第三十八話(ミア視点)
「さぁ、今日はアデナウアー家主催のパーティーだ。このパーティーを乗り切れば我が家は安泰。しっかりともてなさなくてはな」
「なんせ、フェルナンド殿下とユリウス殿下もいらっしゃるのです。ミア、くれぐれもユリウス殿下の機嫌を損ねてはなりませんよ」
父と母は慌ただしく使用人たちに指示を出してパーティーの準備を始めていた。
その表情は必死だったが、ユリウス殿下に地位の保証でもされたのか妙に高揚しており、上機嫌そうに見える。フェルナンド殿下の暗殺を企てているのに……。
私はいよいよこの日が来たと緊張していたが、父が突然声を荒げたので何事かとそちらを向いた。
「お前には招待状を出しておらんぞ! ヒルデガルト!」
どうやら、招待していないのに伯母のヒルデガルトがここに来たらしい。
伯母には数度しか会ったことがない。フィリア姉さんは師事してたけど、私は彼女に教えてもらうことを禁じられていたからだ。
久しぶりに彼女の顔を見て私は改めて思った。あの人はフィリア姉さんにそっくりだ……。
もちろん、年齢は重ねているが……多分姉さんが年を取ると彼女のようになるのだろうと容易に想像がつく。
「男がみっともなく大声を出すものではありません。今日は聖女として、姪のミアに大事なことを話す必要があっただけです。用件が済んだらすぐに帰ります。ミアには迷惑はかけたくないでしょう?」
「用事が済んだら姿を消せ。いい歳して何が聖女だ!」
父は不機嫌そうに怒鳴り、ヒルダ伯母様を通した。
彼女は私に用事があるって言ってたけど……。どんな用件なのかしら……。
「この中は慌ただしいわ。少しだけ外に出ましょうか?」
「あ、はい。分かりました。ヒルダ伯母様……」
私とヒルダ伯母様は会場の外の人目につかないところに移動した。
こんなところで内緒話でもするというの……? でも、フィリア姉さんが尊敬してる人だし……きっと重要な話よね。
「伯母様が聖女として再び動いて下さったこと、感謝いたしますわ。おかげで何とか今日まで魔物の侵攻を防ぐことが出来ております」
「世辞は良いですよ。私の復帰など焼け石に水。もう間もなく、国中が魔物たちによって多大な被害を受けるでしょう。まったく嘆かわしい。弟子のフィリアはたった一人でこの状況を解決したというのに……」
ヒルダ伯母様も感じている。ジルトニアの状況がもう既に手遅れに近いということを。
無力な自分を嘆きたいのは私も同じよ……。決意を固めて、フィリア姉さんに心配かけてまで、動いても出来ることなんて全然少なかったもの。
「それで、伯母様。お話というのは――」
それを考えても仕方ないので、私はヒルダ伯母様に用事とやらを聞くことにする。
聖女としてとか言ってたけど……。何かしら……。
「パーティーの目的はフェルナンド殿下の暗殺……」
「――っ!?」
「ユリウス殿下に唆されたとはいえ、我が愚弟の企てには変わりない。彼は今日……全てを失うでしょう」
ヒルダ伯母様はユリウス殿下の陰謀を知っている――?
ということは、彼女は……。まさか……。
「そう。私は第一王子派です。ユリウス殿下は私の大切な弟子を売るような真似をしましたから。ピエールからあなたがこちら側に付いたと聞いて接触の機会を待っていました」
やはり、ヒルダ伯母様もフェルナンド殿下の方に付くのね。
当たり前だ。フィリア姉さんのことを抜きで考えても、ユリウス殿下を支持しようなんて聖女なら思えるはずがない。
「――だから、ミア。何かあったら、私の養子になりなさい」
「よ、養子……ですか? 伯母様の……」
「そうです。アデナウアー侯爵夫妻は計画に失敗しようが成功しようが投獄されます。両親が居なくなると、不便なことも多いでしょう。私は夫を亡くしていますが、あなた一人くらいなら何とか出来ます」
ヒルダ伯母様の言うとおりだ――私はユリウス殿下の性格をよく知っている。あの人は暗殺に成功しても両親をその主犯として断罪するだろう。
でも、だからといって私が彼女の養子になるというのは――。
「構わないでしょう。あなたの両親も人の娘を奪っているのだから」
「――娘を奪う? そ、それって……」
ヒルダ伯母様の言っていることの意味を私は瞬時に想像してしまった。
彼女は冗談を言うタイプではない。そんな彼女が両親に娘を奪われたと口にした。
両親が奪った娘って――。
彼女の顔は姉さんにそっくりだ。それはもう、びっくりするくらい。
両親がフィリア姉さんを平気で売ってしまえたのは――自分たちの子供じゃなかったから……?
