第四十一話
「ヒマリから、パルナコルタ騎士団にジルトニアへの突入が許されたとの報があったそうだ。騎士団はジルトニアに突入して魔物共の駆除にあたってる……」
屋敷の庭でグレイスの戻りを待つ私の元に現れたオスヴァルト殿下はパルナコルタ騎士団がようやくジルトニア王国に入ったことを教えてくださいました。
何とか時間を稼ぐことが出来れば良いのですが……。思ったよりもずっと――。
「時間がかかってしまったみたいだな。恐らくジルトニア王国には無事な結界はほとんど……」
そう、オスヴァルト殿下の仰るとおり、突入の時期は想定よりもかなり遅れています。
ミアやヒルデガルトが如何に頑張ったとしても、魔物を抑える人員が少ないとそれだけ結界が勢いに押されて壊されてしまう――私の計算では、既にジルトニア王国に大量の魔物が侵入してしまっています。
パルナコルタ騎士団は確かに頼りになりますが、被害を食い止めるには限度があるでしょう。
つまり、ジルトニア王国の状況は依然として最悪でした――。
「フィリアさん、済まないがタイムリミットは短い。魔物の勢力によっては騎士団に即時撤退命令を出します」
「お、おい! 兄貴、そりゃあねぇだろ! せっかく突入したのによぉ!」
先に私の許を訪れていたライハルト殿下は騎士団をすぐに撤退させようと考えていると、口にされました。
オスヴァルト殿下は反発していますが、ライハルト殿下の言い分は当然でしょう。
ジルトニア王国の魔物たちの量について、時間の経過に基づいた予測を私に彼は質問されました。
私は自分なりに計算して、彼にそれを伝えましたが、その時にライハルト殿下は騎士団の安全が守られる範囲を自分なりに結論づけておりまして、それを私に伝えていました。
パルナコルタ騎士団がジルトニア王国に滞在出来るのは明日の早朝まで――。
「騎士団は、聖女と並んで国防の要だ。ジルトニア王国のことは同情しているし、フィリアさんの妹君への義理もあるかもしれない。他国の有事で彼らを危険に晒すのは馬鹿げている。オスヴァルト、反論はさせないよ」
「くっ……! 正論を吐くな! せっかく、フィリア殿の妹君が頑張ってくれたって言うのに!」
オスヴァルト殿下はライハルト殿下の意見にそれ以上反論はしませんでした。
彼も分かっているのでしょう。フィリップたちを犠牲にするのは間違っていると――。
「フィリアさん、君の願いを叶えると期待させてしまって申し訳ない。父に代わって私から謝罪させてもらいます――」
国王陛下は私の願いを叶えると仰せになり、騎士団を動かしてくれました。
ライハルト殿下はそれでも私の故郷は守れなかったとして、謝罪をしたのでしょう……。
でも、私は諦めていません。短いですが、撤退までのタイムリミットまではまだあります。
グレイスがそれまでに間に合えば、全てが解決するはずなのです――。
――その時……リーナが大きな声を出しながらこちらに駆けてきました。
「フィリア様! ぐ、グレイス様の馬車がこちらに!」
リーナはグレイスの到着を私たちに伝えました。
まさか、もう三人が魔力集束魔法を……。想定していたよりもずっと早いです……。
「グレイスさん、よく戻ってきて下さいました」
「フィリア様、フィリア様の仰ったようにこの魔石を媒体にしてわたくしたち、四人の魔力を集束出来るように致しました」
グレイスは私が作った魔石のネックレスを首にかけながら、こちらにやって来ました。
古代術式――魔力集束術はこのネックレスを付けた人たちの魔力を集める術式であり、ボルメルンにいるグレイスの三人の姉も同じものを身に着けています。
「グレイスさん、本当に感謝してもしきれません……。既に光の柱をこの庭に立てておりますから、準備は整っています」
「これくらい、お安い御用ですわ。さぁ、フィリア様……! わたくしたちの魔力を一つに集めて魔法陣を――!」
グレイスに促されて、私はさっそく彼女らの魔力を自分のネックレスに集束しました。
遥か彼方のボルメルン王国の方角から魔力がどんどん集まってきているのを感じます……。
この力を利用して――大破邪魔法陣を更に拡大させる……。
大地が黄金に輝き、自然界のパワーもこれまでにないくらい集まりました。
それでは、いきます――! 成功してください……!
