第十五話(ミア視点)
「あの~~、ヒマリさんでしたっけ? まさか屋根裏から来られるとは思いませんでした。せっかく窓を開けていたのに――」
「分かりやすく窓が開いていたゆえ、門兵の視線が集中してました。なので、やむを得ず屋根裏からの侵入に切り替え、こちらに参上した次第です」
なるほど、確かに不自然なほど窓を開けてしまい、要らぬ心配を門兵にかけてしまったみたいだ。
フィリア姉さんの屋敷のメイドであり護衛だというヒマリとやらは、その状況をきちんと読み取って別の方法で私の元にやってきた。
この人はやはり優秀な人である。私の護衛ってあんなに人数がいて何でみんなスキだらけなんだろう……。
「ミア殿、フィリア様曰く……時は一刻を争う。いや、すでに遅いくらいだとも仰せになっておられました。聖女一人では抑えられる状況でない、と……」
ヒマリの言うとおり……私はフィリア姉さんの手紙を見てゾッとした。
魔物たちの楽園と呼ばれる「魔界」がこの地上に最接近しようとしていると推測した彼女は、これから起こりうる事態を手紙に細かく記している。
それは見る者に絶望を与える予言だった――。
魔物の大量発生による結界の無効化。そしてなだれ込む凶暴化した魔物たちによる破壊と殺戮……。
それが国中の至るところで頻発するとなれば、私一人では確かにどうすることも出来ないだろう。
フィリア姉さんは『大破邪魔法陣』という古代術式を使ったのか……。日頃から古今の術式の研究に余念がなかった彼女だからこそ、いや彼女にしか出来ない解決方法だ。
私に出来るのは――術式を早く起動させることのみ……。姉さんの解決案は脆くても良いから大量に集中的に結界を張りまくる物量戦術を取ることだった。
それまでの間、魔物を抑えるために沢山の人手がかかるし、出来れば先代の聖女だった伯母様の助けも借りた方が良いとのこと。
――つまり、ジルトニア王国はこの事態に総力戦で掛からないと危機を乗り越えられないのである。
「国が総力を上げて、か。難しいだろうな~」
「……フィリア様もそこを気にしておられた。自分の忠告など聞いてもらえぬのではないかと……」
「姉が……、ですか? 私は忠告を受け入れられない心配はしてないのですが……」
フィリア姉さんは自分の意見が軽んじられることは予測してたってこと? やはり、前から粗末に扱われていたのかしら……。
とにかく、今は急ぐときだ。危機が迫ってることをちゃんと伝えて……、備えないと……。
ダメだ……。上手くいくビジョンが浮かばない……。もしも、本当にフィリア姉さんの意見をユリウス殿下が本気で受け止めないのなら、それだけでも終わってしまう。
「逃げられますか……?」
「えっ……?」
「あなた一人を連れてパルナコルタに向かうことくらいは容易いです。フィリア様もあなたの身を案じていますので。安全なところに――」
――逃げる? 私がパルナコルタへと……?
そんなこと、考えてもみなかった。確かに素敵な話だと思う。聖女としての重責からも解き放たれて、姉さんにも会えて、安全を確保出来るのだから。
でも私は――。
「私は聖女です。この国を守護する……。たとえ、厳しい冬がやって来ようとも……一人だけ南国へバカンスに行くわけにはいきません。それを知っているから、恐らく姉も逃げろとは言わなかったでしょう?」
フィリア姉さんと同じ聖女であることが私の誇りだった。
力が及ばなくても、未熟でも、出来ないことだらけでも、その義務を放棄するわけにはいかない。
国が魔物だらけになったとしても、ちょっとでも被害を少なくしなければ――。
厳しい状況なのは分かってる。でも、私はとことんまで国を助けるために頑張るよ……姉さん……。
「フィリア様に似ておられる……。何とも頑固な方だ」
「それは私にとって1番の褒め言葉です」
姉さんのような聖女になりたいって思ってたから。
フィリア姉さんがいないなら、私がやらなきゃ……。
拳を握り締めて私は――そう覚悟を固めた――。
「ミア殿の覚悟、しかと聞きました。フィリア様に伝言などありますか?」
「姉に伝言……? ――またいつか……、またいつか……、オペラでも観にいきましょう……とでも伝えてください」
「――っ!? ……御意」
私がフィリア姉さんへの言葉を告げると……ヒマリは少しだけ目を見開いて驚いた顔をした。
――そして、静かに頷いたと思えば……もう、私の視界からは消え去っていた。姉さん、私はまだ諦めてないよ。また、あなたと会える日が訪れることを――。
今、思えば……逃げ出した方が賢い選択だったんだと思う。
ジルトニア王国はそれくらいの窮地だった――。