第五話
「この国の地図は……これですか」
私はパルナコルタ王国の地図を開きます。まだ外は薄暗い――盆地なので日の出はかなり遅めみたいですね。
「地図をご覧になってどうするおつもりですか……?」
「へっ……? えっと、魔物の集落がありそうなポイントを絞ろうと思いまして……。決しておかしなことをするつもりはありません。安心してください」
「なるほど。なるほど。地図だけでそこまでわかってしまうとは。さすが稀代の聖女様と呼ばれているフィリア様だ」
白髪交じりの黒髪で、細目が特徴の執事のレオナルドに地図を見る理由を問われて私はビックリしました。
今まで、こうやって聖女のやることに興味を持った人がいないからです。
しかし、すぐに彼の意図が読み取れました。この方は私を監視しているのです。外から来た人間が変なことをしていたら、すぐに報告が出来るように……。それならば、納得出来ます。
「あ、あのう。フィリア様、お紅茶をお持ちしましたぁ。目が覚めると良いのですが……」
「はい? わ、私、紅茶なんて頼みましたっけ……?」
「いえ、もしかして朝は別の物をお飲みになりましたか……? な、何でも仰ってください!」
栗毛のツインテールで歳は15歳だと自己紹介していたメイドのリーナは何も言われてないのに紅茶を持ってきて、それに対して疑問を呈すると緊張しながら別の飲み物が良かったのか質問します。
紅茶を誰かに淹れてもらうなんて今まで無かったので驚いたのですが、彼女はなぜこのような事をしたのでしょう……。
「す、すみません。紅茶、いただきます。――あ、温かくて美味しいです……」
温かい紅茶を啜りながら私は地図を見ます。とりあえず、今日一日で魔物の侵入をどれだけ防げるか……どうすれば、効率が良くなるのか……それを計算してペンで記入しました。
そして、家を出ようと門まで向かいます。
――あれ? レオナルドもリーナもなんで私についてきてるのでしょう……?
「私たちはフィリア様の生活全般を仰せつかっていますから」
「お仕事中もサポートさせてください」
生活全般ってそういうことなのですか……? まさか、一日中世話を焼こうとされてるなんて……。聖女が居なくなれば困るというのは私が考えてる以上に切実な問題なのかもしれません。
まず、私が訪れたのは国の最北端に位置する山の付近です。
そこに馬車で向かう間に、昨日教えてもらった流行っている疫病に効く薬を作るレシピを完成させて、町の薬師に渡しました。
「フィリア様って、お薬まで作れるんですねぇ。聖女様のお仕事にそんなことは含まれて無いような気がするのですが……」
「えっ――? そうなんですか?」
「え、ええ……。私はそう聞いてましたけど……」
聖女とは国に降りかかる災厄全般を除去するための仕事だと教えられていました。なので、医学、薬学、農学、建築学なども全般的に学んでいます。
しかし、思えば新しい薬を作り続けていると「国一番の薬師から嫌味を言われたと苦情が来ていた。出しゃばるな」みたいなことをユリウス殿下にも言われたこともありました。
そういうところが可愛げがないとも……。
「思った以上に大きな魔物の巣があるみたいです。ちょっと下がっていてください……」
最北端の山から感じられるのは大量の魔物の気配――。
この国に入ったときから、気になってましたが間近で見ると深刻な状態ということがよく分かります。
あと少しでも処理が遅かったら、魔物たちが国の中になだれ込んで来たでしょう。
「4本……、いや、8本は必要でしょうか……」
聖域を作るためには“聖なる光の柱”でその領域を囲む必要があります。
本数を増やせば増やすほど、強力な結界を発動出来るのですが、柱を一本作るのに三十分程度祈りを捧げる必要があるのです。つまり、ここに結界を作るのに四時間かかるということなのですが……。
私は跪いて両手を掴み、神に祈ります。曇っていた空を覆う雲が割れて光が降り注いできました。
「す、すごい! まさか“光の柱”がこんなにも早く出来上がるなんて……。先代も先々代も一本作るのに十時間はかかっていたのに……」
執事のレオナルドは目を見開いて驚いていました。
確かに昔は時間がかかりました。母から愚鈍だと叱責され、三日三晩祈り続けるという特訓を続け――少しずつスピードを早めたのです。
――そして、四時間後……八本の“光の柱”で囲まれた山が大きな淡い銀色の光で包まれました。
「これで、山の中の魔物たちは中から出てこれませんし、山中で出くわしても弱体化してるので人に危害を加えたりしないでしょう」
最北端の山の封印を終えた私は、レオナルドとリーナに声をかけました。
柱を八本連続で作ったのは久しぶりでしたので、少し疲れましたね……。
「お疲れ様です。それでは、屋敷の方に馬車を――」
「いえ、この山の中の魔物の生態系を調べます。今後の役に立ちますから。その後は最西端の山に向かって同様の結界を――」
急がなくては日が変わってしまいます。もっとスマートに出来ればいいのですが、要領の悪い私にはこれが精一杯なのです――。