第二十二話
「うー、難しいですわ……」
四人いる姉妹が全て聖女だという、マーティラス家の四女グレイスに古代術式である破邪魔法陣を教えることになった私は、先ずは基本的な古代の術式を彼女に教えることからスタートしています。
アデナウアー家での教育は物覚えの悪い私にはスパルタ、天才肌のミアには術を出来るだけ多く詰め込む、というような感じでした。
なので、ミアは現代の魔術から結界術まで多彩な術式をマスターしています。ここに更に知識が加わると私など及びもつかない稀代の大聖女となったかもしれません。
マーティラス家は個人の才能とは関係なく教養と実技を順繰りと伝授していく方針なのだそうです。
グレイスは私と同じく才覚がある方ではありませんが、それでもよく勉強をしてきたということは短い時間のやり取りでわかりました。
古代語は基本的なことを教わった後に独学で覚えたとのことでしたが、かなりの語彙力が身についていましたので、古代術式を発動させる条件は整っています。
しかし、これは言葉を知っておけば出来るというほど容易なものではないのです――。
「フィリア様、“マナ”というようなモノは本当に存在しますの? どうしても、感じ取ることが出来ないのですが……」
グレイスが苦戦しているのは古代術式を発動させる初期段階である“マナ”の知覚。
古代術式の多くは力が強く、個人の魔力だけでは発動が困難です。故に自然界に存在する“マナ”という力の源となる粒子を吸収することでそれを補います。
私たちは大いなる自然の恵みによって生かされていますが、その力の源泉を知覚するのは中々難しいのです。
グレイスもそれに苦戦しているみたいですね……。
「グレイスさん、庭に出てみましょうか?」
「庭……、ですか?」
私はグレイスを連れて庭に出ました。庭には木々や草花が芽生えており、虫の音も聞こえます。
空には太陽が輝いており、体中に暖かさや風の涼やかさを感じるので、少しだけ意識すれば雄大な自然の一端に触れていると実感できるでしょう。
「あのう、確かにそういった自然の力というのはわかりますが、“マナ”というものを感じるのは……」
「その感覚で良いのです。そのちょっとした感覚が即ち“マナ”を知覚しているということ。研ぎ澄ませば、触れることも自然と出来るようになります」
私は自身の周りを流れている“マナ”をグレイスが見えるように、基本的な古代術式を発動させました。
全身から雪よりも細かい白い粒子が溢れて、キラキラと光を放ちます。
これは“光のローブ”という防御術式で邪悪な力から身を守る鎧のようなものです。
魔物などに不意を突かれても、即発動させれば危険を回避することが出来ました。
「――フィリア様、おきれいですわ。はぁ……まるで天使みたい……」
「それは大袈裟ですよ。グレイスさん」
「いえ、見たままの感想を述べたまでですわ。ますますフィリア様のことを尊敬してしまいます」
視覚的に“マナ”が見えた方が技術を修得しやすいと思って光っただけなのですが、思わぬ感想を言われて反応に困ってしまいました。
彼女の熱烈な視線に応えられるほど、立派なものではないのですが――。
「わたくしも頑張りませんと――いつかフィリア様のような聖女になるために……!」
グレイスがやる気を出してくれましたので、良かったと思うことにしましょう。
その後、数時間の瞑想を経て……夕方には彼女は見事に“マナ”を知覚することが出来ました。
やはり地道な修練を積んでおり、地力がある方みたいですね……。
それからリーナに二度目のお茶を淹れてもらいティータイムを取ることにした私たち。
そこで、グレイスは近くに行きたい所があると口を開きました。
「行きたい場所ですか? グレイスさん」
「はい。従姉のリズ姉様、いえ……エリザベスお姉様のお墓参りに行きたいのです」
何とグレイスの従姉であるエリザベスはパルナコルタに居たらしく、それも故人のようなのです。
確かにパルナコルタとボルメルンは友好国ですので、そういったことは少なくないみたいですが……。
「では、グレイスさんは何度かこちらに来られたことはあるのですね」
「ええ、エリザベスお姉様もマーティラスの分家筋で聖女でしたの。生まれつき身体が弱かったので、よく父が気にかけておりまして――」
「聖女……、ということは――」
「お察しのとおり、エリザベス様は先代の聖女であります。グレイス様、案内はこのレオナルドにお任せください」
私がこちらに来る三ヶ月ほど前に亡くなったという先代聖女――エリザベス。彼女がグレイスの従姉とは……。
病で亡くなったとしか聞いておりませんでしたので初耳でした。
そんな経緯もあり、私たちはレオナルドの案内でエリザベスの墓参りへと赴きました。
歩いて数分、大きなお墓の前に私たちは辿り着きます。墓にはまだ新しい花が供えられていました。
こ、この花は……前にライハルト殿下が私に渡された花束と同じモノ――? そう思ったときでした――。
「フィリアさん? そ、それにリズ……い、いやグレイスさん……ですか?」
護衛の兵士たちを引き連れて、ライハルトが花束を片手にこちらに声をかけました。
彼の顔からは、今までに感じ取ったことのない悲哀のようなものが見え隠れしていました――。