第十八話(ミア視点)
「――という訳でして、ジルトニア王国全体を守る為には多大な兵力を各ポイントごとに配置して、私の結界魔法を張るための時間を稼いで欲しいのです」
私はユリウス殿下に魔界の接近とその結果としてジルトニア全土に起こりうる被害、さらにその対策を話した。
フィリア姉さんが自分の名前を伏せるように忠告してたから、彼女に言われたとおり……私の意見として殿下に進言したのである。
ユリウス殿下はソファーに深く腰かけて頬杖をつきながら黙って話を聞いていたが、私の話が終わると立ち上がり、無遠慮に私の腰に手を回しながら口を開いた。
「まったく。君は姉上の悪いところを真似ようとしているね。いいかい? 政治ってのは男の仕事なんだ。数百年に1回あるかないか分からんことのために金を出して兵士を割くなんて愚政……僕にはとても出来ない。なんせ、金がかかるんでね」
「恐れながら、殿下。お金なら姉をパルナコルタに送られたときにかなりの金額が動いたと聞いております」
ユリウス殿下は私の話を歯牙にもかけなかった。それどころか、女が政治の話をするなと笑いながら言い放つ。金がないとも……。
だから、私は言ってやった。フィリア姉さんを売ったときに得た金があるのでは、と……。
「ああ、それなら今度の建国記念祭に我らがジルトニア王家の巨大黄金像を作るためにほとんど使ってしまったよ。君の黄金像もそのうち作ってやろう。嬉しいだろ?」
この国、マジで潰れるんじゃないかしら……。
国王陛下が健在のときはマシな政治してたけど、ユリウス殿下が実権を握ってからここまでバカなことにお金を使うようになってるとは思わなかったわ。
ていうか、私の像とか冗談じゃないわよ……。
フィリア姉さんを売ったことだけでも許せないのに、その金をそんなくだらない悪趣味に使うなんて……。
――覚えてなさい。絶対に報いを受けてもらうから……。
「何を震えておるのだ? そんなに嬉しかったか……」
このバカ王子、あんたに腹立って震えてるのよ……。
しかし、困ったわ……。やっぱりこの人を説き伏せるのは無理みたい。
誰か……、この人を説得できる人はいないかしら……。
そう思っていたとき、王宮の応接室の扉が開く……。入ってきたのは――。
「ミア、魔界の接近とは真か?」
「ち、父上……!」
なんと国王陛下が現れて私に魔界の接近について問うたのだ。
陛下って、体の調子が悪いからほとんど人前に姿を現さなかったのに……。大丈夫なのかしら。
「……真です。このままでは、国中が魔物だらけになってしまうかもしれません」
「父上、女の言うことです。あまり真に受けぬ方が――」
「黙らんか! 聖女以上にこの国の魔物の事情に詳しい者などおらん! フィリアを勝手に国外に出すだけでは飽き足らず、ミアの意見まで蔑ろにするか!」
陛下は大声で息子であるユリウス殿下を怒鳴ります。
やはり、フィリア姉さんはこの人の独断で売られたんだ……。
そりゃ、そうよね。国王陛下は姉さんの功績を讃えていたもの……。
「父上、僕が勝手にフィリアを出したのではありません。隣国が困っているのを見捨てられないと……彼女が――」
「だとしても、止めるのが婚約者であったお前の役目だ……。――ミア、話を詳しく聞かせて……ゴホッ、ゴホッ……」
国王陛下が私に詳しく話を聞かせて欲しいと口を開いたとき――彼は苦しそうに咳をして……後ろに控えていた者たちが慌ただしく動きました。
「フィリア殿の作られた薬はまだ残っているか?」
「あと少しだけだ……。薬師に聞いたが処方箋は捨ててしまったらしい」
「あれより効く薬がないのにか!?」
そういえば、国王陛下の薬もフィリア姉さんが開発したモノを使っていたのよね。
薬師が捨てたってどういうこと……? まさか、ユリウス殿下が姉さんを他所に行かせようとした理由って、そういうことも絡んでいたの……? 陛下が邪魔だから、早く亡くなってほしいとか……そういう邪な心が……。
「ゴホッ、ゴホッ……、とにかくユリウス。ミアの話をきちんと聞いて尊重しなさい。国王としてお前に命じる」
「……はいはい。父上の仰せのとおりに……」
陛下の言葉を受けてユリウス殿下は面倒臭そうに返事をした。
――それでも、さすがに勅命を受けた殿下は動くと思った。まぁ、それも期待しすぎだったみたい……。
彼はポーズだけ対策をするフリをしただけだった。
兵士の増強はほとんどされていないままで、私が何度頼んでも平気だとヘラヘラ笑っていた。
「ミア、我がジルトニアの精鋭たちの力を信じろ。彼らが守る場所は世界一安心だと言っても過言ではない」
ユリウス殿下は冗談でなく、本気でそうだと信じているみたいな口ぶりね……。
じゃあ、いいわ。そんなに自信満々なら考えがある……。
「殿下……、そうは言っても私は少しだけ怖いです。お願いします。明日のお仕事――婚約者である殿下にも付き添って頂けませんか?」
私はユリウス殿下の腕に絡みついて、甘えるように彼の耳元で囁いた。
彼の体に自ら触れるのは屈辱だが、仕方ない……。
「わっはっは! 可愛い奴め。それくらいお安い御用だ。現場が安全だということを教えてやろう!」
ユリウス殿下は私の口車に乗った。いとも簡単に乗った……。
殿下、聖女の仕事ってそんなに安全じゃないんですよ。それを教えて差し上げますわ――。