第十六話
「……そうですか。ミアは元気そうでしたか……」
ヒマリを送り出して五日後……彼女は無事に妹へ宛てた手紙を届けて戻ってきました。
今から準備をしてギリギリのタイミング……。彼女がユリウス殿下などを動かして、国の総力をあげて取り組めば何とか被害を食い止められるでしょう。
しかし、殿下が私の忠告を飲み込むかというと――。
「――難しいでしょうね。やはり、ミアが自分の意見として申告するように提案しておいて良かったです」
ですから私は手紙の最後にこう付け加えました。
魔界の接近はミアが自分自身で突き止めた、と言うべきだと。それなら、私の意見よりも幾分通りやすくなるのではないかと思ったからです。
でも、ヒマリが逃げないかと提案したのをミアが断ったと聞いたとき……私はとても不安になりました。
「ミア殿のこと……ご心配ですか?」
そんな私の心の内を見抜くかのようにヒマリは声をかけます。
心配しないはずがないじゃないですか。彼女に危険が迫っていて、それに力が貸せないなんて……。
「あなたは心の揺れを見抜くのが上手いですね。表情には出してないと思っていたのですが……」
「顔色ばかり見て過ごしてましたから。妹君を助けたいのでしたら――いっそのこと、攫ってしまうという手もありますよ」
眉一つ動かさずに彼女は物騒なことを言われます。
ヒマリなりにミアの心情と安全を考えての手段なのでしょうが……そんなことをすれば、きっと私は妹に恨まれてしまうでしょう。
あの子のプライドを踏みにじるわけにはいきません。
「では、護衛を立てられるのはいかがですか? 私なら人目につかずミア殿をお守り出来ます。どうも、ジルトニアの兵士たちは頼りないように見えましたから」
ヒマリはジルトニアの兵士の力を頼りないと批評しました。
確かに世界一の騎士団を持つパルナコルタと比べて武人一人ひとりの個々の力ではジルトニアは劣るかもしれません。
そもそも聖女自体が身を守る術に長けてますから、護衛というよりも世話係という側面が強いというのもあります。
「……ヒマリ。嬉しい申し出ですが、どうしてそこまで? あなたの仕事の範囲を超えていると思いますが……」
私には不思議でした。彼女がそこまでミアを気にかけることが。
隣国の聖女を人知れず守ろうなんて普通は口にしませんでしょう。
「フィリア様も聖女の仕事の範疇を超えて仕事をされておられる。――私には四人の妹と弟がおりました。しかし、家同士の抗争に巻き込まれ……妹も弟も皆死にました。だから……せめて主君であるフィリア様には同じ目に遭って欲しくないのです」
彼女の透き通った黒い瞳から伝わるのは、深い悲しみと慈しみの心。
そうですね。後悔するかもしれない選択をするのは間違っていたかもしれません。
これは、私のわがままです。ミアに恨まれようと関係ありません。
私は――ミアに生きていて欲しい……。
「ヒマリさん、あなたの腕を見込んでお願いがあります。ミアを、妹を守って頂けませんか? そして、もしものことがあったとき――あの子を連れて逃げてください」
私は聖女だということも忘れて……身勝手にもミアの生存を望んでしまいました。
「御意――ミア殿を必ずや守り抜いてみせます」
「あなたも生きて帰ってきてくださいね」
「それは、ご命令ですか?」
「……いいえ。お願いです」
ヒマリはそれを聞いて、音もなく消え去りました。
酷なわがままを申し上げたと、少しだけ後悔しております。
――私が妹のために出来ることは他に何か……。
「あ、あのう、フィリア様ぁ。お客様がいらっしゃいました」
「お客様ですか?」
リーナの声に私は気付いて振り向きます。どうやら、お客様が来られたみたいですが、どなたでしょう。
「そ、それが……」
「フィリアさん、お久しぶりです。今日もパルナコルタ王国は貴女のおかげで平和な日常を得ることが出来ました」
玄関で黄色のフリージアの花束を持って立たれていたのは、ライハルト殿下――このパルナコルタ王国の第一王子です。
前に大破邪魔法陣を形成したときに会って以来ですが……何のご用件でしょう……。
「ああ、用事というよりですね……お願いです」
「……お、お願いですか?」
第一王子、ライハルト殿下が私にお願いとは……。
まったく想像できませんね……。
「――フィリアさん、私の妻になってもらえませんか……?」
「えっ――?」
花束を渡しながらライハルト殿下はいきなり私に求婚されました。
あまりにも突然に……、そして自然に求婚される彼に……私は驚いてしばらく声を失ってしまいました――。