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第八十八話

 屋敷の中庭には私とオスヴァルト殿下、そしてエルザさんとマモンさんが揃っています。

 日時は正午、ちょうどエルザさんに貰った猶予期間としての一週間が過ぎ去ったところです。


「ここに素直に来たってことは、ダルバート王国に行くことに決めたのね。安心したわ」


 エルザさんは長い髪をかきあげて、私たちがダルバート王国に行くという結論を出したと察しました。


 それは正解です。六日前から私たちはクラムー教の本部があるというダルバート王国に行くと決めていました。 


「はい。私たちはダルバート王国に行きます。そう決めましたから」


 そして、私たちはその意志があると肯定しました。  


 ダルバート王国にはマモンさんが例の空間移動術式を使用して向かいます。ですから移動にかかる時間は一瞬なのです。


「良かったわ。それが正解よ。素直に従ってくれて、ありがとう」


 ですが、ダルバート王国に向かう真の目的を私たちはここで伝えなくてはなりません。


 お礼を言われてしまって、何とも気が引けますがきちんと伝えましょう。


「エルザさん、私たちはパルナコルタ王国に残れるようにクラムー教の本部にいる上層部の方々を説得するつもりです。私が教皇になるべきではないと分かってもらいます」


「俺もフィリア殿と共に彼女の意志を尊重してほしいと頼むつもりだ」


 やはり教皇に私は相応しくありません。

 それをきちんと理屈を分かってもらえるように説明をすれば上層部の方々にもきっと理解してもらえるはずです。 


 その可能性に賭けないで全てを諦めるなど私には出来ません。


「はぁ……、そんなことを言うかと思っていたけど。それはもうあたしがやったわ。何を言っても無理だったのよ。教皇の遺言は絶対。その前提だけはどうしたって本部は覆さないの一点張りだったわ」


 エルザさんの言う教皇様の遺言は絶対という前提は信徒たちに示しをつけるという点で覆せないということは理解しています。


 クラムー教皇とは私たち信徒全体にとって神の代理人、つまり神にも等しい存在。その言葉を覆すということはすなわち、神に逆らうに等しい行為ですから。


「あなたたちには本当に悪いことをしたと思っているわ。大聖女さんが教皇にさえなってくれれば、最大限どのような願いも叶えてもらうようにするから。これ以上、無駄な希望を抱かないで。あなたたちを失望させたくないの」


 やはりエルザさんは優しい方です。

 私たちのことを気遣って、希望を否定しているのだということは十分に分かりました。


 ですが、それでも私たちは希望を捨てるわけにはいきません。諦めるという文字はそれこそ前提として私たちにはないのです。


「たとえ本当に無理でも足掻くことが無駄だとは思えません。可能性を追った先に開かれる未来もあると信じています。それに、この国でオスヴァルト殿下と共に生きることが自分の一番の願いです」


「あなたは一体、何の根拠があって無駄なことをしようとしているの? 可能性なんてあるはずがないじゃない!」


 私の願いはオスヴァルト殿下との結婚生活をこの愛すべき国で続けることです。 


 その輝かしい未来を思えばこそ、どんなに望みが小さくともそれに縋ることが出来ました。


 どんな言葉をかけられようと私たちの意志は変わりません。この可能性が全否定でもされない限り。


「教皇様の遺言は偽物だという可能性があります」

「「――っ!?」」


 そう、私はこの可能性に賭けてみようと思っています。 


 つまり私を次期教皇に据えようとする大前提である、教皇様の遺言の内容。それが偽物だという可能性です。


「教皇の遺言が偽物? 馬鹿なことを言わないでくれるかしら。そんなこと、あり得ない。根拠は当然あるんでしょうね?」 


 遺言が偽物だという根拠。もちろん、エルザさんがそれについて問われるということは承知していました。


 普通はそんなことをするはずがないのですから。  


 神の啓示にも等しい教皇様の遺言を書き換えるなんて、我々の信仰への冒涜そのものですし、そもそもメリットがありません。


「まず、私を次期教皇にするのでしたらいきなりこのような形で発表はしないと思います。混乱を避けるために生前に周知されるはずです。例えば、私に大聖女の称号を与えた際にそれを匂わせる発言くらいはされて然るべきだと思います」


