第二十四話(ミア視点)
「姉を……呼び戻すのですか? 殿下……。しかし、パルナコルタ王国が支払った金額は既に……」
魔物たちに今さら怯えだして、フィリア姉さんを連れ戻そうと提案したユリウス殿下。
少しは危機感を持つかと思ったけど、発想が斜め上すぎるわ。姉の価値を認めたからこそ、パルナコルタは多大な金額を支払ったんだろうし……たとえお金を用意できても返還に応じるとは思えない。
それに姉さんは大破邪魔法陣を発動させている。一度守ると決めた国を見捨てて魔法陣を解くなんてことあり得るはずないわ。
そう、ユリウス殿下は知らないんだろうけど既にフィリア姉さんの存在はパルナコルタの存亡を握ってると言ってもいい。私が国のトップなら姉さんのことを手厚く軟禁するわね……。
「金? 金なら分割して払うさ。税金を上げれば賄えよう。――それと君の父上にも援助してもらうつもりだ。財産を没収してでもな。僕らは親戚になるのだから、当然だろ? そもそも、あの男が悪いのだ。フィリアが高く売れるという話を聞いて目の色を変えて鼻息荒くしやがって。こんな危機が来ることも読めなかった無能が……」
あのー、私の父親を目の前で無能呼ばわりとか酷過ぎるんじゃないかしら。
私としては父が積極的にフィリア姉さんを売ろうとしてたことがショックだから、それほど不快にはならないけど。
「パルナコルタ王国は姉を返すなんてことしませんよ。たとえ、こちらが倍額払おうとも……。それだけパルナコルタにとって姉は重要な人物になってますから。それより、そのお金で魔物を抑える兵士を増強してください。被害は出るでしょうが、現実的です」
私はユリウス殿下に進言する。本当はこんな人と口も利きたくないのだが、政治的な実権を握っているのがこの男なのだから仕方がない。
「はっはっは、フィリアにそんな価値などあるもんか! 結界を多少上手に張るかもしれんが、それだけの女だ。ミア……最近の君はどうしたんだい? 姉上の真似事など可愛い君には必要がない。いずれ僕の妻になるのだから、生意気は言わないように努めなさい」
はぁ……、やっぱり話が通じない……。こんなに頭の悪い人だったなんて思わなかったわ。
あまりにも馬鹿すぎたから、聡明なフィリア姉さんと合わなかったのね……。私にすら理解出来ないもの馬鹿の考えは……。
「では、せめて先代聖女であるヒルデガルト・アデナウアー……つまり私の伯母を現役に復帰させて貰えませんか? 私以外で結界魔法が使える貴重な人材ですので」
「ふむ。先代聖女か……。よかろう。どうせフィリアが帰ってきて全ての仕事を片付けるだろうが、それまでの間……聖女として動けるように護衛を派遣してやる。これで良いか?」
私とフィリア姉さんが聖女になってから引退されたヒルダ伯母様。
特に病気をされたとか体力的に辛いという話でもなかったはずだから、現役に復帰しても問題ないはずだ。
それでも恐らく焼け石に水程度だけど……。
やっぱり、一番の障害はユリウス殿下ね。彼が国政を担ってる限りこの国は滅びの一途を辿ってしまう。彼を引きずり降ろすことから始めるのが正解かもしれないわね。
そのためには国王陛下がもう少し動ける状況にする必要がある……。でも、姉さんの薬も無くなってしまってるし……。
「それよりミア。国の今後のことを僕とベッドの上で話し合わんか? どうせ婚約してるのだし多少のコミュニケーションは――」
「婚前に何を仰ってられるのですか? 私のことを大切に想っているならば、ご自重ください」
まったく、この状況で発情出来るなんて猿並みに下等な精神だわ。
あなたに指一本触れさせるつもりはないから、その汚らわしい笑みを向けるのを止めてくれないかしら。
足早に城を出て、家に戻ると父が顔を真っ青にしていた。
多分、殿下に金品を請求されたんだろう。大きな屋敷を建てる計画も全部パァになったものだから頭を抱えてるのね……。
「ミアよ。なぜ、殿下は急にフィリアを返して欲しいなどと嘯くのだ? 何か知っておるか? それに財産を急に差し押さえるなんて……」
「さぁ? 自分の娘を喜々として売った理由をお聞かせ下されば、私もその質問に答えますわ。お父様――!」
「うっ――!? な、な、何を言ってるのだ? フィリアを売ろうなど……そんなことは……。しかし、まいった。金が無くなったら我が家は……」
父は狼狽えるだけで何も答えてくれなかった。
ひたすら金の心配をしてるだけである。私はそんな父に失望したし、今まで姉が知らないところで冷遇されていた可能性について考えると胸が痛くなり吐きそうになっていた。
――私は大馬鹿者だ。フィリア姉さんがどんな思いで生きていたのか知らずに勝手に愛されていると思ってたんだから。
よく考えたら、一緒に生活できなかったのも彼女の理想が高かったからじゃない。父も母も姉さんに無関心だったからだ。
なんで、今まで気付かなかったんだろう……。
でも、この国を守るためにはフィリア姉さんの力がいる。彼女しか知らない薬の精製方法を聞き出して、陛下に動けるようになってもらわねば――。
「手紙を送ってみる? 最近、チェックが厳しくなって、こっそり送ることも――」
「ならば、私が送りましょうか?」
「ひ、ヒマリさん……! むぐっ……」
「お静かに……お願いします」
私がどうにかこの状況を打破しようと考えたとき――姉の護衛だという忍者のヒマリが再び目の前に現れた。
ここから、私のユリウス殿下失脚計画がスタートする――。