第十七話
「え、え、えーっ! ライハルト様がフィリア様に求婚~~~っ!!」
リーナは顔を真っ赤にして、私以上に驚きを露わにしていました。
いえ、私も確かに驚いてはいるのですが、それと同時に『なぜ……?』という疑問のほうが強いのです。
私は隣国の生まれであり、この国とは縁もゆかりもございません。いわゆる他所の人間です。
この国の第一王子となると当然……王位継承順位は一位となるはず。つまり、ライハルト殿下の婚約者になるということは将来の王妃になる約束をするも同然なのです。
ジルトニア王国からお金を出して買ったような女と結婚をするようなメリットがわかりません。
「ライハルト殿下、お戯れはお止めください。私みたいな者が殿下と結婚出来るわけないではありませんか」
からかわれている――私はそう思いました。わざわざこちらに赴いて、そんな遊びをする理由は分かりませんが……そうとしか考えられなかったからです。
「私は遊びで求婚するほど暇な人間ではございません。あなたに将来的には王妃となって国に居て欲しいと願い……結婚のお願いをしているのです」
しかし、ライハルト殿下の目は真剣そのものでした。
サファイアのような綺麗な瞳には曇はなく、嘘をついているようにも見えません。
どうやら、本気で私などに対して求婚されているようです……。
嬉しくないといえば嘘になります。これがどんなに素晴らしい話なのかということも分かります。一国の王子が妻にしたいと仰せになられてくれたのですから――。
でも――。
私は怖いのです。前の婚約のことがどうしても頭を過ぎってしまって――。
もちろん、ライハルト殿下とユリウス殿下が違う人物だということは理解出来てはいるのです。
私はミアのように可愛くなれない――。
面白みがなく、無味乾燥で可愛げのない女――それが私の正体。まだ二度くらいしか会っていないライハルト殿下はそれをご存知ないから、私を物珍しく見ているだけ……。
だから、本当の私を知ればきっと心が離れてしまう――そう思えてなりませんでした。
「あ、あのう、殿下……私はまだ婚約など……」
「あっ! 私としたことが無神経でしたよね? こんな有事の際に結婚を申し込むなんて……。焦らなくて結構です。気長に待ちますから、ゆっくり考えてお返事ください」
私が断りの言葉を入れようとしましたら、ライハルト殿下はニコリと微笑みながら返事は待つから考えて欲しいと声を掛けられます。
困らせたと気を遣われたのでしょうか……。
「では、私はこれで。リーナさん、フィリアさんのことをくれぐれもよろしく頼みますよ」
「は、はい! もちろん、このリーナ……命を賭してフィリア様をお守りする所存です!」
ライハルト殿下は丁寧にお辞儀をして、お付きの兵士たちを従えながら屋敷から出ていかれました。
本当に彼が私に求婚を――? やっぱり、まだ信じられません……。
「フィリア様ぁ、こちらに花束をお渡しください。きれいに飾らせて頂きますから」
リーナに花束を手渡してもなお……私はライハルト殿下の帰られた方向をボーッとしながら見守っておりました……。
あら……? また馬車が戻ってきましたね……。殿下が何か忘れ物をされたのでしょうか……。
「ライハルトの兄貴はまだここに来てねぇよな!?」
すごい剣幕でこちらに走ってこられたのは、ライハルト殿下の弟で第二王子のオスヴァルト殿下です。
彼はライハルト殿下がこちらに来なかったか気にしておられましたので、ちょうど先程こちらを訪問されたと答えました。
「マジかよ! 遅かったか~~。あのバカ兄貴、フィリア殿に求婚するとか言ってたけど、大丈夫だったか?」
「大丈夫かどうかは分かりませんが、確かに求婚はされました」
「やっぱ、本気だったか。あいつ……何考えてんだ……」
呆れ顔でオスヴァルト殿下は頭を掻いてます。
私みたいな者を兄が求婚対象にすることに抵抗があるのでしょう。
「ただでさえ慣れない生活をしてるときに済まないな。困らせちまっただろ? 遠慮なく断ったっていいからな」
「えっ?」
「フィリア殿には無理をしてこっちに来てもらった。だから、出来るだけ自由にしてもらいてぇ……」
オスヴァルト殿下は大真面目な表情で私の肩を掴み、ジッと目を見てそう言われました。
こんなに近くで男性の顔を見たのは初めてですから、少しだけ恥ずかしいですね。
「あ、あと、そうだった。新しい肥料の作り方を俺なりに考えてみたんだけどさ……」
「そ、そうですか。拝見してもよろしいですか?」
彼は農業を愛されており、肥料や農法などの研究に余念がありません。
私もそれなりに知識がありますので、時折こうやって彼とそれについての意見を交換するようになっていました――。
「そういや、レオナルドに聞いたぜ。妹さんのところ、大変らしいじゃねーか」
「ご心配頂いてありがとうございます」
肥料の製法について私なりの見解を話していると、不意に彼がミアのことを口にされます。
どうやらレオナルドに何か話を聞いたみたいです。
「いや、間接的とはいえパルナコルタにも責任があると思ってさ。何とか支援出来るようにかけ合ってみるわ」
「――っ!?」
オスヴァルト殿下の申し出に私は言葉を失うほど驚きました。
いつもこの方は私の心の奥の不安を取り除くようなことを言ってくださる――。
彼の屈託のない笑顔に私のモヤモヤとした感情が洗い流されるみたいでした――。