第五十九話
前の話に出てきたクラリスをアリスに名前変更しました。
理由はクラウスとあまりにも名前が似ているからです!
もう間もなく、約束の時間ですね。
オスヴァルト殿下と世間話をしていましたら、ミアと師匠に置いて行かれたので急いで会議室の中に入ったのですが――。
「フィリア様が入ってこられました!」
「「おおーっ!」」
「――っ!?」
私が会議室の中に入った瞬間、拍手の音が一斉に鳴りましたので驚いてしまいました。
ジルトニア、ボルメルン、ダルバート、アレクトロン、ジプティア、アーツブルグ、この大陸にある全ての国の聖女たちが一同に介して、皆さんが立ち上がり、拍手で迎えてくれたのです。
各国の護衛の方々まで……。このような集まりが催されるなんて少し前まで考えもしませんでした。
しかし、先日にアスモデウスが我が家に現れた一件もありますので、この集まりは少々危険も伴います。
――魔力を有する者は少ない。
魔法という超現象を引き起こすための、燃料となっている魔力というものは生まれつき、持つ者と持たざる者に区別されます。
これは血統などの影響が強く、アデナウアー家やマーティラス家が代々聖女を家系として担っていたのは、高い魔力を有して生まれる者が多かったからです。
聖女という存在はただでさえ少ない魔力保持者の中でも、高い魔力を有する人材。
それらが一同に介するなど、滅多にないことでしょうし、何よりも目立ちます。
今回の会合は有意義なものにしたい反面――
「フィリアさん! 会えて光栄です! 私はジプティア王国の――」
「あなたの活躍は聞き及んでいました。アーツブルグでは――」
「今日の主役が到着ということですね。初めまして、わたくしはアレクトロン王国にて――」
ええーっと、各国で聖女をされている方々がこちらに集まって来られました。
名前だけは存じているのですが、ボルメルンのように四人もの聖女を抱えている国は稀でして、基本的に国から聖女が不在になるという状況はあり得ませんので、皆さんとは初対面です。
こうして親しみをもって接して頂けるなんて思ってもみませんでした。
同じ神の御心の元で務めを果たそうと努力している仲間たち。
漠然とした不安を抱えるよりも、皆様との素敵な出会いを意味のある形にしていこうという方向に意識を傾けようと思うようになりました。
「フィリア姉さん、大人気だね」
「ミアったら。面白がらないで」
いつの間にか、私が議長ということになっていましたので、ミアの隣に腰掛けながら用意した書類を取り出します。
ミアは呑気そうな顔をして、私が皆様の応対をしている様子を見て笑っていますね。
そんなに変でしたでしょうか……。
「それでは、まず最初の議題は“神隠し事件”について、にしようかと思っています。よろしいでしょうか?」
当たり前ですが、最初の議題は“神隠し事件”についてにしました。
これは大陸中で話題になっていますし、今後の私たちが最も警戒すべき案件です。
この場の全員でまずは情報を共有して対策について話し合い、自衛などして頂くことが最優先だと私は判断しました。
異議がなかったので、私は“神隠し事件”の真相について話します。
「魔力を持つ女性が姿を消す“神隠し事件”ですが、クラムー教の本部による調査により、悪魔による事象だと判明しました――」
悪魔という言葉が飛び出して、この話を知らない方々は首をひねります。
無理もありません。私もかなりの文献は読み込んできた自信はありましたが、悪魔の存在など気付きもしませんでしたから。
ここから先はエルザさんの受け売りになるのですが、神隠し事件は魔界の接近によるもので、アスモデウスという非常に力の強い悪魔が大聖女復活のために魔力を集めているという話をしました。
退魔師についてなど、話をしていますと青髪のショートカットの女性が遠慮がちに挙手をされます。
確か、あの方はダルバート王国の――。
「だ、ダルバート王国の聖女を務めております、アリス・イースフィルです。教会本部のた、退魔師も兼任しています」
気弱そうに小さな声で発言されたのは、先代の大聖女フィアナ・イースフィルの子孫であるアリスさんです。
「アスモデウスの最終的な目的はフィリアさんです。で、ですから、フィリアさんさえ捕まらなかったら、捕まった方々は生かされたままのはず。なので、私たちは持てる力を結集してフィリアさんを死守しなくてはなりません」
彼女は私さえ無事であるならば、魔力の供給源として捕らえられた方々は生かされるだろうという見解を述べました。
その理屈は筋が通っていますし、私も気を引き締めなくてはと思います。
しかし、私を守るために皆様が負担を強いられるのは……。
「よーし、だったら私がフィリア姉さんを守るわ。ヒルダお義母様、パルナコルタに残っても良いでしょ?」
「わ、わたくしだって、ミアさんに負けていられませんわ! このグレイス・マーティラス。マーティラス家の威信をかけてフィリア様をお守り致します」
ミアとグレイスさんが立ち上がり、私を守ってみせると豪語しました。
並々ならぬやる気というか凄みを感じるのですが、長く故国を留守にされるのはまずいのでは――?
「ねっ? フィリア姉さんも私が付いていたほうが安心でしょう? 大丈夫、お義母様の非人道的な特訓を乗り越えた私に死角はないわ」
「ミア、人聞きが悪いですよ。フィリアは人道的でないなどとは言いませんでした」
ミアが師匠の修行についてはっきりとした意見を述べると師匠はジッと彼女を睨みました。
非人道的かどうかは分かりませんが、師匠のおかげで辛いとか苦しいと思うことがなくなったような気がします。
ユリウスに婚約破棄されて、こちらの国に行くことになった時もショックでしたが、すぐに受け入れることが出来たのは厳しい修行による精神的な強化のおかげだと思われます。
「わたくしだって、フィリア様の一番弟子ですから。弟子が師匠をお守りするのは当然です」
「あ、あのう。ちょっと待ってください。ミアもグレイスさんも自国のことを第一に考えて下さい。聖女ならば、自分の国を守ることを最優先にすべきです。私なら大丈夫ですから」
私はミアとグレイスさんにパルナコルタに残ることは良くないと諭しました。
自国のことを一番大事に考えることこそ聖女としての基本姿勢だからです。
私に構って自国のことを蔑ろにさせる訳にはいきません。
「待ちなさい! フィリア・アデナウアーさん! あなたの考えはズレていますわ!」
「え、エミリーさん……?」
しかし、私が自国のことを最優先した方が良いと申したところ、エミリーさんが異議を唱えました。
どういうことでしょう? 何か変なことを申しましたでしょうか……。
「ミアさんもそしてグレイスも自国のことを最優先に考えていますわ! 最優先に考えた結果、ここにいる皆様であなたをお守りすることこそ、自国の安全を守ることにも直結するのです!」
「…………」
「この大陸を恐怖に陥れる元凶があなたをターゲットにしているのですから! それを叩くなら大勢で構えておくべきでしょう!? あなたは大船に乗ったつもりで、わたくしたちに守られていれば良いのです!」
手にしていた赤い扇をバッと開きながら、エミリーさんは私を守ることが自国の平和に繋がると力説しました。
――私は他人を頼ることにまた臆病になっていたみたいです。
そうですね。
私は一人ではありません。
多くの方々に支えられているのですから。
甘えることが未だに苦手ですが、皆様のことを頼りにしたい、そう思うようになりました――。




