第九十四話
私はオスヴァルト殿下と共にヘンリー大司教にディナーをご馳走になっています。
エルザさんは先に帰ってしまわれましたので、食卓には三人しかおりません。
「ふふふふ、大破邪魔法陣には驚きましたよ。魔界の接近による魔物の増加には、本部ですら手を焼きましたからねぇ。私もこちらに来たばかりで苦心していました」
私とヘンリー大司教はほとんど入れ代わりのような形でパルナコルタ王国に入出国しています。
ですから彼自身もこちらの国に来てまだそれほど間が経っていないということです。
「そして、聖女国際会議での活躍も聞き及んでおりますよ。あのエルザくんですら敵わなかったアスモデウスを討伐してみせたのだとか。大聖女の称号に恥じぬ、勇猛果敢な戦いぶり。素晴らしいですねぇ」
ヘンリー大司教は先程と同様に不自然なくらい私のことを持ち上げるようなことを言い続けます。
何でしょうか。彼のこの、持ち上げ方はどこかで感じた雰囲気と似ているのですが、どこだったのか思い出せません。
「聖女が何人揃っても大聖女のあなたがいれば、その功績は全部あなたにかき消されるでしょうなぁ。フィリアくんは歴史を変えたと言っても過言ではありません」
これはいよいよ、褒めているのかどうか分からなくなってきましたね。
思い出しました。この感じ、ユリウスと婚約した直後に、彼が私のしたことを一つずつ口にして褒めていた時に似ているんです。
「フィリアくんが次期教皇で嬉しいですよ。あなたもさぞかし気持ちが良いでしょう? この大陸で最高の権威を手にするのですからなぁ」
「いえ、私はそのう……」
「ふふふふ、ジルトニアからパルナコルタに売られてから運気が向いてきましたねぇ。他所の国から聖女を買うという勇気ある決断をされたパルナコルタ王族に感謝しなくてはなりませんな」
「ヘンリー大司教!」
私が困っていましたら、オスヴァルト殿下が珍しく不機嫌そうな表情を顔に浮かべてヘンリー大司教を怒鳴りました。
段々と無遠慮な態度になられるヘンリー大司教ですが、やはり私に対して悪意を孕んでいるように見えます。
「おっと、オスヴァルト殿下。何故、気を悪くされているのです? あなたはフィリアくんがパルナコルタに来たことに感謝はしていないのですか?」
「感謝はしているさ。言葉で言い表せないくらいにな! だが、言い方ってものがあるだろう!?」
「言い方も何も、エリザベスが亡くなって新しい聖女を買おうという話を会議で行っていたではありませんか。フィリアくんを買い取って責任をとって結婚までされる。オスヴァルト殿下の愛国心には胸を打たれますな。ふふふふ」
「そ、それは――!」
笑みを絶やさずにオスヴァルト殿下の剣幕にも動じずに、反論をするヘンリー大司教。
殿下は私を買い取るという話に最後まで反対されていましたし、パルナコルタに私が来たあとはずっと気にかけてくださいました。
「オスヴァルト殿下、私はパルナコルタ王国に感謝をしています。その後に過大な評価を受けることになったのも、運が良かったと思っていますから。事実に対して殿下が反論する必要はございません」
「……フィリア殿がそう言うのなら、俺は何も言うまい。ヘンリー大司教、大きな声を出して悪かった」
オスヴァルト殿下がお怒りになられた気持ちも分かります。
しかし、ここで言い争いをする意味はありません。
殿下は腕を組んでヘンリー大司教に謝罪してそのまま黙ってしまわれました。
「オスヴァルト殿下のご機嫌が悪くなってしまわれましたな。フィリアくん、君たちが私と話したいとのことだったが、不快であればお帰りになられても構いませんよ」
「いえ、帰るつもりはありません。ヘンリー大司教、あなたに質問があります。……何故、教皇様の遺言を書き換え、あなたが指名されていたのに、私を指名されたのですか?」
「……っ!?」
その質問を私が投げかけた時。ヘンリー大司教の笑みが消えました。
これが本来の彼の感情でしょうか? 笑みが消えたのと同時に目つきもさらに鋭くなり、私は再び寒気にも似た感覚を覚えます。
「フィリアくんはジルトニア人でしたっけ? ふふふふ、それはジルトニア流のジョークですかな。すみません、笑うのに時間がかかってしまいましたよ」
「私は冗談を申し上げたつもりはありません」
表情が変わったと思ったのもつかの間。ヘンリー大司教はすぐに元の通り、笑みを浮かべながら私の質問を流そうとされました。
「亡くなった教皇様はフィリアくんを高く評価されていたのですよ。フィリアくんは歴代最高の聖女にして大聖女と呼ぶに相応しいと! ふふふふ、まさか私が自分の名前をフィリアくんの名前に書き換えるなどと邪推されるとは思いませんでした」
