第二十一話
「フィリア様、本当によろしかったのですかな? マーティラス家の方に秘伝の破邪魔法陣を教えるなど……」
レオナルドは私がボルメルン王国の聖女に破邪魔法陣を教えることが信じられないみたいです。
マーティラス家――アデナウアー家と同様に代々聖女の家系だと聞いております。
王家との繋がりが密らしいので、国内における権力は我が家とは大違いみたいですが……。
そのマーティラス家の四女であるグレイスが今日、この屋敷に来られるのです。私から破邪魔法陣を教わるために――。
「別に秘伝という程のものではないですよ。古代術式の知識が必要なので誰でも出来るわけではありませんが」
そう、破邪魔法陣自体は特別な力は必要としません。
妹のミアがこれを使えないのは単純に古代語の知識などを所持してないからです。
たまたま、私が古代術式の研究をしていたから、覚えられただけなのです。今思えば、彼女にも古代語を教えてこの術式を使えるようにしておけば、と悔やまれます。
マーティラス家は教養として簡単な古代語は習得してるらしいので、グレイスの知識次第では直ぐに古代術式である大破邪魔法陣を覚えられるかもしれません。
「あっ! いらっしゃいましたよ。フィリア様ぁ」
リーナの声に反応して門の前に視線を送ると、大きな馬車がちょうど停まろうとしていました。
あの馬車は何重にも結界が張られてますね。流石はマーティラス家の馬車です……。安全面に非常に優れています。
馬車から黒髪の執事服を来た男性にエスコートされる形でカールした茶髪が特徴的な少女が出てこられました。
恐らく彼女がグレイスでしょう。年齢はリーナくらい……15歳くらいに見えます。
「フィリア様~~! フィリア・アデナウアー様! お会いすることが出来て光栄ですわ! わたくし、グレイス・マーティラスと申します。あの憧れの歴代最高の聖女様に師事できるなんて夢みたいですの!」
「そ、そうですか……」
天真爛漫を絵に描いたような立ち振る舞いで、グレイスは全身を興奮させながら私に自己紹介をされました。
彼女が私のことをどう思っているのかよく分かりませんが、途轍もなく過大評価されてるみたいで恐縮しております。
「驚かせてしまって、すみません。グレイスお嬢様はフィリア様の大ファンでして、貴女のような聖女になりたいと日夜勉強と魔法の技術の研鑽を重ねているのです」
「アーノルド、大ファンだということはわたくしがフィリア様に自分でお伝えすると申しましたでしょう?」
「すみません。フィリア様がお嬢様の迫力に圧倒されているように見えましたので」
グレイスの執事であるアーノルドによると、彼女は私のファンだということみたいです。
今までそんなこと言われたことがないのですが……。
他国の聖女が私のことを知っているのは恐らく研究成果を本にまとめて出版したことが原因でしょう。世界中に本が出回っていると聞いたことがありますから。
そういえば、ユリウス殿下との婚約をしたのは3冊目の本を出したときでしたね……。歴代最高の聖女という重い肩書きみたいなモノで呼ばれるようになったのも……。
「それでは、立ち話もなんですからお茶でも如何ですか? レオナルドさん、リーナさん、お願い出来ます?」
「「はい」」
客人を招き入れるというのはいつも緊張します。
最近はライハルト殿下やオスヴァルト殿下が訪ねて来られたりとドキドキさせられることが多かったので、少しは慣れましたが……。
思えば、こんなに長く家の中にいるなんて、物心ついてから初めてかもしれません。自然にお茶を頼めるようになったことにも驚いています。
笑顔で楽しそうに聖女としての理想などを語るグレイスを見ると故郷のミアを思い出します。
私たちが彼女と同じくらいのとき……、一緒に過ごせていれば私はもっと沢山……姉らしいことが出来たのでしょう。二人で一緒にいた時をもっと大事にしていれば良かったと思います。
グレイスはしばらくアーノルドと共にこの屋敷に住まうことになりました。
家の中が賑やかだと感じるのも初めてのことでした――。