 これは最初に私が変だと思った点です。教皇様の権力が絶対的だとしても、例外的な人事を考えているのなら相談くらいします。


 私がパルナコルタ王国で聖女をしており、それを認識しているのなら生前に準備をするようにと一声かけるなりするでしょう。


 教皇様は良識のある人格者だとその人となりを聞いておりました。それならば、このような人事を自分の死後に丸投げするような形にするとはどうしても思えないのです。


「根拠としては的を射ている気がするわ。でも、遺言は確かヘンリー大司教が教皇から直接受け取ったはず。書き換えるなんてことは彼にしか出来ないわ」 


 エルザさんは私の述べた根拠に納得してくれましたが、それだと犯人はヘンリー大司教以外にあり得なくなると言いました。


 そのとおりです。私の中ではもう、犯人は決まっていました。


 パルナコルタ出身の元司教が遺言を受け取り、パルナコルタ出身の聖女を次期教皇にするために遺言を書き換えた。何とも因縁めいた話ではないですか。


「エルザさんの仰るとおり、私はヘンリー大司教が遺言を書き換えたと推測しています」


「――っ!? そ、そんなの信じられないわ」


 私が素直に自らの仮説を口にすると、エルザさんは驚いた顔をしました。


 そうですね。ヘンリー大司教がそんなことをするなんて到底考えられませんよね。


 しかしながら、考えれば考えるほどヘンリー大司教が遺言を書き換えたとしか考えられないのです。


「エルザ殿が驚くのも無理はない。俺もフィリア殿からその仮説を聞いたときは驚いた」


 オスヴァルト殿下にこの仮説を話したとき、エルザさんと全く同じ反応をされました。 


 何故なら、ヘンリー大司教が書き換えたのならある矛盾というか考えられない行動を取っているからです。 


「私はヘンリー大司教が次期教皇だからこそ、そんな感じで書き換えられないように遺言を彼に預けたと思っていたわ。今までも遺言を後継者に預けていた理由もそうだと思っていたし」 


「ええ、それが自然だと思います」


「でも、大聖女さんが次期教皇だと聞かされたときは驚いたけど、彼が書き換えたなんて思いもしなかった。理由は分かるでしょう?」


 エルザさんもマモンさんと同様にヘンリー大司教が遺言を受け取ったということは彼が次期教皇になるものだと思われたみたいです。 


 そして、それこそが彼が遺言を書き換えたとは考えられない理由でした。


「やはり自らが教皇になることを拒否して次期教皇の名前を私の名に書き換えたとは思えませんか?」


「そんなことをして、なんのメリットがあるというの?」


 教皇になるということは、クラムー教徒の頂点に立つということ。そして大陸で最も大きな権力を持つということでもあります。


 その立場を捨ててまで私を教皇にしようとする理由がないのでは、とエルザさんは思っているみたいです。


「メリットというか、動機についてはまだ明確に分からない部分がありますが、何かそうしなくてはならなかった理由があるんだと思っています」


「理由? ヘンリー大司教に自分が教皇にならないで、大聖女さんを教皇にしたい理由なんて本当にあると思っているってわけ?」


「はい。思っています。出来れば本人の口から聞きたいと願っていますが、それは簡単ではないでしょう」


 この仮説を立証するための一番の難所は、動機です。

 仮説が真実ならばヘンリー大司教はかなり荒唐無稽なことをしていることになりますから。


 こんなことを主張してもヘンリー大司教が何故そうしたのか、動機が明白でないと相手にもされないでしょう。 


「まぁいいわ。あたしに課せられた任務は大聖女さんをダルバート王国に連れていくことだし、ヘンリー大司教が遺言を書き換えたと信じているならば好きになさい。あたしは文句言わないわよ」


「エルザさん、ありがとうございます。お優しいのですね」


「べ、別にあたしは優しくなんてないわ。マモン、準備なさい」 


 どうやらエルザさんは私たちがヘンリー大司教が遺言を書き換えたかどうか調査すること自体には反対しないそうです。


 私はエルザさんの優しさに感謝の意を示しました。


「へいへい。姐さんったら珍しく照れちゃって」


「何か言った?」


「おっと、僕ァ暴力反対だなぁ。さて、お二人さんをご案内。行き先はダルバート王国だ!」


 マモンさんはエルザさんをからかい、ファルシオンを向けられると両手を上げて、魔力を集中して転移扉を出現させます。


 これはかつて狭間の世界から帰ってきた時に見たものと同じですね。まさか再び、この扉をくぐることになるなんて思いませんでした。


「さぁ、フィリア殿。行こうか」

「はい。殿下」


 扉が開いたとき、オスヴァルト殿下は私に手を伸ばしました。

 私は殿下の手を取りながら、扉の中へと進みます。


 強い光が視界を塞ぎ、次の瞬間。私たちの目の前には見たこともない景色が広がっていました。

 ダルバート王国に着いたのです。

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― 新着の感想 ―
 遺言が仮に偽物だとして、ヘンリーにそれを行わせる動機やメリットは何なのか。まだまだ波乱や謎が尽きないですね。
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