「フィリア様……! 凄いですわ……。本当に大破邪魔法陣を広げられました……」
「そ、そうなのか? 見た目じゃよく分からんが」
「破邪の力がボルメルン王国の方角へ伸びていくのを感知出来ましたので、間違いありませんわ」
グレイスは古代術式を覚えて、“マナ”の動きが見えるようになっているみたいですね。
彼女の仰るとおり、破邪魔法陣はボルメルンの方角へは広がってくれました。
でも――。
「はぁ、はぁ……、す、すみません。失敗しました……。想定以上にジルトニア王国の方向へと魔力の伝達が上手くいかず……。せめて、私の作った“光の柱”さえ、ジルトニアの東側に設置出来れば――」
そう、私が拡大に成功したのは大陸の半分ほどの範囲のみでした。
ジルトニアの方角へは破邪魔法陣はほとんど伸びずに足踏みしてしまい、ミアたちを救うことは失敗してしまっています。
私がジルトニア王国に赴く他に故郷を救う方法はないでしょう……。
「んでもよ、フィリア殿が王都から出ると破邪魔法陣が解けてしまうんじゃねぇのか?」
「いえ、今はグレイスさんと魔力を共有して繋がっておりますから、中心点の代わりを彼女が務めてくれれば、私は実質自由に動くことが可能です」
そう、グレイスが魔力集束術を使っているときに限り……私はジルトニア王国へ行くことが出来ます。
私が動けば……ミアを助けることができる――。
「フィリア様! 行ってくださいまし! ここはわたくしに任せて!」
「ああ! 動けるなら、行かない理由はねぇよな!」
グレイスとオスヴァルト殿下は私に故郷に戻るように促します。
しかし、彼らの言動にライハルト殿下が待ったをかけました。
「そんなこと、許しませんよ。フィリアさん、あなたなら分かりますよね? ジルトニア王国の状況がどれだけ危険なのか……。パルナコルタ王国の聖女が他国のことで危険を冒すなんて、言語道断です」
「兄貴! 何を言ってやがる! フィリア殿の妹君がもう少しで助かるんだぞ!」
「フィリアさん、聖女としての行いについて、あなたは誇りを持っているはずです。ジルトニア王国には行ってはなりません」
そうですね。本当はわかっていました。今、私がしようと口にしたことはパルナコルタ王国の聖女として失格と言っても良い行為……。
ライハルト殿下の仰るとおりです。私はこの場を動くべきではない――。
ミア、ごめんなさい。私は……あなたを助け――。
「フィリア殿! 自分に嘘を吐くな!」
「お、オスヴァルト殿下……? きゃっ――!」
「フィリア様がオスヴァルト殿下の馬に……」
オスヴァルト殿下は馬を走らせて、私を持ち上げて強引に抱えました。
な、何をされるつもりなんでしょう……。
「俺の馬はこの国で一番の駿馬だ! これなら、最短でジルトニア王国に行くことが出来る!」
「ま、待ってください……。わ、私はジルトニアには……。この国の聖女としての正しい行ないを考えると――」
そうです。ジルトニア王国に行くことはパルナコルタ王国の繁栄を願わなくてはならない聖女としては適切な行動ではないのです。
個人的な事情で、好き勝手に行うなんてことやって良いはずがありません。
「いいか! 人間ってのは、正しいとか、正しくないとか、んなことを頭でウジウジ考える前によぉ! 心で判断しなきゃならねぇ時もあるんだ! フィリア殿、胸に手を当ててみろ! そんで、どうしたいか……言ってみるんだ!」
オスヴァルト殿下は私に大声で怒鳴ります。心でどうしたいのか判断しろと……。
心と言われましても……ど、どうすれば良いのか……。
私はいつだって頭で考えて判断してきました。聖女として、どうすれば国の為になるのか……それだけを考えて……。
胸に手を当ててみます……。心臓の鼓動を感じる――。
私の心は何を求めているのでしょう……。
――ミアを助けたい。何としてでも助けたい……。
溢れてくる。胸の内から、熱いものが次から次へと……。
「……ミアを救いたい……、です! 私はどうなってもいいから! 妹を助けたいんです……!」
おおよそ聖女に相応しくないセリフを私は声に出してしまいました。
目頭から熱いモノが頬を伝って、とめどなく落ちていきます。
こんなこと、今まで一度もなかった。目の前の光景がグシャグシャになって何にも見えない――。
「承知したぜ! フィリア殿の正直な気持ち――よぉく伝わった! しっかり掴まってな! 飛ばすからよぉ!」
オスヴァルト殿下の馬は凄いスピードでジルトニアに向かいました。
ミア、待っていてください。私があなたを助けてみせます――。