「邪推と受け取られてしまうとは心外です。私は自分なりの根拠に基づいて話をしたつもりですが」
確かに私の中にはパルナコルタの聖女として生きたいという願望はあります。
しかし、その願望を叶えるために自分なりの正当性を考える努力はしました。
根拠ならありますし、ヘンリー大司教が書き換えを行ったとある程度の確信があって質問をしたのです。
「根拠? ふふふふ、私が教皇に指名されればそれは慎んでお受けしますよ。大変名誉なことですから」
「いいえ、ヘンリー大司教は次期教皇に指名されたのにも関わらず、遺言を書き換えて私を教皇にしようとされています」
「もう一度言いますが、言いがかりはやめてください。大聖女であるフィリアくんが、教皇となれば大陸中が希望に湧くでしょう。信徒たちの希望を裏切るおつもりですか?」
平行線を辿る、ヘンリー大司教の主張。このくらいの揺さぶりはまるで意味を成さないみたいです。
もう一度、彼の顔色を変えるためにはどうやらもっと強い言葉で動揺を誘わねば駄目みたいですね。
「あなたが何と言おうとも、一週間後には教皇就任の儀式をします。あなたは神の血を聖杯より飲み干し、新たな教皇となるのです。ふふふふふ」
「ヘンリー大司教が何と言われようとも、私は教皇になるつもりはありません。これは不当だと訴え続けます」
「あなた、聖女ですよね? 我儘を言わない方がよろしいですよ。でないと、愛しいパルナコルタ王国やもっと愛しいオスヴァルト殿下に迷惑がかかるのですからねぇ。ふふふふふ」
今度は脅しを含んできましたか。
パルナコルタ王国、そしてオスヴァルト殿下。彼の言うとおり私にとってはかけがえのない存在です。
そして、それらを犠牲にしてまで我を通すことは出来ないのも確かです。
「遺言が本当でしたら、あなたの仰るとおり私は何も出来なかったかもしれません。しかし、ヘンリー大司教。あなたは嘘をついています!」
「――っ!? ふふふふ、フィリアくん。あなたも意固地ですねぇ。そこまで仰るのでしたら証拠でもあるんですか? 私が遺言を書き換えたという証拠が!」
「まだ、ありません……」
「ふふふ、はははははは! 証拠もないのに強気に私を糾弾していたのですか? これは面白い。フィリアくんはジョークが随分とお好きのようだ!」
目を見開いて、大声で勝ち誇ったように笑い声を上げました。
そして、心底馬鹿にしたような表情でこちらを覗き込みます。
「話になりませんなぁ。もういいです。フィリアくん、帰ってください。あなたと話すことはもうありません」
「そう仰らずにお待ちください。証拠はありませんが、動機なら何となく察しはついているのです」
「動機ですと……? はっ! 何を言い出すのかと思えば。バカバカしい」
話を終わらせようとするヘンリー大司教に私は最後のカードを見せることにしました。
そのカードとは何か。つまり彼が何故このように遺言を書き換えて私を教皇にしようとしているのか、その動機です。
「ヘンリー大司教の妹君、エリザベス・マーティラスの死。それが深く関係しているのではないでしょうか」
「……っ!?」
その名前を口にした瞬間。テーブルの上が微かに震えました。
ヘンリー大司教の魔力が急激に高まり、ふつふつと怒りに燃える表情が見えます。
「エリザベスは関係ない……!」
静かに、しかしそれでいてはっきりと怒気の孕んだ口調でヘンリー大司教は不快感を露わにします。
これほどまでに顕著な反応を見せるとは。
エリザベスさんの話は出来るだけこのように利用したくはありませんでした。
「フィリア殿、その辺にしておくんだ。これ以上の追及は無意味だぞ」
明らかに先程までと違う態度のヘンリー大司教の様子を見て、オスヴァルト殿下は私にクールダウンするように注意します。
「不躾な態度を取ってしまって、申し訳ありません。配慮のない発言でした」
私は頭を下げてヘンリー大司教に謝罪しました。
エリザベスさんのことをここで言及したのは不適切だったとも感じているからです。
殿下もそう思ったからこそ、私を咎めたのでしょう。
「ふふふふ、なぁに。気にしなくても、大丈夫ですよ。“新教皇”様」
こうして、私たちは確たる証拠も得られないままヘンリー大司教の屋敷から出ることとなりました。
しかし、ここで私は確信しました。
――間違いなくヘンリー大司教は遺言を書き換えている。
この確信は大きな進展です。確信出来たのなら、打てる手段もありますから。
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