第六話
「す、すみません。夜遅くまでお付き合いしてもらって……」
パルナコルタ王国の聖女としての初仕事は日付が変わる直前に終わりました。
本当はもう少し結界を張っておきたかったり、オスヴァルト殿下との約束を守るために雨を降らせるための前準備を進めておきたかったのですが、レオナルドとリーナに止められてしまいます。
とっくにオーバーワークだとか、過労で体を壊されたら申し訳が立たないとか、聞き慣れない単語を述べられたりしました。
「すでに先代以前の聖女様の軽く五倍は働いております。それに薬のレシピやダムの設計図など、聖女のお仕事とは関係ないものまで……」
「あまり、根を詰めすぎると病気になっちゃいますよ~。いくらお願いしても休憩もなかなか取って下さりませんでしたし……」
涙ながらに働きすぎだと二人に詰め寄られて、私は自分がおかしくなっているのかと疑ってしまいます。
聖女たるもの、病気になるなど以ての外だと言われていましたので、私は人一倍身体のケアには気を使っており、幼少期を除いて病気になったことはありません。
回復魔法と瞑想で大体の疲れは吹き飛ばせるので、15分も休めば丸1日活動してもほとんど疲れませんし……。
しかし、さすがにお二人を長時間付き合わせるのは悪いと思いましたので、私は彼らのアドバイスに従って今日の仕事を切り上げることにしました。
「と、とにかく明日は休みましょう。このままだと、フィリア様が大変なことになってしまう!」
「パルナコルタ王室も今日の仕事ぶりに驚いてたみたいです~~。是非とも明日は体を労り、休んで欲しいとのことでした」
「休む……、ですか? しかし、聖女が休むというのは国益を損ねるんじゃ……」
レオナルドもリーナも、明日を休日にするようにと仰ります。
いやいや、このまま一日でも休むと魔物たちが街にやって来て大変なことになりますし、国にとってそれは損害なのではないでしょうか……。
「国益よりもまずはフィリア様のお身体です!」
「無理しちゃダメです! ただでさえ慣れない環境なんですから!」
「いや、しかし……。この国の状態は危険です。せめて明日、東と南に結界だけは張らせてもらいませんと……。聖女としてそれは譲れません。お二人はお休みになられても大丈夫ですから」
私とて一般の方々には早朝から深夜までの仕事が少々厳しいことは存じております。
修行の結果、一週間眠らずに動けるようになった私についてくるのはお二人にはそれだけで重労働でしょう。
ですから、私は明日からは普段通り一人で行動することを提案しました。
「――そうはいきません。このレオナルド! 執事を極めし者……若い娘さんが一生懸命なのに自分が休むなど出来ませぬ」
「私だってそうです。メイド道を走る者として、ご主人様が頑張っているのに無視するなんてあり得ないです!」
よく分かりませんが、お二人とも明日も一緒に仕事に付き添ってくれるみたいです。
それならば、せめて……私から出来ることを――。
「癒やしの聖光――!」
お二人の手を握り……私のオリジナル回復魔法を使いました。
この魔法は疲労回復、滋養強壮、さらに腰痛、肩こり、などの持病にもよく効きます。
ユリウス殿下には「温泉宿の客が減る不快な魔法」だと言われて不評でしたが……。疲れた体は楽になるはずです。
「す、す、凄いです! あの頃の強靭な体が戻ってきたような! なんてことでしょう! 体中に力が溢れてきます!」
「レオナルドさん、髪が真っ黒になってるじゃないですか~。本当にいい気持ちです。ぐっすり眠ったあとみたいな……そのくらい体が楽になりましたぁ」
この日からお二人には毎日、聖女の仕事に付き合って貰いました。
仕事の時間は以前よりも減りましたが、それでもこの国の方々には好評だったらしいです。
パルナコルタ王国は屈強な騎士団で有名な国でしたが、魔物との戦闘による消耗も激しかったみたいで、特にその点が助かったとのことでした。
兵士たちの仕事を奪っていると言われたりしたこともあるので、ホッとしています。
