第十四話(ミア視点)
「はっはっは! ミア、よく決心してくれた! これでアデナウアー家も未来永劫、安泰だ!」
ユリウス殿下と婚約を決めたと報告すると父は大喜びで私を讃えた。
まるでフィリア姉さんの婚約など無かったかのように。どうせ引っ越すのだからと、彼は姉の部屋を物置きにしているし……もしかしたらフィリア姉さんは今まで――。
もしかしたら、今まで私は大事なことを何も知らずに生きていたのかもしれない。
「でも家族で過ごせる時間は少なくなるでしょう。ミアが家を出ると寂しくなるわ。水入らずでいられるのは今の内だけね」
母は私を抱きしめながら寂しいと口にした。すでに姉さんも家を出てるのだから、水入らずも何もないと思うんだけど。
もしもフィリア姉さんが手紙を送ってきて、それを私に見せていないという仮定が事実だとしたら……私はもはや誰を信じて良いのか分からなくなる。
でも、とにかく……まずは殿下だ。あの人は絶対に姉さんをパルナコルタに売るにあたってアクションを起こしたに違いない。その報いをどうにか与えてやろうと怒りに任せて婚約したが、どうやってそれを成そうか……まだ上手い方法をほとんど思いついていないのだ。
「あーあ、もうちょい焦らしてやれば良かったかな……」
「ん? 何か言ったか? ミア」
「ううん。何でもない。ちょっと考え事してただけだから。聖女の仕事も増えてるから」
実際、私は暇ではない。なるべく手早く片付けようとしているが、フィリア姉さんの抜けた穴は大きく、簡単には埋まらないのである。
兵士たちは「無理しないで休んで下さい。フォローはしますから」と言ってくれているが、姉さんが居なくなって死人が増えたとか、そんなことが起こるなんて耐えられない。
聖女としてのプライドとかじゃないけど、聖女ってそういうモンだって姉さんが教えてくれたから……力が及ばずとも出来るだけのことはしたいのだ。
そんなわけで、私はこれまでに無いほどのハードスケジュールで動いている。明日の朝も早いだろう――。
◆ ◆ ◆
「もう十箇所目だというのに華麗な術捌きは健在!」
「殿下が仰るとおり、歴代最高の聖女はフィリア様ではなくミア様かもしれませんな」
「いやー、今日もお美しい。婚約された殿下に嫉妬してしまいそうです」
ふぅ、さすがにちょっと疲れたわね。褒め言葉よりも、タオルを持ってきて欲しいんだけど……。喉も渇いてるし……。
どうして、男の人って気が利かないのかしら。
「ミア様、タオルをお持ちしました。あと、アイスティーをどうぞ」
「ありがとうございます。あっ、このお茶……私が好きな銘柄のお茶です」
そんな私にタオルと冷えた紅茶を出してくれた小柄な兵士が一人。珍しいわね。こんなに気が利く子がいるなんて。
声からするとまだ少年って感じだけど……。
あ、あれ……? タオルの下に何かある……。これは……手紙じゃない。てことは、まさか……。
「やっぱり……」
宛名の文字――この几帳面さが表れた綺麗な文字はフィリア姉さんの字だ……。
こういう渡し方をしたということは――やっぱり姉さんは私に手紙を出していたんだね。
私からの手紙を見て、自分の手紙が届いてないことを知ったフィリア姉さんは――今度は確実に私に手紙を渡そうとしてこの人に手紙を託したんだ。
そして、この人は私の護衛をしているジルトニアの兵士に紛れてパルナコルタからわざわざ私のために危険を冒してまで手紙を届けに来てくれた……。
「良かった……」
私は心の底からそう思えた。少なくとも向こうにフィリア姉さんの味方がいる。
きっと……こうやって体を張ってくれる様な有能な人間が複数人……。
そりゃ、そうよね。姉さんみたいな人材……たとえ金で買おうとも厚遇されて当然だ。
隣国で酷い扱いを受けていると心配をしていたが、どうやら杞憂である可能性が高いわね……。
「ミア殿、心配めされるな。我が主君、フィリア様はパルナコルタにて元気に過ごされております」
そんな私の心を読んだのか、姉さんの手紙を持ってきてくれた人は独特の言葉遣いで姉が健在だということを教えてくれた。
それが分かっただけで十分幸せ――。姉さんに手紙を送って本当に良かった。
「ん? ミア様と話している兵士……、あんなに小さな兵士は居たか?」
「いや、オレは聞いていないが……」
「ミア様があれほど麗しい笑顔を向けておられるとは――どんな媚の売り方をしたのだ?」
「臨時で雇った少年兵ではないのか?」
気付けば、他の護衛たちの視線がこちらに向いている。
おそらくこの人が見慣れない風体だからだろう。
手紙を持って来てもらえただけで十分なんだけど――私は……。
「あ、あのう。今夜、私の部屋の窓の鍵を開けておきます。できれば、もう少しお話をしたいのですが……」
知りたい。フィリア姉さんのことをもっと詳しく。この人から――。
だから、私は無理を承知でわがままを言った。
「……御意。フィリア様の妹君であるあなたがそう望むのであれば――それくらい容易いことです」
そう言い残して、小柄な兵士は森の中に入り――煙のように姿を消す。
その後、何を話していたのか聞かれた私は忘れ物を届けてもらって、そのお礼を言っただけだと答えると、それ以上は何もツッコまれなかった。
実際、あの人が暗殺者とかだったら……この人たち、私の身を全然守れてないのよね。まぁ、簡単には殺られないから良いんだけどさ。
そして、その日の夜――私はフィリア姉さんの屋敷でメイド兼護衛をしているという、ヒマリと話すことが出来た――。




