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第七十話

『そ、それで、話ができることは分かったけど、姉さんは無事なの? 怪我していたよね?』


 私のブレスレットとリーナさんのネックレスを介して、地上にいる方々と会話が出来ることを説明しますと、ミアがまず私の体のことを心配してくれました。


「大丈夫ですよ。皆さん、心配をおかけして申し訳ありませんでした」


 怪我は既に治っていますし、体調自体は良好です。

 ミアだけでなく、皆さんも心配そうな声を出していましたので、そちらにいる皆さんにも自らの無事を伝えました。


『フィリア殿、無事でなによりだ。こっちには戻って来れるんだよな? 危うく、俺たちでそっちに迎えに行くところだったよ。入れ違いにならなくて良かった』


「オスヴァルト殿下……。それがそのう。どうやら、この狭間の世界とやらに閉じ込められたみたいでして」


『な、なんだって!? そ、それはどういうことだ!? だって、エルザ殿の仲間の悪魔がこっちに戻る道を開けるってクラウス殿が言っていたぞ!』


 オスヴァルト殿下に戻れなくなったことを伝えると彼は驚いた声を上げました。

 どうやらクラウスさんから大体のことは聞いているみたいです。

 私も不安でない訳ではないのですが、こうやってオスヴァルト殿下の声が聞こえただけで、安心感を得ました。なんでしょう、この感じは……。

 以前にも感じたことがある不思議な感じです。


「クラウスの言ったことは本当よ。簡単に説明するわね――」


 エルザさんは狭間の世界から地上への道がアスモデウスの魔力によって阻まれたと説明しました。

 私のことを狙っているアスモデウスが私を逃さないようにするために、この空間ごと閉じ込めようとしていると。


『エルザ先輩、アスモデウスの下僕の低級悪魔たちが何体か撤退していますよ。多分、地上から狭間の世界へはまだ移動可能だと思います』


「じゃあ、あんたはこっちに来なさい。生きて帰ることが出来るか分からないから遺書くらいは書いてきてもいいわよ」


『そんなー、冗談きついですよー』


 クラウスさんは地上からこちらに向かうことは可能だと伝えました。

 そういえば、アスモデウスは魔力を持つ女性も狙っていましたね。

 悪魔たちの帰り道はそのまま残したということですか。


『エルザ殿、どうにかこっちに戻る方法は無いのか?』


 オスヴァルト殿下はトーンを落として、地上に私たちが戻る術はないのかと尋ねます。

 その方法は一つしか思い浮かばないのですが、それを実現するのは……。


「アスモデウスを倒すしかないわね。想像はしていたでしょう?」


 エルザさんの結論はシンプルでした。

 アスモデウスが帰り道を塞いでいるのなら、彼に頼んでその道を開けてもらうか、それが無理なら塞げない状態にしてしまうか。

 アスモデウスに話が通じるかどうかは考えるべくもないでしょう。

 彼に私たちの理屈は受け付けないでしょうから。


『ちょっと、そんなの無理に決まっているでしょう!? いくらフィリア姉さんでも、あんな化物どうにか出来るはずがないわ!』

『そうですわ。フィリア様にもしものことがあったら、わたくしは――』


 ミアとグレイスさんはアスモデウスを倒すことは無理だと言いました。

 王宮を瞬く間に半壊させてしまう程の力を持ち、その力すら全力ではない。

 私たちよりも悪魔との戦い方を心得ているエルザさんたちも彼にあしらわれてしまっていました。

 それでも、私は――。

 

「勝算はゼロではありません。エルザさんたちと何とかしてみます。私も帰りたいですから。パルナコルタ王国に」

『フィリア姉さん……』


 パルナコルタ王国の聖女だからという義務感もありますが、私は好きなのです待ってくれる方がいる居場所が。

 だから何としてでも帰りたい。どんなに難しいことが要求されたとしても……。


『フィリア、聞こえますか?』

「はい、師匠。聞こえています」


 師匠、ヒルデガルトは私の実の母親である。

 アスモデウスによって、告げられた真実を私はまだ上手く受け入れられていません。

 師匠には師匠の事情があったのだと思います。ミアを自らの養子にしたことも含めて。

 ですが、私は率直な感想としては……。


「師匠、質問したいことは沢山あります。でも、私は真実を知って嬉しいと素直に思っています」

『そう、あなたは強い子になりましたね。信じていますよ。フィリア、あなたはこのくらいの試練は乗り越えて帰ってくることが出来る子だと。……なんせ、私が鍛えたのですから』

