第五十四話
「なぁ、フィリア殿。エルザ殿とは上手くいってるかい? 聞けば悪魔を連れているみたいじゃねーか。あなたが嫌ならば住む場所を別に移すように手配するが」
農作業をしながらオスヴァルト殿下はエルザが私たちの護衛として加わり、屋敷に住まわせていることを言及しました。
マモンのことを言われているのですね。エルザが手綱を握ってますから大丈夫とは思っていたのですが。
「エルザさんもクラムー教皇の勅命で動いていますから、無理を言っても反発されるかと。私なら大丈夫です。フィリップさんたちも守ってくれていますから」
新しい肥料の出来具合をメモしながら、私は殿下を安心させようと返事をしました。
一週間後には聖女国際会議が開始されますので、これから大陸中から聖女とその護衛の方々がやって来ます。
そこでアスモデウスが何かを起こすことが懸念されてますので、私の身の安全もより一層気を配らなくてはならないとオスヴァルト殿下も気を揉んでいるのでしょう。
「フィリップかぁ。あいつ、落ち込んでたぜ。マモンって悪魔に不覚を取ってしまったってな。しかもそいつをフィリア殿は一人で制圧したんだろ? 面目ねぇってさ」
確かにフィリップはあの日以降、元気が無いように見受けられました。
私も口下手ですから、元気付けたいと願えど……なんと声をかけて良いのか分からないのです。
「だが、まぁ。フィリア殿も口下手な所があるしなぁ。あいつに気の利いた言葉はかけられねぇだろ」
「はい。実は困っております。こちらの国に来てから関わる方々が増えましたし、日頃の感謝を伝えたいとは思っているのですが」
「ははっ、冗談を言ったつもりなのに真顔で返されるとは思わなかったぞ。フィリア殿は前よりも良く話すようになっている。焦らずゆっくりで良いから、そうやって素直な気持ちを口に出来るといいな」
冗談でしたか。どのあたりが冗談なのでしょう……。
素直な気持ちを言葉に――難しいですね。
素直な気持ち……ですか。
「オスヴァルト殿下、ありがとうございます。気にかけて頂いて嬉しいです。いつも、会いに来てくれることを楽しみにしております」
「――おおっ! なんだ? いきなり……。びっくりしたぁ!」
「素直な気持ちを口にしてみました。ダメでしたか?」
私なりの気持ちをそのまま言葉にすると、殿下は驚いた顔をしながら手元の野菜を落としてしまわれました。
失敗……ですよね? やはりフランクなコミュニケーションというものは難しいです。
「い、いやダメじゃねぇよ。むしろフィリア殿からそんな言葉を頂戴出来て嬉しいぜ。俺もフィリア殿には感謝してるし……こうやって農作業してるだけで楽しいぞ」
「それは殿下の素直な気持ちですか?」
「……ああ、そうさ。何か恥ずかしくなってきたな。そろそろ昼食にするか。レオナルドに野菜を持って行って何か作らせるぞ」
オスヴァルト殿下は気まずそうな顔をされて、頭を掻きました。
レオナルドさんのお料理は絶品ですから、今から楽しみです。
◆ ◆ ◆
「フィリア姉さん! お久しぶり……というほどではないけど、元気だった?」
「その様子ですと、毎日の修行は続けているみたいですね。フィリア」
昼食を取ってリーナの淹れてくれた紅茶を口にしていると、ジルトニアから妹のミアと伯母で私の師匠であるヒルデガルトが私の元に来てくれました。
ヒルデガルトはミアの身元を引き受けて彼女の義母になられています。
ミアが厳しい修行が毎日大変だと手紙で愚痴をこぼしていました。
「大聖女さん、彼女らはどなた?」
「ヒューッ、また美人さんがご到着ってか? 魔力も高いし唆るなぁ……」
「姉さん、こちらの方々は? ちょっと普通じゃない雰囲気だけど」
「一人は人間ではありませんね。魔力の流れが魔物のそれと近い……」
ミアとヒルデガルトの気配を察知したのか、護衛であるエルザとマモンがこちらに来ます。
どうしましょう。知らない方同士を紹介するのは苦手なんですよね……。
「ええーっと、エルザさん。こちらは妹のミアと伯母のヒルデガルトです。二人とも聖女ですから、サミットに出席するためにこちらに」
「妹? ああ、あのジルトニアの王国の……」
「ミア、ヒルダ伯母様……、こちらは退魔師のエルザさんとその従者のマモンさんです。お二人はクラムー教皇の勅命で私の護衛に」
「退魔師? ……すると、その従者はまさか悪魔?」
「へぇ、お姉さん。中々鋭いじゃない。今度、僕と食事でも――ぐぎゃっ!」
「「…………」」
かなり頑張ってお互いを紹介しましたが、エルザがいつものように赤いファルシオンでマモンの首を刎ねたので……場の空気は凍りつきます。
聖女国際会議が行われるまでの一週間、私の元への来客が彼女ら二人を皮切りにドンドン増えていきました。
こんなことなら、もっと気の利いた挨拶の方法も修行をしておけば良かったです。
それをオスヴァルト殿下に話すと、彼は笑って「真面目過ぎるが、そこがフィリア殿の美徳なんだよな」と一人で頷かれて……肩を叩かれました。
何だか最近……心が温かいと感じる日が増えてきました――。