第百一話
「教皇様の魂を呼び寄せて会話する!? いくら姉さんでも“神の術式”を使うのは危険すぎない!?」
私がミアにどうやってヘンリー大司教の不正の証拠を暴くのか、その方法を話すと彼女は驚きの声を上げました。
ミアも私と同じく聖女。“神の術式”のリスクは知っています。
そんな彼女は心配そうな目でこちらを見てきました。
「心配ありません。既に術式はかなりの精度で発動させることが可能になりました。失敗しない自信はあります」
「成功する自信じゃなくて、失敗しない自信ってところが姉さんらしいね」
「特に意識をしたわけではないけど……」
「フィリア姉さんがそういうのなら、“神の術式”は心配ないんだね。信じるよ」
ミアはあっさりと私の失敗しないという言葉を信じてくれました。
練習をして成功率を上げて、本番ではそれを十割の成功率に出来る目算が立ちましたので、彼女の信頼は裏切らないはずです。
「でもでも~、万が一に失敗したら~。大変ですよ~。フィリア様~、もっと安全な方法はないんですか~?」
「リーナさん、安心してください。安全な方法に今している真っ最中ですから」
「は~い。フィリア様がそう仰るなら安全なんですね~。信じま~す」
リーナさんには“神の術式”について以前にざっくりとしか説明しておらず、連日のように庭で爆発音を聞かせていたのでミア以上に心配させてしまっていたみたいです。
「おいおい、リーナ。あっさり信じて良いのか?」
「でしたら~、オスヴァルト殿下はフィリア様を信じていらっしゃらないのですか~?」
「もちろん信じているさ」
「それなら私が信じても良いじゃないですか~」
「それはそうだが。お前はいつも軽すぎる」
一瞬でいつもの笑顔に戻ったリーナさんにオスヴァルト殿下が呆れています。
リーナさんのふんわりとした雰囲気のおかげでかなり気持ちが軽くなりますし、私は彼女のそういった面に助けられていますから。何でも相談出来る彼女は貴重な存在でした。
「オスヴァルト殿下、そう仰らないでください。私はリーナさんに信じていただけて嬉しいのですから」
「フィリア様~。リーナはいつだってフィリア様を信じております~」
「うーむ。フィリア殿がそう言うのなら、リーナはこのままで良いのだろうな」
オスヴァルト殿下は腕を組みながら、ニコニコしているリーナさんを横目で見ます。
このままでなくては困ります。いつも明るいリーナさんが居てくれるから、屋敷は明るくなるのですから。
「姉さん、魂を呼び寄せて会話するのは分かったけど、どうやって教皇様の遺体に近付くの? まさか無理やり強行突破して聖地に入るわけにはいかないじゃない」
聖地への入口は大きな城壁と門で守られており、常時ダルバート王国騎士団とクラムー教本部の者が見張っています。
ミアの言うとおり、そんなところを力尽くで突入するなど立場的に出来るはずもありません。
ですが、私は教皇様の遺体に近付けない心配など一向にしていませんでした。
「ミア、あなた忘れているの? 私は次期教皇になる予定なのよ。私が新たな教皇になる式典は聖地で開かれる。つまり、そのとき私は確実に教皇様の遺体に近付けるの」
「あ、そっか。うっかりしていたわ」
頭をコツンと叩きながら、舌を出すミア。以前も聖女の先輩として彼女に注意をしたら、こんなふうなリアクションを取りましたっけ。
そそっかしい一面もありますが、素直で学習能力が高いので同じ失敗は二度としないのがこの子の強みです。
いつかきっと彼女は私を超えて素晴らしい聖女になると信じています。
「でもね、姉さん。気になったことはもう一つあるのよ」
「もう一つ?」
「うん。ヘンリー大司教の企みって、本当にパルナコルタへの嫌がらせなのかな?」
先程までとは打って変わって鋭く光る瞳。ミアはそれ以外にヘンリー大司教には目的があると思っているみたいです。
私はヘンリー大司教が遺言を書き換えた、と断定して彼の動機はエリザベスさん関連だと推測したのですが、何か見落とした点がありましたかね……。
「そうですね。他の可能性についてはもちろん考えてみたのですが、これくらいしか考えられなかったのです」
ヘンリー大司教の動機、に関しましては他の可能性があまりにも思いつかなかったので若干無理やり辻褄が合わせをしたところもあります。
私と彼の接点は少なすぎるのです。つながりを考えるとエリザベスさんしかありません。
エリザベスさんとは面識はないですが、私がヘンリー大司教の妹である彼女の代わりにパルナコルタの聖女になったという経緯を考えると、それは接点だと言えるでしょう。
「そうよね。そもそもヘンリー大司教とフィリア姉さんって面識が無いし。嫌がらせされるのが、まず筋違いだし。動機が変でも納得出来るわよね」
「動機なんてどうでも良いですよ~。フィリア様はヘンリー大司教が書き換えをしたって断定しているんですから~」
「それも、やけに簡単にボロも出ているから何だか怪しくない?」
「え~!? ミア様は疑い深いですね~」
簡単にボロが出ている? そう言われればそうかもしれませんね。
――っ!?
待ってください。ヘンリー大司教との会食で彼がわざと私に自分が遺言を書き換えたというサインを出していたとしたら。
何を考えているんでしょう。私は今、自分が大きな思い違いをしている可能性について考えて身の毛もよだつ感覚になりました。
「ヘンリー大司教の動機か。俺はフィリア殿の推測を聞いてそれなりに納得できたが……。ここのところ気になっているのはこの屋敷の監視が強まった件だ」
「オスヴァルト殿下も気付かれていましたか」
「これでも武人の端くれでもある。気配の数が増えたくらいは、な。フィリア殿、もしかしたらヘンリー大司教はこちらの目的を知っているのかもしれないぞ」
監視が強まっているのには気付いていました。
ですが、目的はバレていないと思っています。何故なら“神の術式”で教皇様の魂と会話するなどという計画がバレれば、即座に邪魔をすると考えられるからです。
「目的は恐らくバレていない――」
いえ、もしもヘンリー大司教が“わざと”私に自分が遺言を書き換えたと確信させようとサインを送っていたとしたら。
今、私が“神の術式”の練習をしているのも全部ヘンリー大司教の描いたシナリオ通りだとしたら。
私は大きな思い違いをしていた可能性が出て来ます。
「ヘンリー大司教の目的はまさか……」
「フィリア姉さん、どうしたの? 顔色が悪いわよ」
ヘンリー大司教の真の目的について想像してみた私は戦慄しました。
そんなことをすればこの国は、いえ下手をすれば大陸中が……。
こちらの推測の方が真実ならヘンリー大司教は既になりふり構わなくなっているかもしれません。
「とにかく、何があろうと私に任せて。ヘンリー大司教だろうが難だろうがフィリア姉さんを守ってみせる」
ミアは胸を張って私を守ると宣言します。頼もしいです。この子が味方ならどんな障害も乗り越えられると思っていますから。
「ミア、あなたには私を守るよりもしてほしいことがあるわ」
「守るよりもしてほしいこと?」
訝しげな顔をしてミアは私の顔を除き込みます。
ヘンリー大司教が全てこちらの手の内を読んでいると仮定すると、ミアには他に任せたい仕事があります。
「ええ、それは――」
私はミアに教皇継承の儀式の際にしてほしい仕事の詳細について語りました。
ここまで来たらもうあとには引けません。私は来たるべき日のための備えを完璧にすべく行動を開始しました。