しかし、新しい国での生活に慣れてきましたが、魔物の巣などの調査をすればするほど、悪いことが起きそうな――そんな兆候が見えてきました――。
このままだと、近隣諸国が多大な被害を被る可能性があるかもしれません――。
◆ ◆ ◆
「や、やはり……、とんでもないことが起こる可能性があります……」
魔物の巣の大きさや、出現している魔物の凶暴さを記録して、自分のノートや古代の文献などと見比べて私はある仮説を立てていました。
もしかしたら、400年ぶりに――。
「どうかしましたか? フィリア様……難しい顔をされてましたけど……」
メイドのリーナは手慣れた手付きで短刀でワーウルフやデスグリズリーといった狼や熊のような姿をした魔物を討伐しながら、私に話しかけました。
結界の中の魔物は弱体化しているとはいえ、確実に一撃で急所を捉える彼女はもしかしたら、かなりの達人なのかもしれません。
執事のレオナルドも凄まじい蹴り技で魔物を圧倒していましたから、お二人とも私の護衛も兼ねてるということに最近気が付きました。
「いえ、まだ確証が持てたわけではないのですが……。魔界が地上に近付いて来ているのかもしれません……」
考古学の研究をしていて、数百年という周期で魔界が私たちが住んでいる地上に近付いており、魔物の巣の数が激増して大きな被害を与えていることが分かりました。
今の状態は400年前にそうなった時の前兆状態に極めて近いのです。
つまり、近いうちに魔物の巣の数が急上昇する可能性が高い――。
「そ、そんな大変なことが!? だから、フィリア様は着々と強力な結界を国中に張っているということですかぁ……?」
「そのとおりです。光の柱というのはどうしても景観を歪めますので、嫌がる方も多いと思いますが……やはり国民の命が最優先だと思いますので……」
「景観……? いや、そんなこと誰も気にしないと思いますが……。とにかくこれは大変なことです。至急、王室の方にも報告をしておきます」
リーナの質問に私が答えますと、ちょうどこちらに戻ってきたレオナルドが焦り顔で王室に報告すると言い出しました。
まだ予想の域ですし確証を得られているわけではありませんので、あまり気乗りがしません。
「しかし、魔界が近付いている確固たる証拠はありません。私が話しているのはあくまでも統計データからの予想ですし……」
「何を仰っているんですか! フィリア様の知識にこの短い間にどれほどの民が救われたことか……。たとえ、間違っていたとしても何事もなくて良かったとしか思われませんよ。誰も貴女を責めません」
レオナルドは自信満々といった口調でそんなことを言われますが、聖女たる者、適当な仕事をするわけにはいかないと思うのですが……。
「そんなことないですよ~~! 人間は誰だって間違います。――フィリア様だって聖女である前に人間ですから、間違ってもいいんです。それにこういう問題はみんなで取り組んで解決を目指すべきだと思います」
リーナも私が間違っても良いと優しい声をかけてくださいました。
確かに早く対策を練った方が良いと思いますので、間違った場合は真摯に謝るとして報告をした方が良いかもしれませんね……。
こうして、レオナルドが王室に『魔界が400年ぶりに近付いている』という可能性を伝えました。
すると、その日のうちにオスヴァルト殿下が対策本部を設置されます。
まさか、私の不確かな情報を聞いてこんなに早く動くなんて……。彼のフットワークの軽さには少し驚きました……。
こうなると後は気になるのは故郷に残してきたミアのことです。
私はパルナコルタの聖女になりましたので、あちらに結界を張ったりとかはもちろん出来ません。
ですから、せめて――妹に手紙を書くことにします。国全体で調査をして、対策を練るようにと……。
急いで動けば、まだ間に合うはずです。両親の言ったとおりミアに沢山の人が協力をしてくれれば――。
こんな手紙を送ることしか出来ることが無いというのが悲しいですが、彼女の無事を祈りながら私は故郷に手紙を送りました――。