第二話
「でかしたぞ、フィリア。どうしようもないくらい可愛げのないつまらん娘だと思っていたが、今は可愛く見えるから不思議だ」
「まさか、パルナコルタがあれ程の値段をお前なんかに付けてくれるとはねぇ。ほとんどは私らの教育の賜物だけど、お前もまぁ頑張ったよ。これでアデナウアー家も安泰だ。上流貴族の仲間入りさ」
ユリウス殿下の元から屋敷に戻った私は、両親から今までに見たことのない笑顔を向けられました。
殿下との婚約をしたときよりも、私が隣国に高く売れたことのほうが嬉しいらしいです。
パルナコルタから手に入る金額の三割が我が家に入り、しかも下流貴族の一つに過ぎなかったアデナウアー家は父が侯爵になることで、上流貴族の仲間入りをするそうです。
その上、ミアが私の代わりに王室に入るので、家の格式は格段に上がります。さほど大事とも思っていなかった娘が大金と高い地位に化けたので、喜んでいるみたいでした。
――二人は私と二度と会えないかもしれないことには一言も言及しませんでした。このとき、私は両親に完全に捨てられたのだと理解します。
ミアほどではないにしろ、愛して欲しい――その一心で不断の努力を続けていたのですが、その小さな望みが今……完全に潰えました。
「殿下も仰っていたと思うが、ミアには内緒だよ。あの子は優しすぎる子だからね。あんたなんかに気を使って、人生を棒に振るなんて可哀想だ」
「わかってますよ。ミアには幸せになってほしいですから。ただ、気がかりなのは彼女一人に聖女の重責を負わせてしまうことです」
ミアが殿下と結婚したら幸せになる――それが保証されるのなら、私は喜んでパルナコルタへ行くことを選択したでしょう。
聖女は結界を張ったり、魔物たちの力を弱めたり、国を守る要のような役割を果たしていました。
この先、魔物が増えたり予想外の災害などが起こるとなると、ミアの負担が増えるのかもしれないと心配でならないのです。
「ミアを侮るな。あの子はガリ勉してやっと一人前のお前とは違う本物の天才だ。過大評価を受けてるからといって、調子に乗るんじゃない! 口を慎め!」
「そうですよ。それに、王家は聖女ミアを徹底的に援助すると約束したんだ。あの子はお前とは違って華があるからね。みんなで守ろうって団結出来るんだよ。聖女としての格が違うんだ」
両親は私の心配を受け入れてくれませんでした。
ミアが要領の良い天才肌だということは認めていますし、彼女には人を惹き付ける魅力があることは確かなのですが、それでも現在の情勢を考えると危険な気がするのです……。
まぁ、国が総力を上げて彼女を助けてくれるのならば、杞憂で済むかもしれませんし、私が下手なことを言うと泥沼の展開になるのは目に見えていますから、国を黙って出るしかないのですよね。ミア……どうか無事でいてください。
「フィリア姉さん、どうしたの? 何か浮かない顔してるよ」
何故か私の部屋で読書をしている妹のミアが顔を覗き込みながら、心配そうな声をかけます。
あなたのことを案じてるとは言えないですよね。天使のような無垢な彼女の表情を見て、私は必死になって言葉を飲み込みました。
「大丈夫よ。ちょっと考えごとしてただけだから」
姉妹の証だと思っている、私と同じ銀髪を撫でながら彼女の言葉を否定します。
ごめんなさい、ミア。嘘をついてしまって……でも、私は本当に大丈夫ですから――。
「姉さん、ミアは何でも出来て、格好いいフィリア姉さんのことを尊敬してるし、世界一大好きなんだよ。だから、我慢しないで。何か困ったことがあったら、助けるから」
ミアは私を後ろから抱きしめて、優しい言葉をかけてくれました。
あなたがいたから、私は潰れずにいられたのでしょう。本当に妹には感謝しています。
両親が私にだけスパルタ教育を施していたことを彼女は知りません。ミアがそれを知って怒り出すことを知っている両親が秘密にしていて、私にも口止めしていたからです。
でも、彼女にとって少しでも良い姉だと感じて貰えるならそれでいいと思ってます。
さようなら、最愛の妹――。私はあなたが大好きです。どうか、いつまでも元気でいてください。
こうして、私は妹に知られることなくひっそりとパルナコルタ王国に新しい聖女として訪れました―――。
買われたからには、奴隷のような待遇だろうと覚悟を決めています。耐え忍んで生きようと誓っていたのです。
しかし、この国での生活は思い描いたものと正反対だったのでした――。