第三十六話
「どうやら、フィリア殿の予想通りの展開になりそうだ」
グレイスが帰国した翌日の朝、オスヴァルト殿下に王宮の前まで呼び出された私はジルトニア王国の動きについて彼から聞かされます。
「ヒマリがこちらに寄越した情報によれば、ジルトニア王国で近く大規模なパーティーが開催される」
「このような有事にパーティーですか?」
「決起集会みたいなもんだろうよ。士気を上げるためのな。あちらさんはこちらとは比べものにならねぇくらい状況が悪いんだからさ」
決起集会――おおよそ合理的ではないように見えますが、士気を上げねば状況を覆せないと思われているならあり得る話なのでしょう。
「とはいえ、フィリア殿の言うとおり士気向上だけが目的なら、んなことしねぇだろうよ。もちろん、これは表向きの目的ってやつだ。真の目的は別にある」
「真の目的……?」
パーティーの真の目的とは一体……。待ってください……ミアは第一王子フェルナンド殿下の派閥を後ろ盾にユリウス殿下を排斥しようと動いているはず……。
そして、このタイミングでパーティー。まさか、ユリウス殿下は……。
「ま、まさか。パーティーの真の目的はフェルナンド殿下の暗殺なのでは? ユリウス殿下がそこまで大胆に動くとは思えませんが……」
「さすがに鋭いな。フィリア殿は……。ヒマリからの書状にはそう書いてあった。さらに付け加えると、病に伏しているジルトニア国王の暗殺も同時にするつもりだそうだ。この意味、分かるな?」
ユリウス殿下はこの混乱の時期を利用して国王となり、国の全権を完全に掌握しようと目論んでいる……。
しかし、これはミアにとってもチャンスなはずです。何故なら、これでユリウス殿下を国王やフェルナンド殿下にとっての反逆者として捕らえることが出来るのですから。成功すれば……の話ですが。
成功する可能性は高いはずです。ユリウス殿下の計画がこちらまで筒抜けということは、あちらの陣営にかなりの数のスパイがいるはず。
つまり、彼の計画は既に失敗することが確定しているのです。
懸念すべきポイントがあるとすれば――。
「この情報が全てフェイクだったら、と考えると軽率な行動は取れねぇよな」
「ええ、無実のユリウス殿下を糾弾などすれば返り討ちに遭うことは間違いないでしょうから……。ですから、ミアもフェルナンド殿下もギリギリまでユリウス殿下の動きを見守る必要があります」
可能性は低いですが、ユリウス殿下が噂を撒いているパターンもありますから……注意は必要です。
「ま、どちらにしろ……準備は必要だろ? だから、集まってもらったんだ。我が国の精鋭中の精鋭――パルナコルタ騎士団に」
「あちらにいらっしゃる方々があの有名な――」
私とオスヴァルト殿下が城の中庭に入ると、屈強な男性たちが一斉に頭を下げました。
その統率された動きも勿論ですが、何よりも彼らから感じられる気迫は一人ひとりが武芸の達人であることが伝わってきます。
その中でも飛び抜けて異彩を放つ長身で体格の良い黒髪の男性がこちらに近付いて、背筋を伸ばして一礼しました。
「私はパルナコルタ騎士団、団長……フィリップ・デロンと申します! 聖女フィリア様、ご挨拶出来て光栄です!」
大柄な体から猛々しさを感じさせながらも、フィリップは礼節に則って丁寧に挨拶をされました。
「実はフィリア様の妹君を想う心意気に私はこの上なく感動してしまいました。いやー、やはり愛情というものは偉大ですなぁ。国を越えて妹君の無事を願う……美しいじゃありませんか! ああ、素晴らしきかな姉妹愛……!」
「フィリップさん……?」
「こういう性格の男なんだ。この前は子供向けの絵本を読んで泣いていた」
フィリップの突然の豹変に私が少し驚いていると、オスヴァルト殿下は楽しそうな顔をしていつものことだと仰せになります。
どうやら、感受性が豊かな方の様です……。
「フィリア様、このフィリップが必ずや妹君のミア様をお助けします。ご安心ください」
彼は腕の筋肉を強調させながら、ミアを助けてくれると約束されました。
とても頼りになりそうな方で良かったです。
「フィリップは面白いだけじゃねーから、安心してくれ。こう見えても世界一の槍の使い手なんだ。デロン流槍術の師範でもある」
オスヴァルト殿下がフィリップの紹介をしていると、彼は自分の背丈よりも遥かに長い槍を軽々と持ち上げて見せました。
こんなに大きな槍は見たことがありません……。
「凄いですね。これほどの得物を簡単に扱うなんて……」
「先代の聖女が亡くなってからというもの、フィリア殿が来るまでの間……フィリップの槍には随分と頼ってたからな。俺もこいつに槍術を習ったりしてたんだ」
聖女がいない場合は当然のことですが、兵士たちが国を魔物から守るのですが、フィリップはそんな中で特に活躍されていたみたいです。
「オスヴァルト殿下も槍を使えるのですか?」
「使えるも何も、殿下の実力は騎士団の者たちと遜色ないレベルです」
「使う機会はこれといって無いんだけどな」
確かにオスヴァルト殿下は王族の方とは思えない体つきをしていると思っていましたが、槍の達人でしたか……。
使う機会がないのは当たり前でしょう。王族を魔物たちと戦わせるわけにはいかないでしょうし……。
「では、殿下、フィリア様……行ってまいります!!」
フィリップは騎士団を引き連れてジルトニア王国国境付近の砦まで進軍を開始させました。
これで、あとはミアが上手くやり遂げれば恐らく――。
私はジルトニアの妹の健闘を祈ります。そして――。
「大丈夫さ。グレイス殿はやってくれる。兄貴も珍しくそんなことを言ってたしな」
オスヴァルト殿下はライハルト殿下もまたグレイスがボルメルン王国で魔力集束術を伝授してくると信じていることを教えてくれました。
グレイスはそろそろ故郷に着いた頃だと思いますが……。
もはや、私に出来ることは神に祈りながら皆さんの無事を祈ることだけでした――。