第十一話(ミア視点)
「フィリアが居なくても聖女としての仕事は良くこなしてるみたいじゃないか。むしろ、護衛の者たちは君の活躍と快刀乱麻の術捌きが見られて良かったと言っているぞ」
これで、ユリウス殿下との三度目の食事……。なかなか欲しい情報を言わない彼だが、要らない世辞だけは耳にタコが出来るくらい囁いてくる。
フィリア姉さんを下げるような言い草は絶対に許さないんだから。私が姉を慕っていることは殿下も知っているはずなのに、なぜピンポイントに苛つかせるようなことを言うのか……理解に苦しむ。
「ユリウス殿下……、姉は本当に自分の意志でパルナコルタ行きを決めたのですか? 誰にも強制されずに……。私はこの国を愛しており、国のために尽力していた彼女がそのようなことを希望するとはどうしても思えないのですが……」
食事もそこそこに、私は殿下に質問をする。
無論、正直に答えるとは思わないけど、何かしらボロを出す可能性もあると考えたからだ。
ユリウス殿下はワイングラスを軽く揺らして、ワインの色を眺めながら口を開く……。
「ふーむ。また、その話か……。君の両親からも聞いているだろう。君の姉上は自分で自らの道を選んだのだ。そもそも、フィリアがこの国に尽力していたというのは思い違いだ。今だからはっきり言えるが、彼女は自分の力をひけらかし、自分を大きく見せることに必死だっただけとしか思えない。僕もあの悪癖には少しばかり迷惑していたのだ。一流の薬師や医者、建築士に学者たちの苦情を宥める僕の身になって欲しいと――」
姉さんが自分の力をひけらかしていた……? 薬師たちが嫉妬したのは、フィリア姉さんが聖女の仕事の傍らで成果を出すものだから、自分たちの怠慢を叱責されることを恐れたからじゃない。
姉さんは言っていた。聖女というのは結界を張るだけじゃなくて、国の繁栄を願ってそれに貢献できるように動ける人だって……。
迷惑していた……? それを守るのが婚約者としてのあなたの仕事じゃないの……? なんで、そんな戯言に同調なんてしてるのよ……。
わかってるわ……。それが本音ってことよね? 隠していてるつもりでも隠せてないわよ……。
「その点、ミア……。君は余計なことをせずに聖女の仕事のみに集中して天才性を発揮している。皆、美しい君のことが好きだし、愛される素養があることも素晴らしい。僕はわかってるよ……本当の意味で歴代最高の聖女は君だってことを」
許せない……。フィリア姉さんを下げて私を持ち上げるなんて……。
姉さんの才能と努力とそれによって培われた成果と比べたら私なんて凡庸そのものなのに――。
そもそも、歴代最高の聖女と言われるようになったのは、この国だけじゃなくって、世界中に影響を与えた破邪術式の発明とかそういう新しい成果が実績としてあったからじゃない。
だから信じられないのよ。姉さんを手放したこの国が……。
国王陛下は病気がちになっていて、第一王子であるフェルナンド殿下も元々体が弱いから、最近は国の方針を決める実権を彼が握るようになっているみたいだけど……、驚いたことに本気でフィリア姉さんの実績を軽んじてるのね……。
「歴代最高とか評価されていたから付き合ってみたが……。君と比べたら可愛さというものに些か欠けていたな」
もうダメだ……。この人がフィリア姉さんを見放したことは間違いない。
ブランドとか、物珍しさで遊んでいただけだったんだ……。
口を軽くするためにハイペースでお酒を飲ませていたら、思った以上に口を滑らせるものだから、私は吐き気を催しそうになっていた。饒舌にさせようとした狙いは成功したのに、全然嬉しくない。
「ははっ……、君はすでに姉上を超えている。自信を持て! 君のような美しくて才能も豊かな者こそ我が妻に相応しい! 僕の妻になれば、何でも好きなモノを与えてやろう!」
反吐が出そうな下品なセリフで私を口説くユリウス殿下。
姉さんはこんな男と別れて正解だったわ。この男に彼女はもったいない……。
フィリア姉さんがパルナコルタでどんな扱いを受けているのか不安ではあるけど……この男に嫁がなくて良かったと本気で思ってしまった――。
姉さん、ごめんなさい。私……この人に我慢出来ません。
だから私は――この人の婚約者になります。姉さんの代わりに復讐を果たすために――。
こんな選択をしてもフィリア姉さんが喜ばないのはわかってる。我儘で身勝手な妹をお許しください――。




