんかするなよ!」





屍と炎。

雷と太陽。




「あなたが勇者ですか?」

「違う。勇者は、テイルだ」

「……テイル様は、どこへ?」

「新たな悪を滅ぼしに行ったよ」



「そう信じたいのですね、あなたは」



「敵ながら……いえ、もはや味方のいないあなたは、もはや憐れですね」





テイルの影がずっと伸びている。

僕は彼をずっと追いかける。




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