第二十八話(ミア視点)
お昼にもう一回更新します。
「まさか聖女ミア様が我々に協力して下さるとは思いませんでした」
あれから私は護衛の一部に紛れていた第一王子派閥の人間をヒマリの協力を得て見つけることに成功した。目の前にいるのは第一王子派のリーダーであるピエール。
彼は最近、私の護衛隊の隊長となった。前の隊長はユリウス殿下に恐怖を与えたとか、私の前で恥をかかせたとかでクビになったからだ。彼に現場を体験させたことで護衛隊のメンバーがガラリと替わったのである……。
ユリウス殿下のやり方だと国が潰れると危惧している人たちは特に兵士の中で増えており、徐々に第一王子派の勢力も増しているみたい。
はっきり言ってフェルナンド殿下と会うにあたって1番の難関は護衛の目を盗んで第一王子派に接触することだと思っていたので、自分の新しい護衛隊の隊長がそうだと知って驚いた。
ユリウス殿下の目を欺くのに相当苦労してるみたいだったが、ピエールはこっそりと殿下に反目している人間をまとめているらしい。
それだけユリウス殿下の支持率が下がってるってことなんだけど……。
「はっきり言ってユリウス殿下のやり方は酷いです。私たち兵士は使い捨ての消耗品だとしか思ってない。これ以上、魔物の数が増えると抑えきれない箇所が何箇所もあるというのに、まったく人員を回してくれないのです」
「それだけではありません。僕たちの隊は、殿下たちの黄金像を建設する為に人員を減らされました」
「このままでは、じわじわとジルトニアの兵士は数を減らし……国をまともに守ることなど不可能です。ミア様がこれほど頑張って結界を張り続けているというのに……」
現場の兵士たちは私の護衛よりも断然厳しい状況に置かれていた。
私は完全に結界が破壊されたポイントを優先的に回っているが、最近は魔物たちが増えすぎて結界が壊れかけている場所が急増している。
そういう場所では僅かに魔物が出現したりするのだが、その処理を行う兵士たちの数が圧倒的に足りていない。
このまま、私の手が回らなくなったら……という想像はユリウス殿下には出来なくとも彼らには出来るみたいだ。どんどん危機感を覚えた兵士たちが増えてユリウス殿下に対して不信感を抱いている。
それでも、貴族たちの支持が厚いユリウス殿下の権力は強くて対抗するには陛下が復帰した上で、フェルナンド殿下が立ち上がり、第一王子派をまとめ上げるしかないんだけど。
「フェルナンド殿下にお会いになりたいということですね……あの方は陛下が声をかけても心をお開きになりませんでしたが、聖女ミア様ならあるいは……」
ユリウス殿下の兄で第一王子であるフェルナンド殿下。虚弱体質が災いして、表舞台に立つことを嫌がり、王宮の一室から長く出て来ていないとのこと。
彼はいわゆる世捨て人であり、自分が政治的なことに関わらない代わりに誰も自分に構って欲しくないと主張している。
彼がこんな感じだから、ユリウス殿下の方が次期国王に相応しいとする勢力が強くなり、彼が今まさに国政の実権を握るに至っているのだが……。
とにかく、会って話をするしかないわね……。彼を担ぎ出して、ユリウス殿下を糾弾する方向に仕向けなくては――。
「そうですね。何とかフェルナンド殿下を説得してみせます。しかし、どうやって彼に会えば良いのか……」
日に日に、私への監視の目が強くなる。今日だってピエールを始めとする護衛の人たちが第一王子派だから、結界を張るついでにこうやって話が出来てるんだけど……。
王宮にいるフェルナンド殿下に会うにはどうしたらいいんだろう?
「ミア様はユリウス殿下の婚約者です。ならば、その挨拶を……とでも仰せになられれば、ユリウス殿下も嫌な顔はしないはず。元婚約者のフィリア様も挨拶はしていたはずですから」
「あ、姉はフェルナンド殿下と会ったことがあるのですか?」
それは初耳だった。フィリア姉さんがフェルナンド殿下に挨拶をしていたとは……。
よく考えれば当たり前なんだけど、どういう感じだったんだろう……。
「フィリア様の処方された薬を飲まれて、体調はかなり良くなったそうですよ。――しかし、それから殿下はそのお薬を飲まなくなってしまった」
「ど、どうしてですか? 姉の薬が効いたなら、それを飲み続ければ――」
「健康な体に近づける――それが堪らなく怖かったのですよ。殿下は……」
健康になることが怖い? そんなことってあるの……?
