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斎宮と花の君  作者: 紺野
8/21

2 花揺らす風

 

 

 1

 大沢池に映る山々は、緑から暖色へとその表情を変えた。それもまた、美しい。木々は色付いてゆく。散るその瞬間の葉の色こそ、彼らの命の色だ。

 こんなに天気の良い日は、昼寝が一番だ。秋の太陽はまだ暖かい。

「だからさ、桜が咲かなくていいって言った人だよ」

紀貫之きのつらゆきだろ?」

「違うよ、もっと『あら』とか『わり』とかつく人だってば」

「ああ?」

 紅音が心を浮き立たせながら帰ってきてみると、陽だまりに腰を下ろして、桜真とハルが唸りあっていた。

「知らねぇよ。じゃあ……、菅原道真すがわらのみちざね?」

「あっ、ちょっとそんな感じかも」

「どうしたんだい、そんな睨めっこしてさ」

 興味深々で声をかけると、彼女に気づいた桜真が笑顔で手を振った。

「紅姉! ちょうどいいところに」

「社会勉強がしたいんだとよ」

「へぇ?」

 手招きされて、紅音も桜真の隣に座る。

「『春に桜が咲かなければいい』って言った人って、誰だかわかる?」

「てゆうかソレ、失礼だな、俺たち桜に」

「あぁ、それは在原業平ありわらのなりひらだね」

「そう、その人だ! どんな人?」

 目を輝かせる桜真の横で、「『あら』も『わり』もついてねぇじゃねぇか」とハルがぐちる。

「そうだねぇ、『伊勢物語』の主人公として有名だね。ハル以上の女好きさ」

「えっ、すごい。ハルヨちゃんよりも?」

「そこで驚くな。むしろ、お前に似てるぞ。伊勢の斎王と恋をしたんだからな」

 桜真は無言で目を見張った。

「『世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし』。桜真の言ってる歌はこれだね」

 ハルがフンと鼻を鳴らす。

「俺にはその雅びがさっぱりわかんねぇ。理解不能だ」

 すねたような彼を見て、紅音は思わず苦笑いを浮かべる。

「まぁ、都人の考えなんて、あたしらにはわかんなくたっていいのさ。『いつか消えるものなら最初から無い方が良い』なんて、寂しいこと言うよねぇ」

「ね、ねえ。その人は斎王とどうなったの」

「さぁな」

 真剣な表情で尋ねる桜真に、ハルはそれしか答えなかった。

「でも同じ都人でも、菅原道真は全く逆の歌を詠んだね。あたしはそっちの方が好きだよ」

「え、どんなの?」

「春を忘れるなって歌さ」

 

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