第四十九話
その金髪の少女は……悪魔と呼ばれた男の返り血で塗られた顔をハンカチで拭き……ファルシオンを鞘に収めて、私の前に歩いて来ました。
「初めまして、大聖女さん。あたしはエルザ・ノーティス……退魔師よ。クラムー教会本部・大司教ゼノスの名のもとに……あなたの身辺警護に来たわ」
エルザと名乗った退魔師はクラムー教会の本部からやって来たと私に告げます。
あの赤い刃のファルシオン……魔力浸透率の高い鉱石を使った特別製ですね。彼女から感じた魔力も高いです。
聖女であるミアやグレイスよりも上かもしれません。
そして、あの身のこなし……退魔師とは聖女よりも戦闘に特化した存在のようです……。
「フィリア・アデナウアーです。エルザさん、遠い所から御足労頂きありがとうございます」
「確かに遠かったけど……仕事だから、なんてことないわ。大聖女さん、悪魔を見たのは初めてかしら?」
表情一つ変えずにエルザは私に質問をされました。
悪魔を見たのは初めてですが……それよりも驚いたことがあります。
「……ええ、仰るとおり初めて見ました。しかし、それよりもこの悪魔とやらが――まだ生きていることに驚愕を禁じ得ません……」
「「――っ!?」」
「えっ? フィリア様? 首が落ちてるんですよ。死んじゃってるに決まってるじゃないですか」
リーナは死んでいると決めつけていますが……魔力の波動が力強く残っていることと、心臓の鼓動のような音が聞こえたことから、私はこちらの悪魔がまだ生きていると推測しました。
「へぇ……、思った以上に鋭いじゃない。もう起きていいわよ。マモン……」
「はいはい。今起きますよっと。姐さんったら、容赦なくぶった斬るんだもん。痛えなぁ」
私が悪魔はまだ生きていると告げると、エルザの声と共にマモンと呼ばれた悪魔は立ち上がりました。
首を落とされて痛いで済ませるあたり、この者が人間でないことは確定ですね……。
「な、生首が喋った〜〜」
リーナはマモンが立ち上がるのと同時に落ちていた彼の首が口を開いたことに驚いたようです。
「おっと、ごめんな。驚かせちゃったみたいだねぇ。お嬢さん、すぐに戻すからね」
マモンは自分の頭を拾って、首に押し込みます。
すると、彼の頭は元通りに胴体と接合されました。
「さすがは大聖女さん。マモンのこれを見て眉一つ動かさないなんて、度胸があるのね」
「いえ、昔から感情が表に出にくいだけです。十分に驚いてます」
首を切り落としても生きているとは、文献での記述以上に生命力が高いです。
それ以上に落とした首が再び繋がったことに驚きましたが……。
「それより、退魔師って悪魔を退治するのがお仕事じゃないんですかぁ? そっちの悪魔さん、エルザさんを慕ってるみたいに見えるんですけど」
リーナはマモンがエルザに付き従っていることに対して疑問を呈します。
そもそも首を斬った理由も分からないのですが……。
「ああ、こいつはあたしの家系に代々仕えている使い魔なの。ノーティス家とマモンは契約をしていてね。彼はあたしに絶対服従ってわけ」
「その代わり姐さんが死んだら、魂を喰わせて貰う契約なんだがねぇ。くっくっく……」
つまり、悪魔を使役してるということですか……。
餅は餅屋……蛇の道は蛇……という諺がありますが……退魔師の稼業もそれに近い感覚なのかもしれません。
「闇討ちのような訪問をされたのは、悪魔の恐ろしさを私たちに知らしめる意図があったということでしょうか?」
「その件は悪かったわね。この馬鹿があたしの話を最後まで聞かずに先走ったのよ」
「だって、実物を見てもらった方が早いじゃん」
「そうね。実際、首を切り落としたおかげで説明の手間は省けたけど」
「フィリアちゃん、聞いたか? ちょっとお茶目な行動しただけで、首をぶった斬るんだぞ。ウチのご主人さまは。僕ァ、暴力ですぐ解決するのは反対だけどなー」
エルザとマモンは口々にお互いの愚痴を溢し合います。
どうやら、全ての悪魔が人間の敵という訳ではなさそうです。
とりあえず立ち話はここまでにして、詳しい話を聞かせてもらいましょう……。
◆ ◆ ◆
眠らされてしまったフィリップたちを治癒術式を用いて目覚めさせ……リーナにお茶を淹れてもらい、皆でエルザたちの話を聞くことにしました。
「退魔師のエルザ殿とその使い魔のマモン殿……。まさか、悪魔に一杯食わされるとは……一生の不覚である」
「フィリップさん、あなたに非はありません。相性が圧倒的に悪かったのですから」
「いえ、フィリア様の護衛の任を授かりながら、この体たらく……。情けないです」
フィリップやヒマリは特にショックを受けていますが、未知の相手に魔術を使われたのでは勝ち目がないのは当然です。
しかし、皆さんにもプライドがあるのでしょう。下手な慰めは逆効果みたいですね……。
「じゃあ、今からみんなで悪魔について勉強しましょ〜〜。今度はフィリア様をお守り出来るように」
「いいねぇ。リーナちゃん。そういうポジティブなとこ、僕ァ好きだなぁ。5年経ったらデートしようぜ」
「調子に乗らないで」
「ぐきゃッ……!」
「「首が吹き飛んだ……」」
リーナが前向きな言動をすると、マモンが彼女の肩を組んでナンパを始め――エルザは再びファルシオンで彼の首を吹き飛ばしました。
「だから、死なないだけで……めっちゃ痛いんだからさ。一発芸感覚で首を刈るの止めて貰えないっすか? 姐さん」
「「首がくっついた……!」」
テーブルクロスを真っ赤に染めながら、再び首を体に接合させるマモンはエルザに苦言を呈します。
痛覚はあるみたいですが、痛いで済むあたり重傷というほどではないのでしょう。
「この馬鹿のことはほっといて、さっそく神隠し事件の話をさせてもらうわ。そして、大聖女さんとの関係も……」
「わ、私との……関係ですか?」
首を切り落としたエルザはマモンのことは歯牙にもかけず、話を進められます。
神隠し事件は私と関係がある……? エルザがこちらに来た理由は単純に護衛という訳ではなさそうです。
「この事件の首謀者は魔界でも屈指の実力者の一人――アスモデウス。目的は最初の聖女にして、先代の大聖女――フィアナの復活。若い女の魔力を大量に集めて、フィリア・アデナウアー……あなたの肉体を依代にして――彼の目的は達成されるの」
突然に聞かされた神隠し事件の目的……。
私を利用して、大聖女フィアナを復活させるというのはどういうことなのでしょう。
悪魔が聖女を何故……? このあと、エルザが語る話はにわかに信じられないことでした――。