第二十五話(ミア視点)
「なるほど……。では、殺しましょうか? 殿下を」
「こ、殺すって……」
国王陛下が病に倒れ、ユリウス殿下にこれ以上政治を任せると国が滅びると思っていることをヒマリに伝えると、彼女は迷いもせずに殿下暗殺を提案する。
この子って、フィリア姉さんの護衛なんだよね? 凄い物騒なんだけど……。
姉さんの命令で、ここ数日ずっと私のことを守るために近くに居たみたいだけど、全然気付かなかった。確かに暗殺とかは得意そう……。
「私は毒殺をオススメします。例えば、この吹き矢などは血管を上手く突けば、あっという間に気持ち良くなってそのまま黄泉の国へと――」
「ちょ、ちょっと待って! とりあえず、殿下を引きずり下ろして無力化させれば良いだけだし……。それは余りにも乱暴じゃ……」
無表情で暗殺道具について語り始めたヒマリを私は止めた。
暗殺は彼女の言うとおり手っ取り早く殿下を無効化させる方法だ。時は一刻を争うのだから、殿下一人に死んでもらって多くの人が助かるのなら、それもアリなのかもしれないわ。
でも、あの人はあれで王族だから……。当たり前だけど、暗殺事件なんて起きると国王陛下はきっと犯人探しに時間を割くに違いないわ。
ヒマリは上手くやると言ってるけど、万が一パルナコルタの手の者だと分かればそれこそ、戦争は待ったなしだし……。
となると、やはり国王陛下を味方につけて彼を糾弾し……失脚させるというのが一番のシナリオなんじゃないかしら……。
「ミア殿がそう仰るなら、暗殺は止めましょう。陛下の薬の処方方法はフィリア様に連絡した際に尋ねておきましょう。薬師を脅してでも作らせて飲ませると良いでしょう」
「ええ。そのつもりです。ユリウス殿下の取り巻きは実力もないのに媚を売るだけで出世してるような連中が多いことが分かりました。彼が姉さんを疎んじてたのも、半分はその連中のせいなのです」
まずは国王陛下の薬が先決ね。ヒマリが上手くフィリア姉さんからそれは手に入れられると言ってるからひとまず安心だわ。
そして、殿下の取り巻き連中――こいつらをまとめて利用すればユリウス殿下の悪事を暴露出来るかもしれない。
あの人、裏で手を回して色々と非道なことをしてるみたいなのよね。これも近くで観察して分かったことなんだけど……。
「そして、フェルナンド殿下の派閥――第一王子派を味方に付ける――」
「フェルナンド殿下――ジルトニア王国の第一王子ですか? 彼は体が弱くて表舞台には殆ど出てこられないと聞いてましたが」
「そう。表舞台に出てこられない理由の半分はそれです」
第一王子にして、次期国王になるはずであるフェルナンド殿下は実質的に軟禁状態にあった。
生まれつき身体が弱い虚弱体質の彼のことを次の国王として相応しくないとし、第二王子であるユリウス殿下を担ぎ上げる派閥が出来たからだ。第二王子派という奴だ……。
ユリウス殿下と結託してその連中は第一王子を守るためと大義名分を掲げて城の一室に閉じ込めた。
もちろん、それは当然の成り行きだったと思う。健康なユリウス殿下が国王になった方が国として安泰だと思うのは自然だし……。
フェルナンド殿下もそう思ったのだろう。彼はそれを甘受して、その動きを知って激怒した国王陛下が軟禁を解くために動いても部屋の外に出ることを拒否した。
だから国王陛下が病に伏したとき、ユリウス殿下がこれほど自由に幅を利かせているのだ。
「では、第一王子派というのは?」
「文字通り、第一王子こそ次期国王として相応しいと思っている人たちです。第二王子派が強くて、隅っこに追いやられていますが……」
「第二王子を失脚させたいミア殿とは利害が一致する訳ですか」
「そう。私が聖女として第一王子派をまとめ上げて、ユリウス殿下を糾弾させます。そして、その後……一丸となって国を守る……」
国王陛下が動けるようになるだけじゃ不十分。
彼に審判を下してもらうにはある程度の人数が必要だ。だから、私は第一王子を利用する。
第一王子の名のもとに糾弾するのであれば、国王陛下だって耳を貸してくれるだろう。
「話は大体読めました。しかし、その絵に書いた餅を食すためには些か難題がありますね」
「ヒマリさんは話が早くて助かります。そうです。肝心のフェルナンド殿下が国政とか派閥争いに無関心……というか無気力であることが最大の問題点です」
フェルナンド殿下は陛下がどれだけ声をかけても外に出ようとしない年季の入った引きこもりだ。
彼を表舞台に担ぎ出すのは相当骨が折れるだろう……。
「しかし、これしか方法がない以上は私はどんな手も使います。人の心を癒やすのも聖女の仕事……のはずですから。フェルナンド殿下の心の壁も何とか取り払ってみせますわ」
国王陛下を病から復帰させ、第一王子派を味方につける。そのために私は動き出した。
だけど、ユリウス殿下がフィリア姉さんの返還を求めた話が面倒な方向に転がってしまい……。ジルトニア王国は更なる混乱の渦に巻き込まれてしまいそうになっていた――。
その上、魔界の接近の影響で魔物たちによる被害も増えてきて……。混沌は加速していた――。