じゃあ、私とフィリア姉さんは実の姉妹では――。
「少しだけ昔話をしましょうか。弟は自分の母親が聖女になる予定の私ばかりを構うことに嫉妬して、私を疎んじて憎むようになりました。やがて彼は父に私の悪評をでっち上げては吹き込むようになり、母が病気で亡くなった頃……私は聖女でありながら実家を追い出され、アデナウアー家での発言力を失いました」
確かにヒルダ伯母様はほとんど家のことに干渉しない。
フィリア姉さんの師匠のようなことをしてたくらいで、私たちが聖女になったら直ぐに引退してしまった。
まさか、父と伯母にこんな確執が有ったなんて……。
「その後、アデナウアー家の家督を継ぐ予定の弟は結婚しましたが、夫婦の間には長く子供が出来なかった。――聖女の家系である我が家は必ず女児を得なくてはなりません。得られない場合は血縁の者から養子を取るなど、されていましたが……あまりに遠い者だと力は弱まります。そこで目を付けられたのが、ちょうど私が身籠ったフィリアでした」
じゃあ、フィリア姉さんはヒルダ伯母様から養子に出されたってこと……? でも、奪われたなんて言い方……それでするのかしら。
「弟は大嫌いな私に養子を求めに来ました。上から目線の態度は決して崩さずに……。『お前の子が女なら使ってやる』と言い捨てた彼の顔を私は生涯忘れません。もちろん、私は彼の申し出を断りました――」
断った……? じゃ、じゃあ何でフィリア姉さんはこっちに……。
「しかし、私の父――つまりあなたの祖父はそれを許しませんでした。彼は女児が生まれたと聞くと強引な手を使い、私たち夫婦からフィリアを無理やり奪い、私たちの子は死産したという噂を流しました。そして、あなたの母親からフィリアが生まれたという「事実」を作りあげました」
そ、そんなことって……。じゃあ、父は自分の姉から子供を強制的に奪い取って、母もそれを甘受してたっていうの……? でも、いくらなんでも自分の子供だって主張すれば……。
「しましたよ。何度もあの子は私の子供だと……。しかし、周りの人は私が子供を失っておかしくなってしまったとしか思ってくれなかった。そうしている内に、流行病にかかっていた夫の病状が悪化して……私は夫も失いました」
これが本当の話なら私が生まれてからフィリア姉さんは……。
両親の考えが手に取るように分かってきて、私は自分の存在を呪いたくなっていた……。
「あの子のことは自分の娘ではないと思うことに決めた私ですが、間もなくあなたが生まれます。フィリアはそれからずっとあの夫婦に冷遇されていたのでしょう。私に出来たのは、将来あの子に何が起こっても跳ね返せるくらいの強さを持ってもらうように鍛えることだけでした。あの子を救えなかった私には母親だと名乗る資格はないし、伝えたいとも思いません」
「じゃあ、私にそれを話したのは……」
「私なりの復讐です。信じてもらわなくても結構ですが……」
この話が嘘かどうかくらいわかる。フィリア姉さんはヒルダ伯母様の娘だったんだろう。
そして、私の両親は奪ってまで手に入れた娘を最終的には売った。
フィリア姉さんがあんなに強かったのは、すべてを跳ね返すくらい強くなきゃ耐えられなかったからだ――。
私はそんなことも知らずに呑気に姉さんが凄いと思ってただけ……。
消してしまいたい……。何も気付かなかった馬鹿な私を……。
だけど、そんなことをしても何にもならないし――。フィリア姉さんは私にとって――。
「たった一人の姉なんです! フィリア姉さんが本当の姉妹とか、そうじゃないとか……そんなのは関係ない! 私にとって、姉さんは尊敬できる目標にしてる女性だから……!」
フィリア姉さんの出自がどうあれ、私はずっとあの人のことを追いかけていた。
聖女として完璧すぎる立ち振る舞いに憧れて、いつかはあんなふうになりたいと思っていた。
だから、私にとって彼女は尊敬できる姉なのだ……これからもずっと――。
「ふぅ……。私は生涯、弟を許しません。でも、たった一つだけ良いことがあったと言えるのは、あの子があなたのような妹を持てたことかもしれないです。……フィリアは間違いなくあなたの姉です。――それでは、ご武運を……ミア・アデナウアー」
ヒルダ伯母様はそう言い残すと私に背を向けて去っていった。
フィリア姉さんのことはショックだったけど、それを悔やんだりしている暇はない。
今の私にはやるべきことがあるのだから……。
そう、パーティーがもうすぐ始まるのだ。ユリウス殿下と……私の両親と決着をつけなくては――。