第二十七話
本日2回目の更新です。
「ジルトニア王国の国王の体調が芳しくないことは聞いておりましたが……まさか、フィリア殿の処方された薬を飲んでいたとは――」
「やはり、フィリア様には憧れてしまいますわ。聖女としての実績のみならず、多方面で活躍されていますし……」
「でもでも、その良く効く薬のレシピが紛失したのが故意によるものだとすると――」
リーナの言葉のあとに続くのは巨大な悪意――。
つまり、それはユリウス殿下がジルトニアの国王陛下の崩御を早めようと目論んでいるということです。
ミアはそれを確信しているように思えました。
そして、彼女は国を本気で守ろうとしないユリウス殿下に嫌気がさして……彼を国政の表舞台から葬り去ろうと考えています。
誰にでも優しく温和だった彼女がここまで激情に駆られるのにはどんな理由があるのでしょう……。
確かにユリウス殿下は今になって私を呼び戻そうとしていることから推測するに、かなり精彩を欠いているように感じますが……。
「とにかく、ヒマリさんの元に薬のレシピを届けます。あれから改良を重ねましたので、完治する可能性もあるかもしれませんし。ミアにはくれぐれも無理をしないように、と添えて……」
陛下の病気は流行りの病でしたが、私がジルトニアにいる間に作った薬では症状を和らげることで精一杯でした。
しかしパルナコルタに来て、結界を張る作業をしているときに偶然見つけた植物から抽出した成分は薬の効果を引き上げることに成功します。陛下と同じ症状の患者さんが何人か完治されるほどに……。
ですから……ミアからの依頼はタイミング的に言えば、これ以上なくいい機会でした。
「しかし、この手紙が真実だとすれば……下手をするとミア殿はかなりの窮地に立たされますぞ」
「分かっています。私も出来れば止めたいと思っているのです……。でも――」
ミアの覚悟は重い。彼女はジルトニアの聖女として危険を顧みず……動こうとしています。
そう思うと彼女のしようとしていることは正しくもあるのです。なぜなら、聖女が守るべきものは王室ではなく――。
「聖女が守るべきは“国”――ですよね? フィリア様……」
「守るべきは国?」
私が口を開く前にグレイスが声に出されたことをリーナが復唱しました。
グレイスは前に私が本に記したことを読んでおり、それを覚えているみたいです。
「国を作っているのは王室ではなく、領民……。領民のいない国の末路など、想像するに容易い……。フィリア様の出版された書籍の中で特に印象的でしたので、よく覚えております」
「王室だけが生き残ろうと、領民がいないと国が潰れるのは真理。ライハルト殿下もそんなことを仰せになっておりましたなぁ」
「聖女様の仕事はあくまでも国を守ること――フィリア様はそれを徹底されていたのですね」
私は思ったことを書いたつもりでしたが、この書籍はユリウス殿下を一番怒らせました。
王室を軽んじていると――。王室あっての国家だと……。
思えば、少しだけ過激なことを書いたのかもしれません。
でもミアは、私の影響なのか分かりませんが……それを実行しようとしています。
私だったらそれが正しいと思ったとしても……大胆に動けたかどうか――。
あの子は気高く強い子なのですね。ですから、なおのこと守りたい。聖女として……ではなく……一人の姉としてのワガママで――。
「大丈夫ですよ。フィリア様、パルナコルタ騎士団は強いですから。きっとジルトニア王国やミアさんのお手伝いが出来ます」
そんな私の心を見透かしたようにリーナは安心させようと声をかけてくれます。
パルナコルタ騎士団の力を借りられれば、時期が遅くても何とか出来るかもしれません。
でも、ミアの手紙を読むとユリウス殿下が他国の兵力を受け入れるか怪しくなってしまっているのです。
「ともすると、やはりジルトニアの存亡はミア殿の手腕に……」
「フィリア様のお薬があればきっとジルトニア国王が正しき判断をしてくれるはずですわ」
「ヒマリさんも居ますし、ね」
いけません、ね。最近はどうしても顔に心情が出てしまうみたいです。
そもそも、このような過激な内容の妹の手紙について相談を他人にするようになっている時点で私は変わったのかもしれません。
――心が弱くなっている。
聖女とは強くなくてはなりません。心身共に……いえ、精神力こそ肉体よりも遥かに強くなくては……。
結界術や破邪術は己の精神状態が深く関わってきます。だからこそ、私は術の威力を高めるために様々な訓練をして精神力を高めたのです。
人の心の温かさに触れ……心地良いと感じてしまい無意識に頼ってしまっていました。
もっと強く気を持たなくては……。ミアを助けることどころか、国を守ることもままならないかもしれません。
ミアがジルトニアの聖女として茨の道を進もうとしている――姉の私に出来ることをもう一度、考えなくては……。
「……昨日よりは上手くなりましたが、まだ難しいですわ……」
古代術式の訓練に戻ったグレイスは発動させることにまだ戸惑っているみたいです。
大破邪魔法陣にしてもそうですが、もっと多くの方が古代語を理解して、使えるようになっていれば、この事態も容易に難を逃れることが出来たでしょう。
マーティラス家は古代語を修得させているみたいですから、グレイスはあと一歩で発動という段階まですぐに来れましたが……。
いや、待ってください。古代術式には確か……。
気付けば私は何度も読み返した古代の文献を開いていました――。