第六十二話
休憩が終わりまして、ライハルト殿下が各国の聖女たちに挨拶を済ませると、引き続き結界の張り方や、治癒魔法の効率化などの情報交換しました。
そこから議題は修行の方法へと移ります。
「フィリアさんはどのような修行をされたのですか?」
「それは確かに妾も気になるのう」
「……フィリア様の特訓によってわたくしは以前よりも遥かにパワーアップしましたわ」
「ふ、ふん。別にわたくしは気にならなくてよ。どうしても話したいなら聞いて差し上げてもよろしいですが」
修行方法ですか。私もミアも師匠であるヒルデガルトから教わったものですから、ここは師匠から話をしてもらいましょう。
私たちに遠慮してずっと黙っていますが、師匠は聖女としても指導者としても優れている方です。
是非とも師匠の理論を皆様に聞いてもらいたい、と私は思いました。
「私は師匠であるこちらのヒルデガルトよりご指導頂いて力をつけました。ですから、ここは師匠より修行法の指南をして頂きたいのですが……」
「……私が皆様に修行法を? フィリア、私を立てなくても結構ですよ。あなたが話せばよろしいではありませんか」
「いえ、私は指導者としてはまだまだ未熟ですから。ここは師匠からお願いします」
「ふぅ、仕方ないですねぇ――」
ここから師匠の講義が始まりました。
冬の雪山で一ヶ月間生活し、生と死の狭間を体験することで自己の限界を高めたり、砂漠の中に生き埋めとなり大地の力を感じ取ったり、常に微量の魔力を全身にまとって針の山の上で寝たり、今思えば辛くもあり、懐かしくもある訓練の数々を語ってくれたのです。
「「…………」」
これは一体どうしたのでしょうか?
先程まで、あれだけ活発に意見交換をしていましたのに……。皆様、どうして黙っていらっしゃるのでしょう?
「やっぱり、みんな引いているんだよ。ヒルダお義母様の特訓があまりにもな内容だから。姉さん、針の山の上で寝ていたって冗談だよね? あはは、頼むから冗談って言ってよ。じゃないと私――」
ミアが小声で皆様が師匠の訓練メニューに引いてしまっていると私に教えてくれました。
そういえば、以前にオスヴァルト殿下にこのお話をしたときも聞いているだけでギブアップしてしまうと仰っていましたね。
聖女として力をつけるにはとても効率の良いメニューだと思うのですが……。
「おーほっほっほっほ! アデナウアー式は随分と力任せなトレーニングですのね。ここは、このエミリー・マーティラスがマーティラス式の優雅でエレガンスな秘伝のトレーニングメニューを教えて差し上げましょう!」
「エミリーお姉様、フィリア様たちに失礼ですわ」
「まずは魔力向上のトレーニングです。エリルトン湖の近くで取れる高級ハーブを――」
静まり返った会議室内でエミリーさんが今度はマーティラス家の独自のトレーニングメニューを教えてくださいました。
マーティラス家は四姉妹が全員聖女になったという大陸でも屈指の名家。
実際にグレイスさんは私やミアよりも若くして聖女になっていますし、効率的なトレーニングを積んでいたことは彼女と接していて、よく分かりました。
なるほど。そういう修行をされた成果が今日に活かされているのですね。……非常に参考になりました。
「そ、それでは私からも退魔術の基礎をお教えしましょう。あ、悪魔は基本的に――」
さらにアリスさんが続けて退魔術の基礎を講義してくれました。
私たちが悪魔と対峙した時に自衛が出来るように配慮してくれたのでしょう。
「厄介なのは悪魔は人間の体に憑依して操ることが出来ることです。操られた人間は――」
「侵入者です! 王宮の中に怪しい侵入者が!」
アリスさんの講義中に突如として会議室の中にパルナコルタの兵士が入ってきました。
侵入者……? 怪しい侵入者とはなんでしょう?
「ここまでの案内、ご苦労。君はもう下がっていて良いよ。僕は麗しきフィリア・アデナウアーに用事があるんだ。やぁ、フィリア! 僕の運命の人! また会えたね……!」
「「ユリウス……!?」」
バタリと兵士が倒れたかと思えば、彼の後ろからユリウスが出てきます。
囚人の着るような服装ですが、姿形は間違いなく彼です。
昨夜は半透明の状態でしたが、今日は実体と言いましょうか、くっきりと見えています。
ミアと師匠が特に驚いていますね……。それはそうでしょう。
ユリウスを失脚させるために頑張っていたのですから。
「おやおや、この僕を裏切って投獄まで追い詰めた女狐もいるのか。まぁいいや。僕はフィリアさえ手に入れば」
「相変わらず気持ち悪いわね! あなた、アスモデウスってやつに体を乗っ取られているんでしょう!? いいわ! 私が捕まえてやる! 光の鎖ッ!」
ユリウスがミアを一瞥すると、彼女は目にも止まらぬスピードで術式を展開して光の鎖を出現させます。
また早くなったみたいですね。師匠の特訓の成果もあって、元々私よりも断然早かった術式の展開スピードがさらに上がっていました。
「……フィリア、昨夜は暗くてよく見られなかったが、相変わらずきれいな銀髪をしているね。そして魂も誰よりも美しい。やはり君は僕のモノになるべき人間だ」
「わ、私の術が効かない!?」
ゆっくりと私に向かって歩いてくるユリウスはミアの放った光の鎖を何もなかったかのように弾きます。
恐ろしく高濃度の魔力をまとっていますね……。ミアの術をものともしない程に。
「アスモデウス、昨日みたいにユリウスのフリをすることに何の意味があるのですか?」
「別に意味などない。実体が馴染んできてな。フィアナと同じ魂を持ち、美しい銀髪をしている君に一目惚れしたのさ。愛を育むなら、悪魔としてではなく、人間としての方が君にも都合が良いだろう? つい最近まで僕らは婚約者同士だったんだし」
何をいきなり言っているのか分かりません。
ただ、目の前にいるユリウスの口調は優しく、慈しむようで……殺意や悪意は一切感じないのです。
アスモデウスが操っているのは間違いないはずなのですが……。
「フィリアさん! 離れてください! 悪魔には退魔術! わ、私が彼を退けます!」
「ふぅ、退魔師もいたのか。うざったいことこの上ない。ごめんな、フィリア。こう騒がしいと僕の愛の言葉が聞き取りにくいと思うんだ」
ユリウスの目が紫色の光を発したかと思うと、黒い塊が部屋の中にいくつも出現しました。
こ、これは、低級悪魔たち……ですか? 目に魔力を集中させると黒い塊が人型を成して空を飛んでいる様子が見えました。
「だから僕はこの場にいる君以外の人間を全部消すことにするよ」
「――っ!?」
パチンとユリウスが指を鳴らすと、周囲でズドンという爆発音が鳴り響きます。
あまりにも静かに、あまりにもドス黒い狂気と共に、アスモデウスに体を乗っ取られたユリウスは悪魔を率いて私を狙いにやって来ました――。