第四十二話(ミア視点)
「早く結界を作らなきゃ! 二重……くらいじゃ簡単に破られるけど――!」
私とヒルダ伯母様は、とにかく魔物の多いところを重点的に結界を張って回っているが、所々で抑えが利かなくなった場所がどうしても出来てしまって……容赦なく国内に多数の魔物が侵入してしまっていた。
ジルトニア国内の兵士だけではもはや防衛は不可能。私もヒルダ伯母様も焦っているが、二人で結界を張るにも限界がある。
それに魔物たちはそんな私たちにもその牙を遠慮なく突き立ててきた。
「火遁の術ッ――!」
ヒマリは私に襲い来る魔物を口から炎を吐き出して消し炭に変える。
に、忍者ってよく分からないけど、凄いのね……。
「ミア様には指一本触れさせてなるものか!」
ピエールは自慢の剣技で魔物たちを圧倒して次から次へと魔物の死骸の山を築く……。
二人ともしっかりと私を守ってくれている。私も確実に一箇所ずつ結界を張れている……。
でも、それでも……魔物が増える勢いはそれよりも大きくて……私たちはとめどなく出てくる魔物たちに嫌気が差していた――。
その上……デッドウルフ、エビルグリズリー、コングエンペラー、ポイズンスネークなど……この近隣に生息する魔物の上位種にあたる強力なのも現れるようになってきて――魔界の接近を肌で感じられるようになる。
改めて、フィリア姉さんの凄さがわかる。姉さんは魔物の強さに関係なく無力化させることに成功した。
私たちの従来の結界を張る方法の限界が見えた今、その方法を最速で導き出した彼女の能力の高さを再認識したのだ。
しかし、無いものねだりは出来ない。私たちには出来ないことなんだから。
魔物たちを出来るだけ止めなきゃ……。何とかしなきゃ……。
「パルナコルタ騎士団が来たぞ〜〜〜!」
兵士の内の誰かが大きな声で援軍の到着を叫ぶ。思ったよりもずっと早い……。
きっとフィリア姉さん……私がユリウス殿下を失脚させることを信じてくれたんだ。
パルナコルタ騎士団のことは隣国に居ても知っている。
あそこの治安は聖女と騎士団の二枚看板で、百戦錬磨の騎士団は世界最強の精鋭だと言われていた。
「すごい……。あんなにいた魔物たちがドンドン倒されていく……」
「彼らは一人ひとりが一騎当千の力を有しています。先代聖女が亡くなり、フィリア様が来るまでの間……魔物の数が多いパルナコルタ王国を守っていたのです。あれくらいは当然の働きでしょう」
ヒマリがパルナコルタ騎士団を誇らしそうに語る。
フィリア姉さんの他の護衛たちも騎士団の人たちやヒマリと同じくらいの腕だと言っていた。大切に扱われているみたいで、安心する……。
「よし、これなら乗り切れるかもしれないぞ」
「ああ、パルナコルタから援軍が来てくれたおかげだ」
ジルトニアの兵士たちに希望が湧いてきた――その時、私たちの視界に黒い巨大な塊が入ってきた。あそこは次に結界を張ろうと思っていたポイントだ……。
地響きと共に蠢く黒い塊……。あ、あれって、まさか……。
「魔物の群――みたいですね……」
珍しくヒマリも戦慄した表情を浮かべていた。
今までとは数がまるで違う。十倍、いや二十倍……? こんなの聞いてない。あんな量の魔物を処理するなんて絶対に無理よ……。
つい、この前まで普通に恋愛したり、結婚したり、そんな幸せな生活が出来ると思ってたのになぁ。
ごめん。姉さん……。せっかく力を貸してくれたのに……。
――私は今日、ここで死にます。
悔しいけど、もう命は諦めなきゃならない段階になっちゃった……。
だから、私は――。
最期まで、聖女らしく。
最期まで、敬愛する姉さんを目指して。
最期の最期まで……戦うよ。この身体が灰になるまで――。
「む、無理だ。あんな大群。どうにもならねぇ」
「に、逃げるしかない」
「馬鹿野郎! 逃げる場所なんてねーよ」
ジルトニアの兵士たちは諦め始めている。
パルナコルタ騎士団も多くの魔物に面食らっている。
聖女とは、最期まで希望を与えなくてはならない。そう、戦うんだ。覚悟を決めて――!
「うあああああああああッッッッ――――!」
私は結界を張ることを止めて破邪術式を発動させる。
ありったけの魔力を込めて――無数の銀色に光る【破邪のナイフ】を出現させて、それを魔物の群に放つ。
ナイフが魔物たちを貫き、消滅させる。
結界に回す魔力も全部攻撃に注ぎ込んで――。一人でも多くの人を守るんだ。
もう一回。まだ、魔力は残ってる。絞り出すんだ。まだまだ、私は動けるから……。
命を燃やしてでも、あいつらを一体でも多く葬る――。
「あああああああああッッッッ――――! 消えろ! 消えろ! 消えろォォォォォ!」
喉が千切れそうになるくらい叫び、力の限り魔物の大群に対して応戦する。
どんなにやっつけても魔物が溢れ出るけど、私は無駄なことをしているとは思わない。
私みたいな非力な聖女でも、命を燃やせば――。
「ミア様……、すごい気迫だ!」
「あの方を死なせるわけにはいかん!」
「守るぞ! ミア様を! 我らのジルトニア王国を!」
「「おおおおおおおおおっ!!」
ふふっ、ジルトニアの兵士たちは奮起してくれたみたいね。
良かったわ。最期まで聖女らしいことが出来て……。
もう、力が……入ら……なくなってたから……。本当に……良かった……。
私は地面にそのまま倒れ込む……。だって、もう力が入らないんだもん……。
寒いわ……。身体が氷のように冷たい……。指一本動かせない……。
私……よく頑張ったよね……? フィリア姉さんは褒めてくれるかしら……?
さようなら、姉さん。故郷を守れなくてごめん……。
私は死ぬのを確信して……ゆっくりと目を閉じようとした――。
「――っ!? じ、地面が光って――」
大地がまばゆい黄金の光を放っている……。あれだけの量の魔物が一斉に動きを止めた――?
どうなっているの……? 何が起こって――。
「あ、あれ? 身体が温かい……」
気付けば体温が戻ってきて……力が戻ってきた――。
治癒術式を誰かが使ってくれたのかしら……。
そのとき……私は耳を疑った。
聞き慣れた優しい声が聞こえたから……。
「ミア、無事で良かった……」
その声は私の一番聞きたかった声で……私は目を見開いた――。