でも、スッキリした。フィリア姉さんはフェルナンド殿下の体調も気遣っていたんだ。
ちゃんと薬も作ってたんだね。やっぱり、姉さんはどこまでいっても徹底している……。
「今までは虚弱体質を盾に外に出ない自分に言い訳をしていた。しかし、元気な体を手に入れると……その言い訳が通じなくなる。それならば、今のままのほうが良い……と」
それは何とも卑屈な理由だった。今まで自分についていた誤魔化しが利かなくなるという理屈でフィリア姉さんのせっかくの薬を飲まなくなるなんて……。
――悲しすぎる。でも、それならば……。
「自分に言い訳をしているということは、心の奥底ではこのままだといけないと思っているはずです。それなら、希望はあります」
そうだ。まずはフェルナンド殿下に会おう。
そして、彼の心の奥に眠る闘志を呼び戻すんだ。私だって聖女なんだから、人一人くらい……救ってみせるわ――。
「それでは、ミア様……。フェルナンド殿下のことをくれぐれもよろしくお願いします。――っ!? 何奴……!?」
ピエールはそう言って頭を下げる。しかし、次の瞬間に私の背後の木陰に向かって剣を抜いて飛び出した。
「――むっ、出来る……」
なんと彼は私の近くで隠れていたヒマリの気配に気が付き、彼女の短剣と刃を合わせていたのである。
今まで誰も気付かなかったんだけど、この人は気付いた。国一番の剣の達人って言われてるとか聞いてたけど、本当だったんだ……。
やっと頼りになる護衛がついたって感じね……。
「ピエールさん、剣を収めてください。ヒマリは私が個人的にお願いしている密偵です」
「み、密偵……ですか?」
「ミア殿、済まぬ。見つかるヘマをしてしまいました……」
私が彼を止めに入ると……ヒマリを圧倒していたピエールがピタリと動きを止める。
ふぅ……、この人がユリウス殿下の派閥だったらかなり面倒なことになってたわね……。幸運だったわ。
「いきなり斬りかかってすまない。ミア様に狼藉を働こうとする不届き者かと」
「いえ、護衛としてはそれが正解です。見つかったのは、私の修行不足ゆえ」
ピエールの言葉に低い声で返事をしたヒマリはバツの悪そうな顔して、その場から消えた。
彼女もプロ意識が高い人だから気配を察知されたのが屈辱だったみたいね。
こうして魔物がとめどなく出てくる現場を何箇所も回り、時には私も戦いながら結界を念入りに張っていく。
これじゃ、本当に近いうちにパンクするわ。ユリウス殿下は未だに「フィリアが戻ってくるから気張らなくて良い」とか気楽なことを言っているけど……。
ユリウス殿下といえば、彼の命令によってヒルダ伯母様も今日から動いているみたい。大丈夫かしら?
そういえば、彼女が聖女に復帰する話を両親が聞いたらとたんに不機嫌になっていた。どうも伯母様と父との間には確執があるみたい。
私と姉さんが聖女になった途端に彼女が引退したことと関係があるのかな……。
そんなことを思いつつ、仕事を終えた私はユリウス殿下にフェルナンド殿下に挨拶がしたいと述べると、思った以上にすんなり許しをもらえた。
「あの男に挨拶など不要だと思うがまぁ良い。僕にこれだけ美しい婚約者がいると知れば、さぞかし羨ましがるとだろうし。くっくっく」
もはや、この男の中ではフィリア姉さんとの婚約は無かったことになっているのだろうか……。
普通なら別の婚約者が挨拶をしたら、そっちに注意が向くと思うけど……。
ともあれ、許しをもらえた。その翌日、私はフェルナンド殿下の私室へと通された――。