「師匠の教えは私の宝物です。決して無駄にはしません」   


 師匠からは私は沢山のものを貰いました。

 どんな時も自分で何とかする力を手に入れることが出来たのは師匠の厳しい特訓があったからです。

 こうやって、大事な人たちを守ることが出来るようになったのですから、私は幸福です。


『フィリア殿!』

「オスヴァルト殿下……?」


 さらにオスヴァルト殿下の声が再び聞こえました。

 何やら思いつめているような声の感じですけど……。


『絶対に、絶対に! フィリア殿の元に助けに行く! 今朝の約束、覚えているだろ? 俺は絶対にその約束を守りたいんだ! だから――』

 

 オスヴァルト殿下の声がそこまで届いたところで、ブレスレットの石の輝きが消えてしまいました。

 どうやらリーナさんのネックレスに込めた魔力が切れて交信出来なくなったみたいです。


 オスヴァルト殿下は助けに来られると仰っていましたが、それはあまりにも危険すぎます。

 王子である彼まで帰ることが出来なくなってしまう可能性を考えると、パルナコルタの損失は測りしれません。


「変わった人ね、オスヴァルト殿下。王族っていうのは安全な場所でふんぞり返って指示だけ出しているものかと思っていたわ」


「殿下はそういう方なのです。どこまでも清々しく、純粋で。でも、だからこそ、私はオスヴァルト殿下に傷付いて欲しくないって思ってしまいます」


 思えば、あの時も危険を顧みずに私をジルトニアまで運んで頂きました。

 ミアを救いたいという私の我儘を真っ直ぐに受け入れて、迷いなく突き進んでくれたのです。

 ですが、今回はあの時よりも断然危険度が増します。

 なんせ、相手は四百年前に私たちの世界を滅ぼしかけた存在なのですから。


「心配しないでも大丈夫よ。クラウスが止めるから。普通の人間を巻き込むような馬鹿な真似はしないわ」


 エルザさんは私を安心させようとそう声をかけて、岩山の影から慎重に顔を出して周囲の安全を確かめました。

 どうやら、近くには誰もいないみたいです。



「アスモデウスの規格外の強さはご覧のとおりよ。勝つためには奇襲しかないでしょうね」


「旦那の油断したスキを狙って一気に心臓を貫く。姐さんの魔力を注入するあれを、何とか急所に直接当てられたら話は早いんだけどなぁ」


「既に二回も手の内を晒しましたから。彼も警戒すると思います。ですが、私もそれしか方法はないと考えています」


 私たちの中でまとまったのはアスモデウスを倒すには奇襲しかないということです。

 魔力を注入すると一時的に再生機能を失い、動きまで封じることは証明出来ました。

 しかも腕や手のひらという急所から程遠い場所でもそれなりの効果は認められています。

 ならば、例えば心臓付近に直接魔力を注入することが出来れば、勝機がないわけではないのです。


 そんなことを話しつつ、私たちは全てが白で覆われた狭間の世界を探索しました。


 以前、修行時代に砂漠や雪山で暮らしたこともありますが、ここはそういった場所よりも寂しいところですね。


 エルザさんとマモンさんはどうやらアスモデウスの居場所にアテがあるみたいで、迷いなく進んでいます。


 そして、歩き始めて、三十分程でしょうか。


「あの黒いお城のような建物がもしやアスモデウスの居住地ですか? 魔力を持った人間の気配もします。しかも、一人や二人ではありません」


 私は目の前の丘の上に大きな城のような建物を見つけました。

 建物全体が塗り潰されたような黒色で、なんとも不気味な雰囲気が漂っています。


「あれは“常闇の魔城”というでさぁ。アスモデウスの旦那の根城だ。魔界にももっと大きな城があるんだけど。どうやら、旦那のやつは捕らえてきた人間たちをあの城に閉じ込めているみたいだなぁ」

 

 なんと、神隠し事件で捕まった方々もあの城の中に居るのですか。

 それはいけません。早く助け出さねば。


「エルザさん、マモンさん、捕まってしまった皆さんを助けに行きましょう」


「ええ、わかってるけど作戦は? って、そんなことを言っている悠長な時間はないわね」

「あのアスモデウスの旦那がまた人質とかセコいこと言い出しかねないもんなぁ」


 私たちはアスモデウスの根城である“常闇の魔城”へと向かいました。

 そこは、この異質な世界の中でも更に異様な空気が漂う場所でした。


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― 新着の感想 ―
 ヒルデさんが師匠であると同時に実母だと知った後の会話、ぎこちなくも互いに絆を再確認出来たようでなにより。  そして、前よりフィリアへの想いが増しつつあるオスヴァルトさん。フィリアも薄々気づきかけてる…
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