第七十一話
アスモデウスによって引き起こされた“神隠し事件”の被害者たちが、ここ“常闇の魔城”に閉じ込められていることを知った私たちは、迷わずその中に潜入しました。
意外なことに城門とおぼしき場所には鍵がかけられておらず、中には入ることは容易だったのですが……。
「罠の気配もないとは妙ですね」
「フィリアの姐さん、悪魔っていうのはそもそも防犯って概念がねぇのさ。城はずっとオープンだし、見張りや罠なんてもんを配置するなんざ弱者のすることだって、笑っているような連中なのさ」
そういうものなのですね。
悪魔という種族の考え方というのは私たち人間の常識とはかけ離れているみたいです。
お城に見張りも何もないのには驚きました。
「おっと、何か置いてあるぞ。ずっと昔に来たときはこんなモンなかったんだがなぁ」
「これは……、人形かしら?」
通路には多数の人形がずらりと並べられておりました。
全てが銀髪で白いローブを着せられた人形です。
「この人形にはナンバー163、その隣の人形はナンバー164……」
よく見ると人形一つ一つにナンバリングされています。
この数字は一体、何を現しているのでしょう。
それに何の目的でこんなに沢山の人形を……。
「なーんか、この人形ってフィリアの姐さん、いやフィアナに似てる気がするなぁ」
「そういえば大聖女さんと雰囲気がそっくりね……」
「そうですか?」
マモンさんは人形を私やフィアナ様に似ていると口にして、エルザさんも私に似ているという点に関して同意します。
自分の容姿を客観的に見ることが出来ませんので、似ているかどうか判別しかねますが、フィアナ様と似ているということは一つの仮定が頭に思い浮かびました。
「もしや、アスモデウスのいうフィアナ様を復活させることというのは、人形に魂を植え付けることなのではないでしょうか? そういう術式が古代にはあったと聞きます」
「――っ!? なるほど、フィアナの肉体は火葬したと言われているから、どうやって身体を手に入れたのか謎だったのよね。本物と瓜二つの人形に彼女の生まれ変わりである大聖女さんの魂を入れれば」
「それが本人になるって理屈かぁ! ははははは、さすが旦那だ! やることが暗すぎるぜ! まさか、人形遊びの延長で想い人を復活させるって! モテない野郎の考えそうなことだ!」
私はアスモデウスがこのような人形を使ってフィアナを復活させようと目論んでいると推測しました。
古代魔術には不老不死を目指した術も多数ありまして、その中に人魂を人形の中に入れることで永遠に近い寿命を手に入れる術があります。
しかし魂を入れるには大量の魔力が必要なので成功させることが出来る術者はほとんどおらず、万が一成功してもそのショックで自我をなくしてしまう者が多く出たとのことです。
アスモデウスの超魔力ならそれを可能にしてもおかしくはないのですが――。
「シンニュウシャ、ハッケン!」
「「――っ!?」」
アスモデウスの作ったであろう人形を観察していると、いきなり目の前に黒光りする鉱石で出来た巨大な人形が現れました。体長は五メートルくらいでしょうか。
言葉を発していますね……。これはまさか、古代術式によって魂を巨大な人形に入れて作られた石の巨人と呼ばれる人工生命体なのでしょうか。
元々が悪魔なのか人間なのか分かりませんが、既に理性は失われているように見えます。
「シンニュウシャ、コロス!」
問答無用という感じでした。
大きく振り上げられた硬そうな両拳は、振り下ろされた瞬間に私たちは跳びはねてそれを躱します。
床には大きな穴が空いてしまっており、ゴーレムの怪力を物語っていました。
「マモン、悪魔は見張りなんか置かないんじゃなかったんじゃないかしら」
「あれー? 俺も魔界を離れて長いからなー。トレンドが変わったのかなー?」
「どうでもいいわ。あれを破壊しなさい!」
悪魔は見張りなど付けないというマモンさんの発言を責めながら、エルザさんは彼にゴーレムを破壊するように命じました。
しかし、悪魔という生き物が本当に防犯意識がないのだとしたら、見張りを置いているこの先は――。
「ったく、人使いの荒い姐さんだ。……弾け飛べ! 漆黒の魔弾ッ!」
マモンさんが放ったのは圧縮された闇属性の魔力の塊。
見事にゴーレムの顔とおぼしき場所に命中して轟音を鳴り響かせて大爆発しました。
同じくらいの大きさのドラゴンくらいなら、この一撃で絶命するでしょう。
「シンニュウシャ、コロス、コロス、コロス〜〜!」
「全然効いてないじゃない! 役立たずね!」
「相当硬い上に痛みを感じていないみたいです。倒すことは難しそうですね」
「こりゃあ、逃げた方が良さそうだ」
どうやら、普通の生き物とは違う性質らしく、痛みも感じないみたいです。
私たちはゴーレムから逃げることを選択しました。
このまま、時間をかけても意味がないと思ったからです。
「ゴーレムが来た方向……、恐らくは何かアスモデウスが大事にしているものがあるのかもしれません」
「なるほど。それはあり得るわね。マモン、もう一発撃ちなさい」
「へいへい。この歳になったら、鬼ごっこもつまんねーよな」
漆黒の魔弾で一時的に動きを止めて、私たちはゴーレムの横をすり抜けて先へと進みました。
鬼ごっこって聞いたことはありますが、初めてがこんな形になるとは思いもしませんでした。