第四十三話
「黄金の柱ってヤツは動きながらでも作れるのか――?」
「祈りさえすれば、具現化する直前までは持っていけます。オスヴァルト殿下こそ、わ、私を抱えながら馬を走らせるなんて大丈夫ですか?」
オスヴァルト殿下は片手で私を抱きかかえながら、国一番の駿馬と言われている愛馬を走らせます。
これなら、国境までには光の柱を召喚する準備が出来るかもしれません。
誰かの腕の中で祈るなんて考えたこともありませんでした。なぜか鼓動が早くなる――。こんなことは初めてです。
神様――お願いします。聖女としておよそ正しい行為をしているとは思いません。
ですが、この一刻だけは――どうか私に慈悲を……。
暖かな体温と安心感のある腕の感触を背中に受けながら私は精神を何とか集中して――祈り続けました。
「フィリア殿、砦に着いたが……まだ祈りは必要かい?」
馬は思った以上に快速で、国境付近の砦にあっという間に到着しました。
私も何とか、光の柱を発現させるに足るだけの祈りを終えて……後はジルトニアの然るべき場所に柱を設置するだけの状態まで準備を終えました。
「いえ、おかげさまで準備は十分です。自分の身は自分で守れます。殿下、ここまで送って下さってありがとうございました」
魔物の数はパルナコルタの比ではないでしょうから、それを排除する為の破邪術式を使いつつ目的の場所に急がねば……。
ここからは一人で進みます。集中して動きましょう――。
「待て待て、フィリア殿をたった一人で行かせるわけねーだろ? おー、あった、あった。この槍が一番しっくりするぜ」
オスヴァルト殿下はご自分の背丈よりも長い槍を手にして馬に跨り、自分の後ろに乗るように促しました。砦の武器庫から槍を取ってきたみたいですね……。
しかし、王子であるあなたをこれ以上、危険な目に遭わせるわけには――。
「今さら何言ってやがる。どうせ帰っても兄貴にアホみてぇに叱られるだけだ。聖女様、一人で行かせるかよ――っと」
「――っ!? ご、強引ですね……」
槍を地面に突き刺して、再び私を抱えて自分の後ろに乗せるオスヴァルト殿下。
さっきから私を持ち上げたりしてますが……その度にちょっと恥ずかしいです……。
「これが性分なもんでね。しっかりと掴んでいろよ。振り落とされねぇようにな!」
彼はそう言うと槍を片手に馬を再び走らせました。
ジルトニア王国は私が出たときと比べて魔物は増えていることは明白。
問題はどれくらいの数か……という程度ですが……。
私たちはジルトニア国内に入りました……。
――そして、国内の凄惨な光景に同時に息を飲みます。
「こ、これは私の予測よりも遥かに多いです。光の柱を置く場所はここからかなり離れているのですが――」
目の前には大量の魔物たちが蠢き、暴れ、私たちの行く手を塞いでいました。
これでは先に進もうにも進めません……。
「フィリア殿……! もっと強くしがみついていてくれ! そして、どちらに行けばよいのか指示を頼む! うおおおおっ!!」
オスヴァルト殿下が槍を一振りすると、突風と共に十体以上の魔物の首が吹き飛びました。
まさか、殿下は槍の達人だと聞いてましたけど、これほどの腕だったとは――。
「うらあっ! 邪魔するなァァァァ! フィリア殿! 早く――!」
「あちらを目指してください。そして、突き当りを右に」
魔物たちを次々と蹴散らしながら、私たちを乗せた馬をオスヴァルト殿下は進めていきます。
魔物の返り血がこちらに大量に飛び散り、オスヴァルト殿下の顔を汚しても、彼の馬は勢いを失いません。
彼にとっては他国の出来事なのに――。
オスヴァルト殿下の鬼気迫る表情を見ると、とても彼は他人事だと考えているように見えなくて、私はそれが不思議でなりませんでした。
「なぜ、なぜ……オスヴァルト殿下はそこまで一生懸命になれるのですか? 他国のことに……」
私は思わず質問をしてしまいます。彼がここまで力強く前に進むことが出来る理由を……。
「はぁ、はぁ……、別に隣国のことだとか、んなこと思っちゃいねーよ。フィリア殿の故郷のことだから、必死になれるんだよ――」
「えっ……? そ、それって……」
オスヴァルト殿下は突然、私のためだと言われました。
どういう意味なのでしょう。私のために必死になるというのは……。
「大切な人のためなら、どこまでも貪欲になって我を突き通すことが出来る――人ってのはそういうモンだ。だから、フィリア殿の為に俺は――」
魔物たちがこちらに向かって一斉に飛びかかってきます。
それをオスヴァルト殿下は槍で――。
「どこまでもまっすぐに進むことが出来る――!」
魔物たちを一閃――。
馬は乱れることなく目的地を目掛けて一直線に進み続けました。
た、大切な人……? わ、私のことが……? そんなことを言われたのは初めてです。
血が頭の方に上って、顔が熱くなっていることを実感しています。
「フィリア殿! あの丘の上で良いのか?」
「――は、はい。場所が見えれば十分です……」
祈りの力によって発現出来る“光の柱”――。
パルナコルタ、ボルメルンからの魔力を受信しやすいスポットにそれを設置して、大破邪魔法陣を拡大――。
地面が黄金に輝き、ジルトニア王国全体を……いえ、この大陸全体を魔法陣が覆い尽くして……魔物たちを完全に無力化させました――。
「魔法陣の拡大に成功しました」
「やっぱ、とんでもねぇや。フィリア殿は……。あれだけの魔物を全部黙らせちまうんだからよ」
「オスヴァルト殿下が急いでくれたおかげです」
「……いや、俺なんか大したことは――。――って、あそこに人が倒れてるぞ。心なしかフィリア殿に似ているような感じの子が……」
「――っ!? ミ、ミア……!」
気付けば私は馬から飛び降りて駆け出していました。
魔物の数は私の予測を超えて異常な数でした。あの子のことですから無茶をしたのでしょう……。
◆ ◆ ◆
「あ、あれ? 身体が温かい……」
「ミア、無事で良かった……」
「お姉……ちゃん……」
治癒術式をかけ、目を覚ました妹。
私は、涙を流しながら彼女を思いきり抱きしめました――。